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最近ハイな私

大学の友達とMBTIについて話した時、
まゆはIじゃなくて、Eっぽいけどなって言われたことが自分のどこかに残ってて、

私確かにほんとは明るかったよなぁと思った

たぶん高校の時から、自分がどう映ってるのかを気にし出して、徐々にIになったんだと思う

ほんとに仲がいい友達の中では、
笑いをとりにいったり、話も回すタイプだから
たしかにEというか、なんというか、ハツラツと明るい感じ。

でも、人見知りしてしまうような環境だと、自分で自分をIと認識する

最近、ネパールでも、ランニングの友達ともより仲良くなって、言葉を気にせず
素の自分で話せるようになってきた

いい子いい子するだけじゃなくて、
思ったことをスッと言うようになった

そしたら、話しやすくなった

そしたら、仲良くなって、
楽しくなった

新しいコミュニティで、楽しめるようになった

そしたら一方で、相手はより私から離れるだろうなと同時に思うようになった

相手を勝手に自分のイメージでかわいそうな人にして、自分もそのかわいそうなゾーンに浸からないといけないと思ってしまう

この癖。思考の癖

自分は相手を差し置いて幸せに感じちゃダメって、子どもの頃から思ってきて、
悲しみをより感じるようになってしまった

悲しんでる自分を定位置にしてしまった

だから、なんでも真剣に考える

走るのもそう。
苦しければ苦しいほどいい。

レースも、泣けるぐらいマインドフルな、ドラマチックなレースにする

それでもいい。正直そこに旨みを感じてるから。

苦しんで苦しんで得たゴール。

恋愛でもそうなのかな。

シリアスに考えて、簡単なハッピーゴールを許さない

たぶんお互いそうだから?
こんな風になるのかな

私がもっと楽観的なら今みたいにはなってないのかな

楽しく、笑って会話できるテンションが続くことに、旨みを感じてない

どれがエゴだ。

ほんとの魂はどんな風に振り撒いたくて、
どうしたいのだろう

私は苦しまないといけないが前提にある
1人で頑張らないといけない、がある
似たもの同士なんだな

チームジャパン🇯🇵

 幸せを感じる時間を増やす

これをしたら、何かを失う感覚がある。
なんだ。しちゃいけない、って反発する感覚がある。

いろいろ話したいよ
それを一緒に感じれる相手だと、思ってしまう

今日トレーニングのコーチをしてもらう人に、ポテンシャルがあるって言ってもらって嬉しかった

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