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虹の麓まで、追いつけないまま

1桁号車のパフォーマンスは、いわばパッチワークだ。
素材違いの5色が集まり、ダンスリーダー、ボーカリスト、MC力、カリスマ性、そして包容力。
それぞれが異なる特徴を持ち、一つ一つ手縫いで繋ぎ作られたパッチワーク。
彼らは5人いて初めて1枚の布になる。
そうなるまでの過程にどれだけの苦悩があったのだろうか。
5人が完成されるまでの道のりを知れない、新規オタクとは無力だ。

対して2桁号車、彼らはベイブレードだ。
才能、スキルのぶつかり合い。何度も打ち合い火花を散らして、荒削りな原石を互いに磨きあっている。
芸歴、スキルを得た場所、生まれた土地。何一つお揃いじゃない彼ら。
しかし、超特急という虹色電車を目掛け走り出した。目指す先だけがずっとお揃いの4人。
私は彼らが彼らだけの色を見つけ、そしてひとつになっていく未来が楽しみで仕方ない。

1桁と2桁、異なる味を持ち、そして9人で超特急。
超特急とは愛の星で育った欲しがりヒーローだ。

なんてね。



10年以上付き合いのある友人が、最近M!LKにハマったらしい。
私の知る限り彼女は小学生の頃からずっとスカイピースが好きで、そして何より彼氏が途切れない魔性の女だ。
そんな友人に、スカイピースより、そして彼氏よりも好きになったと言わしめた塩崎大智は恐ろしい男だと思う。
友人は彼氏と別れ、今は♡大智くん♡にゾッコンらしい。

それを聞いてふと思い出したのだ。
3年前、私も彼女と同じだったと。
3年前の夏、それなりに充足していると思っていた私の人生。

そこに彗星の如く現れたのが、超特急だった。


当時上京してできた友人から、最近超特急にハマっているという話を聞いた。
タクヤという男を紹介され、この男が可愛くて仕方ないんだという話を私は鼻をほじりながら聞いた。
もう懲り懲りだった、男なんてのは。
好きなアイドルはすぐに辞めるし、その辺のじゃがいもみたいな男はすぐ浮気する。
チンチンがついてる生き物なんかを好きになる意味はない。
もうチンチンの付いていないものしか好きになりたくない。
私は足繁くシルバニアファミリー森のキッチンに通い、ショコラうさぎの女の子フレアとハイタッチをする。

こちらがショコラうさぎの女の子、フレアちゃん


それだけで休日を満たしていた。
しかし、現代文明とは罠を仕掛けるのがとことん上手い。
iPhoneに思考盗聴されている私は手始めにTikTokのオススメ欄を占拠された。
友人からタクヤという男が好きなんだと、たった数分聞いただけのことで私のオススメ欄には超特急ばかり流れてくるようになった。
勝手に聞いてんじゃねえ。
お前これ好きなんだろ?とこれ見よがしに勧めてくるな、AIのくせに生意気なやつめ。
しかし、AIより生意気で愚かなのは私とかいうドパガキの方だ。
流れてきた動画をまんまと全て見た、最後までよーく見た。恐ろしい、なんて愚かなのだろうか。
チンチンがついてる生き物を好きになることに意味なんてないとさっき言ったばかりなのに。

否、超特急は神様だからチンチンなどはついていない。

友人の推しであるタクヤを必然と見てしまった。
華奢な体格に丸い目が印象的なベビーフェイス、かといって中性的な訳でもなく、しっかり男らしさのあるプロポーション。
確かに好きそう、てかオタクとして生を受けたらみんな好きだろこんなの。
なるほど、と見進めていると、私が辿り着いたのはそう

EBiDAN THE LIVE 2023だ。


当時アーカイブ配信がUNEXTに残っていた。
私は少々の無断転載を嗜み(ごめんなさい)、暇だし見るかーと思い本編を探しに行った。
正直この頃の記憶は曖昧で、私はどこの何を見たのかあまり覚えていない。
しかし、確実に見つけたのだ。
MCでモニターに抜かれているメンバーの後ろで自分の映り込みを確認した後、ペロリとファンサービスで舌を出した男を。

真っ先にお前は誰だ!!!誰なんだ!!!と声が出た。
超特急の動画を散々みたのに、この男は知らない。
誰なんだ。衣装がタクヤと同じだから超特急であることは間違いない。
しかし、誰だ。こんな私好みのイケメンは。
なんで誰も教えてくれなかったんだ
地球がおかしい。私にもっと早くこの男を見つけさせるべきだった。

だってあまりにも顔がかっこいい。
くりんと丸い瞳というよりジトリと色気のある猫目
左胸にタトゥーとして刻むか2週間悩んだ。
余白やもたつきがなく、一切無駄がなくぴっっっちりと皮膚が骨に張り付いているフェイスライン。
鷲鼻気味の鼻筋、困り眉、笑うと大きく開く口、そして何より銀髪。
おい!早く教えろ、こんな男がいるなら早く私に教えろ。
何をしてるんだiPhoneは。これみよがしにピックアップしてる暇があるならもっと早くこの男を私に紹介するべきだろ。

超特急のアー写を急ピッチで漁った。
3スクロールほどして見つけた、私の大好きな顔の男。

マサヒロ、超特急12号車マサヒロだ。

見つけた、私の一番星を。
そのままキラリに入会した。

当時の事は初乗車ブログに書いているので、割愛


そして今に至る。
マサヒロに脳を破壊され、思考力を失ったまま3年という時が経った。
彼らの歴史に対して私の3年は非常に浅く、まだ知らない情報は山ほどある。
しかし、人としての3年は結構恐ろしい年月だ。
ランドセルを背負って旅立ちの日にを歌った小ガキが制服を纏いまた旅立ちの日に歌う。
3年ってそういうことだ、旅立ちの日にを2いくほどの年月なのだ。

