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10時間 第五章 ✤欲望✤

【お知らせ】
「10時間」第五章は、メンバーシップ先行公開です。
一般公開は、第六章(最終章)公開時を予定しています。

第四章も一般公開しました。


第五章【欲望】


家を出た俺は、駅とは反対方向へ向かった。

小さな川がある。

その川へ続く道。
そして、川沿い。

そこを、もう一度見ておきたかった。

かつて、部活の自主練で走り込んだこともある。

そして、飼い犬とよく散歩した道だった。

川沿いに立つ桜の木は、どっしりと根を張り、時間が止まったかのように、そこにいた。

俺は桜の幹に手をあてた。

そして、気づけば呟いていた。

「死にたくない……」

桜の根元に、涙が落ちた。

かつて、犬がおしっこをかけていた場所だった。

こんなところで、死にたくない。

強く思った。

いや。

願った。

俺は川沿いを離れた。

携帯電話を見る。

22時28分。

ポケットから、あの紙を取り出した。

そこに書かれた時刻の23:44まで、
もう時間は残されていなかった。

駅へ急いだ。


駅までの途中で、ミサキに電話をかけた。

出ない。

呼び出し音が途切れ、留守番電話に切り替わった。

俺は何も言わず、電話を切った。

焦っていた。

ここからミサキの住む駅までは、電車で35分程度。

迷っている暇はなかった。

22時45分発の電車がホームに流れてきた。

乗り込む前に、
もう一度、ミサキに電話してみたが
結果は同じだった。

車内は空いていた。

座席に腰を下ろす。

動き出した電車の
窓の外を眺めていた。

暗い街が、流れていく。

途中、ミサキにメッセージを送った。

「今、電車でミサキの最寄り駅に向かってる」

既読になれ。

既読になれ。

そう思いながら、画面を見つめるが、既読はつかない。

何とも言えない焦燥感。

いや。

これは、絶望感なのかもしれない。

時刻は、
22時54分。

残り50分。

携帯の画面には、ミサキとのトーク画面。

俺は、既読のサインがつかないか、ずっと眺めていた。

23時04分。

残り40分。

電車は確実に、俺とミサキの距離を縮めている。

それなのに、不安だった。

「もし、いなかったら」
「どこかへ出かけていたら」
「もう寝ていたら」

そんな考えが、次々と浮かんでは消えた。

でも、もう戻れない。

どうにもできない。

時間とは逆に、焦りは増す一方だった。

俺は画面を見つめながら、目を閉じた。

いろんな記憶が、頭の中を駆け抜けた。

それはまるで、短い映画を早送りしているようだった。

動物園。

自転車。

公園。

自動車。

テーマパーク。

フェス。

レストラン。

校舎。

体育館。

父。

母。

悪ガキ。

同級生。

担任。

元カノ。

卒業式。

入社式。

同僚。

飼い犬。

時系列なんて、めちゃくちゃだった。

それでも、どの記憶も昨日のことのように鮮明だった。

そして、不思議なことに。

思い出の中の人たちは、みんな笑っていた。

良い笑顔だった。

飼い犬のロンまで、笑っていた。

俺は目を開けた。

23時15分。

残り30分。

その時。
携帯が震えた。

ミサキからのLINEだった。

「えっ、お風呂入ってたww」

続けて、

「電話も、どうしたの?」

と届いた。

指が止まった。

なんて返せばいい?

