10時間 第二章 ✤疑心✤
【お知らせ】
「10時間」第二章は、メンバーシップ先行公開です。
一般公開は、第三章公開時を予定しています。
第二章 【疑心】
気がついた時、俺は自分の部屋にいた。
起き上がろうとすると、頭が痛かった。
「あっ……さっき転倒した時、頭打ったのか?」
どれくらいの時間、気を失っていたのか分からなかった。
しかし、妙な夢だったよな。
「イテテ……」
身体を起こす。
「ん?」
左手に、紙を握っていた。
紙を見る。
【再生同意書】
目が冴えた。
夢の続きではなさそうだった。
再生同意書と書かれた紙の中身を確認する。
そこには、
【死亡審判を一時的に停止する】
【再生のため、10時間の猶予を与える】
などと書かれていた。
「なんだよ、これ?」
そして、最後に
【死亡日時、2026年8月8日、23:44】
とあった。
「8日って、今日じゃないか……」
腕時計を見る。
8月8日、13時50分。
「……あと10時間」
死亡日時が書かれた紙切れを見つめ、
アキラは茫然とした。
「うっ……」
鈍い痛みはあったが、何とか大丈夫そうだった。
もう一度、紙切れを見る。
「10時間後に死亡?……嘘だろ」
時刻は14時に近づいていた。
「バカバカしい。悪趣味ないたずらだよ、まったく」
そう言い聞かせるように呟いた。
「腹減ったな。ど、う、せ、死ぬんだし、好きにしよっかなと」
肯定したわけではない。
本当にバカげていると思っていた。
それなのに、つい頭に浮かぶ
人生最後の……
「腹が減っては……」
アキラは家を飛び出し、駅前へ向かった。
キャッシュディスペンサーで現金を引き出す。
財布に、まとまった金をねじ込んだ。
「もう、好きにしよう」
やけくその決意。
そんな感情がわいてきた。
駅前のステーキハウスに入った。
シーザーサラダ、ヒレステーキにハンバーグそして大ライスを注文した。
「すいません。ビールください」
食べたかった食事と、飲みたかった酒。
最高の時間のはずだった。
なのに、紙切れに書かれた
死亡日時が頭から離れない。
時計を見る。
肉を口に運ぶ。
ビールを飲む。
また時計を見る。
味が分からない。
会計を済ませると、モヤモヤした憂さ晴らしでもするように、
あてもなく電車に乗って繁華街を目指した。
デパートに寄った。
欲しかった靴を買った。
彼女への誕生日プレゼントも買った。
人気のお菓子も、ついでに買った。
腕時計を見る。
16時11分。
「あと、8時間無いのか」
そう呟いてから、アキラは自分で笑った。
「いやいや……」
やっぱりバカげている。
そう思って、紙切れをデパートのゴミ箱に捨てた。
喫茶店に入り、タバコを吸った。
「フーー……」
落ち着け。
落ち着け。
冷静になるんだ。
アイスコーヒーを、ストローを使わずに飲む。
旨いはずのコーヒーは、
またも味がしなかった。
アキラは、
例えられない感情と戦っていた。
「本当に俺は死ぬんだろうか?」
事実は分からない。
ただ、もし本当だとしたら。
食事や買い物で、時間なんか使っている場合ではない。
「くそっ」
彼女に電話しよう。
喫茶店を出た。
ポケットから携帯を取り出した、その時だった。
折りたたまれた紙が、足元に落ちた。
「あれ、なんだこの紙は、、、」
拾って、広げてみた。
【再生同意書】
「……え?」
さっき捨てたはずだった。
「さっき捨てたのに!」
「くそっ……」
紙を握りしめる。
「くそっ、くそっ。なんだっていうんだよ……」
電話の履歴から、彼女に電話をかけた。
携帯電話の時刻は16時58分。
やたらと時間が目につくようになっていた。
数回の呼出音が、やけに長く感じた。
「出てくれ」
そう思う一方で、
「出たら、なんて言う?」
頭の中を、同じ言葉がぐるぐる回る。
答えは出ない。
やがて、
「もしもし。どうしたの?」
彼女のミサキだった。
いつもと変わらない電話の声に、少しだけ安心した。
「ん、いや……何でもない」
「…大丈夫? なんか変だよ」
「いや、大丈夫だよ。来週の映画、楽しみにしてる」
「うん、わたしもすごく楽しみ! あと、イタリアンのお店も予約してくれたの、行きたかったから嬉しい」
「あぁ。ミサキの誕生日のお祝いだしね。昨日も少し、お店のメニュー見てた」
「わたしも見てる。グラタンは絶対食べるんだ~」
「うん」
「あっ、あとさ。口コミにね、ミートソースのスパゲッティを推してる投稿が多いんだよね」
「そうなんだ」
「コースより、絶対アラカルトがいい気がするんだけど、どうかしら?」
「……」
「アキラ、聞いてる?」
「あぁ。あれもうまそうだよね」
「風邪でも引いたの? なんか変だよ、やっぱり」
「いや、大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん」
「なら、いいけどさ」
少し間を置いて、ミサキが言った。
「今から、何着て行くか悩んでるんだ~♩」
「……」
「ねぇ、やっぱり今日なんか変だよ」
「大丈夫だよ。ごめん……な」
「あやまんないでよ。とにかくデートは体調万全にねっ」
「うん、うん」
結局、言えなかった。
今日、死ぬなんて。
言えるわけがなかった。
電話を切った。
涙が出た。
泣いていた。
涙の訳は……。
分からなかった。
怖いのか。
悲しいのか。
悔しいのか。
それとも、ただミサキの声を聞けたことが嬉しかったのか。
考えても仕方ない。
そう思った。
もし、【再生同意書】が本物なら、
残された時間はわずかだった。
アキラは、紙を握りしめたまま、しばらくその場から動けなかった。
舗装された歩道に、涙が染み込んでいた。
【あとがき】
第二章を読んでくれてありがとうございます。
アキラの心が動き出した。
揺れる感情に再生同意書が静かに忍び寄る。
刻々と刻まれる時間。
10時間は、アキラに何を残すのか。
第三章でお会いしましょう。
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