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めっちゃバズったこの曲の、この歌詞が嫌い!10選


面白い『杯』が始まっちゃってるじゃないか……

概念分解者さん、とても面白い記事をコンスタントに上げ続けておりとても尊敬している。なのに、その「尊敬しています!」ということを伝える手段が無い。この方、noteのコメント機能をおそらく切っておられるのだ。こういう活動をしている人なんか、コメントが一番欲しいに決まっているのに。何て恐ろしい人なんだ。

何より、私はこの豪華文字書き人たちからの講評が欲しい。なので語らせていただきましょう。私の『嫌い』を……

それではご覧ください。

「めっちゃバズった曲の、この歌詞が嫌い!」


1.FRUITS ZIPPER – わたしの一番かわいいところ

わたしの一番、かわいいところに
気付いてる
そんな君が一番すごいすごいよすごすぎる!
そして君が知ってるわたしが一番かわいいの、
わたしもそれに気付いた!

この部分の、ここ!

わたしもそれに気付いた!


「そして君が知ってる私が一番かわいいの」からの繋がりに違和感がある。

「君」に話しかけているような歌詞の中で、最後の「それに気付いた」だけがやけに説明口調だ。妙に俯瞰的で、急に突き放されたような距離感を感じてしまう。大袈裟に言うとすれば、ここで突然村上春樹が出てきているような違和感を覚えてしまうのだ。
ここの文章を違和感のないように繋げるとするならば、こうだ。
「そして君が知ってるわたしが一番かわいいんだって、わたし今気付けたの」
ただこうしてしまうと、ラストの母音が「O」になってしまう。これは微妙だ。本家の歌詞の唯一良いところは、最後の母音が「A」で終わるところである。「A」で終わっていることで、アイドルらしい無邪気さや元気さが強調されているのだ。
しかし、むやみやたらに「A」で終わらせようとして、
「そして君が知ってるわたしが一番かわいいんだって、わたし今気付いちゃった」
などとするとダメだ。実際に歌ってみると分かることだが、なぜかジャパニーズ・コメディ感が強まってしまう。理由は分からないが、「へんなおじさん」のメロディと同じ香りが漂う。
いや、違う。このコメディ感はもしや……デッカチャン?
気付いちゃった。


2.YOASOBI - アイドル

得意の笑顔で沸かすメディア
隠しきるこの秘密だけは
愛してるって嘘で積むキャリア
これこそ私なりの愛だ
流れる汗も綺麗なアクア
ルビーを隠したこの瞼
歌い踊り舞う私はマリア
そう嘘はとびきりの愛だ

この部分の、ここ!

歌い踊り舞う私はマリア


マリア、というのはおそらく聖母マリアのことではないかと思われる。しかし残念なことに、聖母マリアに「歌い踊り舞う」イメージが全くないのである。むしろ逆だ。マリアは静かにそこに佇み、受胎告知をただ一人薄暗い部屋の中でひっそりと受ける。微動だにせず。
だからこそ、ここはこういう歌詞でいかがだろうか。
「歌い踊り舞う私は絵画」
「歌い踊り舞う私はガイア」
「歌い踊り舞う私はダリア」
……分かってんだよ、わざわざここでマリアっちゅう言葉を使っている理由は。アイドルとしての教祖性と、母親像を重ねた素晴らしい言葉選びだと思ってるよ。でもなんか違和感あるんだよここの歌詞。ああそうだよ。難癖だよ。でも、ここの歌詞歌ってみろよ。なんか違和感あるだろ。どっちかというと、「歌い踊り舞う」のところに違和感あるんだよ。リズムと音程と歌詞が微妙に合ってない気がするんだよ。でも何って説明できないから難癖付けてんだよ。大体わかるだろ。こういうのはパッションなんだよ。私がそうだって言えばそうなんだよ。

あんたもこの記事を読んでいる時点で、同罪だからな。



3.Blue Jeans - HANA

いつだって自信がなくて
Pretty girls 達に嫉妬して
気づいた時にはもう捻くれて
適当に生きてまた出掛けて

この部分の、ここ!

