人間─絵画の関係性:フェルメールから生成AIへ
大阪中之島美術館「フェルメール〈真珠の耳飾りの少女展〉」が大きな話題となっている。前売りチケットの販売の時点でトラブルがあり、どうなることやらと思いながら情報を追っていたところ、大混雑でまともに鑑賞できるかどうかも怪しそうな現場の写真をXで見た。
フェルメール展の大混雑がおもしろすぎる 美術館ってそもそも貴族などの特権階級に独占されていた美術鑑賞を、市民に対して開くための制度だったはずなのに、たった1枚の絵を劣悪な環境で観ることに3000円も払えるぐらいの金銭感覚の人たちが集まっている おかしな話だ
— @tuyoi_katu_ (@tuyoi_katu_) August 21, 2026
100均で画用紙と色鉛筆を買ってきて、とにかく好き勝手に線を引いたり色を塗ったりすれば、世界でひとつしかない絵画作品をじっくりと静かに鑑賞することができるのに! 絵を描くことはこんなにもコスパがよいのに、どうしてわざわざコスパの悪いほうを選ぶのだ みなさん絵を描いてくれ! https://t.co/7NYKc218vt
— @tuyoi_katu_ (@tuyoi_katu_) August 21, 2026
つい衝動を抑えきれずこのように言及してしまって、後者のツイートがあまり言いたいことを理解してもらえていないようだった。
名画を呼ぶ企画展やチームラボ的な“アート体験”が流行る一方で、しばしば「美術とかいう高尚な趣味(笑)」と批判されることもあり、どうにも美術というものの評価は忙しい。
このふたつの現象に共通するのは、人々にとって美術が外的な存在として置かれている点だ。ほんらい美術とは造形活動を楽しむことであったはずだ。レゴブロック遊びしかり、地面を木で描いた線やチョークの色塗りで彩ることしかり、幼少期における“美術”は自己と近いところにあったはずなのに、いつのまにやら「他人の作品を美術館で観る」ことが“美術”となってしまった。普遍的な営為としての“美術”が忘れ去られ、制度としての“美術”がひとり歩きしている。もちろん、営為と制度を往来している人たちもたくさんいるのだが、多数派とは言い切れない。
それは往々にして、美術教育の不完全さが子どもたちに「うまく描かなければいけない」という評価主義を植えつけていることと、造形活動の原始的な楽しさを伝えることに失敗している閉鎖的な現代美術シーンの問題だとわたしは解釈している。
というあれこれは、愚痴としていったん置いておいて、フェルメールの話に戻りたい。
なぜフェルメールが巨匠として評価されているのかを知っているのとそうではないのとでは、おそらく鑑賞時に得られるよろこびに大きな差がある。もはや「名画だから名画なのだ」というトートロジーの中で、「有名アイドルをいちどは生で見ておこう」という感覚に近い鑑賞をするのも悪くはないが、美術史から現代への接続という視点でも観ることができれば、一度で二度おいしいものになると思う。
そこで、本稿ではフェルメールの歴史的評価をざっくりと追いながら、現代の絵画にどのような影響を与え、どのような視点で観ればよりおいしく味わえるかということを述べたい。
“俗”のエモ
ヨハネス・フェルメールのプロフィールはWikipediaやartpediaなどに詳しい(在野のデータベースではあるがそれなりにまともに書いてある)ので、ここではざっくりと説明する。17世紀のオランダの画家で、ジャンルとしてはバロック絵画にあたる。バロック絵画は、明暗のくっきりした深みのある色彩とドラマチックな描き方が特徴で、モチーフは神話や王族であり、いわゆる貴族趣味的な側面が大きい。大げさなエモい絵画といったところか。
しかしオランダでは独自の発展を遂げ、風景や静物、人物といった日常の“俗”なモチーフがよく描かれるようになり、彼もそのうちのひとりだ。牛乳を注ぐ女、窓辺で手紙を読む少女、真珠の耳飾りの少女。
生前からそれなりに評価されていたが、死後いちど忘れられる。まず作品数が少ないこと、そしてコレクションがあまり公開されなかったことなどが理由として挙げられる。しかし、19世紀に彼の評価は息を吹き返す。
彼が当時オランダで描いた“俗”なモチーフ、つまり日常的で何の変哲もない瞬間をモチーフとすることに意義をもつ時代が、遅れてフランスにもやってきた。それまでの絵画は理想化された空間を物語性とともに描くことが当たり前だったが、自然や日常などのありのままを描いていこうという潮流(バルビゾン派と呼ばれる)が生まれた。ミレーの「落穂拾い」やクールベの「オルナンの食休み」などがそれにあたる。
そしてフェルメールは、「昔のオランダにも日常を描いていた画家たちがいたぞ!」と見直されるように再評価されるのである。(そしてバルビゾン派は印象派へと繋がる。)
絵画は死ななかった!
