【食と健康】無添加という「新しい幸福」
どうも、まさたかです。
私は普段、教育事業に加え健康的な食の営みを目的とした無添加食材を取り扱うEC事業も営んでいます。
食と健康の最前線で、どうすればもっと美味しく、そして安全なものを皆さんの食卓へ届けられるだろうかと向き合い続ける日々です。
そんな私自身、無添加の食材が持つ本来の力強さや、発酵という自然の営みの奥深さに誰よりも魅了されている一人です。
自然食や発酵には、私たちの心と体を根底から優しく整えてくれる、計り知れない力があると心からそう信じています。
だからこそ、今回は私が愛してやまない「無添加や発酵」の文化を、本当に幸せな形で、安全に未来へ残していくためのお話をしたいと思います。
「無添加は絶対に正しくて、添加物はすべて悪」
最近、そんな極端な発信も目にすることが増えました。
でも、食の世界はもう少しだけ複雑で、泥臭くて、そして人間味に溢れていると思うんです。
「便利さ」と引き換えに、私たちが手放したもの
今の日本は長寿社会と言われていますが、この先もずっと同じように元気でいられるのか、ふと立ち止まって考えることがあります。
今、元気に長生きされているご高齢の方々。
彼らが体づくりの基礎となる若い頃、一体どんなものを食べていたのかを想像してみてください。
当時は「無添加」なんて言葉すらなく、それが当たり前の日常でした。
手作りの発酵調味料を使い、土の匂いがする季節のものを食べる。
そうやって、多様な自然の「菌」を体に取り込みながら、強靭なベースを作ってきたのだと思うんです。
その基礎があった上で、大人になってから現代医療の恩恵を受けた、ある意味で「最強の世代」ですよね。
一方で、今の私たちはどうでしょうか。
生まれた時から、効率よく工場で作られ、見栄えや日持ちのために添加物が使われた食品に囲まれています。
便利で、安くて、どこでも手に入る。
でも、自然の菌との繋がりは、少しずつ薄れてしまっている気がしてなりません。
もちろん、これは誰かが悪いわけではないんです。
食品添加物はもともと、冷蔵庫もままならなかった時代に「食べ物が腐って命を落とすことから、人々を守る」という、切実で優しい理由から生まれました。
添加物のおかげで救われた命がたくさんあることは、絶対に忘れてはいけない歴史です。
でも、いつしか世の中が「もっと早く、もっと安く、もっと大量に」を求めるようになり、企業もそれに全力で応えようとしました。
本来なら、自然の素材と時間をかけて引き出すべき美味しさや保存性を、コストを抑えるために安価な添加物に置き換えていった。
そうやって効率を追い求めた結果、食べ物がどう作られているのか、私たちからは見えなくなってしまったのです。
その「行き過ぎた便利さ」のシワ寄せが、現代の私たちの不調として現れているのだとしたら?
それはとても悲しくて、皮肉なことですよね。
手間暇という、新しい時代のぜいたく
だからこそ今、私たちは「無添加」や「手作り」に、これほどまでに心惹かれるのだと思います。
昔の人にとっては、ただただ面倒で大変だった食の手間暇。
でも、戦前に比べれば生きていくこと自体が少しだけ楽になった今の時代において、その「手間暇」は、何にも代えがたい新しい幸福のカタチに生まれ変わりました。
効率化された無機質なものから離れて、自分の手で、あるいは信頼できる誰かの手で、じっくり時間をかけて育てられた命をいただく。
生きた菌の発酵に寄り添う。
それは、せわしない世の中のスピードからポーンと降りて、人間らしく、温かい自分のペースを取り戻すために
とても大切な時間なのだと思います。
自然の力を借りるなら、知っておきたいこと
でも、この素晴らしい「古くも新しい幸福」を味わうために、どうしても皆さんに知っておいてほしいことが一つだけあります。
それは、「正しい知識を持って、正しく手間をかけること」の大切さです。
最近、SNSなどで「お家で簡単!混ぜるだけで腸活発酵!」といったような素敵な投稿をよく見かけます。
食を楽しむ輪が広がるのは、本当に嬉しいことです。
でも、私自身、食の事業に携わる者として、ほんの少しだけハラハラしてしまう瞬間があるんです。
実は「発酵」と「腐敗」って、科学的には全く同じ現象なんですね。
目に見えない微生物が一生懸命働いた結果、人間に有益なら「発酵」、有害なら「腐敗」と私たちが都合よく呼んでいるだけなんです。
「シンプルに混ぜるだけ」と言っても、ほんの少しの温度の違い、お水の量、お塩の加減、そして瓶の消毒の甘さがあれば、そこでは有益な菌ではなく、お腹を壊す菌や、目に見えない有害なカビがひっそりと育ってしまいます。
特に、自家製の瓶詰めなどで空気を遮断すると、「ボツリヌス菌」というとても怖い菌が育ってしまうことがあります。
これは自然界でもトップクラスの毒素で、ほんの少し口にしただけでも命に関わるものです。
大人が自分の責任で楽しむ分には、まだいいのかもしれません。
でも、「手作りで体に良いから」と、まだ小さな子どもたちに衛生管理が少し甘くなってしまったものを食べさせてしまうのは本当に怖いことなんです。
添加物という「安全具」を外して、自然のままの無添加を楽しむ。
それはつまり、先人たちが何とか抑え込んできた「腐敗」という自然の力と、自分自身で向き合うということです。
安全具を外すのなら、その分だけ「正しい衛生知識」という目に見えない新しい対策法をしっかりと身につけなければなりません。
食の自由を守り、未来へ手渡すために
もし、無添加や手作りを愛する私たちが、知識不足から大きな食中毒を起こしてしまったら?
世の中はきっと、「やっぱり素人の手作りは危険だ」「発酵ブームは危ない」と言い出し、最終的には「すべての食品に、必ず保存料を入れなさい」という、窮屈なルールを作ってしまうかもしれません。
これまでの食への法規制の背景がまさにそれです。
私たちは、効率のために手放してしまった「手間暇」を取り戻す自由を持っており、無添加や発酵の食卓には間違いなく私たちの心と体を豊かにする力があります。
だからこそ、その素晴らしい文化を未来の子どもたちへ安全に手渡していくためにも 「自然の力への敬意」と同じくらい、「衛生と科学への敬意」を持ってほしいと思っています。
少しだけ立ち止まって、正しい知識を身につける。
自分の手で丁寧に食と向き合う。
私は、それこそが今の時代において最も健やかで、最も豊かな「新しい幸福」なのだと信じています。
明日もまた、皆さんの食卓が安全で、温かく、美味しいものでありますように。
まさたかでした。
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