2025UCI GRAN FONDO 世界選手権inオーストラリアLorne(45-49)
初めて走る海外でのレース。
海外の方と走るのも初めてのことでもあり、レベル感もわからず、今回は来年のニセコに向けた経験値獲得が主目的で、何よりせっかく海外に来たのだから楽しんで走ることが一番の目標。
しがないサラリーマンが海外に行って怪我して帰れないなどという話にならないようにだけは気をつけたい。
今回のコースはオーストラリアのメルボルンの街から2時間ほど走ったところにあるLorneという小さな街で開催され、131km約1900mアップのコース。

前半から中盤までが山岳。後半は海岸線の細かいアップダウンが続くコースレイアウト。
天気は曇り、日本でいう3月くらいの気候で気温は15℃くらいとそこまで寒くない。本戦用のナショナルジャージとインナー一枚のみで挑んだ。
しかし、北西の風が7.5mとかいう予報でかなりの強風が予想される。
アップしている時のパフォーマンスコンディションはマイナス5と出たので絶好調という感じではない。(いつもレースの時は大体マイナスになるので気にしない)
45-49歳カテゴリーは高岡さん含めて日本人4名の出走。当然ながら半分以上はオーストラリア人。
予選優勝者ということでプライオリティパスがあり最前列に並ばせてもらい、高岡さんと1番左端に並ぶ。


序盤山岳
スタート直後にまず11km獲得標高430mのプチヒルクライムから始まる。
と言っても斜度は緩く、その後に下り基調の直線的なアップダウン区間があるので、ここから逃げを決めるのは相当難しい。それほど勝負がかかる場所ではなさそうなので集団やや前方くらいで落ち着いて走る。
3名程度が少し前に行くような場面もあったがほぼ集団は一団で山頂を通過。
大体スタートから23分250wくらいのペース。
大集団で下っていると、フレンドリーなオーストラリア人が「私は昔岡山に住んでいたんだ」と話しかけてくれて「私の妻も岡山の人なんだよ。桃太郎知ってるかい」なんて話をしながら、インターナショナル感があって非常に楽しい雰囲気で進んでいく。(私の中学生以下レベルの英会話力では後半の方は何を喋っているかよくわからず、適当に相槌打っていた)
平原区間
下りが終わると雄大な牧草地が広がる平原区間に入る。この辺りは北海道の牧場地帯をもう一段雄大にした感じの道。
前の40-44カテゴリーから落ちてきた選手が大量に混ざってきてかなり混沌としてきた。落ちてくる選手はオーストラリア人が多く基本登れないけどカラダがゴツいので平坦は普通に早い。
この道路は普通の一般道ながら時速100km制限の直線で、外国人のゴリラパワーの前に我々軽量級はついていくしかないとは思っていたのだが、、、この平坦区間で勝負は決する。
33km地点くらいのやや微登り区間で二人が集団から飛び出す。高岡さんがこれに反応していくのが見えた。
流石にこの高速区間で体重70kgオーバークラスのゴリラ達と少人数で行くのは少しキツすぎるだろうと反応に二の足を踏んだこの愚考がレースのターニングポイントだった。高岡さんからは常に前で展開に乗っていくべきだよという話をいただいていたにも関わらず。。。
この時決してキツかったわけでもなく、すぐに反応していれば普通にいけたのだが、ここでディフェンシブな思考になった判断力が私と高岡さんとの差だと思う。
その後少しギャップが開き15秒程度に広がる。まずいな、、、ブリッジすべきか。周囲の選手のレベルや思惑も全くわからない。
大柄でパワフルな選手が尋常ではないスピードでかっ飛んでいってなんとか頑張って着こうとしたが向かい風が強くて完全な芋掘り。そのカウンターで更に何名かが飛び出し乗り遅れてしまい、あれよあれよという間に何名かがブリッジに成功し高岡さん含む7名が先行するという形になってしまう。
3人と7人では全く意味合いが違う。これは完全にやってしまったかもという気持ちが出てくる。
その後もう一回直線で頑張ってみたが私レベルのパワーだとただ集団の前を引くだけになり逆に高岡さんの勝つ確率を下げてしまいかねない。
うむ。前半にしてこれはレースとしては非常にまずい。
ド直線で何人かの外国人がパワフルに引き倒して一度数十メートルまで迫ったところで続かず、アメリカ人が一人だけとんでもない速度差で前の7名集団にブリッジしていった。こんなスピード絶対つけるはずがないと思った。そのアメリカ人は高岡さんと最後まで競り合って最終的に3位に入った。
この時点で大柄外国人の圧倒的なパワーの前に非力さを痛感。これが海外とのパワー差というやつか。。。
ということで高岡さん含む8名が行ってしまい、集団は諦めムードが漂い、しばらく完全に機能停止してしまった。
あー、、、とはいえまだ80km以上あるので諦めずに行こう。
中盤山岳区間
50km地点のフォレストの街から80km地点までアップダウンを繰り返しながら標高530mまで上がっていく。
登りに入ると前で動けるメンバーがかなり限られていることに気づく。ゼッケン番号的にアイルランド?、ニュージー、オーストラリアのチャンプかな?
私も前々で望みを持ちながら進める。
実際タイム差はレース中に一切わからなかったが、後から聞いた話だと8名は5分前スタートの40-44カテゴリーの先頭集団に追いついてしまい混走となってしまったため、我々がいる集団がそこに追いつくことは事実上不可能ということになってしまっていた。40-44カテゴリーは相当遅いペースで進んでいて高岡さんらの8名が追いついてようやく活性化したとのこと。
これがグランフォンドの混走マジックなのか。この辺りの経験値と読みも不足していたなーと思う。
完全に上位争いはここで決してしまったようだ。
そんなことはレース中はわからないが我々のいる集団の登りペースが特別早いわけではなく、このままでは何もせずに本当のサイクリングで終わってしまうではないかと思っていたところで、また違うアメリカ人がとんでもない速度差でアタックをかまして一人で飛んでいった。
アメリカ人のアタックは半端ないパワーだわ。
なんとかこれに追いついて少しでも前に行きたい。諦めちゃいかんと反応したところ、同時にカナダ人の方も一緒に動き始めて、アメリカ人を追いかける形で集団から二人で抜け出すことができた。
最初はカナダ人と二人で回していたが山頂が近づいて斜度が緩くなってくると登りで私が300w出すのが厳しくなってきて、カナダ人に「ソーリー」と謝って前に出れなくなってしまう弱さ。情けないのだが、あとからパワーデータ確認するととても走れているとは言えないデータで実際パフォーマンスはあまり良くなかったのだと思う。この辺りも海外レースの難しさなのかな。
そして前にいるアメリカ人に追いつきそうで追いつけないままカナダ人の方と二人で山頂通過。レース全体では11番手。
後ろは完全に視界から消えている。ご一緒したカナダ人は前をひくのを全く嫌がらずに、かなりジェントルメンでかっこええなと思っていた。
この方、後からstrava見たらカナダのロードマスターズチャンピオンで、アメリカのマスターズクリテリウムのチャンピオンでもある選手であることを知った。そりゃ強えわ。
少し前にいたアメリカ人はここから単独なのかどうか知らないがゴールまで走り切り、逃げてた8名に続いて9位だった模様。こんな人には絶対に勝てないと思った。
暴風
カナダ人の方と二人で下りに入ったところで、いきなりオーストラリアの風の洗礼を浴びる。
横からの突風で1m以上は横に吹き飛ばされそうになりハンドルを持っていかれて転倒しそうになった。冷や汗が噴出。
風に吹き飛ばされた選手が道路脇にうずくまっていたりとこれは相当危ない。60mmのホイールつけているので余計に危険だ。
しばらく二人で下っているともう一発突風が来て今度は完全に後輪が浮いて本気で死ぬかと思った。過去一の風の恐怖を感じて完全に私は無事に帰ることに頭のスイッチを切り替えた。こんなところでリスクを冒して中途半端なリザルト取りに行く判断はサラリーマンのおっさんにはできない。
そんな私を横目に先ほど視界から消えたはずの大型のオーストラリア人がビュンビュン抜かしていく。これが体重と地元の利というやつか。
幸いにある程度下っていたのでなんとか安全確保しながら後ろから来た集団にぶら下がり下り切ることは出来て、海岸線までおりてくることができてホッとした。登りで稼いだアドバンテージは消失したが無事に帰る優先順位が圧倒的に高いのでやむを得ない。
終盤海岸線
海岸線に出ると40kmの細かいアップダウンを繰り返すグレートオーシャンロード。
かなり綺麗な道なんだけどレースで走ると景色を見ている余裕すらない。
40-44カテゴリーの千切れ組と45-49の10位争い集団が混在して非常にややこしい。
前を引くのは45-49カテゴリーの選手でそこに40-44の選手がぶら下がり進んでいく。途中何度かアタックがかかるが、先ほど私と一緒に山頂を超えたカナダ人が全て仕掛けており、半端ない強さ。

