「『そのうち読まれる』——その”そのうち”は、一生来ないかもしれない」SNSなしで、最初の集客方法
8月19日の夜、私は、妻と娘達から『鳴り止まないスマホの通知音で』注意され、その時気づきました。
今までは、noteを書いても、誰にも見られていないかった。という事実に気づきました。
その時、過去の事を思い出しました。
数日前の私は、深夜1時頃に、またスマホでnoteのビュー数を確認していました。
「3」
3人。
しかもそのうち1人は多分、間違ってタップしただけの人です。
2時間かけて書いた記事でした。
構成を考えて、言葉を選んで、何度も読み返して、これなら誰かの役に立つはずだと思って公開した記事でした。
それが「3」でした。
画面を閉じて、また開いて、もう一度数字を確認する。
変わっていない。
当たり前です。
まだ10分しか経っていないから。
それでも確認せずにはいられませんでした。
誰にも気づかれずに、記事は静かに埋もれていく・・・
noteには、今この瞬間にも、無数の記事が投稿され続けています。
私が公開した記事も、その他大勢の記事のうちの、たった一つ。
タイムラインを一瞬だけ流れて、次の記事に押し流されて、そのまま二度と誰の目にも触れないまま、静かに沈んでいく。
怖いのは、これが「悪い記事だったから」ではないということです。
私はそのとき、自分の記事の中身が悪いのかもしれないと思って、何度も読み返しました。
でも、読み返せば読み返すほど、「これはこれで悪くないはずだ」と思う自分がいました。
それなのに、数字は「3」のまま動かない。
自分の努力と、目の前の現実の数字が、まったく釣り合っていない。
この感覚が、一番こたえました。
「いつか誰かが見つけてくれる」という希望が、少しずつ崩れていく・・・。
最初のうちは、まだ希望がありました。
「今はまだ誰も知らないだけで、そのうち検索で引っかかるようになるはずだ」
「続けていれば、いつか誰かがシェアしてくれるはずだ」
そう思って、また次の記事を書きました。
今度こそ、と思って。
でも、次の記事も「5」でした。
その次は「2」でした。
続けるほどに、希望は少しずつ薄くなっていきました。
「いつか」がいつまで経っても来ない。
むしろ、書けば書くほど、「自分にはこのまま何も起きないのではないか」という不安のほうが、少しずつ大きくなっていきました。
何が悪いのか、わからないことが一番苦しい
一番つらかったのは、原因がまったくわからなかったことです。
文章が下手なのか。
テーマが悪いのか。
タイトルが悪いのか。
それとも、そもそも見られる場所に自分の記事が存在していないのか。
わからないまま、ただ数字だけが目の前に突きつけられる。
原因がわからないから、次に何を直せばいいのかもわからない。
わからないまま、同じやり方で次の記事を書いて、また同じように数字が伸びない。
この「わからないまま繰り返す」という状態が、一番体力を奪っていきました。
頑張っているのに、誰にも気づかれていないという感覚・・・。
仕事終わりの時間を削って、休日の予定を減らして、記事を書く時間を作っていました。
それだけの時間を使って、それだけの労力をかけて、出てくる結果が「ビュー数一桁」だったとき、正直、心のどこかが折れる音がしました。
頑張っている、ということ自体は、誰にも否定されません。
でも、頑張りが誰の目にも触れていないという事実は、頑張りそのものを、少しずつ意味のないものに感じさせていきます。
「このまま続けて、本当に何か変わるんだろうか」
「自分がやっていることは、誰にも届かないまま終わるんじゃないか」
そういう考えが、ふとした瞬間に頭をよぎるようになりました。
特に、静かな夜、スマホの画面だけが明るい部屋で、一人でビュー数を確認しているときに、そう頭の中をよぎりました。
今、同じ数字を見ている人へ・・・
もし今、あなたが公開したばかりの記事のビュー数を、何度も確認してしまっているなら。
一桁の数字を見て、それでも次の記事を書こうとしている自分に、少し疲れを感じているなら。
その感覚は、決して大げさなものでも、あなただけのものでもありません。
私も、同じ夜を、何度も何度も過ごしてきました。
そんな心境を解決した具体的な方法は◯◯。
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