From Missing Man ― ポケット貸して ―第十七章「Gerbera」
「ねぇ、クリスマスって何してるの?部活?」
「えっと…バイトだね」
「何時まで?」
「六時までかな」
「そっかぁ…」
「どうした?」
「うん、バイト終わってから会える?」
「もちろんいいよ。どこか遊びに行く?」
「家に行ってもいい?」
「いいけど…帰り電車面倒じゃない?自転車で来る?」
彼女は少しだけ間を置いて言った。
「泊まる…って言ったら迷惑かな?」
「え?」
一瞬、頭が止まった。
「…い、いや…いいけど…」
「でも俺、親には言わなきゃな…ってか、そっちは大丈夫なの?」
「うん。OKもらってる」
そして、微笑みながら彼女は続ける。
「じゃあ、バイト終わる時間にお店行くね」
それが三日前の会話だった。
今日はクリスマス・イブ。
街はイルミネーションで彩られ、
どこかみんな浮かれているように見える。
俺は朝からアルバイト。
いつも通り、ハンバーガーを焼きまくっていた。
上がりまであと三十分。
そのタイミングで
早坂店長が言った。
「おい、今日もう少し残れねぇ?」
「すみません、今日はちょっと…」
丁重に断った。
理由はもちろん、彼女だ。
最後の仕事はゴミ出し。
デパートの中の店だから
裏口まで運ぶのが少し面倒だった。
そのときだった。
「おい、タカシ」
同級生で同じバイトの
木津谷がニヤニヤしている。
「彼女来てんじゃん」
店の外を見ると
確かに彼女が立っていた。
それを見た店長も笑った。
「おいおい…」
「お前も幸せ組かよ」
「そりゃ延長断るよな」
そして店長は言った。
「寒いから中で待たせな」
「ココアくらいおごってやるよ」
俺は作業を止めて
彼女を迎えに行った。
「タカ、もう少しで上がりだから中で待ってて」
「寒いし」
「いいの?」
「もちろん」
「俺、ゴミ出してくるから」
彼女は少し遠慮しながら
店の端の席に座った。
そこに店長がココアを置いた。
「はい、これお店のおごり」
「…って言いたいとこだけど」
「あとであいつの時給から引いとく(笑)」
彼女は笑った。
「あ、でも…引くんですね(笑)」
「じゃあ遠慮なくいただきます」
最後の作業を終えて
バックヤードに戻ると
店長がニヤニヤしていた。
「お疲れ」
「お前、可愛い彼女じゃねぇか」
「大切にしろよ」
そして急に声を落として言った。
「…ところで」
「もうヤッたのか?」
「なっ!」
「まだヤッてませんよ!店長!」
店長は大笑いした。
「“まだ”ってことはヤル気はあるんだな」
「今日はクリスマスイブだしな」
「いや、俺そんな…」
「冗談だよ!」
店長は手を振った。
「彼女待ってんだろ」
「早く帰れ」
くわえタバコで売上を計算する店長に挨拶して
俺は店内に戻った。
「お待たせ」
「行こうか」
「うん。ココアごちそうさま」
仲間たちの
ちょっと痛い視線を背中に感じながら
俺たちは店を出た。
「うわ…寒っ」
彼女が肩をすくめる。
「今日ほんとに泊まるの?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけどさ」
「もう泊まるって言ってきたもん」
そして言った。
「寒いからさ」
「ポケット貸して」
あの時と同じだった。
彼女は俺のコートのポケットに手を入れる。
そのまま
ポケットの中で手を繋ぐ。
まだ少しだけ温かい手だった。
「なぁ」
「ちょっと寄りたいところあるんだけど」
「いい?」
「うん、いいよ」
「どこ?」
「まぁ…ちょっとな」
駅とは反対方向へ歩いた。
イルミネーションで輝く通り。
大きなプレゼントを抱えて急ぐ人。
寄り添って歩く恋人たち。
街は完全にクリスマスだった。
「ちょっとここで待ってて」
「え?」
「すぐ戻る」
俺は花屋に入った。
「予約してた者ですけど…」
花屋のおばさんが笑う。
「はいはい」
「こんな感じにしてみたよ」
数分後。
俺は彼女のところに戻った。
「ごめん、待たせた」
「え?何隠してるの?」
俺は花束を差し出した。
「はい」
「クリスマスプレゼント」
彼女の大好きな花。
ガーベラ。
「えーーーっ!」
彼女の顔が一気に明るくなる。
「綺麗!」
「ありがとう!」
「気に入ってくれた?」
「もちろんだよ!」
「しかもピンクのガーベラとかすみ草!」
「You!完璧だよ!」
さすが花屋さんだった。
相談して正解だった。
「腹減ったし」
「家帰るか?」
「うん、いこっ」
駅に着いた。
いつもは彼女を見送るホーム。
でも今日は違う。
今日は
俺の電車のホームだった。
そのとき。
「クリスマスケーキいかがですかー!」
「そこの高校生カップル!」
「クリスマスケーキどうですかー!」
聞き覚えのある声だった。
振り向くと
そこにいたのは ナオ。
「あれ?ナオちゃんバイト?」
「そうだよ」
「もうすぐ終わるから一緒に帰ろうよ」
彼女は少し照れながら言った。
「ごめん」
「今日ね、タカシ君の家行くの」
「え?」
「泊まるってこと?」
「うん…」
ナオは一瞬止まって
ニヤッと笑った。
「そっかそっか!」
「頑張ってね(笑)」
電車がホームに入ってきた。
乗り込む。
発車まで数分。
そのとき彼女が言った。
「あっ」
急に電車を降りて
ナオのところに走っていく。
何かを話している。
ナオはうんうんと頷いて
電車の俺に向かって
両手の親指を立てた。
戻ってきた彼女に聞いた。
「なに話してたの?」
「女同士の話」
「教えない」
そう言って笑った。
彼女は座席に座り
ずっとガーベラを見つめていた。
だから
電車の中では
あまり会話をしなかった。
この夜
俺たちは初めて
夜を越えた。
母親が死ぬほど心配していたから
部屋は別々だったけどな。