Pretty girls 達に嫉妬して


韻を踏むために仕方がないのは重々承知の上なのだが、あまりにもルー大柴感がある。この部分を口ずさむたびに、何となく赤面してしまうのだ。この4行の歌詞の中に、英単語が出てくるのがここだけというのが違和感の大部分を占めている気がする。ここはいっそ「かわいい奴らに嫉妬して」みたいに、全部日本語にするというのはどうなんだろうか。

英語日本語ごちゃまぜ歌詞にありがちなのだが、日本語の中に英単語がぽんと一つあると、途端に歌詞が軽くなってしまう気がしている。これもすべて、ルー大柴氏の多大なる影響力のせいだろう。日本の音楽シーン、特にラップ界隈には、彼の功績が非常に重くのしかかっていると言わざるを得ない。
そう考えると、ここで名前を出すのは大変申し訳ないのだが、やはりR-指定氏の書く歌詞はすごいと言わざるを得ない。彼の書く歌詞はほとんど日本語で構成されている。
ルー大柴氏という大いなる存在がいる日本に生まれ落ちた以上、日本語英語ごちゃまぜ歌詞を書くのは至難の業であるに違いない。



4.革命道中 - アイナ・ジ・エンド

唸るぜ 血泥付いたって守りたい
革命道中だって君に夢中
暗闇染み込む世界で見つけた
センチメンタルな恋

この部分の、ここ!

血泥付いたって守りたい


「付いた」というのが、なんか、違う気がする。いや、確かにその通りではあるのだ。血や泥が、付着する。日本語としても、言葉としても全く正しい。
しかし、しかしだ。この野性味溢れる歌詞の中で、血や泥が「付く」という表現だけがふわふわしている気がするのだ。「付く」というのは、意図せず泥水のところに手を置いてしまって、「うわっ、泥付いた」みたいな雰囲気を感じてしまう。ぴっと紙で手を切ってしまい、痛みで手を振った際に「うわっ、服に血付いた」みたいな「うっかり」感がある。
もっと荒々しく、乱暴な言葉にするというのはどうだろうか。
「血泥喰ったって守りたい」
「血泥噴いたって守りたい」
「血泥散ったって守りたい」
うっかり、ではなく、承知のうえで突っ込んでいく、みたいな意味合いの言葉であればしっくりくると思うのだが、皆様はどうお感じ?



5.Overdose - なとり

Overdose 君とふたり
分かりたいのに
変に間の悪い嘘が嫌い
Overdose 君とふたり
分かりたいのに
Two step from (hell) with me,darling

この部分の、ここ!

分かりたいのに


足りない気がする。何かが、大事な何かが足りない気がする。いわゆる「ら抜き言葉」のように感じてしまう。「食べれる」「来れる」「分かりたい」……
足りないピースはおそらく、「分かり合いたいのに」の「合い」だろう。直前の歌詞で「君とふたり」とあるので、その場には二人いることが理解できる。だからこそここは、「分かり合いたい」であってほしいと無意識のうちに思ってしまうのだ。もちろん、そんなのはエゴである。分かりたいと思っているのは、この曲の話し手つまり主人公の一方的な感情でしかないのだろう。それでも完全な第三者である私としては、なんだか気持ち悪いのである。

「分かりたい」というのはかなり話し言葉に近いのかもしれない。
最初のサビではこの部分が「Overdose 君とふたり やるせない日々 解像度の悪い夢を見たい」という、ストーリー性を感じさせる素晴らしい歌詞なのだ。簡単な言葉を使っているにも関わらず、なんとなく重厚なイメージを持たせる歌詞が続くからこそ、突然の「軽さ」に違和感を感じてしまう。
「分かりたい」をビジネスメールに書くかと言われると、書かないだろう。おそらく「理解したい」とか「納得したい」になるはずだ。

しかしこれでは、文字数が合わない。ちょっと意味が変わってしまうが、「見抜きたいのに」とか「気付きたいのに」とか「悟りたいのに」ではどうだろうか。……妙に主人公にねちっこさが出てしまうな。急にキモくなった。「分かりたい」という歌詞も嫌いだけど、ネバい男はもっと嫌いだ。



6.ライラック - Mrs.GREEN APPLE

青に似た
すっぱい春とライラック
君を待つよ ここでね
痛み出す人生単位の傷も
愛おしく思いたい

この部分の、ここ!

