見出し画像

34.焼きを入れる

体育の授業が終わって休み時間に自分の席にいると、「おーい!マコっち〜!!」と聞こえてきた。

声の方に目をやると、アカネちゃんが廊下側の窓から身を乗り出して、私に手を振っている。
窓際の席の大人しい男子が、小さくかがんで姿勢を固めている。
怯えているようにしか見えないのは私の色眼鏡か?

立ち上がり、アカネちゃんに近付くと、
「携帯は?」と言われ、
「カバンの中」と言うと、
「おーいー!それは持ってこいよぉ!アカネと連絡先交換する約束やったやんけー!」
とふてくされた。
ほんとに来るとは思ってなかった。

私たちの組み合わせは真逆すぎて、傍から見たら、私はこれからカツアゲでもされる餌食となった人にしか見えてないだろうなと思った。

カバンから携帯を持ってきて、連絡先を交換する。アドレス帳に登録する時、名前を「アカネちゃん」と入力した。

「ちゃん付けじゃなくていいって、アカネでええよ!」とアカネちゃんが言う。

「いや、ちゃん付けで呼ぶわ」
「なんで?アカネはマコっちって呼ぶけど?」
「私の呼び方はなんでもいいけど、自分が人のこと呼び捨てにするん、なんかムズムズするから無理やねんよな」
「まじ意味わからーん!同い年やのに?」
「うん、年齢はあんま関係ないねん」
「マコっちヘンなの!まあ、了解〜!」

これは今でもそうだけど、私は誰に対してもよそよそしさがずっとある気がしている。お互いにとって良い距離感を保つというよりかは、いつまでも私だけが『よそよそしい』。

人の懐にサッと入り込める、人との距離が近い無邪気で愛嬌のある子には、自分の今世ではどれだけ努力してもなれないであろう天性の才能のようなものを感じて、心底羨ましい。
アカネちゃんも、そんな要素がある子だった。

私は、人との距離感が欲しい心理が働くのか、今まで友達からは呼び捨てで呼ばれても、弟以外の人のことをあだ名以外では呼び捨てにしたことがない。

「なぁ、今度学校の前に〇〇(某ファーストフード店)でダベろう」と、お誘いを受けた。

ちょうど、今のペースで働いていると扶養から外れてしまいそうで最近は出勤日を数日減らしていたこともあり、
「バイトがない日やったらいいよ」と言った。

「よっしゃー、んじゃ決まりな!いつにする?」
とその場で待ち合わせの日時を決めて、解散した。


その後、アカネちゃんからは「今何してる?」とか、どうでもいいような内容のメールが届いたり、急に電話がかかってきたりもしたけど、連絡を取るのは楽しかった。

携帯を買ってもらって良かったと、アカネちゃんと連絡を取るようになって初めて思った。 



そして、ファーストフード店でダベる日になった。夕方に待ち合わせして、店へ向かう。

ダベると言っても、普通に注文して普通に店内で食べながら話すだけみたい。
ヤンキー用語は色々あって、難しい。

待ち合わせにはアカネちゃんだけが来るのかと思ってたら、もう1人知らないヤンキー女子もいた。

その子は綺麗めなギャル寄りのヤンキーで、つけまつげもしているし爪もキラキラしていて長い。しかしアカネちゃんと色違いの、PUMAのジャージを着ている。
アカネちゃんと違って、無口でクールな感じ。
別の定時制高校に通っているらしかった。

私は少食でセットを全部食べられないから、ポテトのSとドリンクのSだけ頼むつもりでいた。

アカネちゃんに「何頼むん?」と聞かれたので、それを言うと「少なっ!」とびっくりされた。

「だから痩せてんねや〜、羨まし!アカネは今からでかいハンバーガーのセット食べるし、しかもポテトもLにするから。ほんで、学校行ったらたぶん給食のパンも食べるけど、引かんとってな!」
と言っていて、そんなに沢山食べられることが羨ましかった。