フェルメールの描写はあまりにも細密で精緻であり、カメラ・オブスクラという技術を使ったのではないか、という仮説がある。
カメラ・オブスクラとは要するに、ピンホールカメラみたいなもので、箱に小さな穴をあけると光が入り、穴と反対側の面に像がうつるという仕組みで、写真機の技術もこの原理からはじまっている。
単に写実的というだけでは物足りないくらいに精密な描写を成り立たせたのは、この技法ではないか?と言われている。もし本当にフェルメールがカメラ・オブスクラを使っていたのだとすれば、これまで肉眼にたよっていた描写のための観察に、光学技術を持ち込んだという点で革新的な発想である。
そして、19世紀までにはカメラ・オブスクラの箱はコンパクトなサイズへと進化し、いよいよ化学的なプロセスを通して像を残すことが可能となる。「写真を撮る」が成立した。
ここで、絵画は困るのだ。描くまでもなく撮ることができるようになってしまって、絵画に何の意味があるのだろうか、ということになる。「絵画は死んだ!」とまで言われた。
しかし、21世紀の現代においても絵を描く人はごまんといる。写真技術が出てきても、絵画は死ななかったのだ。むしろ、写真には写真の役割、絵画には絵画の役割、という分担がなされるようになり、それぞれの分野が文化的に発展しつづけてきた。
写真ではなく絵画だからこそできること。肉眼で見たときのイメージを描いた印象派、主観にもとづいた色彩や構図で感情を訴えたフォービズム、平面を解体してさまざまな角度から見えるようにもういちど構築したキュビスム。その後、もはや絵画である必要すらなくなり、いわゆる現代アートがはじまるのだが、いまでも絵画にしかできないことを模索している画家がたくさんいる。絵画は死にそうになるたびに、「絵画とは何か?」が問いなおされて生き延びてきたのだ。
生成AIと絵画の意味/価値
この一連の流れを見ていると、生成AIの台頭におびえる人たちは、もういちど「絵画は死んだ!」と言っているように思えてくる。
生成AI否定派にはさまざまな潮流があり、「自分で描いたと嘘をつくな」という誠実型、「クリエイターの仕事が奪われる」という心配型、「学習・複製・生成というプロセスは著作権の侵害を避けられない」という遵法型。ほかにもわたしが観測していないだけで、いろいろな型の反対派がいるだろう。
どれも、人間─絵画の関係性の話をしている。人間が絵を描く意味がなくなることへの不安、つまりそこには「人間が描くからこそ絵画には価値がある」という前提が共有されている。誠実型は人間の良心について、心配型は人間の労働について、遵法型は人間の規範について、それぞれの変革を憂いているのである。
しかし、これまで絵画の意味はそれぞれの時代によって変化してきたし、おそらくこれからもそうであろう。理想的な空間から日常的なモチーフへ、写実という客観から見え方という主観へ、写真の代替から絵画の自立性へと変化してきた。これはカメラというテクノロジーの発展とともに歩んできた道のりであり、ここでは割愛するがデジタル絵画の台頭もまたタブロー絵画の価値を揺さぶっている。それでも絵画は何かと意味と価値を変化させて、ここまで残りつづけてきたのだ。人間─絵画の関係性は固定化されるものではない。
つまり、生成AIの台頭は、人間にとっての絵画の意味/価値を問いなおす機会とも言える。
過去から現代、そして絵画の未来へ
こういった視点に立つと、フェルメールがカメラ・オブスクラを利用した(という仮説)は、テクノロジーの発展とともに変化してきた人間─絵画の関係性という点で、現代に接続されうるものではないだろうか。単なる「かつての巨匠」という遠い物語的な過去の存在ではなく、「絵画の意味/価値を問うた人間」という問題提起を共有した現代につながる近い存在として再評価することもできるだろう。
今回の大阪中之島美術館のフェルメール展がどのようなキュレーションをしたのかをわたしは知らないが、彼の作品をこういった人間の過去から現代というひとつの系譜にのせることで、生成AIの台頭におびえるわれわれに何らかのヒントを与えてくれるはずだ。
絵画はいつだって死ななかったし、これからも生かしつづけられるかどうかはわれわれ人間次第だろう。絶望に浸っている場合ではないのだ。