私は最近、超特急募を見た


\遅えだろ!今更か!この無知無知新規が!/

なんとでも言え。

私は怖かった。
私が好きな男のルーツを知るのが。
彼らの歴史に触れることが。

見てしまったら、知ってしまったら。
私がリアルタイムで追っていない、今からじゃどう足掻いたって追いつけない彼らの始まりを目の当たりにする。
彼らがどうやって出会い、どうやって選び合い、
そして、どうやって八号車に愛されてきたのか。
私の知らない超特急の歴史。
彼ら、そしてハチコが苦節を乗り越えている時、一体私は何をしていたかと言うと。
じゃがいもみてえな男に浮気されて泣いていた。
情けない。何をしてるんだ。

そんな過去の最たるもの、超特急募。
私は見るのが怖かった。自分がここでオタクとして形作っていいのか、絶対に考えてしまう。
今更知りようがない当時の苦悩、私は結末の方を先に知ってしまったから、何を言ったって結果論。
彼らの決断に思い悩み、不安や焦燥を抱え、それでも彼らを応援していたオタク達の強かさ。
そこに追いつくことは絶対にできない。
彼らが9人になり、何度も試し試されを繰り返した果てに1周年を迎えた。
そこからの彼らしか私は知らないんだ。

この間の挨拶で、マサヒロは新規も古参も関係ないって言っていたけど。
やっぱりそんなはずはないよ。
無知である新規も内包してくれようとする彼の優しさには、素直に靴も舐めさせていただきますという気持ちだけど。
超特急がどうやって9人になったのか、その過程を知っているオタクとそうでないオタクには明確な差がある。
どうやったって今更追いつけるものじゃない。
私はぺこぱじゃない。時は戻せない。
靴舐めばかりが得意な新規だ。

だからこそ怖かった。
自分がむーちむちむちむち♡新規であることを再確認する。
新規の自認を失った時は片時もないけど、多分私はあの映像を見たら気がおかしくなる。
どうしてもっと早く出会えなかったんだろう。
どうしてもっと早く、超特急を好きになれなかったんだろう。

否、超特急は人生がぐちゃぐちゃな時にしか現れない。
私の人生には、彼らを好きになるタイミングがあの時にしかなかった。
分かってはいる。迷信とかではなく、ホフマンもそう言っているから。
仮にもし私が9人になる前から超特急を好きでいたら、確実に今の超特急を好きになれていない。
私にそんな強かな精神性がないからだ。
つまりは今出会ってよかった、分かっている。

そんな葛藤と共に3年ほど思考停止オタクを続けていたが、さすがに2回目の旅立ちの日を歌う時期にもなり気持ちに整理がついた。
新規としての葛藤みたいなものもある程度無くなり、今はより、大好きな人達を深く知りたい!のフェーズだ。

やっと私は超特急募を見た。
過去を追体験し、分かったような口を聞いてしまうかもしれない。
あくまで私は新規でありここから語るのは結果論や憶測に過ぎない。
私が当時超特急を好きでいたらこう思っていただろうというぬるま湯のIfである。
だからもし偉そうなことを言っていても、こいつ何も知らんくせになんか言ってらぁぐらいに思って。
今更ながら、聞いてください。

【超特急募#1】


リョウガって、炭治郎なんだ。

新メン募集、どう考えたって賛否が別れる決断。
このツアーが始まる時、彼らを好きなオタク達はこれから先も好きな人達が好きな形のまま続いていってくれると思っていたんじゃないか。
私なら思う、だって今私が好きなのはこの5人なんだから。
5人である以上に求めることなんかない。
何かを足して、何かを引いて。
そんな風に形を変える選択が、正しいなんてどうしたって思えない。私なら。

きっとそれは超特急自身が一番よくわかっている。
なぜ新メンオーディション開催をここまで引っ張ったのか、その答えに全員が8号車を置いていかないためと返した。
君の笑顔が終着駅。電車に因み、上手いこと言ったキャッチコピー。
超特急はただ上手いこと言うだけじゃなく、本当に”君の笑顔”に辿り着くために歌い踊っている。

だからこそ、受け入れられないオタクの気持ち、これから先起きるオタクの変化。
それを1番機敏に感じ取っていたと思う。

そんな発表を、ひとりで請け負う覚悟を持てる男。
リョウガは長男でもないのに(まあ長男ではあるけど)、何故それが耐えられるのか。
話し合いの過程で一人一人の挨拶を削り、リーダーの言葉だけで括ろうと集結しても。
私がリョウガなら、勘弁してくれと確実に拒否る。
全身脱毛済みだから心臓に毛なんか生えてないし。
クッソ、なんでレーザー当てちまったんだ。
そう思うだろう。
それをリョウガはわかった、と受け入れ、一人で背負う覚悟を決めた。
こんな肝の据わった男はうつ病に犯された現代社会ではそういない。
何がガリガリ担当だよ。
彼は柱より柱だ。鬼とかが斬れる。


