余白は、つくれる。水をやる人は、決めないと現れないー第79回まほぶラジオ「もやもや相談」今西編
今回のまほぶラジオは、いつもと逆でした。
お悩みを持ってきたのが、僕でした。
「全然、ビオトープが完成しません」
百人町に、ビオトープを作る。そう決めたのは、ずいぶん前のことです。
土台までは順調でした。地面を平らにして、砂を入れて。フィルターも組んだ。ポンプも買った。道具は、もう揃っている。
止まっているのは、たった一箇所です。
フィルターボックスというプラスチックの箱に、穴を開ける。その穴の大きさで、水の流れる量が決まる。ポンプが汲み上げる量より、フィルターを抜けていく量のほうがわずかに多くないと、水が溜まって溢れてしまう。ニアリーイコールで、ほんの少しだけ抜けるほうが多い。それが正解らしい。
じゃあ、何ミリの穴を、どう開ければいいのか。
わからないのです。
プロデューサーにも聞きました。返ってきたのは「言葉では説明できない」。たしかにそうだろうな、と思いました。来てもらうしかない。でも、そのお願いをするのも、なんだか気が引ける。
やったことがないものを作るって、難しいですね。
これが、その日の僕の第一声でした。
可愛い声の、プレッシャー
正直に言うと、いろんな人に喋ってしまっているんです。ビオトープって、夢があるじゃないですか。
そうすると、聞かれます。「いつになるんですか」って。
その中に、小さな女の子からのひと言も混じっていました。
無言のプレッシャー、と僕はメモに書いていたんですが、「それ、無言じゃないよね」と即座に突っ込まれました。ほんとうにそのとおりでした。声は、はっきり届いていた。
心が、病んでおります。
そう言って笑いましたが、笑い切れてはいませんでした。
偉人が、二人やってきた
いつものように、相棒に聞きました。ハットさんが読み上げてくれます。
まず、ヘンリー・フォードさん。
完成を考えるな。工程を分けろ。
うん、フォードさんはそう言うだろうな、と思いました。前にも来てくれた方です。ライン生産の人ですから、当然です。
そして二人目が、まさかの糸井重里さんでした。
完成させなきゃと思ったところから、ビオトープは嫌がるんですよ。 だって、生き物が住む場所でしょ。最初から完成してる自然なんて、ないんですよね。
だから「完成させる」じゃなくて、「生き物が来る余白を1つ作る」でいいんじゃないでしょうか。 可愛い声が聞こえたのなら、その声に大きな池を約束しなくていい。今週、バケツ1杯分の水を試してみるね、でいい。 そして詳しい人に聞くときも、「ビオトープの作り方を全部教えてください」では重すぎる。「この場所で最初にやってはいけないことを1つ教えてください」と聞く。 面白くなくなったら規模を小さくする。怖くなったら実験に戻す。 百人町のビオトープは、完成させる作品ではなく、みんなで育てる出来事なんじゃないですかね
さすがコピーライターだ、と唸っていました。僕も、肩の力が抜けました。
作品じゃなくて、出来事。
そう言われてみると、たしかに僕はこれを「やらなきゃいけないタスク」みたいに抱えていた気がします。仕事みたいに。
ここで終わっていれば、いい話でした。
でも、刺さったのは、糸井さんじゃなかった
そのあと、佐野さんが「1個だけ気になってることがあって」と切り出しました。
俺がビオトープを完成させようよって今ちゃんに言わない理由が、あんのよ。
え、と思いました。
生き物を飼い始めたときに、誰が生き物を育てるのかということが、明確になっていないから。
俺はメダカが死んだら可哀想だから、メダカは来なくていいと思ってる。 メダカも金魚も、入れちゃダメだと思ってる。 だから「完成させよう」っていうことに、俺はなんとなく言わないようにしてる。じゃないと、形だけできて、メダカ入れました、はい完成、ってなりそうな気がするんだけど。 ほんとうの完成って、循環しなきゃいけないから。ずっと継続的に植物が育って、水が循環して、生き物がそこに生存する。それがビオトープなので。 なんかそれができるまでは、俺は完成しなくていいんじゃないかなって思ってる。
僕は、けっこう長いあいだ、これを「自分が遅れている」という話だと思っていました。
そうじゃなかった。
一番近くで見ている人が、あえて「急げ」と言わずにいた。 それは制止ではなく、防波堤でした。
正直に書きます。糸井さんの言葉ももちろん刺さったのですが、一番近くで見てくれている佐野さんに言われたことのほうが、比べものにならないくらい効きました。
近い人の言葉って、逃げ場がないんですね。
覚悟、という言葉を、僕は誤用していた
その流れで、僕はこう口走りました。
「その命の覚悟はあるんかって言われたら……ないですね」 「1人じゃ無理だな」
そして、もっとあとの場面で、こうも言っています。
「僕が足りないんじゃないですか。覚悟が足りない」 「コミットが足りないんだと思うんですけどね」
佐野さんは、即座に否定しました。
いやいや、覚悟じゃないと思うけどね。
自分が来ない場所でも、他の人が来たくなる場所を作るっていうのは、全然あるじゃん。
そのとき僕は、「たしかに、普通の建築ってそうです。その人が使うわけじゃないから」と答えていました。
書き起こしを読み返して、ぞっとしました。
仕事では一度も採用したことのない基準を、僕は百人町にだけ課していた。