君を待つよ ここでね


「ここでね」の「ね」が、おまけすぎる。美しく精錬された歌詞の中でこの「ね」だけが、明らかに文字数合わせのために連れてこられて浮いている。「ね」はおそらく、二次会には呼ばれないことだろう。

わざと「ね」を入れることによって逆に「ここ」という場所が強調されているにも関わらず、なんとこの歌詞の前後に「ここ」が一体どこなのかというヒントが全くないのである。これには私も驚いた。教室で学生が楽しく騒いでいる青春MVだったので、勝手に「ここ」というのは教室であると思い込んでいたのだが、歌詞だけ見るとはっきりした言及はないのだ。だったらいっそ、前の部分で「ここ」がどこであるかを想像しうるヒントを散りばめてくれても良かったのではないか。

代わりの歌詞を提示しなければならない。こういうのはどうだろうか。
「ここで君を 待っている」(「ここ」という場所に集まった視線を分散させる)
「待っているんだ 君のこと」(「ここ」という文字をそもそも使わない)
こうすることによって、数合わせで「ね」が連れて来られることもなく、平和にその後のサークル活動を続けることができるのではないだろうか。



7.猫 - DISH//

だけどもそうはいかないよな
明日ってウザいほど来るよな
眠たい夜になんだか笑っちゃう

この部分の、ここ!

明日ってウザいほど来るよな


「ほど」という言葉に違和感がある。この文章だと、「明日」が群れでやってくるようなイメージになってしまう。「明日」が群れで大量に流れ込んできて、体にまとわりついてウザい、というような意味合いではないはずだ。そうではなく、「どんなに嫌でも明日って絶対来てしまう」という意味だと思う。そうであるならば、実際はこういう文章なのではないか。
「明日って絶対来てウザいよな」
しかしこれでは文字数オーバーだ。このまま歌うと、次の歌詞までの間に息継ぎをする隙間がなくなってしまう。確かにそれはかなりウザい。リズム的に、最後は「よな」で終わりたいことを考えると、この歌詞の落としどころとしてはこれなのではないだろうか。
「明日ってウザいけど来るよな」
これであれば、言いたい考えを伝えつつ、文字数もオーバーせず、スマートにウザさを強調することができる。「明日」を大量にキャスティングする必要もなくなり、費用も節約できることだろう。あいみょん様におかれましては、一度ご検討のほどよろしくお願い申し上げたい。



8.yama - 春を告げる

ここに救いはないよ
早く行っておいで
難しい話はやめよう
とりあえず上がって酒でも飲んでさ
いつも誰にでもいうことを繰り返してる

この部分の、ここ!

