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女子校で過ごした6年間──今、あの日々の大切さが分かる

ジェルネイル外交の余韻から

海外の空港で、入国審査官の女性とジェルネイルをきっかけに
思わぬ女子トークが始まった──そんな話を昨日書いた。

「かわいい」「きれい」という女子感覚は、
国、文化、言葉が違っても、意外と共通しているのだなと感じた出来事だった。

その余韻のまま、ふとスマートフォンを見ると、
中学・高校の6年間を過ごした女子校から、同窓会の案内が届いていた。

今や同窓会の案内もLINEで届く時代になったのだ。
なんだか感慨深い。

自然豊かな女子校で過ごした日々

案内を見ながら、当時の女子校時代の風景が鮮やかに思い出されてきた。

桜が満開になると本当に美しく、
自然豊かな校舎で、思春期を伸び伸びと、しかし規律正しく過ごしていた日々。

毎日、聖歌を歌い、お祈りをし、聖書の時間があった。
カソリックの女子校らしい生活である一方で、
修道院でのお泊まり会ではシスター手作りのシュークリーム(とても美味しい!)が出てきて驚いたり、文化祭ではシスターの指導のもとお化け屋敷を開催したり。シスターの方がノリノリだった気がする(笑)。

色々な思い出が走馬灯のように駆け巡る。
厳しさと温かさが同居する、豊かな6年間だった。

窮屈さと、そこに宿ったもの

とはいえ、当時の私は正直かなり窮屈だった。

一例を紹介したい。
毎週水曜日の朝礼は校庭で行われていた。
学校には時間通りに来ていたものの、
ある日、校庭に出るのが少し遅れてしまった。

そのとき体育の先生から、
「校庭に出るのが8時30分を過ぎた人は遅刻扱いにします」
と告げられた。

この遅刻がなければ、私は6年間、無遅刻無欠席の皆勤賞だったはず。
しかし、その“数分の遅れ”によって、皆勤賞を逃した。

ささいなことではあるが、この経験からの学びは実は大きい。
今でも、会議の始まる5分前には会議室にいる習慣に繋がっている。

「どうしてこんな厳しい女子校に入学してしまったのだろう」
と、後悔に近い感情を抱いていた時期もあった。

それでも、長い年月を経て気づく。
あの6年間で身についた価値観は、今も自分の中に静かに息づいている。

毎日歌っていた聖歌を今でも諳んじて歌えることに驚くが、
それもきっと、あの頃の教えが精神に宿っている証なのかもしれない。

女子校生活からの学び

女子校で学んだことで、今の私が大切にしていることがある。

1.自分にも他人にも誠実であること
2.それぞれの人には「生まれ持った使命」があること
3.誰もが「かけがえのない存在」であること

ビジネスの世界に身を置くようになってからも、
この3つはずっと私の“軸”になっている。

同窓会は、旧友と再会する場であると同時に、
母校の風を感じながら、自分の襟をそっと正す機会にもなるのだと思う。

あの頃の自分に、少しだけ会いに行くような気持ちを感じながら。

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