私としても最後に集団スプリントになるとこんな巨漢のパワフルゴリラお化け達に勝てるわけないし、リスク減らすためにも抜け出す方法を考えたい。
少人数で抜け出すのならこのカナダ人の方ともう一回抜け出すしかないと思っていた。
残り15kmくらいで私がローテ番手的に後ろに下がったタイミングでカナダ人の方がアタックして単独で抜け出していった。私またやらかしたと思ったが誰も追わない。流石に残り15kmは20分以上かかるしそれは無理じゃないかと思ったが、なんとカナダ人の方は単独で集団から逃げ切って10位に入られていた。いや絶対敵わん。
その後、なんとか集団前方で非力ながら頑張って抜け出しを試みるも成功には至らず集団のままラスト1km。
かなり手前からスプリントが始まりもうゴリラの肉弾戦。やれる限りのことはしてみたが全く歯が立たず、しかもゴール地点50m間違えて踏みやめてしまいグダグダでゴールに辿り着くという結末であった。
順位はもはやどうでも良いのだけど、結局11位争い集団でゴールしてカテゴリー順位23位。
所感
レース内容的には自分の判断力の無さをまずは反省。海外選手とは平坦下りにおいては圧倒的な力の差を感じた。少なくとも私よりフィジカルで圧倒的に強い選手は10名以上いることは間違いなく、そんな中で最後まで優勝争いをした高岡さんはとんでもない強さであることを再認識。このレベルのレースで表彰台に乗り続けることは正直半端なく凄いことであることは走ってみて感じることができた。
コースも選手達も最高だったし、悔しさは残るものの最高の思い出に残るレースになったことは間違いない。今回の一番の目的は怪我なくワールドクラスのおじさん達のレベル感を把握することだったのでその目的は達することが出来たと思う。
また次の機会があるかどうかはわからないが少なくとも来年のニセコに向けて大きな経験値を積むことができたのは間違いない。

来年に向けてやらなければいけない課題もたくさん見つかったし、得られたものは本当にプライスレスだ。
経験にこそ投資せよというのは金言ですな。
お金なんて持って死ねないのだから、やりたいことのために使いましょう。
オーストラリアでの道中の話はブログにて旅行記を記載しております。