そしてその柱の真ん中に、ユーキという真っ赤な心臓が眠っている。
やっぱり挨拶は全員にしよう、1度形を決めて終えた話し合いをちゃぶ台返しできる男は心臓に他ならない。
誰も置いて行きたくない、だから全員で言葉にして、オタクに考える余地を与えたい。
彼らは常に客席に対して、誠実である。
全員で話す必要はないんじゃないか、そう終結したのもオタクの思いを後半にどう持っていってあげたらいいか考えた末だ。
そして、ぐちゃぐちゃなその気持ち丸ごと愛して、賛も否も全部持たせて、それでも着いてきてよかったと思わせたい。
だから綺麗に終わらせようとする必要も無いんじゃないか。
それだって究極の愛で、なんて誠実なんだろうか。

アイドルを応援している時、どこかで置いていかれてしまったように感じる時がある。
けっしてオタクとアイドルの関係は横並びでいなくちゃいけないものではないし、こちら側が底から勝手に天を見上げて勝手に好きになり、そして勝手に救いあげてもらえなくなったと失望する。
いつだって一方的な関係で、置いていかれたように感じる時自分は既にターゲット層から外れてしまったんだと離れるしかない。
何かが悪いとかじゃなく、エンタメ消費という趣味はいつだって一方通行のものだ。

しかし、超特急はどうにかしてその境目を無くそうとしてくる。
ステージと客席、アイドルとオタク、一方的でどうやったって手を取ることの出来ない関係。
そんな中で、触れるギリギリまで彼らはこちらに近づき、一緒に夢を見てと語る。
そして共に夢を見る為に、彼らはぐちゃぐちゃな気持ちを隠さない。
綺麗なところだけ見せてくれるエンタメは美しい。
偶像崇拝っていうのは、そういうものだから。
いい所だけ見せて、非日常をくれるステージにしか惹かれない時だってある。
でも、超特急を好きな人達は、人間味丸ごと彼らが好きなんだ。
彼らが言葉にして、葛藤も焦燥もそして大きな夢も、全部伝えてくれるから8号車は超特急が好きなんだ。
そうやって成り立っている関係を、彼ら自身が1番理解している。
オタクと演者の関係値で、こんなに理想的なことはない。

そして何より、タカシだ。
タカシ、なんて男なんだ。タカシ、生まれてきてくれてありがとう。
超特急として生きることを、諦めないでくれてありがとう。

ボーカルを1人で担い、フォーメーションを崩さぬために踊るパートを増やす。
過重労働にも程がある。
ボーカリストとして歌うことメインで採用されているはずなのに、何故か業務外のこともメインでやらされている。
大谷翔平は野球というひとつのスポーツの中で二刀流をやっているから凄いのであって、ボーカルとダンサー、種類違いの二刀流は褒められたもんじゃない。
どうしたって半端になってしまう、どれだけタカシが美しい歌声と並ならぬ努力の才能を持ち合わせていたとしたって。
本来歌に1000注げる彼に、ダンスにも1000注げと言っているのだ。
労基に駆け込めば勝てる。話が違いすぎるからだ。

それを4年も、タカシは一人で背負い続けてきた。
まだたったの22歳、今の私よりも若い頃のタカシ。
私が22歳の時何をしていたかと言うと。
お客さんから理不尽に悪い口コミをつけられ、店のバックヤードで泣いていた。社会人2年目。
そんな情けない赤ちゃん社会人である歳、22歳なんて。
グループの未来を1人で背負い、替えが全く効かない重圧。
もちろん表に立つ彼らは一人一人にその人じゃなきゃダメなオタクがいて、誰1人替えが効くなんてことはない。
にしてもだ。彼らの存在自体に替えがきくことは一切ないが、役目として替えがきく場合はある。
MCがいなくても、他の人にMCを任せることはできる。
しかしタカシは、タカシとしても、ボーカリストととしても代わりがいない。
ボーカルという役目にさえ替えがきかないとなると、かかる重圧は計り知れない。
ライブの支柱になる歌声、タカシの歌声をダンサーも、オタク達も。みんなが絶対的信頼を置いている。
たった22歳の子に一人で背負わせていいものじゃないよ。

しかし、タカシはやり遂げた。
バックヤードでめそつく赤子の私と違い、タカシは22歳にして現状を受け入れ、さらにステップアップまでした。
なんて凄い男なんだ。怖いまではある。
タカシじゃなきゃできなかった、そしてタカシは一生分はたらいた。
だから、そんなタカシを迎えに来てくれるボーカリストを探したい。
タカシが寄りかかり、そして共に歌える仲間を。
彼らの決断の根幹はそこなのだろう。
そしてそれが見つかった時、きっと超特急は更に世界を救う。

炭治郎が先陣を切り、その後ろに3人の柱がいる。
そして太陽が昇る限り、彼らは道を見失わない。

【超特急募#4.5】


超特急は元々ヒーローだった訳じゃない。
超特急は新メンと、そしてオタク達と、一緒にヒーローになったのだ。

私はヒーローになってからの超特急しか知らないから、超特急はぐちゃぐちゃな人生にヘリで現れる希望なんだと言い募ってきた。
でもそれは間違いだ。超特急は沢山の出会いと別れの中で人の救い方を身につけてしまった。
ヒーローとして生まれたのではなく、ヒーローになる為の材料だけを持って生まれた。
それをどう使うか、10年の歴史の中で彼らは使い方を見つけたんだ。

超特急11号車、シューヤ


27歳で、1度捨てた夢を拾う勇気。
それを持てる人間はこの地球上にどれだけの数いるのだろう。

夢ってやつは持ち続けてこそ価値がある。
1つ夢を叶えて、そしたらまた新しい夢を持つ。
そうやって連鎖のようにステップアップして、人っていうのは生きていくんじゃないか。

