「自分を変えなきゃ」に疲れた人へ。龍樹が教えてくれる、努力のほどき方
どうも、まさたかです。
みなさんは、『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』という本を読まれたことがありますか?
タイトルだけ見ると、少しふざけているようにも感じますよね笑
「自分とか、ないから。」なんて言われても、投げやりな言葉に聞こえるかもしれません。
けれど、この本が多くの人に読まれている理由は、そこに現代人の疲れをかなり鋭く突くものがあるからだと思います。
特に、社会の中で毎日必死に踏ん張っている人には、この言葉が思った以上に深く刺さるんじゃないでしょうか?
私たちは、うまくいかないことがあると、すぐに「自分を変えなきゃ」と考えます。
もっと前向きにならなければ。
もっと行動しなければ。
もっと成果を出さなければ。
もっと強いメンタルを持たなければ。
自己啓発の本を読み、ポジティブシンキングを試し、目標設定をして、習慣化にも取り組む。
それでも現実は簡単には変わらず、気づけば「こんなに頑張っているのに、なぜ変われないのか」と、自分を責めてしまう。
そんなときに出会いたいのが、龍樹の思想です。
龍樹は、仏教史において非常に重要な思想家です。
ナーガールジュナとも呼ばれ、大乗仏教の中心的な考え方である「空(くう)」を、きわめて徹底して考え抜いた人物です。
では、「空(くう)」とは何でしょうか。
空とは、何もないという意味ではありません。
すべてが無意味だということでもありません。
龍樹が見抜いたのは、あらゆるものには、それだけで単独に成り立つ固定的な本質などない、ということです。
ものごとは、関係の中で成り立っています。
たとえば、「上司」という存在は、部下がいて初めて成り立ちます。
「成功」も、時代や職場や他人の評価があって初めてそう呼ばれます。
「自信がある自分」も、体調、経験、人間関係、環境、言葉、過去の記憶などが重なって、一時的に生まれている状態です。
つまり、私たちが「これが自分だ」と思っているものも、実は固定された実体ではありません。
寝不足の日の自分。
評価されて安心している日の自分。
上司の一言で萎縮している自分。
大切な人に受け入れられて、少し優しくなれている自分。
どれも自分ではあります。
けれど、どれか一つが「本当の自分」なのではなく、無数の条件によって、そのときそのときの自分が立ち上がっているのです。
この見方は、現代の社会人にとってかなり重要です。
なぜなら、私たちはあまりにも簡単に、苦しみの原因を「自分の弱さ」にしてしまうからです。
成果が出ないのは、自分に能力がないから。
人間関係がうまくいかないのは、自分の性格が悪いから。
前向きになれないのは、自分の心が弱いから。
疲れているのに頑張れないのは、自分に根性がないから。
でも、本当にそうでしょうか。
睡眠が足りていないのかもしれません。
職場の期待値が曖昧なのかもしれません。
相談できる相手がいないのかもしれません。
今の働き方が、自分の特性と噛み合っていないのかもしれません。
過去の失敗が、まだ身体に残っているのかもしれません。
龍樹の考え方に立つと、「ダメな自分」という固定物は見つかりません。
そこにあるのは、そういう状態を生み出している条件の集まりです。
これは、責任逃れではなく、むしろ、「全部自分のせい」という雑な考え方から抜け出し、現実をより正確に見る態度です。
自分を責めることは、一見すると真面目に見えますが、実際には、複雑な問題を「自分が弱いから」の一言で片づけてしまっていることでもあります。
龍樹の思想がすごいのは、自己否定を深めるのではなく、自己への執着をほどいてくれるところです。
「自分を変えなければ」と思い詰めている人ほど、実は「変わらない自分」があると思い込んでいます。
だから、その自分を鍛えようとし、責めようとし、作り替えようとします。
けれど、もし自分が固定されたものではないなら、必要なのは「自分を殴って変えること」ではありません。
条件を変えることです。
関係を見直すことです。
休むことです。
言葉の使い方を変えることです。
自分を取り巻く環境を、少しずつ組み替えることです。
それは妥協ではありません。
諦めでもありません。
むしろ、大きな進歩です。
本当の前進とは、無理やりポジティブになることではないのだと思います。
苦しいのに「大丈夫」と言い聞かせることでもありません。
今の苦しみが、どんな条件から生まれているのかを丁寧に見ること。
そして、「自分」という重たい荷物を、少しだけ下ろしてみることです。
『自分とか、ないから。』というタイトルの力は、ここにあります。
それは、「あなたなんて存在しない」という冷たい言葉ではありません。
「あなたが思い詰めているほど、その自分は絶対ではない」という、かなり優しい言葉です。
今の焦りも、疲労も、劣等感も、永遠の本質ではありません。
条件によって生まれたものなら、条件によって変わっていきます。
だから、まずは自分を責める手を止めてみる。
そして、今の自分を作っているものを静かに見てみる。
そこから始まる変化は、派手ではないかもしれません。
けれど、それは自己啓発のさらに奥にある、本質的な前進なのだと思います。
それでは、次の記事でお会いしましょう。
まさたかでした。
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