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最後の悪癖退散

私は基本的に自分に経験がないことは
誰かに何かを相談されても、意見やアドバイスをしないことにしている。
若い頃はやらかしていたが、今はその無知で鈍感な言葉の力を知っているからかもしれない。その逆の意味で、私は眠れない人の気持ちがよくわかる。

私は長く本当に眠れなかった。

眠れないことには、いいことも、悪いことも両方ある。
夜更かしの楽しさ、夜中の探究心、静かに何かに没頭すること。
都市にいても夜中には静寂がある。
その魅力には一種の甘美さがある。

でも、去年の夏、朝型人間になったほうがいいと
考え始めた。健康のためにとか、意識高い系の動機ではない。
必要に迫られて私は行動を開始した。

秋には無理かもしれないと思い始めた。
それは、何をやっても眠くならないからだ。
早起きは起きる時間を変えることより
眠る時間を変えるほうが大事だ。
でも、当たり前だが眠気が来なければ、眠れない。
そして問題は眠りたい夜ほど眠れないことだった。

転機はこのエッセイの習慣がもたらしてくれた。
「起き抜けで文章を書いたらどうなるか」
仮説を立てて実験する、私の人生の楽しみにかちっとはまった。
「早く眠らないと」から「早く眠りたい」に変わった瞬間だった気がする。

起き抜けで文章を書くのは本当に面白かった。
私の好奇心のツボにハマった。
遠足の朝はパキッと目が覚める子供に似ていると思った。
それを繰り返すうちに再びある感覚が戻ってきた。
それは「眠気」だ。

眠れない人間にとって「眠気」ほど甘美なものはない。
最初の頃は眠気が来ること自体に驚いていた。
眠れる人には大袈裟に聞こえるかもしれない。
でも眠れない人間にはそれぐらい「異質なもの」なのだ。

「異質なもの」も頻度が上がれば「普通」になる。

眠気が完全に「普通」のことになる前、
いくつかの「夜更かし悪癖」が私の前に立ちはだかった。
深く考えること、音楽への没頭、記憶の反芻。
それを始めると多少眠くてものめり込んでしまう。
私の「夜更かし筋肉」はとても強かった。
気づくと12時1時、、、という日がどうしても無くならない。

でも、朝型生活を目指して、約一年が経過した今
私はついにテアニンもメラトニンも使わず、
「毎日の眠気」を享受している。
三浦半島の自然、暗さ、静けさが強力に後押ししている気もする。

それで毎日眠れるようになりましたとさ。
となれば、幸せな結末でめでたし、めでたしなのだが
そうは問屋が卸さない。

ある夜、10時過ぎには眠気が来ていた。
明日の朝には早朝レッスンがある。
遅くとも6時には起きなければならない。
11時に寝支度を始めて12時には就寝するつもりだった。

入浴し、髪を乾かし、すっきりとしてベッドへ入るはずが
あまりにも眠くて私はそのままベッドに倒れ込んだ。
それでそのまま眠ってしまったなら、まだいい。
事もあろうに私はスマホを見始めた。
どうしても今見ないといけないものでもない。
あと一つだけ、あと一曲だけ、あと一回だけ
「夜更かし筋肉」が「夜更かしゾンビ」になって
私をお風呂に行かせない。

翌朝、私は自分の昨夜の行動を振り返る。
あれは一体なんなんだ。

あれほど甘美に感じていた「眠気様」を
どれだけぞんざいに扱えば気が済むんだ。
どうしよう、、、
どうすれば眠気様を失礼なくお迎えできるだろう
眠くなったらすぐ眠れる状態を作ればいい。
あ、眠くなる前の入浴だ。

眠れる人はこれを見て、この人馬鹿じゃない?と
きっと思うと思う(笑)


これは「夜更かし筋肉」と寝落ち動線の最後の攻防に感じる。
最後の悪癖退散は、、、自分でやるしかないだろう。






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