親の介護のあした ――新しい倫理観。[空想エッセイ 第11話]
ヤングケアラー、老老介護、介護離職。
親の介護をめぐる問題は、しばしば新聞やニュースで取り上げられます。
その根底には、
「親を施設に入れるなんて」
「子どもが親の面倒を見るのが当たり前」
といった、私たちの中に長く残ってきた倫理観があるように思います。
けれど、これから介護を必要としていく親世代は、世代人口の多い世代です。
それを、より少ない現役世代が家庭の中で支えていく。
数字だけ見ても、もう無理がある。
人口が増え、大家族や地域のつながりの中で介護を分担できた時代とは、社会の形そのものが変わりました。
今の日本は、「数字」という現実と真摯に向き合い、現実的な介護のあり方にシフトしていく時期に直面しています。
今回の空想エッセイでは、そんな介護の未来について、少し空想してみます。
203x年、東京。
佐藤さん一家は、夫婦と子供ひとりの三人家族。
昨年都内に念願の一軒家を購入しました。ローンは30年。夫婦は共働きですが、生活は決して余裕があるとは言えません。
そんな折、旦那さんの田舎で一人暮らしをする父親の要介護認定が出ました。
介護施設の面談にて。
「お父様は要介護3の認定ですので、当施設での受け入れもできますが、介護はご自宅でされるということですね?」
「はい」
「自宅ですと研修を受けていただきますが、それでもよろしいですか?もちろん、研修も日当の支給対象です」
「ええ。基本給が今のパートよりも良さそうですので。社会保険は加入できますよね?」
「はい、週休も2日ですので、その2日は本施設の職員がご自宅に伺います」
「まあ、週休もあるなんて知らなかったわ」
「働いたら休む、それが当たり前ですから。それでは自宅介護の契約書をご用意しますね」
佐藤さん夫妻は、家族会議をして、父親を自宅介護する選択をしました。
もともと介護職に興味があった奥さんはパートを辞めることにしました。
203x年から遡ること数年、
自宅介護は正式な労働として認められました。
政府は、従来の『現役世代が介護しながら働ける社会』という方針から、介護を労働とすることで、世帯の負担を減らす方針に切り替えたのです。
自宅介護者が増えたことで、施設職員はより専門性の高い介護に集中できるようになり、施設そのものも、地域の介護を支えるハブとして機能するようになりました。
施設で介護をする人にも、自宅で介護をする人にも、要介護度と労働時間に応じて国の標準給与が支払われます。
自宅介護者は社会保険に加入でき、休日には代替の介護職員が派遣されることで、週休2日も保証されます。
もちろん、その収入には所得税も課されます。
小学校のママ友と公園にて。
「介護収入の年末調整、もう出した? わたし今回初めてで」
「ええ。うちは要介護4だから、手当が少し多いのよ」
「そうなんだ。今度やり方、教えてくれない?」
「うん、まずはお茶しに行こうよ」
「うん!」
終わりに
「親を大切にすること」と、「自分の親なのだから、介護を無償で引き受けること」は、本当に同じなのでしょうか。
人口構造が変わったのなら、私たちの倫理観も、制度も、それに合わせて変わっていくほうがいい。
「介護しながら働ける社会」から、
「介護そのものを労働として認める社会」へ。
そんな未来があってもいいのではないかと思います。
おしまい。
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