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勘の研究:格闘ゲームの変遷から考える「読み」と「反射」【ウメハラvsMenaRD】

『勘の研究』は黒田亮という戦後くらいの人が書いた「勘とは何か?」という仮説を書いた学術書なのだが、現代はそういった研究がさらに進んでいるのでその現代版をやってみたい。

黒田は剣術や老荘思想、禅などから人類には何らかの共通した『勘』の世界があると考えていた。格闘ゲームの世界にもこうした『勘』と呼ばれるものがあると思う。

それが一体どういうものなのかについて分析を加えてみた。

脳研究の現状

まず最近の脳科学ではある程度の熟練者の方が情報処理能力が優れているというのがわかっている。

空手ではエリート選手の方が相手のアマチュアよりも脳が無駄のない処理を行っているという。参照:神経反応の研究

武道においてはより高齢になっても若者よりも先に攻撃を当てられるというデータも徐々に出て来てるっぽい。

ニューヨークのタクシー運転手の脳を研究した過去の研究では、ベテランの方が多くの道を覚えている半面、大規模な区画変更が起きた時には対応に苦戦していたという事も報告されている。

知識があれば有利になるがルールが変わると対応が難しくなる、というのが人間の常らしい。

2D格闘ゲーム界隈

最近、これと同じような事が起こりはじめているなと感じたのがストリートファイターシリーズを筆頭とする2D格闘ゲーム界隈だ。

この業界は長らくベテランと呼ばれる30~40代のプレイヤーがプロとして業界を引っ張っており、20代を過ぎると第一線では活躍しにくくなるFPS(ファーストパーソンシューティング)業界などと比べて選手寿命が長いと言われていた。

ところが今、ストリートファイター6が大ヒットしたこともあり、大量の若手プレイヤーが参入し、業界の勢力図を一気に書き替えていっている。

ウメハラVSMenaRD

特に象徴的だったのは長年、ストリートファイター界のトップとして君臨していた梅原大吾【通称:ウメハラ】と若手最強と呼ばれるドミニカのMenaRDメナRD【通称:メナ】との10本先取勝負だ。

ウメハラは20年以上に渡って2D格闘ゲーム界で最強と呼ばれ、特にお互いに対策を準備をした上での10本先取勝負ではウメハラ専用とも言える独自ルールでもあり、無類の強さを誇っていた。

2013年、実質的な世界大会だったEVO覇者のXianシェンと対戦し10対0で勝利
同年、前年度のEVO覇者であり、本年のカプコン公式世界大会で2タイトル優勝を果たした韓国のInfiltrationインフィルトレーションと対戦し10対2で勝利
2018年、当時は戦績が振るわなかったウメハラに対してEVO覇者でありカプコン公式2位であらゆる大会で常に上位をキープしていた日本のときどと対戦し10対5で勝利

いずれの対戦相手もその時期においては誰もがトップと認める選手であり、ダブルスコアで勝つことすら難しいと言われる状況で常に圧倒してきたこの戦績は驚くべきものがあった。

2026年に行われたこの最新版の対戦相手がMenaRDだった。
彼はカプコン公式世界大会優勝を2017年と2020年で史上初の2連覇、日本開催されたEVOjapanで2連覇、さらに2025年本場のEVOでも優勝という前人未到の戦績をひっさげて2026年のカプコン公式大会を捨てでもウメハラと10本先取の勝負がしたいと名乗りを上げた。

26歳の若手最強MenaRDが45歳になったベテラン・ウメハラに襲いかかるという構図だ。

以下、ネタバレ有

二人の戦いはウメハラの先制で幕を開けた。
ウメハラは往年のベテランプレイヤーらしく波動拳と昇竜拳という古くからある技を主軸に、リスクのある攻撃を読みで当て続けるという見せ場をつくった。