勝手な話だ。
そんなの、勝手な固定概念に過ぎない。
人間は愚かにもプライドを持つ。だからそんなことが言えるんだ。

人生は、ぐちゃぐちゃのパッチワークからたった一つ光る布を探す作業だ。
縫い目を何度もほじくり、心惹かれたその一部を切り取って目標にする。
いつかこの布で綺麗なワンピースを作るんだ!と。

しかし、誰しもが光る布を見つけられるわけではない。
与えられたパッチワークがボロ布の継ぎ接ぎである可能性は大いにある。
それを人は人生ガチャと呼び、博打のようなそのガチャを引き、外してしまえば100年ほどを持て余して生きるのだ。
ありきたりの言葉だが、私は大人になってより一層それを実感した。

頑張れば報われる。
努力した分だけ結果になる。
雨が降った後には、虹がかかる。

否、ボロ布は何度洗えどただの布だ。

超特急11号車シューヤ。
新メンバーとして壇上に上がった、新たなボーカリスト。

シューヤは、一度夢を手放した人だろう。

彼の過去のブログを読んだことがある。
私は当然当時のことを知っている人間ではないし、彼の考えや信念を知っている訳ではない。
すべて憶測ベースで話すほぼ夢小説のようなものだと思ってもらって構わない。

所属していたグループの解散、大切にしていた場所を失う決意をした人。
そこで過ごした時間も、共に歩んだ仲間も、きっと彼にとってかけがえのないものだったはずだ。

だからこそ、一度はステージを降りることを選んだ。

もうこんな仲間には出会えないと思っていた。
B9の挨拶で、涙ながらにそう語っていたこと。
もうステージには立たない。
そう記した彼が、それでもいつかまたステージに立つ時が来るのなら、それは夢を掴んだ時だと付け加えていたこと。

私は、彼の人生史にどれだけの苦悩があったのだろうと時々考える。

そして数年後、彼はもう一度ステージに戻ってきた。
一生歌っていきたいと思える仲間と出会った、と。
彼は再び夢を掴んだんだと私は思う。

しかし、彼の強かさは夢を叶えたことだけではない。
もう一度夢を見ること、それを自分に許したことだ。

夢というものは、ずっと同じ形のまま持ち続けてこそ価値があるもの。
幼い頃から変わらない夢。
何年も追い続けて、最後に叶えてこそ至高。
どこかで、そんなふうに固定概念のように根付く定義。

もちろん、変わらず持ち続けた夢には確かな価値がある。
それこそ超特急の東京ドームのように、語り続けた夢が叶う瞬間というのは間違いなく心を震わせるものだ。

否、一度捨てた夢に価値がないなんて、誰が言い出したのか。

人生は一度きり、確かに言葉の通りその瞬間選べるのは1つの道しかない。

ならどうして、人間の平均寿命は性懲りも無く年々引き上がっているのか。
人生100年時代とも言われる現代で、持ち続けることだけが夢の価値なのであれば。
人は何故、何が楽しくて100年も生きるのだろうか。

人生とは、道草を食って成長した個体が更に美味いものを追い求めて冒険していくものなのではないか。
初めに食った道草が美味くて、更に美味い道草を探す。
それは確かに運命的で、そういう人生はもちろん素敵な事だ。
しかしそれだけが価値なのであれば、この世界に花や虫は必要ない。

進みたい道が変わる時だってある。
1度捨てたものが、どうしても惜しくなる時だってある。
寄り道をして初めて、花が咲いていることに気づけることがある。

夢とは、何度も捨てて、何度も拾い直したっていいものだ。
何回こねくり回して、ハートや星に形を変えてしまったっていいのだ。

彼は、固定概念という余計なプライドを持たない人だ。
彼にはレインボーチェイサーの才能がある。

誇り高く思うからこそ、プライドを捨てる。
それは、自分というブランドに対する何よりも強いプライドだ。

私は超特急を知り、シューヤを知って、夢に二番煎じもへったくれもないということに気付けた。
いくつになったって
ボロ布だらけなら、心惹かれる柄を探すしかない。
何度も捨てて、また拾い直して。
気にいる形と出会うまで選び続けるしかないのだ。
サラの新品だけが美しさではない。
なぜこの世に古着とかいう他人の着古しにプレミアがつく文化が存在してるかを考えるべきだ。
使用感やほつれ、少しの褪せくらいが味になる時だってある。
案外ポイッと捨てたものが自分にとっての宝だったりするのだ。

シューヤはそれを知っている。
甘さよりも酸いをよく知る人間こそ、超特急という箱で輝けるのではないか。
超特急自身が何度でも夢を持ち直し、そして同じように夢を持ち直せる人を選びたいと思っているから。
そして#4のコメ欄にいくつも並ぶ、”白黒写真シャツの子がいいんじゃないか”という当時のオタクの声。
顔を隠され、話している姿は未だ映像にない。
表に立つ存在として重要視される見た目、そしてキャラクター性。
これが分からずとも、この時すでに彼は歌声だけで超特急に必要だとオタクに思わせた。
それが答えだ。彼の歌声には技量だけじゃない魅力がある。
生きてきた人生の深さ、それがなきゃ出せない美しさ。

タカシの声に、本当によく似合うと思う。

こんなのは結果論でしかない。私は先に結末を知り、後のシューヤであると分かった上で見ているからそんなことが言える。
そう分かっていても言いたい。
すごく似合っていると思う。シューヤの生きてきた道は、タカシが守ってきた物を絶対に大切にする。
私がぺこぱなら、当時に戻りそう告げていた。
予言者として声デカく語り、年号を予知していたツイッタラーのように万バズかます。
悔しい、なぜ私はぺこぱじゃないんだ。

