楽曲『Do it』に想う……👓
恋人を引き止めるためには、
今より少しだけ、
段取りと勇気が必要だった時代があります。
スマホもない。
LINEもない。
タクシーアプリもない。
あるのは、
降り始めた雪と、
家へ電話をかけるための
公衆電話。
そして……
「今夜は泊まりなよ」
その一言だけでした。
『Do it』。
バブルのきらめきをまとった、
まるで冬の都会の恋愛ドキュメント。
空は今にも泣き出しそう。
彼女は三つ編みをほどき、
二人は人通りの多い街へ駆け出していく。
雪へ変わり始める小雨。
鳴り響くクラクション。
灯りの消えたショーウインドウ。
ここまでは、
なかなかの恋愛映画です。
ところが、この主人公。
突然、
午前1時からの録画を
まだしていないことを思い出す。
海外サッカーか。
F1か。
ラリーか。
……まさか、
タモリ倶楽部じゃないですよね(笑)
キスの前に録画予約。
千里さんの恋愛ソングには、
ときどき現実が、
遠慮なく割り込んできます。
さらに、
空車のタクシーがなくなる。
彼は車道へ下り、
赤色の「空車」の文字を
探して手を挙げる。
ところが彼女から、
「方向が逆よ」のひと言。
……何をモタモタしてるんよ(笑)
バーゲンのビラ。
ドーナツの紙。
積もり始めた雪。
ロマンチックな冬の街角で、
二人だけが立ち尽くす。
その間にも彼の頭の中では、
財布の中に、
福沢諭吉さんがあと何人いるのか。
泊まるとなれば、
どこへ寄って、
何を買って帰るのか。
そんな計算が、
ものすごい速さで
回っていたのかもしれません。
最初から車で来ればよかった。
いやいや、
シャンパンを飲んでるんだから、
それはあきませんよ(笑)
恋とは、
気持ちだけでは進まない。
録画予約。
タクシー。
財布の中身。
そして、家への電話。
あの頃の恋には、
越えなければならない
小さな関所が、
いくつもありましたよね。
だけど彼が、
彼女を引き止めたい理由は、
決して、
野生の本能だけではないのでしょう。
「さよなら」と言うたびに、
苦しくなる。
ただ、
もう少し一緒にいたい。
もう少しだけ、
彼女の髪に積もった雪を、
そばで見ていたい。
この主人公が遅らせたいのは、
時計の針だけではありません。
二人でいられる時間。
そして、
いつか訪れるかもしれない
「さよなら」までの時間。
『Do it』。
恋を強引に進める掛け声ではなく、
「今夜だけは、まだ帰らないで」
そんな気持ちを、
たった二文字に込めた、
不器用で優しい言葉だったのかもしれませんね。
Written by りんたろう……✒
