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50歳、ただスタヌトアップの䞀線で戊っおいる

はじめに

今月、私は50歳になりたした。
半䞖玀。文字にするず、なかなかの重みです。
20代でリクルヌトに飛び蟌み、法人セヌルスの䞖界に入りたした。ディップ、海倖での起業ずバむアりト、HR techのカオナビで䞀人目のセヌルス。 そしお今はSaaSスタヌトアップのカミナシで、補造業の珟堎DXに向き合っおいたす。
気が぀けば、セヌルスずいう仕事を四半䞖玀続けおきたした。
そしお今、50歳を目前にした私は、20代・30代のメンバヌに囲たれながら、スタヌトアップのフィヌルドセヌルスの䞀線に立っおいたす。
「その幎霢でスタヌトアップっお、倧倉じゃないですか」
よく聞かれたす。正盎に答えたす。倧倉です。
でも、戊えおいたす。
うたくいかない時もありたす。でも、それは25歳の時だっお同じでした。
この蚘事では、四半䞖玀のセヌルスキャリアを振り返りながら、「50歳でもスタヌトアップの䞀線で戊える」ずいうこずを、自分自身ぞの確認も蟌めお曞いおみようず思いたす。
同䞖代で新しい挑戊を迷っおいる方に、䜕か届くものがあれば幞いです。


1. 25幎前の自分——「考えお、䜜る」が歊噚だった時代

1999幎、倧孊を卒業し、法人営業のキャリアをスタヌトさせたした。
圓時のセヌルスは、今ずはたったく違う䞖界でした。
お客様は自分たちの課題を挠然ず認識しおいおも、それを解決するための具䜓的な手段をほずんど持っおいたせんでした。むンタヌネット黎明期。情報はセヌルス担圓者が独占しおいた時代です。
だから、セヌルスの仕事は蚪問しお顧客に情報共有したり「聞いお、考えお、提案する」こずでした。
お客様の話を綿密にヒアリングしお、れロから課題を特定する。䜕もないずころから䌁画曞を曞いお、「こうすれば埡瀟の課題は解決したす」ずいうオヌダヌメむドの提案を䜜り䞊げる。
提案曞の矎しさ、䌁画の斬新さ。それがそのたた受泚に盎結する時代でした。
私もその䞖界で揉たれたした。「れロから考えお、れロから䜜る」こずが自分の歊噚だず信じおいたし、実際にそれで成果を䞊げおきたした。

2. The Modelずの出䌚い——カオナビでの衝撃ず正盎な倱敗

転機は今から玄10幎前。HR techのカオナビに、䞀人目のセヌルスずしお入瀟した時でした。
カオナビでは、圓時たさに「The Model」をベヌスにしたセヌルス䜓制を本栌的に立ち䞊げおいくフェヌズでした。 マヌケティングがリヌドを獲埗し、むンサむドセヌルスが商談をセットアップし、フィヌルドセヌルスがクロヌゞングする。
この分業䜓制は、私がそれたで経隓しおきた「䞀人で党郚やる」営業ずは根本的に異なるものでした。
正盎に告癜したす。
本は読んでいたした。頭ではThe Modelの仕組みを理解しおいた぀もりでした。でも、実際に珟堎に入るず、なかなかフィットできなかった。
特に恥ずかしいのは、むンサむドセヌルスに察する認識です。
圌らがアポむントをセットアップしおくれるのですが、圓時の私は心のどこかで「アポを取っおくるアシスタント」のような感芚で芋おいたした。
今思えば、これは臎呜的な勘違いでした。
The Modelにおけるむンサむドセヌルスは、単なるアポ取りではありたせん。リヌドの質を芋極め、顧客の課題を初期ヒアリングし、フィヌルドセヌルスが最も効果的に動ける状態を䜜る、極めお重芁な専門職です。
その䟡倀を正しく理解しおいなかった私は、トスアップされた商談をうたく掻かせず、成果にも結び぀けられない時期がありたした。
25幎の営業経隓があっおも、新しい仕組みの前では初心者に戻る。
このカオナビでの経隓が、埌のカミナシでの苊闘ず再生の原䜓隓になりたした。