「死ぬかもしれない」「俺に残された、、、」

そんなこと、書けるわけがない。

しばらく考えてから、文字を打った。

「ごめん。なんか実家行ってミサキの話したら、急に顔が見たくなってね」

送信。
すぐに既読がついた。

「ちょうど、駅前のコンビニ行きたかったから、少し駅前で待っててよ」
「今、どのあたり?」

「もう少しで、最寄り駅につく」

「はーい😊」
「後で連絡するね」

俺は携帯を握りしめた。

安堵感があった。

間に合う。

まだ間に合う。

そう思った。


俺が駅に着いたのは、
23時20分頃だった。

改札を抜けて、駅前のコンビニを目指して歩いた。

23時23分。

残り21分。

「着いた」
それだけ送った。

既読はつかない。

コンビニに入り、缶コーヒーを買った。

外へ出る。

店の脇に設置された灰皿の横に立った。

タバコを取り出す。

焦りのせいなのか。

手が震えていた。

タバコを口に運ぶ。

その手が、ガタガタと震える。

まるで、ブリキのおもちゃのようだった。

ライターを持つ手も震えていて、
何度か失敗して、ようやく火を付けた。

タバコを吸う。
煙を吐く。

缶コーヒーに手を伸ばす。

指先が、尋常じゃないくらい震えていた。

缶がうまく掴めない。

なんとか持ち上げ、口に運ぶ。

その瞬間。

コーヒーがこぼれた。

お気に入りのシャツに、黒いシミが広がった。

「さ、…最悪、、」

23時27分。

残り17分。

俺は震える手でタバコを吸いながら、ミサキを待っていた。

時間が、長い。
待っているには長すぎる。

なのに。

俺に残っているであろう時間は、短い。

カウントダウンは、確実に進んでいた。

もし死神がいるなら。
もう、隣の駅くらいには来ているのかもしれない。

その時。
携帯が震えた。

「ごめんね! 今から、向かうよん♩」

23時29分。

残り15分。

俺は携帯を握りしめた。

「来る」
それだけで、少し安心した。

でも、
「早く来てくれ」
そう願っていた。

期待と懇願、
不安と絶望。

自分でも感じたことが無い感情が
渦巻いていた。


その頃、ミサキは家を出た。

マンションを出て、数歩歩いたところで立ち止まる。

「あっ……」

玄関の靴が散らかっていた。

「アキラ、そういうの嫌いなんだよな」

ミサキは一度、家へ戻った。

出しっぱなしになっていた靴を下駄箱にしまった。

それから、もう一度家を出た。

「今から向かうよん♩」

そう送ってから、たった数分の出来事だった。


ミサキは、待ち合わせのコンビニに向かって歩いた。


23時35分。

俺は交差点の信号を眺めていた。

赤。

青。

赤。

青。

点滅。

何度、信号が変わるのを見ただろう。

さすがに、この時間の人通りは少ない。
車も、それほど走っていない。

手の震えは、まだ止まらなかった。

携帯を見る。

23時37分。

残り7分。

「まだ……か?」

俺は、そう呟いた。

そして、また時計を見る。

23時38分。

青。

点滅。

23時39分。

「まだ?」

メッセージを送った。

既読はつかない。

23時40分。

また、タバコに火をつける。
煙を吐く。
味のしないコーヒーを震える手で飲む。

23時41分。

交差点の向こうに、人影が見えた。

男性だった。

違う。

23時42分。

駅から、何人かの降車客が出てきた。

俺はタバコを消した。

23時43分。

もう一度、交差点の向こうを見る。

人影。

今度は、見覚えのあるシルエット。

ミサキだった。

「ミ、サキ」

「ミサキーーーッ!」
思わず声が出た。

ミサキが、こちらを見た。

笑っていた。

「遅いよ!」

待ちきれず、俺は抗議の言葉を投げた。

ミサキは胸の前で手を合わせて

「ごめん」のポーズをしていた。

俺は携帯を見た。

23時44分。

その数字を見た瞬間。
胸の奥が、冷たくなった。

俺は顔を上げた。

ミサキが何かを言っているが、
聞こえない。

目の前に、ミサキがいる。

会いたかった。

ずっと。

会いたかった。

俺は、走り出していた。

ミサキとの距離が縮まっていく。

あと少し。

あと少しで、手が届く。

その時。

「アキラ――」って
ミサキの口が動いたように見えた。

だが、声は聞こえない。

何かがおかしい。

それでも俺は走った。

ミサキの香りがする。

手を伸ばしてみたが届かない。

もう一度、手を伸ばす。

その瞬間。

強い力で引かれ、
身体がふわりと浮き上がった。

「……えっ?」

ミサキの笑顔が消えた。

驚いた表情に変わる。

伸ばした手が何もない空間を
かきむしっていた。

その手の先にいるミサキ。

そして――

俺の意識は、白い光に包まれた。


【あとがき】
第五章【欲望】を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

予告編では、第五章で完結予定と書きましたが……

終わらなかったꉂ🤣𐤔

さて。

アキラが最後に見たものは――。

そして、彼はどうなったのか。

物語はいよいよ、最終章へ。

第六章【終着/執着】

「10時間」、その結末を見届けてください。

jinsei

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