反対にMenaRDはウメハラが事前には不可能だと考えていた反応速度を利用したプレイングで徐々に追い詰め、結果的に10対6でウメハラに勝利した。

この勝利の前後から若手プレイヤーの優勝が目立つようになり、MenaRDはその後に行われたEVOでも優勝して連覇を果たし、その強さを証明した。

2D格闘ゲームの戦略

2D格闘ゲームは常に同じタイトルで争われるわけではない。
ストリートファイターにおいてもタイトルが変わるごとにゲームのルールも大きく変わる

そういった中でもベテランが強いというのが魅力のひとつではあった。
おそらく「予測」や「読み」といった経験則が活かされる場面が多かったからだろう。

中でも象徴的なのはウメハラの撃つ波動拳【通称:ウメ波動】のエピソードだ。
ストリートファイターが他の格闘ゲームと違う大きな特徴が波動拳という飛び道具の存在だ。

波動拳は相手がジャンプするかガードすれば防げる飛び道具のような攻撃で、それ自体が強力な技と言うわけではなく、むしろ波動拳をジャンプされて避けられると撃った側が無防備になり大きなダメージを受けるリスクがある。

西出ケンゴロー・梅原大吾・友井マキ『ウメハラFIGHTING GAMERS!』より抜粋

しかし、この技が「読み」と組み合わさった時に無類の強さを発揮する。

要するに波動拳を撃つと思わせて相手をジャンプさせることで、距離を詰めたり空中にいる相手を打ち落とす昇竜拳などの技で一方的に相手に対応を迫り続けることができるというわけだ。

話としては単純だが、そもそも波動拳は出してしまえば隙が大きくなるので、相手に出すと思わせておいて出さないという駆け引きが重要になる。
相手に「飛ばれる」のでなく「飛ばせる」に変えなければいけない。

実際にウメハラは10代の頃、誰にも負けないと自負していた時期に、この戦法を編みだした男に出会い手も足も出ずに夜まで連敗し、衝撃を受けると共に格闘ゲームの深さを再認識したと語っている。

「読み」の民主化

そもそも格闘ゲームに限らず、あらゆる対戦型のスポーツには「読み」と「反射」の比率がある。多くのスポーツは身体能力的な「反射」の方が優遇されるルールだと言える。

しかし、格闘ゲームがそうであるようにその中に「読み」を潜ませるメリットも確かに存在している。
こうした「読み」の比率が高いゲームになれば歳を取ってからも若者との対戦が成立するわけだ。

かつては将棋などのボードゲームは歳を取ってからも戦い続けられる世界だったが、近年はAIなどによる戦術解析が広まった結果、若者の記憶力や正解にたどり着ける速度に熟練者が苦戦しているように思える。

格闘ゲームではあまり言語化されていなかった「読み」という戦略が存在していることが共通認識へと変わり、その読みにすら「反射」で対応できるようになってきている。

だが人間の反射神経は必ず衰える。人は歳を取るごとに「反射」から「読み」へとシフトしていかなければならない。

ゲームの「勘」とは何か?

熟練するにつれて脳は効率化していく。
つまりできるだけ省エネ、必要最低限のコストで動けるようになっていくわけだ。

これと同時に、相手に対しては対応のコストを増やすのが戦略だ。
それが即ち「飛ばれる」のではなく「飛ばせる」であり、合気道でいうなら「握られる」のではなく「握らせる」といった状態だ。
こちらの意図で相手を動かす。

これが「先」を取るということにも通じる。
若い身体能力の優れた人ほど対応されないくらい速く動こうとするが、それよりも前から相手を動かしておくことで選択肢を削り、対応する準備を終わらせておく。

こうした状況に持ち込むことが熟練者・高齢者にとっての勝ち筋であろう。

しかし、今のストリートファイターは1年ごとに4キャラクターが新たに投入され続け、高速での駆け引きが常に要求される状態になっているため、熟練者ほど膨大なキャラクターに対応する必要があり、この変化には苦しむだろう。

ゲームをプレイする人口が増え、ゲームのバランスも調整されていった事で多様なキャラクターが活躍できるようになり、皮肉なことにバランスが悪くて何人かの強いキャラクターにだけ対応できていれば負けなかった時代が変わろうとしている。

これから格闘ゲーム業界の「勘」がベテランプレイヤーにとってどのようなものになるのか、あるいは今の若手が年老いた時にどのように対処していくのかは注目していきたい。

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