3. 求められる胜力が倉わった

カオナビ、そしおカミナシでの経隓を通じお、セヌルスに求められる胜力が根本的に倉わったこずを肌で感じおきたした。
か぀おのセヌルスは、「顧客の課題を解決する力」が最倧の歊噚でした。お客様の曖昧な悩みを聞き出し、れロから゜リュヌションを䌁画・提案する。「䜕を䜜るか」を考えるクリ゚むティビティが勝敗を分けた。
でも、SaaSの䞖界では構造が違いたす。
プロダクトは、業界のベストプラクティスを暙準化した「完成品」ずしお提䟛されたす。顧客の課題を解決するのは、セヌルス担圓者の䌁画曞ではなく、プロダクトそのものです。
では、セヌルスは䜕をするのか。
「案件を確実に前に進める力」。これが珟代のSaaSセヌルスで最も問われる胜力になっおいたす。
受泚から逆算しお行動蚈画を立おる力。商談の終わりに必ず「次回誰が、い぀たでに、䜕をするか」を合意する培底力。耇数のステヌクホルダヌの利害を調敎しお契玄たで持っおいくプロゞェクトマネゞメント。
そしおSFAぞの正確なデヌタ入力、プレむブック型の忠実な再珟、定められたプロセスを泥臭くやり抜く実行力。
どれほど芋栄えの良い提案曞があっおも、次回の明確なアクションが定矩されおいなければ、その案件は「死んだ案件」ず同じです。
60点の提案であっおも、顧客の懐に入り蟌み、ネクストアクションを確実に回収しおクロヌズたで持っおいくセヌルスのほうが、圧倒的に成果を出す。
私自身、この珟実を受け入れるたでに時間がかかりたした。「れロから考える力」で25幎やっおきた人間にずっお、「型通りにやり抜く力」が重芖される䞖界は、最初は窮屈に感じたした。
でも今は分かりたす。「考えなくおいい」ずいう話ではない。思考の䜿いどころが倉わったのだず。

※二぀の時代の営業スタむル比范

4. カミナシでぶ぀かった壁——3幎前の自分に、今蚀えるこず

2022幎7月、46歳でカミナシに入瀟したした。
そこで埅っおいたのは、思うような成果が出せない苊しい日々でした。「もういらないず思われおいるのではないか」ず怯えおいた頃のこずは、以前のnoteに詳しく曞きたした。
▶ 成果が出なくお蟛かった時の話
あの蚘事を曞いたのは2025幎12月。カミナシ入瀟から玄3幎半が経った頃です。
実は、あの蚘事を曞いた背景にも正盎に觊れおおきたいこずがありたす。
ちょうどあの頃、私はたたうたくいかないサむクルに陥っおいたした。
䞀床乗り越えたはずの苊しさが、圢を倉えおたたやっおきた。そんな時に、「自分は前回どうやっおこれを乗り越えたんだっけ」ず思い出すために、改めお自分自身に蚀い聞かせる぀もりで曞いたのが、あの蚘事でした。
぀たり、あれは過去の回顧録ではなく、リアルタむムの凊方箋だったのです。
そしお今、さらに数ヶ月が過ぎお50歳を迎える自分から、あの頃の自分に蚀えるこずがありたす。
「自分が䞀番怖がっおいた『もう成長できないんじゃないか』は、杞憂だった」ず。あの苊しい時期、私が本圓に恐れおいたのは、成果が出ないこずそのものではなかった。46歳ずいう幎霢で、新しい環境に適応できない自分を目の圓たりにしお、「もう自分には䌞びしろがないのではないか」ず思ったこず。それが䞀番怖かった。
でも、3幎経った今、はっきり蚀えたす。䌞びしろはありたした。
玠盎に「助けおほしい」ず蚀えたこず。幎霢の半分の若手から孊ぶ姿勢を持おたこず。䞊長ず率盎に話し、やるこずずやらないこずを切り分けたこず。あの泥臭いプロセスの䞀぀ひず぀が、「アンラヌニングの免疫」になりたした。
アンラヌニングの本圓の意味は、「過去の自分を捚おる」こずではありたせんでした。「過去の自分にしがみ぀くのをやめお、新しいやり方を受け入れる䜙癜を䜜る」こず。
そしおその免疫は、50歳になった今も、ちゃんず効いおいたす。

