「わかった」は、いつの間にか“わかったラベル”になっていた:小林秀雄を数十年ぶりに買い直した理由
数十年前、卒論のために小林秀雄を必死に読んだ。
そのとき私は、確かに「わかった」と思った。
だが最近、友人に説明したとき気づいた。
「わかった」が理解ではなくなって、ただの「ラベル」になっていたのではないか、と。
後になって思えば、それは理解というよりラベルだったのかもしれない。
いったん「わかった」と名づけてしまうと、人はそこに立ち止まらない。
中身は薄れても、「わかった」という名前だけが残る。
理解は、どんなに深くて鋭くても、保存できない。
数十年ぶりの友との話題
大学卒業後、なんだかんだとつきあいが続いている友だちがいます。
進んだ道はまったく違っているのに、不思議と縁が切れないです。
めったに会わないし、会えば近況の話しはするものの、
昔よく話題になった内容に、自然となっていくのが不思議です。
その話題とは、当時書いた卒論のテーマです。
当時、一緒に卒論を書いたので、扱った対象は違うものの、テーマが同じようなものになってしまいました。
それに違和感なく、戻って行くのです。
もちろん、あれから数十年経っていますから、
あの頃のままというわけではないのでしょうが、
今でもその話題になるのは、お互いなんとなく今でも変わらずに、
大事にしていることと絡んでいるのだと思います。
この前半年ぶりくらいに会ったときに、その彼が、
「あのとき、***について、なんて言ってたかな?」
と尋ねたので、私は答えたのですが、
そのとき、
あれ?っとなったのです。
あのときは確かにわかっていたのに、今の答えがそれにふさわしくない……
こんな感じの、衝撃が走ったのです。
瑞々しくも、壊れそうな理解
彼は、私の答えに、ああ、そうだった、なるほどねぇと感心してくれましたが、私には衝撃が走ったままでした。
尋ねられた内容は、評論家小林秀雄のランボー論についてだったのです。
小林秀雄は日本を代表する評論家で、フランス詩人ランボーの翻訳や解釈でも知られています。
そのランボー論について、言葉にした瞬間、それが当時の思考の瑞々しさを失って、ただの乾燥した「概念」に過ぎなくてなっていた。
それに気づいてしまったのです。
あの当時、どうしても理解したくて、文字通り一所懸命、
小林の著作を繰り返し繰り返し読みました。
そもそも、わかったなんておこがましい限りですが、
それでも、当時ある瞬間に、ああ、そういうことか! わかった!という手応えを得た記憶があります。
うれしさの余り、興奮し誇らしげに語ったと思います。
ああ、そういうことか! わかった!は、
非常に微妙で、揺らぎ、すぐにでも壊れて、理解できないところへ行ってしまいそうな感じでした。
その危うさと瑞々しさがあったことは、手応えとともに、
体が覚えています。
本当にそういう感じが得られて、うれしかったのでしょう。
わかった!がただのラベルになっていた
十数年を経るうちに、私なりにいろいろと学び、経験したことで、
他にたくさん得るものが増え、知識もそれなりに増えたでしょう。
それによって小林のランボー論をさらに理解していると思うものでもありました。
ちょっとした自負にもなっていたのです。
小林研究の専門なんて見られたりもしましたし。
それなのに……いつの間にか、わかった!と手応えを得たときのあの瑞々しさを失っていたとは。
わかった!は、「わかった」というラベルになっていて、そのラベルを覚えていただけになっていたとは。
衝撃は、このラベルだけになっていたことから生まれていたのです。
どんな深くて鋭くても、記憶の瑞々しさは、保存できなかったのです。
ちょっと似ているのが、わかったつもりで他人に説明してみると、
実際はわかっていなかったという状態です。
これではないんです。
確かに、あのとき、ページが取れてしまうほどに繰り返し読んだ小林のランボー論を前に得た、わかったという手応えは、
興奮とともに説明もできたのです。
数十年も経ったのだし、老化だとか記憶を美しく描きがちとか、思いました。理解というのは、そういうことではないのか。
確かに彼に説明したとき、納得してくれた。
そんなことも考えて、自分を説得しようとしました。
けれども、手応えを失った喪失感、
瑞々しさが手からこぼれていく情けなさは、それでは消えませんでした。
わからなくなっている…そんな状態に自分があることを認めざるを得ませんでした。
🔗 「わかった」がラベルになる感覚については、こちらでも詳しく書いています。
👉 なぜ「200字」なのか|「思いつき」を、自分の言葉に変える最小単位
再び小林秀雄の著書を手にしようと思った
わかったというラベルだけを覚えていたこと、
これは自分を傷つけてしまったことになるでしょうか。
わかったはずのあのときの自分を大切にできなかった
と言うこともできる気がします。
年を取ったことでわかることも確かにありますから、
それはそれであきらめても問題はないでしょう。
大抵のことはそれでよいのです。
要領よくできることも増えましたし、忘れたことで楽になったこともたくさんあります。
しかし…忘れてはいけなかった、
というよりは、いつまでもわかっていたいことがあるのです。
私にとって小林のランボー論の理解は、テキトーに済ましてはいけないことであったのです。
もう、あの頃のように小林の著作を読むことはできませんが、
それでも、小林について書かれた誰かの解説で済ませず、直接読もうと思いました。
それしか、手からこぼれ落ちたあの瑞々しさを取り戻す方法はないでしょう。
いつまでもちゃんとわかっていたい…
そのためには、愚直に、繰り返し挑み続けていく必要があります。
わかるとは、目的地にたどり着くことではなく、挑み続けることそのものだったと言えます。
彼が私に尋ねたことで、刻まれるように思い知りました。
小林秀雄全集を引っ張り出してきました。
ランボー論は3つあります。
果てまで来た。
小林の文章のこの終わりの一節に、何本も赤えんぴつで線が引いてあります。
なつかしさが一気によみがえります。
急いで最初にもどってページを繰ると、取れている…
改めて買い直すところから、はじめます。
この経験を振り返ると、理解の瑞々しさは確かに存在していたのに、
それを伝える言葉がいつの間にか乾いてしまっていたことに気づきました。
誰でも言える言葉になってしまい、自分の手応えが失われている――まさに「乾燥」した状態です。
AIに置き換えられそうな、そんな感覚です。
🔗 「瑞々しさ」を留める文章を作れる。
200字こそ、乾燥から「自分の思考」を守るサイズ。
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この反省をもとに、日常や文章読解で「理解の瑞々しさ」を保ち、深めるための方法をまとめた続編の記事を書きました。
この記事で感じた体験を踏まえ、さらに実践的な思索のヒントになっています。
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