ここに救いはないよ
早く行っておいで
難しい話はやめよう
とりあえず上がって酒でも飲んでさ


ここに救いはないから早く行って、と言いながら、家に上がって酒を飲むよう誘う矛盾。いつもここで「ん?」と首をかしげてしまうのだ。

もちろん、これが全て同一人物のセリフとは限らない。二人いる、と仮定してみよう。
A「ここに救いはないよ 早く行っておいで」
B「難しい話はやめよう とりあえず上がって酒でも飲んでさ」
前半と後半で話している人が違う、という見方もある。しかし、こうだとしても違和感がある。Aは「早く行っておいで」と、Bをどこかに向かわせようとしている。「ここに救いはないよ」という言葉の雰囲気から、おそらくAは家の中におり、Bは外、おそらくドア越しに会話しているのではないかと思う。救いのない場所に、どこかに追い出したい人間をわざわざ一度入れたりはしないはずだからだ。さらにBも、「とりあえず上がって酒でも飲んでさ」と言っているところを見ると、AもしくはBのどちらかは家の外にいると想像できる。流れ的に、外にいるのはBだ。
だとすると、Bは他人の家に「とりあえず上がって」と言っていることになる。Bはかなりヤバい奴だ。「とりあえず上がって」と言うことを許されているのは、その家の持ち主だけである。外部からやってきた人間が、言うことを許されている言葉ではない。

春を告げる、という曲だ。確かに、春は変な人が増えると聞く。
そういう曲、ということなのだろうか。



9.初心LOVE - なにわ男子

Lalalalattta Lalalalattta
出会ってしまった 君は太陽
Lalalalattta Lalalalattta
こうしよう 二人は
めげない ロミジュリ

この部分の、ここ!

こうしよう 二人は
めげない ロミジュリ


こうしよう、とは、一体どうすることを言っているのか。
「こうしよう」というのは、A案とB案があり、そこに妥協案としてC案を出してくる際に用いる言葉であると認識している。この歌詞の場合の、A案とB案にあたるものは一体何だと言うのか。そして、C案が「二人はめげないロミジュリ」というのはどういうことなのか。
そもそもロミジュリ――ロミオとジュリエットというのは、『めげない』もののはずだ。越えられそうにない壁がいくつも立ちはだかる中、真実の愛を貫いたロミオとジュリエットは、まさに『めげない』を体現した二人である。
しかし、この歌詞によると、「二人はめげないロミジュリ」と言っているので、まるで本来のロミジュリが『めげる』もので、「我々二人はめげない方のロミジュリです」と言っているように聞こえてしまう。ロミオとジュリエットのことを何だと思っているのだ。
あと、「ロミジュリ」って略すな。



10.ドライフラワー - 優里

もう顔も見たくないからさ
変に連絡してこないでほしい
都合がいいのは変わってないんだね
でも無視できずにまた少し返事

この部分の、ここ!

もう顔も見たくないからさ
変に連絡してこないでほしい
都合がいいのは変わってないんだね
でも無視できずにまた少し返事

これに関してはこの部分全部が嫌いです。いい加減にしてほしい。私はこういう人間が一番嫌いだ。連絡してきてほしくないなら、「連絡してこないでほしい」というより先に、着信拒否とLINEInstagram等各種SNSのブロックを自らするべきだ。顔も見たくないのであれば、いち早く自分から行動すべきであって、これに関しては相手を責める権利が無い。被害者ヅラをしている場合ではない。全ての連絡手段を断つ方法があるのにそれを行なわないというのは、「私をあなたの都合よく使ってください」という意思表示に他ならない。こういう奴が、なぜか深夜に泣きながら電話をかけてきて私を居酒屋に呼び出し、しこたま酒を飲んで相手の愚痴を聞かせてくるのだ。そして次の日も同じように私を呼びだし、「今日あいつの家また行っちゃった……」などとほざく。こういう人間は痛い目に遭わないと懲りない、いや、痛い目に遭っても懲りないのだ。救いようがない。ドライフラワーと一緒にするな。綺麗なお花を少しでも長くもたせるために先人が開発した手法と、お前の汚くて茶色い思い出が一緒なわけないだろ。目を覚ませ。


最後に

さて、いかがだっただろうか。どんな素晴らしい音楽にも、少し『抜け』のような部分があるのだ。おそらくその部分を作っているときは、徹夜明けか二日酔いだったのではないかと思う。
素晴らしい作品を作る人も、コンディションが万全でないときは必ずあるのだ。そう思うと、こうやってしょうもない記事を、しこしこ6000文字超えて書いている自分も、いつかはいいものが作れるような気がしてくるのだ。

ツッコミどころに、幸あれ。

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