教室の前までは行けた
一人ずつ、謝ってくれた。
「ごめんなさい。」
息子は小さくうなずいて、
「もう、やらないでくれれば、それでいい。」
と言った。
謝ってほしかったわけじゃない。
ただ、もう終わりにしてほしかった。
先生は息子の方を見て言った。
「許せないって気持ちがあるのは当然だよ。」
「二か月も我慢してきたんだからね。」
息子は黙って聞いていた。
「でもね。」
「そういう気持ちを持ち続けるだけじゃなくて、少しずつ楽しかったこととか、いい思い出で上書きしていけるといいね。」
私は心の中で、思った。
ちょっと待って。
まだ早い。
ようやく二か月分の怒りが、
言葉になり始めたところなんだ。
先生が席を外した。
相談室には、私と息子だけが残った。
「……教室、戻ってみる?」
息子は目をパッチリ開けて、固まった。
「無理。」
「絶対無理。」
私は少し考えて言った。
「じゃあさ、教室の前まで行ってみるだけでも行ってみるのはどう?中に入らなくていいから。」
息子は黙ったまま立ち上がった。
相談室を出る。
五年一組へ行くには、
二組の前を通らなければならない。
六月の教室は少し蒸し暑くて、
教室のドアは開いていた。
子どもたちの声が廊下まで聞こえてくる。
息子の足が止まった。
私は二組の先生に声をかけた。
「すみません。一瞬だけ、
ドアを閉めさせてもらってもいいですか。」
先生は何も聞かず、静かにドアを閉めてくれた。
息子は少しだけ息を吐いた。
そして、一組の前まで歩いた。
教室の中を見ることはできなかった。
ただ、ドアのガラスの横に立って、
耳をそっと近づけた。
教室の中からは、
先生の声。
子どもたちの笑い声。
椅子を引く音。
いつもの授業の音が聞こえてきた。
しばらく聞いていた息子が、小さく言った。
「……なんか、いつもと変わんないな。」
安心したのか。
まだ怖いのか。
そのどちらとも違うような声だった。
少しして、
息子はくるりと向きを変えた。
「もう帰りたい。」
「疲れた。」
「ここにいると、ずっと緊張してる。」
「そうだね。」
私は息子の背中を軽くさすった。
「今日はさ。」
「ここまで来られた。」
「先生にも話せた。」
「それだけで十分だよ。」
息子は何も言わなかった。
ただ、小さくうなずいた。
私たちは相談室をあとにして、学校を出た。
教室には入れなかった。
それでも。
あの日の息子にとっては、
教室の前まで歩いたことが、
精いっぱいの一歩だった。
そして私は、
「前へ進む」ということは、
教室に入ることだけではないのかもしれない。
そんなことを、少しだけ思った。
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辛い日々の中でも親子で笑い合えるような
救いがあります。⏬️
安心できる居場所を紡ぐお話です
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この物語の第一話はコチラ
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