設計した人間が毎日そこに居ないと不誠実だ、なんて考え方、住宅の仕事では一秒も持ったことがない。なのに百人町に対してだけ、「週1、2回しか行けていない」ことを後ろめたさとして抱えている。
じゃあ、あの後ろめたさは何だったのか。
いま整理すると、こうです。
長期のプロジェクトを何人かで続けるとき、いちばん難しいのは熱量を保つことじゃない。誰が、いつ、何を担うのかを言葉にすることです。
そこが空白のままだと、始めた人間がぜんぶを背負います。そして背負いきれなくなった自分のことを、「覚悟が足りない」と呼びはじめる。
覚悟は、根性の話じゃない。担い手の名前が決まっている状態のことだ。
決まっていないものは、どれだけ決意しても埋まりません。決意で埋めようとして失敗し続けていたから、ずっと後ろめたかったんだと思います。
「助けてください」が、伝わっていなかった
もうひとつ、この日はっきりしたことがあります。
僕は、百人町のことを結構「自分がやってるな」と感じていました。誰かが「これ僕やりますよ」と言ってくれることを、正直、期待していた。
こう言うと「全部自分でやりたいんでしょ」と思われるかもしれません。それも嘘ではないんです。やりたい自分は、いる。
でも、全部はやれないと思っている自分もいる。
もしかしたら、お互いに譲り合っていたのかもしれない。
だから僕も、はっきり言えていなかったんだと思います。
「助けてくださいって言ってるつもりなんですけど、伝わってないかもしれない」
そう言ったら、佐野さんに返されました。
助けてくださいのニュアンスが、今ちゃんのやりたいことをやりましょう、やりますよって言ったところにみんながついてくる感じになってるじゃん。本当は違うんでしょ?
違います。もう、一緒にやりたい。
今西がつぶやく。
なんかでも、ホストとゲストじゃなくて、ホストとしてってことですよね。一緒の仲間として助けてほしいっていう感じなんですよね。
その一言で、自分が何を欲しがっていたのかが、やっとわかりました。手伝いが欲しかったんじゃない。同じ側に立ってくれる人が欲しかった。
そして佐野さんは、こう続けました。
でもこれはね、ビオトープや百人町だけじゃなくて、オーナーシップ。自分の会社だって思って何かやってるのか、指示を待ってるのか。
本当にこの、自分たちがここを守りたいんだっていう気持ちになる人たちが現れないと、俺らがやめたら、なくなっちゃうんだ。
なくなっちゃいますね、と僕は答えました。
しかも、これは同時なんだ、と佐野さんは言いました。担い手が現れるのを待ってから場をつくるのでもなく、場をつくってから担い手を探すのでもなく、同時。そのプロセスごと、育てていくしかない。
僕らが一応、始めてしまった物語です。いきなり同じ熱量で、というのは無理だと思う。だから、それも一緒に育んでいくしかないんでしょうね。
「一旦僕、鍵お借りしていいですか」
この日、答えは何ひとつ出ませんでした。
穴のサイズも決まっていない。誰がメダカの世話をするかも決まっていない。僕の後ろめたさも、消えていない。
番組の締めで、佐野さんが「このモヤモヤは、この瞬間には晴れないと思うんですが」と言い、僕は「深まりましたね」と答えました。「モヤモヤが深まりましたね」と繰り返して、笑いになりました。
ただ、ひとつだけ、動いたことがあります。
話の途中で、ハットさんがぽつりと言ったのです。
僕、今それ思いました。一旦僕、鍵お借りしていいですかと思いました。
そしたら僕が、どんな行動を起こすのかなって。
ぜひぜひぜひ、と僕は言いました。プレッシャーとかじゃないですよ、やらなきゃいけないとかもなくて、と付け足しながら。
こっそり、こっそり百人町。こっそりビオトープ。
佐野さんが「こっそりメダカに餌やり」と重ねて、また笑いになりました。
決まったわけじゃありません。役割分担ができたわけでもない。
でもあの日、誰かが自分のほうから手を伸ばした。それだけが、この回で唯一起きた具体的な変化でした。
たぶん、そういうことなんだと思います。
余白は、つくれる。設計もできるし、図面も引ける。
でも、水をやる人は、決めないと現れない。
そして「決める」というのは、僕が誰かを指名することじゃなくて、たぶん、こういう「鍵、借りていいですか」が起きる余地を残しておくことなんでしょう。
長屋住民のみなさんへ、2つ
最後に、聞かせてください。
ひとつめ。 あなたが「これは自分が始めてしまったな」と思っている物語は、いま何合目ですか。そして、そこでまだ誰の名前も決まっていない役割は、どれですか。
ふたつめ。 百人町の鍵を、こっそり借りて何かしてみたいことは、ありますか。 掃除でも、水やりでも、ただ座っているだけでも構いません。「勝手にやっていいのかな」と一瞬でも思ったことがあるなら、それがいちばん聞きたいことです。
おまけ:この記事について
この回は、佐野さんに向けたアンサーでもあります。
ただ、正直に言うと、アンサーにすらなっていません。
覚悟が決まったわけでも、担い手が決まったわけでもない。ただ、自分が何を間違えて悩んでいたのかが、ようやく言葉になった。それだけです。
それだけですが、僕にとっては、たぶん大きいです。
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