『交差点の向こうに ― 宇都宮編』
13時過ぎ、JR宇都宮駅の東口。
無機質な高架の下をくぐり、LRTに乗った。車内にはクーラーが効きすぎていて、腕の汗が一気に冷やされていく。こういうのは嫌いじゃない。目指すは宇都宮大学前――理由はともかく、静けさを欲していた。
道中には、しなびた背中の野良猫が一匹。
やせ細った骨格が、夏の午後を物語っていた。雨上がりの路面に残る水たまりが、空の色を映していた。

地方大学というのは、たいてい風通しがいい。
閑静な構内。蝉が鳴くにはまだ早い時刻、ただ暑さは容赦なかった。建物がまばらで、無言の坂道が続く。
北関東でここまでインフラの整った都市は珍しい。栃木は栃木なりに進化している――海しか誇れない茨城とは違うのだ、と心の中で誰にともなく毒づいた。
所用を済ませ、西へと引き返す。
東武宇都宮へと向かう途中、オリオン通りを歩いた。
直射日光を遮るアーケードは、都合のいい“都市のシェルター”だ。けれど、ここには昼間に潜んでいる「何か」がある。男たちの視線、肌を出しすぎた若者、陰りを持った店構え。
ソープランドの看板を横目に、錆びた外観の喫茶店を見つけた。
"純喫茶"とだけ書かれた看板。扉を開けると、冷気と古い煙草の香りが入り混じった空間。
奥の席では常連と見られる中年の男が、酒盛りをしていた。相手は年齢不詳の女だった。声を掛ける気もなく、ただアイスコーヒーを頼み、溶ける氷の音を聞いた。
夏の喫茶店は、客を選ぶ。
静かに読書をしたいならスタバかルノアール。だが時に、こうしたノイズのある場所こそ、街のリアルが落ちている。
日が沈むまで、ただ時間を持て余した。
夕刻。
西口近くのオーセンティックバー「スカット」に入店した。
この蒸し暑い街において、唯一、湿度のない空間。
やわらかな照明。木のカウンター。バーボンの瓶が並ぶ棚。
マスターに「ラスティネイル」を頼んだ。
沈黙が先行する。やがて栃木訛りの話し声が聞こえてくる。グラス越しに光が屈折し、彼女の横顔のように、何かが歪んで見えた。
マスターと交わしたのは、たわいもないゴルフの話だった。
何も残らない会話。だが、それがちょうど良い時もある。

夜。
帰りの電車までの間、喫煙所で煙草に火をつけた。
フィルターの先に火を感じる。その一瞬だけは、誰ともつながっていなくても構わない気がした。
紫煙とともに、宇都宮の熱気が、わずかに遠ざかっていく。
