🇫🇷モン・サン・ミシェルに呼ばれた日
ミシェル→マイケル→ときて、もう一度ミシェルに戻り、今朝はモン・サン・ミシェルのお話しを。
旅は、わたしの行きたいという気持ちと、その場所が呼んでくれたら実現している(わたしの場合)と思っている。
その地を代表するような場所からは、なかなかお呼びがかからないので、何度フランスに行っても、ヴェルサイユなども、一度も訪れたことがない。モン・サン・ミシェルも、ご縁あるブルターニュの家族に会いに行く時の、遠くに見える車窓のひとつだった。
2025年のアイスランドへの旅の扉が開かれた時、欧州まで行くのに、ブルターニュのお母さんに会いに行かない選択肢はなかった。なので、ブルターニュに数泊して、パリに戻りアイスランドへ…という計画をたてた。
そこで、一日、ぽっかり空白ができた。パリを一泊増やそうかとも思ったが、なぜか気が進まなかった。
地図を見て、お母さんの家とパリの間に、モン・サン・ミシェルがあった。フランスと縁ができて、32年目にしてようやく、時がやってきた。
ブルターニュのお母さんの家から、レンヌまで電車で。レンヌの駅の近くのワンルームのアパートをエアビーで予約した。モン・サン・ミシェル行きのバスセンターも近くだった。
バスの中で、お母さんの家に、携帯の充電用ケーブルを忘れてきたことに気づいた。まずい。
バスを待つ間、日本人の親子旅行の方と少しお話しをしていて、彼女達はわたしの前の席に座っていた。荷物をゴソゴソと何かを探している様のわたしに、声をかけてくださった。探し物の話をしたら、その親子のお母さんが、「旅行前に携帯を買い換えて、古い携帯のものがあるので、もし合えば…」と。わたしの古いiPhone12にピッタリだった。おまけに、モバイルバッテリーまでいただいた。
神様の場所に向かうバスの中、神様はいると思った。そして旅先で出会う、日本の同胞のやさしさに、じんわりと心が温められた。
携帯もわたしもの心も充電され、バスを降りた。
モン・サン・ミシェルまでは、無料バスか歩くか…なのだが、予約していた時間までかなりあったので、歩くことにした。

ひつじがのんびり草を食べていた

たくさんの観光の方がいた

小島の修道院まで向かう小道は、土産物やレストランやホテルなど。アイスクリームを食べながら、ゆっくりと修道院を目指した。



満ちては引く、さまざまな青がある風景を眺めながら、お母さんが持たせてくれた、ファーブルトンを食べた。わたしも仕事でいつも作っているが、お母さんの味には敵わない。
修道院の中も、たっぷりと時間をかけて、見学できた。ケルト、修道院、回廊は、心惹かれない理由がないので、いろいろな時代や修道士の暮らしを思い浮かべながら、ゆっくりと歩いた。





修道院の尖塔の最上部に光輝く、「大天使ミカエル」に挨拶をした。以前誰かから「あなたを守ってるひとりは、ミカエルよ」と言われたことが、ずっと心にあった。愛猫のみーちゃん(ミシェル)は、姿を変えたミカエルかもしれない。今は、みーちゃんに守られていると、いつも感じている。
わたしがモン・サン・ミシェルに呼ばれたのは、13日の金曜日だった。
忘れられない、13日の金曜日になった。
