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痛かった話🥲

 最近noteを読んでいたら栗🌰のトゲが
刺さった話をしている方がいました。

「栗かぁ〜、アレ痛いんだよな」

かなり幼少期の思い出が蘇って来ました。

子供の頃の遊び場は近くの山々です。

近所のガキ大将にくっついて
遊び回っていました。

記憶はガキ大将たちが山の際にあった栗の木を
ゆすって実を落とす様子を下から眺めている
場面から始まります。

私は栗の木のほぼ真下にいて落ちて来る栗を
ぼんやり見ていました。

田舎っぺの子供たちの集団です。
「あぶないから下がってて‼️」なんて
気の利いたことを言う子は皆無です。

そして・・・



顔に激痛が~‼️‼️



鼻👃の頭に青いイガ栗が

落ちて来たのでした。😭


数メートル上から落ちて来た栗、
その痛さたるや相当なものです。


後から思い返すと、
左右のどちらかに栗がずれていたら

目👁️に直撃していたかも
しれないのです。😨


それを思うと

今でもゾッとしてしまいます。😱



次の【痛い】は
近くの山頂にあった果実運搬用ケーブル
でのできごとです。

昔は近所の山々にみかんの樹が
沢山植わっていました。

収穫の時期には山全体がオレンジ色に
染まるほど栽培が盛んでした。

山の上で採れたみかんは所々に設置
された運搬用ケーブルを使って
地上に降ろされます。

悪ガキ数人で山頂にあったケーブルに
ぶら下がって遊んでいたときの事・・・


それは、
突然動き出したのです・・・😨



「あっ⁈」と思った時には急峻な

谷に浮かんでいました。


山頂から地上までのケーブルの角度は
30~40度位はあったと思います。

たぶん、果実などの荷物を降ろす時には
ブレーキを調節しながらゆっくり
降ろすのだと思いますが、

小さい子供の集団ではそんな知恵は
働きません。

体重が軽い子供とはいえノーブレーキの
ケーブルで山頂から下って来ると
凄い勢いで地上に向かってスピードが
上がっていきます。

おそらく最高地点では地面まで10mは
あったかと思います。

怖くなって手を離したらほぼ死ぬ高さ
だったでしょう。

地上にはケーブルの終着地点に小屋が
ありました。

そこにノーブレーキで突っ込んで
行ったのです。🫣


バキッッ!!!!😵


小屋の中にあった10cm角の木柱が
衝突の勢いで折れてしまったのです。

もの凄い勢いで小屋に突っ込んだ
私は、勢いを止めるために
ライダーキック状態で柱を蹴っ飛ばした
のでした。

他の子どもたちは何事か叫びながら
山道を大きく迂回して
ケーブルの終点まで下りて来ました。


私は柱に激突した衝撃でまともに
歩けなくなっていました。


友達に肩を借りて何とか家に帰った
記憶が微かに残っています。

ただ、太っとい柱をへし折った割に
足は無事でほどなくして回復したの
でした。😅


最後はこちら👇👇👇

この治療のときのこと・・・

ヒザ関節のちょっと上を折ってしまった
ので手術で金具は入れられないらしく
自然治癒で骨がくっつくのを待つ
治療になりました。

ただ、筋肉が縮んで骨が突き出て
しまうため、足を牽引する必要が
あるそうでした。

何をするかと言うと・・・🥲


膝上の骨の中に金属の棒を貫通させ、
ベッドの足元に滑車で重りをぶら下げ、
骨🦴を引っ張るのです。


足に穴を開けるのだから
麻酔は打ったはずですが
体感では全く効いて
いませんでした。😱


足に穴を開ける器具は

手動のドリル😦です。



何であんなに麻酔が効かなかったのか
素人には分かりませんが、とにかく
あまりの痛さにのたうち回っていました。


ただ、穴あけの先生は容赦なく

ドリルをゴリゴリ
回し続けたのです。😖


今でも私の膝上の両側には
金属棒が貫通した痕が残って
いるのです。


前述のnoteにも書きましたが、
バイク事故で大腿骨をポッキリ
折った時の痛みの記憶は全く
ありません。

と言うか、
事故のちょっと前からの記憶がすっかり
無くなっているので痛いも何もないのです。


🔷痛かった話の追加(6/21)
 👇一つ思い出しました。

 子供の頃から父の仕事は大工でした。
庭にはトタン屋根の資材置き場があり、
物置小屋にも無数の建築資材があふれて
いました。

小さい頃、何故か裸足や薄っぺらいサンダル
を履いて庭でよく遊んでいました。

そして、父の管理が大雑把だったのか❓
庭には釘がよく落ちていたのです。


そうです、

その釘を何度も
踏んでしまい、
足の裏に深く
刺していたのです。


しかも、錆びた釘を・・・😨


子供の頃の感覚ですが、
多分五寸釘くらい太い釘が
子供の柔い足裏に深く深く刺さり、
ちょっとやそっとでは
抜けなくなっていたのでした。


アホな子なので何度も足に刺さって
親に泣きついて抜いてもらったのですが、
錆びた釘をどうやって抜いたのか
全く記憶に残っていませんでした。


病院に行った覚えは無いので
ペンチか何かで無理矢理抜いた
のだと思います。


たぶん、あまりの痛さで
記憶が封印されて思い出せない
のだと思います。

痛かった思い出は以上です。


おまけ🫱

子供だけで遊びに行った一級河川で
大きいガキ大将に肩車されて
深みに連れて行かれ

溺れてほぼ死にかけた事も
ありました。



水中でもがきましたが、
身体は沈むばかりです。
多分、当時は幼稚園児くらいだったと
思います。
泳げる訳がありません。😓

ただ、水中に沈みながらも私の回りには
無数の川魚🐟たちが泳いでいて、
「うわっ、すごい魚‼️」と
しっかり眺めていた記憶はありました。


どうやって助けてもらったか
記憶にありませんが、
肺🫁に水💦を吸い込んでしまったので
陸に上がってもまともに呼吸が出来ず
しばらく苦しんでいた覚えがあります。



かなり幼少期の思い出ですが、

呼吸しても空気が入って来ない
苦しさは今でも恐怖の感覚として
残っています。



だからと言って、水が怖くなったという
ことも無く、川遊びはその後も平気で
続いたのでした。


そんな痛い話と
死にかけた話を
思い出したので
noteしてみました。




おしまいです。👋
ありがとございました。🙏