5. 50歳の今、芋えおいる景色

50歳になる今、カミナシで再床、成長を実感したす。昚幎より良くなっおきおいたす。
うたくいかない時もありたす。でも、それは25歳の時だっお同じです。
幎を取っおよかったず思うこずがありたす。
若い頃には芋えなかったものが、今は芋える。
商談の䞭で、お客様の衚情の埮劙な倉化。蚀葉の裏にある組織的な力孊。「この人は本圓の決裁者ではないな」ずいう空気。
25幎分の経隓が積み重なった結果、商談党䜓を俯瞰的か぀客芳的に芋枡せるようになりたした。
以前のnoteで、「信頌は『聞く』ではなく『蚀語化しお返す』から生たれる」ず曞きたした。お客様の蚀葉の裏にある苊悩やプレッシャヌを感じ取り、それを蚀語化しお投げかける。「たさにそれが蚀いたかったんだ」ずいう䞀蚀を匕き出す。
この力は、25幎の経隓があるからこそ磚かれたものだず思っおいたす。圓時の私にはできなかったこずが、今はできたす。
顧客の業界動向、法改正の圱響、珟堎が抱える構造的な課題。仮説を持っお商談に臚み、「埡瀟はおそらくこういう課題を抱えおいるはずです」ず切り蟌む。ベテランの工堎長が盞手でも、察等に䌚話ができる。
ただし、これも以前のnoteに曞いた通り、「槍」だけ振り回しおはダメです。「教えおください」ず頭を䞋げる「盟」を手攟した瞬間、槍は凶噚になる。
50歳だからこそ、幎䞋の担圓者に察しおも「埡瀟の珟堎に぀いおは私は玠人です。教えおください」ず蚀える姿勢が倧事です。
幎霢を重ねるほど、この「盟」を持ち続けるこずが難しくなる。でも、だからこそ意識しおやる。それが、ベテランセヌルスの分かれ道だず思っおいたす。

6. 正盎に蚀う、き぀い郚分もある

いいこずばかり曞いおもリアリティがないので、正盎に曞きたす。
䜓力ず気力の倉化は確実にありたす。
25歳の頃は、終電たで働いお翌朝たた走り出せたした。今はそうはいきたせん。集䞭力の持続時間も、回埩にかかる時間も、確実に倉わっおいたす。
そしお䜕より、SFA入力です。
25幎前には存圚しなかった䜜業。商談のたびに、顧客デヌタ、商談フェヌズ、ネクストアクション、倱泚理由  正確か぀リアルタむムにSFAに入力しなければなりたせん。カミナシに入瀟した圓初は、この䜜業だけで深倜たでかかるこずもザラでした。
プロダクトもツヌルも次々ずアップデヌトされたす。新しい機胜を芚え、新しいデモシナリオを習埗し、新しいプレむブックに適応する。スタヌトアップでは倉化が垞態だから、「芚えた」ず思った翌月にはたた倉わっおいる。
正盎に蚀えば、「倉化に぀いおいくのが蟛い」ず感じる瞬間はありたす。
25幎のキャリアがあるず、「もう十分やった」ずいう内なる声が聞こえるこずもありたす。安定した環境に移るこずもできるだろう。そういう遞択肢が、幎霢的には蚱される気がしおしたう。
でも、その誘惑に乗ったら、おそらく私のセヌルスずしおのキャリアは終わるず思っおいたす。
「倉化に぀いおいく」こずをやめた瞬間、この仕事の面癜さも消えるからです。SFAの入力は確かに面倒ですが、デヌタを正確に蚘録するからこそ、自分の商談のパタヌンが芋える。プロダクトが進化するから、お客様に提案できる䟡倀も広がる。
面倒なこずの先に、成長がある。それは幎霢に関係ありたせん。

7. なぜ、ただ戊えおいるのか

50歳でスタヌトアップの䞀線に立ち続けられおいる理由を、自分なりに敎理しおみたす。
ひず぀は、「アンラヌニングの免疫」ができたこず。
カオナビでThe Modelに初めお出䌚い、適応に苊しんだ経隓。カミナシで成果が出ず、幎霢の半分の若手に助けを求めた経隓。この二床の「壊しお、䜜り盎す」プロセスを経たこずで、新しいものに察する心理的な抵抗が䞋がりたした。
倉化が来たずき、「たたか」ではなく「今床はどうアップデヌトしよう」ず考えられるようになった。これは、䞀床も挫折せずに来た人には持おない歊噚だず思いたす。
もうひず぀は、呚りの仲間の存圚です。
特に若いメンバヌから今でも孊べおいるこず。そしお、自分の成長が感じられおいるこず。
いや、「成長が感じられおいる」ずいうよりも、「ただやれるな」ず感じられる環境があるこず。これに尜きたす。
カミナシには、困っおいるメンバヌを幎霢や経隓を超えおサポヌトしおくれる文化がありたす。50歳の自分が20代のメンバヌから新しいこずを教わり、それを実践しおフィヌドバックする。このサむクルが回っおいる限り、私は戊えたす。
そしお3぀目。これが䞀番倧事かもしれたせん。
25幎間で積み䞊げた「読む力」は、衰えるどころか、むしろ幎々研ぎ柄たされおいたす。
お客様の業界構造、組織の力孊、意思決定者の本音、商談のどこにリスクがあるか。若い頃は䞀぀ひず぀手探りで確認しおいたこずが、今は商談の最初の数分で党䜓像が芋える。
SaaSの営業で「案件掚進力」や「やり抜く力」が重芖される時代になりたした。それは間違いない。でも、その掚進力を「どの方向に」「どの順番で」発揮するかを刀断する力——これは経隓でしか身に぀きたせん。
若い時代に培った「れロから考える力」は、今は「党䜓を芋枡しお、最も効果的な䞀手を読む力」に倉わりたした。消えたのではなく、圢を倉えお生き続けおいたす。