超特急はレインボーチェイサーだ。
虹の麓を目指して、彼らは新しい旅に出た。
目指した先に長年の夢が眠っている、そう信じて。

そしてそこで出会ったのもまた、ピンク色のレインボーチェイサーだったのだ。


超特急12号車、マサヒロ


彼には前世がない。
超特急として、そしてアーティストとしてステージに立つのはこの日が初めて。

新しいことを始める時、それも多くの人の評価が伴う時。
大抵の人は口から心臓が出る。客席をカボチャだと思えなんて無理難題押し付けられて、指先が白むほど冷え込む。

しかしマサヒロは、”今日を楽しみにしていた”と迷いなく言った。

緊張していない訳がない。
自分がこの先、客席にどう受け止められるか。
それがかかっているのだ。下手なことは言えない。
下手を打って和む空気には絶対になり得ない、なぜならオタクと彼は初対面だから。
その空気の中で迷いなく楽しみだったと言える、そして応援よろしくと真っ直ぐ言える、大変肝が据わっている。
私なら口が裂けても言えない。自分を含めて超特急として受け止め、応援してくれだなんて。
だって今客席にいるオタクにとっての”大好きな超特急”は、自分を含めたものじゃないと分かるから。
それでも、パフォーマンスで届けていくと言いきった。
彼は自分自身のダンス、そして9人になった超特急のパフォーマンスは必ず客席に届くと信じている。
超特急になるに相応しい覚悟なんじゃないか。
私はマサヒロが好きだから、もちろん贔屓目かもしれない。
当時の空気感がどんなものだったか、当時からオタクにマサヒロがどう受け取られているのかも分からない。
ごめん、なんの言いようもない。
でも、私この人が好き。
自身も才能もあって、臆せずステージに立てる人。
それを裏付ける努力ができる人。
彼がいる超特急が私はやっぱり好きだな、ごめん。

私には、マサヒロがどうしてこのオーディションを選んだのか。
正直、全然分からない。
過去のインタビュー記事は本当に全部読んだ。彼の配信も全部見ている。でも分からない。
多くを語る人じゃないというのもあるし、私が見た限りで彼は1番超特急っぽくないからだ。
超特急はどこか皆が繊細で、そして人生に前向きでない人、底でねちょつく人類にエールを送りがちだ。
”何かを踏みとどまるきっかけに超特急がなれたら”
そんな風に、客席を救おうとする。彼らは繊細なヒーローだ。
しかし、マサヒロはいつだって死ぬな、生きろとストレートに投げかける。
また会いに来いと、野球男児らしくいつだって火の玉ストレートだ。
超特急にいない手の差し伸べ方だと思う。
近くまで降りてきて寄り添うような形の救いが多い中で、マサヒロはケツに火をつけて立ち上がらせてくれる。
賛否は別れるだろうけど、彼の言葉に説得力があるのは彼自身が強く逞しく、そして逆境を乗り越え生き抜いてきた人だからだ。
不安定さ、揺らいだその瞬間まで隠さず見せてくれる超特急の中で、彼は確実に異質である。
それが良いとか悪いとかじゃなく、彼が何故超特急を選んだのか。
それが分からない。そして超特急がなぜ彼を選んだのかも。
いつかこの映像を見てわかるのかと思ったけれど、やっぱり分からない。
いつか彼らの胸のうちが知りたいけど、知らなくてもいいことだなとも思う。

だって、マサヒロは超特急が好きだと何度も言う。
これはよく自身の配信でも言っているし、インタビューやライブの挨拶で話しているから聞いたことある人は多いだろう。
なぜ彼が超特急を選んだのかは分からないけれど、彼にとって超特急がホームであることだけは確かだ。
ならそれだけでいいんじゃないか。
だってそうじゃなきゃ、山口からたった一人で上京し、そして大きなステージで始まりの挨拶なんてできないはずだから。


超特急13号車、アロハ


アロハ、生まれてきてくれてありがとう。
こんなに可愛い顔はなかなかお目にかかれない。
すっきりとした飾り気のない目元に骨っぽいフェイスライン、美しい顔というのは正面より横や下から見た時にこそ本領を発揮する。
鼻筋が手本のような角度で線を描き、全体的に派手な印象ではないのにこれだけの華があるのは、物理法則として可笑しい。
そしてなにより、これだけ男前なパーツで揃えた顔の中にひとつ、口元だけが子猫のような愛嬌を残している。
きゅるんと上がった口角にゆるいM字リップ、これは整形なんかではどうにもならない理想的な口元。
神が利き手どころか、ありとあらゆる小道具用いて全てを注ぎ込んで作ったとしか思えない、こんな顔は。
この顔を作るためにどれだけの人間の顔が神の足先で適当に作られたのだろうか、悔しささえ覚える。
スタダが彼を内包し続けていてくれたこと、本当にありがとう。

そしてアロハの魅力は何より、アウェーな空間であれだけ満面の笑みで挨拶ができる真っ直ぐさだ。
彼は陽キャの魂を持つが、その核は柔らかく繊細な羽二重餅だ。
タカシはシューヤを餅だ餅だというけれど、心臓に餅を飼う男はこっちにもいる。