店は中途半端な時間にも関わらずかなり混んでいて、3人で長蛇の列に並んだ。

だんだんと自分たちの番が近付いてきた時、カウンターの奥の店員の中に、見覚えのある顔が見えた気がした。

よーくその店員を目で追ってみると、私がコンビニでバイトしている時にいつも嫌なことを言って絡んでくる、女子高生のお客さんだった。

手元で作業をしながら口笛でも吹いているのか、少し小刻みに頭を左右に揺らしながら口を尖らせて、たまに息継ぎしているようだった。

自分の中で、サーッと血の気が引いていく感じがあった。

「ごめん、お金渡すから、私の分も買ってきてくれへん?」
とアカネちゃんたちに頼んだ。

アカネちゃんと、その友達のギャルのヤンキー女子が、「急にどうしたん?」と聞いてくる。

「いや⋯店員の中に、私がコンビニでバイトしてる時に絡んでくるお客さんがおる」

「はぁ?どいつなん?」

急に2人が眉間に皺を寄せて殺気立ったので、これ以上正直に答えるべきか悩んだけど、もう遅かった。


「早く答えろ」と言わんばかりに、なぜか私が強烈に睨まれている。
これがアカネちゃんがよく言う、「メンチを切る」というやつ?あぁ、怖い⋯。

私は正直に、あそこの真ん中で口笛を吹いてる子と言った。
どんなことをされたり言われたことがあるのかを聞き出され、それも言う。

昼間に働いているので学校に行っていないと決めつけて馬鹿にしてきたり陰口を叩かれたり、わざわざ呼び出してレジをさせて、早くしろと煽られたりしていると。

「そういうことで、あの子と関わりたくないから⋯席、取っとくわ」
とお金を渡して列から抜けようとすると、腕を掴まれた。

「おいマコっち、逃げんなってば!うちらが焼き入れたるから隣におれって。マコっちはなんもせんでいいし、喧嘩はせんから」と怒られた。

「いや、別にいいねんてば⋯てか、焼き入れるって何するつもりなん?」

と言うものの、2人とも全く聞かずにフルシカトを決め込んでいる。

『はぁ⋯面倒くさいことになってしまった⋯こんな偶然ある?』と思った。

フルシカトされているので列から抜けるに抜けられなくなり、仕方なくその場にいた。
これから起こることを想像しては、怯えた。

焼きって、なんなんでしょうか⋯?
大事になりませんように⋯
お願いですから、喧嘩になりませんように⋯

そしてついに私たちの番になった時、アカネちゃんがレジ担当のカウンターの店員に、こう言った。

「あのー、そこの後ろの女の店員さん、さっきから口笛吹きながら仕事してますけど、仕事ナメてます?誰も注意してあげへんのですか?」

レジ担当の店員が、バッと後ろを振り返る。

そこには、バツが悪そうに上下の唇を内側に折り畳み、手を止めて固まったまま1点を見つめている、例の女子高生がいた。

チラリと目だけで一瞬こっちを見た時、私と目が合って明らかに驚いた目をして、すぐに反らした。

レジ担当の店員が前に向き直って、「申し訳ございません」と言う。
アカネちゃんは、「列並んでる時からずっと不快やったんで、本人に謝ってほしいでーす」と言った。

レジ担当の店員がもう一度振り向いて、少し後すざる。
代わりにおずおずと、例の女子高生の店員がやや俯いたまま、カウンターの方へ出てくる。

アカネちゃんが、
「遠いな」と言って距離を近付けさせてから、その子と隣にいる私たちにしか聞こえないくらいの小声で、

「おまえさ、この子のこと知ってるよな?この子がバイト中に、わざわざ指名して嫌がらせしとうらしいやん。だからうちらも指名した。うちのダチになんか文句あるんやったら聞くけど?」
と言って、私の肩に腕を回した。

ダチって⋯。私はなぜかムズムズしていた。

「すみません⋯⋯」
その子は私の方を見れないまま、小声でそう言った。

「もう嫌がらせしません、店にも2度と行きませんって言えや。今ここで誓え」

「もう嫌がらせしません⋯店にも2度と行きません⋯」

「しょうもないこと2度とせんといてねー。てかうちら、ちゃんと学校行ってますし〜」

最後のセリフだけ普通の声量で言って、注文した品を受け取り、席へ移動した。

周りのお客も、すっかり静かになってしまっていた。

席に着いて、ちょっとやりすぎなんじゃ?と思うものの、自分のためにしてくれたことなので、「ちょっと、アカネちゃん⋯」と言ったものの、先の言葉が続かず、まごまごしてしまう。

ギャルのヤンキー女子が、
「ああいうやつって痛い目見な分からんと思う。うち、自分より弱そうなん狙ってイキるやつは許せん。また店来るようになったらすぐ教えてな?今日した約束は守ってもらわんとな〜」

とバニラシェイクを吸いながら、ケタケタと笑っていた。

アカネちゃんは、
「アイツが作ったハンバーガー食うのいややわー!腹減ってるし食うけどなー!」
と言いながら、ガツガツと宣言通りにでかいハンバーガーとLサイズのポテトを貪っていた。

「うまいうまい!」と言って、さっきまでのことなんてもう何にもなかったような、もしくは全部忘れているみたいな感じだ。

たぶん、こんなことくらいアカネちゃんたちからしたら日常茶飯時で、何でもないことなんだろうなと思った。

私は「さっきはありがとう⋯」と呟いて、ポテトと飲み物をチビチビと食べた。
緊張していたせいか、スムーズに喉を通らなかった。

そしてその日以来、本当にバイト先のコンビニに例の女子高生2人組が来ることは一切なくなった。

店の外で見かけることもなかった。しばらく、急に背後から襲われたりしないか警戒していたけど何にも起きなかった。

アカネちゃん曰く、ファーストフード店にもそれ以来いつ行っても全く見ないので、辞めたんじゃないか?とのことだった。

「だからまた一緒に行こうや!」
と誘ってくるところが、アカネちゃんらしいなと思った。


いいなと思ったら応援しよう!