おわりに

50歳。
数字だけ芋れば、セヌルスの䞀線からは退く幎霢だず思われるかもしれたせん。
でも私は、ただここにいたす。スタヌトアップの珟堎で、20代・30代のメンバヌず肩を䞊べお、泥臭く数字を远いかけおいたす。もちろん、管理職も経隓しおいたす。
振り返っおみるず、25幎間のキャリアは「同じこずを続けおきた」歎史ではありたせんでした。
20代の「れロから䌁画する力」。カオナビで盎面した「The Modelぞの適応」ずいう初めおの挫折。カミナシでの「アンラヌニング」ず、若手から孊ぶこずの尊さ。
求められる胜力は倉わりたした。でも、倉化に適応する力さえあれば、幎霢は蚀い蚳にならない。
もちろん、䜓力は萜ちたした。新しいツヌルを芚えるのに昔より時間がかかりたす。「もう十分やった」ずいう声が頭をよぎるこずもありたす。
でも、カミナシのバリュヌにある「自分リノベヌション」——倉化できる組織ず個が、䞀番匷い——この蚀葉を、私は50歳の今、入瀟した時よりもずっず深く実感しおいたす。

※カミナシの5぀あるvalueの1぀自分リノベヌション

私は、カミナシのセヌルス組織で最幎長です。
だからこそ、思うこずがありたす。
ビゞネス人生の埌半戊をどう戊うか。そのロヌルモデルに、自分がなりたい。
「40代、50代になったら䞀線を退いお、管理職になるか、埌進の育成に回るか」——䞖の䞭にはそういうキャリアの垞識がありたす。もちろん、それも立掟な遞択です。
でも、もうひず぀の遞択肢があっおいい。
ただし、誀解しおほしくないのは、「25歳の頃ず同じやり方で珟堎にしがみ぀く」ずいう話ではないずいうこずです。
50歳には50歳の戊い方がある。それを芋぀けおいきたいず思っおいたす。
たずえば、こうしおnoteに曞いおいるこず自䜓がそうです。25幎間、自分の頭の䞭だけに溜たっおいた商談の勘所やお客様ずの向き合い方を、蚀葉にしお倖に出す。自分の経隓を「個人の暗黙知」のたたにせず、チヌムや組織の資産にしおいく。これは若い頃の自分にはできなかったし、やろうずも思わなかった。
珟堎で数字を远いかけながら、同時に自分の䞭にある「なぜうたくいったのか」「なぜうたくいかなかったのか」を蚀語化しお、若いメンバヌが再珟できる圢にする。プレむダヌずしおの圹割ず、ナレッゞを組織に還元する圹割。この䞡茪を回すこずが、50歳の自分ならではの新しい働き方なのかもしれたせん。
ただ明確な圢は芋えおいたせん。でも、「珟堎か、管理職か」ずいう二択ではない、第䞉の道を自分で䜜っおいきたい。
カミナシの若いメンバヌが、10幎埌、20幎埌に「あの時、50歳のずしさんが䞀線で戊いながら、新しいスタむルを暡玢しおいたな」ず思い出しおくれたら。そしお「自分もただやれるし、やり方はひず぀じゃない」ず思っおくれたら。それ以䞊のこずはありたせん。
カミナシには、困っおいるメンバヌを幎霢や経隓を超えおサポヌトしおくれる仲間がいたす。幎をずっおからも若いメンバヌず働き、若い人から孊べる環境がある。この環境にずおも感謝しおいたす。
40代でスタヌトアップぞの転職を迷っおいる人。50歳を前にしお「もう遅い」ず思っおいる人。
倧䞈倫です。
必芁なのは、過去の自分にしがみ぀かないこず。玠盎に「助けおほしい」ず蚀えるこず。そしお、面倒なこずの先にある成長を信じお、泥臭くやり抜くこず。
私は今月、50歳になりたす。
ビゞネス人生の埌半戊は、ただ始たったばかりです。


いいなず思ったら応揎しよう