彼が曲がらずに生きてこれた道筋が、気になって仕方ない。
いつも挨拶で真っ先によく泣く、泣き虫なアロハ。
私はJOKERの挨拶で「タカシくんがいつも俺の色にしてくれてたから、今日は俺がタカシくんの色にしました……!」と泣きながら真っ白に飾った爪を見せてくれたこと、忘れられない。
足を怪我し、自分のいないステージを見て悔しそうに俯くアロハ。
アロハの柔らかい心の部分を、何度も見てきた。

そんな彼があの瞬間、とんでもないプレッシャーと共にステージに上がった瞬間。
一切怯まず満開笑顔で8号車と対面したこと。

彼の覚悟の現れ、そして鎧でもあったのだと思う。

自分の歌声には自信がない、そう思っているのに。
超特急にどうしてもなりたいと、ボーカルオーディションまで受けたアロハ。
彼にとって、夢見たステージはあの場所だった。
メンバーになれてとても嬉しいと語る前、ステージを右から左へと見渡し、その顔触れを確認するアロハに胸がギュッとなった。
彼にとって事務所に入る意味でもあった超特急、そしてその一員になる時、そこで見せられる自分の誠意とは何かを考えたはずだ。
真っ直ぐなアロハ、泣き虫で強がりなアロハ。
大きなステージで、怯まず笑顔を見せられるアロハ。
なんて愛おしい命なんだ。

そして今、その神のような顔で多くの新規を獲得し、超特急を更に盛り上げているアロハ。
今やタクヤに次ぐ窓口ともなるアロハ。
それでも彼は、図に乗ることを知らない。
最初の誓い通り歴史に敬意を持ち、先輩を軽んじることなど一切ないアロハ。
私なら。既に4年在籍し、そして自分の持ち前の顔で新規参入を叶えている立場に甘んじてとっくに気が抜けているだろう。
食事は真っ先に手をつけるし、考えもせず上座に座る。
常識知らずのZ世代、私なら一発で超特急はクビだ。
アロハもまた私と同世代であり、オリメンから見れば今どきの若者だ。
大型新人が増え揃う現代において、先輩が食べ始めるまで食事に手はつけないなんて昭和のような上下関係をなんの意識もなくできる男はどれくらいいるのか。
アロハはどうやって、これほどまでに真っ直ぐ育ったのか。
爪の垢を煎じて飲ませてほしいくらいだ。そういう商売を始めたらいいと思う。
今年の生誕グッズは爪垢で、よろ。

湘南生まれ、期待の新生。
海街で育ちながらもラヴ上等ではなく超特急オーディションを選んでくれたアロハに、我々は感謝をしなければならない。

超特急14号車、ハル

17歳。若すぎる。
今だってハルは若くて赤子のようだと思うのに、現役高校生なんて。
若すぎる。オリメンが10個も上で揃っているグループに、17歳という若さで飛び込む事実。
どうしてそんな決断ができるのか、疑問に思う反面、17歳だからこそできたことなのかもしれない。
17歳の頃の自分を思い返すと、まだ田舎で虫取りとかしていた。
大雨が降れば川に近づくし、心霊スポットと聞けば肝試しに行きたがる。
好奇心だけが先走り、現実なんてのは二の次だった。
その頃の自分を考えると思うのだ。
17歳という若さなしに、彼は超特急に飛び込めなかったのではないかと。

当たり前だ。卒業や加入を繰り返し入れ替わり制が当たり前の坂道系アイドルと違い、超特急にとってこれが初めてのオーディション。
初の試み、前例のない挑戦。
ここで試されているのはオタクや超特急本人だけではない。
オーディション受験生、受ける側もまた初の試みになるのだ。
底なしの度胸や自信、いくらそれを持っていたって未知の挑戦は歳を重ねる毎に不安の割合が増える。
それは経験の中で上手くいかない場合のシュミレーションばかりが得意になってしまうからだ。

しかし、17歳。
未来が選び放題な歳、これからどれだけだって経験を積める歳。それをこなせる体力がある歳。
若さというのは財産だ。そして平等に皆が失い、過去の栄光になるものだ。
上手くいく、きっと出来る。根拠がなくても何度だって希望をシュミレーションできる。17歳とはそういう歳だ。

若さを持った彼が超特急と出会っていてくれて、本当に良かったと思う。
そしてそんな彼を信じ、彼を選ぶと決断した超特急もまた、底抜けのレインボーチェイサーだ。

私なら、わざわざ10も歳下の子を選び共に仕事ができるかと聞かれたら少し悩んでしまう。
17歳と27歳の間にどれだけの壁があるか、学生のうちはいまいち理解できないだろう。
社会人なら分かるはずだ。数字以上の壁があるのだ。
数にしたら10かもしれないが、経験値も考え方の基礎もまだ浅く、そしていくらだって次を探せてしまう歳との間には10以上の違いがある。
そんな彼の将来を選び、責任を取らなくてはならない。
27歳は大人だけれど、若い子の人生の責任を取れるほど大人ではない歳だ。
だからこの10歳差は数字以上に大きい壁なのだ。
しかし、彼を入れることでグループとしての可能性は確実に幅を広げる。
これもまた結果論だが、実際彼は持ち前の頭の良さで外部仕事をそつなくこなし、さらに若いファン層の獲得を成し遂げている。

つまり、メリットやデメリットの二択じゃ収まらないほど、ハルを超特急に迎え入れる決断は難しいことだ。

それでも、超特急もまた好奇心に殺された猫なのだ。

超特急は数多の選択肢の中からハルを選びとった。
そして結末は大正解。柔軟なハルは大人に揉まれながら超特急らしく成長を遂げた。
ハルがぬいぐるみのようにこねくり回され可愛がられてる姿を見ると、本当に嬉しくなる。
超特急とハルが出会う世界がここにあってよかった。
ハルのライブでの挨拶を聞く度に何度でも思う。

