死ぬな、は救いとなり得るか

昨日は精神科の通院日だった。
現状を話したところ、もう少し強い薬をと提案されたが、現状だと過剰服用をする可能性が高いという理由で断った。
提案を断る際、泣き出したい心持ちになった。

私は死にたい。
死にたいのに何故断っているのだろう。
死ぬためならば、強い薬を処方してもらった方が都合がいいのに。
私は死にたいのに。

私は生きるために病院へ通い、自分を生かすためになにかしらと行動をしている。
それにも関わらず、そういった思考が頭に浮かぶ。

人の心は、複雑だ。
死にたいという気持ちも、まだもう少しと思う気持ちも、どちらも私の本心なのだろう。

私には、死を怖いものだと思えない。
私には死が救いに思える。
生きることの方が、よほど苦しく恐ろしい。
「死なないで欲しい」と言われることも時折辛い。
大抵の場合、それは善意であるのだが。

自分自身がそういった状態であるため
同じように希死念慮を抱える人に対して
「死んではいけない」
「死ぬことを考えるな」
という言葉をかけることが私にはできない。

死と生は表裏一体のものだ、と私は思う。
だからこそ、死を思えば同時に生を思わずにはいられない。

「自殺は良くない」
「家族や他人に迷惑がかかる」
「これまで受け取った優しさを裏切ることになる」

そんなことは、少なくとも私自身は、誰に言われずとも何度も繰り返し考えてきたのだから。

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