虹の上を土足で走り出せる、彼には顔やスキルだけじゃない武器がある。
そしてその可能性をすくい上げた超特急の未来には、確実に晴れ間が覗くだろう。

そして1桁が、どうやって8号車に彼ら4人を出会わせたのか。
8号車がどうやって、9人になった超特急を愛してきたのか。

当時の8号車、すごいよ。すごすぎる。
私ならこんなのは受け入れられない、だって超特急は5人で完成されていたから。
そこに敢えて別の色を添える、革命とはこうやって起こるものなのかもしれないけれど、革命には一揆が付き物だ。
どうして1人たりとも、新メンバーの挨拶に野次を飛ばす人がいないんだ。
誰も壇上にうんこ投げない、どこでそんな知性を身につけたんだ。
オタクなんてみなが野生動物と同じ脊髄で生きているものだと思っていた。
だってそうじゃなきゃ付き合えもしなければ干渉することもできないステージ上に大金をかけられないだろう。
どうして8号車は、そんな気の狂った所業と理性を両立できたのか。

でも、1桁の挨拶を聞いたら。
私はうんこを投げる気も無くなってしまった。
だってカイが、まだ正解か分からないと語ったから。
彼らも同じ思いなんだと、そう思わせてくれた。
客席も、ステージ上も。明確な立場の違いがある中で、不安な思いはお揃いなんだと。
この選択によってどう転ぶかが分からない。
新メンの人生、そして自分自身の人生。もちろん客席にいるオタクの人生。
全てが変わってしまうのだ、それが良いものが悪いものになるか分からない。
ならせめて、オタクだけでも彼らに正解だと言い続けてあげるべきなんじゃないのか。
この選択を必ず正解にする、そう誓ってくれるのなら。

カイの包容力、年長としての器。
彼はどこでそれを身につけたのだろうか。
元々先頭車両じゃなかった彼。突然最年長という役割を当てられ、戸惑う日がなかったわけがない。
彼自身が物凄く繊細で、そして沢山の矛盾を抱えて生きる人なんじゃないかと思う。出過ぎた憶測でスマン。
だってそうでなきゃ、どうしてこんなに客席に寄り添えるのか。
いつだってオタクの矛盾した感情をすくい取り、添えて欲しい言葉を必ずくれる。
そんな彼がトップにいる超特急は予後がいい。確実に。
カイ、生まれてきてくれてありがとう。そして彼が身を預けられる場所であり続けてほしい、超特急という列車が。
私はカイが2桁を餅のように捏ね、愛してくれる広い背中が大好きだ。
カイに可愛がられている2桁を見ると泣けてくる。正解か分からないと言っていた彼にとって、9人でいることが正解になりつつあるんじゃないか。
そう思えるから好きだ、猫団子達。

そしてタクヤの挨拶。
8号車に力を貸してほしいとストレートに語る彼。
彼は長年”みどりの窓口”として超特急の入口を背負い、新規参入を促すカリスマ性を持っている。
彼なんてモニターに映るだけで会場が湧き、その顔と華だけでどれだけでも食っていける。
そこに驕ることは出来るはずだ。
なのにタクヤは、オタクに力を貸してほしいと何度も頼むのだ。
自身が持つポテンシャルや経歴、それだけじゃ夢にひとつ足りない。
だからオタクにずっとそばに居てほしい。そんな風に。
誠実でアツいオトコ。彼は漢字の漢とかいてオトコだ。
彼はクールなキャラだと評されることが多いが、そんな訳はない。
彼が客席に向けて、着いてきて、愛してくれと声を枯らし叫ぶ姿をこの3年で何度も見てきた。
そして、出会って日の浅い新メンバーを躊躇うことなくいい子達だからどうか、と8号車に紹介する。
彼にとって超特急はホームであり、そこにオタクも、新メンバーの4人も。
全てが必要であると思ってくれているのだ。なんて愛なんだろう。
タクヤをツンデレなどと評したやつは誰なんだ。
そんなバチャ豚向けの萌えキャラみたいにカテゴライズしていい男じゃない。気を確かに持て。
タクヤは内に秘めたアツさをホームでのみ見せてくれる、情熱の青い炎だ。

反対に、赤くメラメラと燃え盛るのがユーキ。彼が蠍の心臓だ。
夢をまだ諦めてない。あの場でそう語ることがどれだけの賭けになるかを、彼は分かっていたのだろうか。
当時の8号車が見たかった景色は、彼ら5人(ないしは、6人、7人といろいろあるだろう)で夢のドームに立つ姿に決まってるのだから。
新しい顔触れを前にして、改めて夢を語られて。
それを受け取って8号車がどう思うか。
でも、そんなことは顧みなくていい。
彼はアンタレスなのだ。ユーキが諦めないから蠍は生き続ける。
心臓は動き続けないといけない。
後先や細かいことを考えて止まってしまえる立場にないのだ。

だからこそヤジロベエのように支える2つの星がある。
α星がカイ、そしてτ星がタクヤなのだ。
蠍座は、心臓となるアンタレス星の両サイドにそのふたつを持つ。
カイの寄り添い拾い上げる包容力、タクヤの照れもスカしもせず懇願できる誠実さ。
それがユーキの火力高い情熱とバランスを取り、こうして8号車に愛されてきた。

冒頭に書いた通り、1桁は5人でひとつなのだ。
地元じゃ負け知らずだ。SE。
奇跡のバランスで走り続けた超特急。
超特急は、新たに4色のヒーローの元を手に入れた。
様々な道で経験を積んできた全く色の違う4人。
彼らをきびだんごで手懐け仲間にし、鬼ヶ島へと向かうのだ。
東京ドームまでの道のりに蔓延る、邪魔を全てぶっ飛ばすために。

【超特急募#5】



「このオーディションに人生かけています、年齢的にも」と語るアロハに衝撃を受けた。
当時アロハは21歳、十分若い。
私は21歳の時、満員電車に慣れ始めた社会人2年目だった。
まだまだこれからだよと肩を叩かれ、慣れない社会の荒波に揉まれるサーファーだ。波に乗れ。
一方で。
芸能界では、枷になり始めるのかと衝撃を受けた。
芽が出なくて当然、だってまだまだ若いんだから。
そんな歳だと思っていた。
しかし、彼らが生きる人気稼業という世界。
もう後を数え始める歳なんだ。衝撃だった。

彼らがどれだけ厳しく狭い世界で戦い生き、そして底に生きる者たちがどれだけぬるく甘ったれた世界で生きているのかを実感する。
だからこそ彼らはドリーマー、偶像なのだと。


選び、選ばれる。
自分の人生、他人の人生を変える。
それはどれだけの重荷なのだろうと考えてしまう。

「有名になりたい、そう思うのはいいけれど
それだけが目的なのであれば辞退した方がいい」
タカシの言葉は、厳しく聞こえるかもしれない。
実際人生を賭けて受けたオーディションで、審査員からこんなコメントを受けたら私なら確実に捻くれる。
速攻足元で砂いじりとかする。
だってこっちだって真剣にやってるのに、なんでそんなこと言われないといけないんだ。
彼の言葉の真髄を分かろうともせず、私ならお砂いじいじキッズになり不貞腐れて帰宅するだろう。
私は学生時代、やる気ないなら帰れ!に躊躇わず帰るタイプだった。

しかし、タカシの言葉は決して意地悪ではない。
部活顧問の憂さ晴らしのような教育でもなく、タカシは人の人生を左右させてしまう決断をするのに躊躇ったと挨拶で言っていた。
それこそが彼の発言の意図であろう。
誰かの未来を選び取ること、そんな重荷を背負うのなら。
次があるなんて簡単に思うような人を選びたくない。
当然だ。だってそんなのフェアじゃない。
同じように超特急、そしてタカシの人生を変える責任が取れる人を選び取りたい。
受験者はただ選ばれる側ではないということだ。
彼らだって超特急を選んだ、そして超特急の未来を変えてしまう責任がある。
タカシの言葉は、彼らが対等であるからこその激励なのだ。

そしてそれを正しく受け取り、彼らの人生の責任を取れる人が現れた。
それが新メンバーの4人なのだ。私みたいなキッズと違い彼らは厳しいコメントの裏側を理解し、揃えた想いでオーディションを勝ち抜いた。
超特急に足りないものなんて一つもない。
そこに敢えて+4する、その意味を正しく理解できる人を彼らは選んだ。
運命を共にしたいと思える仲間を選び、人生を賭けたいと思える場所を選んだ。
互いに選び合って、惹きあって彼らは出会った。
色を増やしたのではなく、新しく虹をかけた。
こうして超特急は9人になったんだ。



長くなってしまった。
この段階で1万4000字、バカのブログ。
脳溶け新規はやっと超特急募を見終えました。
涙ながらに想いを語り、そして楽しみだと笑って見せる彼等の背中に、ヒーローとしての真髄を見た。
超特急が私の人生に突然光りだした、そのヒカリはどこから来たのか。
それは彼らにこんな足跡があるからなんだと、超特急募を見てやっと分かった。

超特急が、超特急であってくれてよかった。
そして夢のドーム、本当におめでとう。


私は3年前まで、超特急の事を何も知らなかった。
彼らが何を失って、何を選び。
どのように出会って、どうして9人になったのか。
過去には追いつけない。
だからもう、追いつこうとしなくていいのだと思う。
私には私の3年があって、彼らには彼らの10年がある。
交わることができるのは、これから先の未来だけだ。
知った気になるのも、知らない過去を悔やむのも勿体ない。
だって彼らの歴史がこの瞬間にも更新されている。
目を閉じるなんて勿体ないから。fanfare。


だから愛してる、世界。
超特急が超特急であり続けてくれた世界、両手いっぱいに抱きしめたい。
超特急がどうして愛されてきたか、そしてどう愛されていくか。
この先もずっと知りたい。見続けたい。
彼らがどこへレールを走らせても、その先には結局笑ってしまう8号車がいるのだろう。
不評なエンディングでも好きだから、守ってあげるよ。なんてね。

超特急、永遠になって。
追いつけない過去も通り越すくらい。
彼らと出会ってからの人生が、私の20数年を飛び越えてしまうくらい。
超特急の行く先が知りたいんだ、その為にぐちゃぐちゃな自分の人生も抱きしめていくから。

彼らが辿り着いた虹の麓に、ただただ綺麗なものが見つかりますように。
小学生の頃校庭の松ぼっくり拾いが得意だった私が、
超特急が最終駅に着くまでに、ガラクタ全部回収しておくからさ。

だから永遠になって。
超特急、ブルジュ・ハリファまで連れて行って。



虹の麓まで、追いつけないまま【完】






















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