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花火大会

人の考えることって、人それぞれだから、物事の捉え方もそれぞれです。

みんなそれぞれ自由なんだから、何を思ってもいいし、何を言うのもいいことだと思う。

でも、僕自身が「花火大会」と聞いて、人が多くて嫌だとか事故が多いだとか、思ってしまう自分にがっかりしてしまう。

ましてや、このネガティブな思いを人に押し付けようとする自分は、本当に嫌いです。

花火大会の思い出は、あまり良いものではありません。

子供の頃から行きたくても行けないことの方が多かったから。

だから、心の中にすねた自分がいて花火大会なんか嫌いだと言っていました。

いつも家の窓越しから遠い小さな花火を眺めて満足していました。ちょっとさみしい気はするけれど、見れるだけで十分だと思いました。

その花火大会に、今年は行ってみようと妻から誘われたとき、ずっと、すねたままの僕は心の中でしぶっていました。

でも、今年は幼稚園の娘に浴衣も買ったし、小学一年生の息子はお友達から誘われていたと言っていた。

もう、行かない理由はどこにもありませんでした。

バスに乗って花火大会の会場に向かう中、バスの中がごった返していました。やっぱり、行くだけでしんどい思いをするじゃないかと、ネガティブな自分がどうだとばかりにしゃしゃり出てくる。

そんな思いは、会場に着くとあまりの凄さに驚かされました。

出店が軒を連ね、威勢のいい掛け声が響き渡っていました。それに負けないくらいの人々の楽しそうな話し声、どこを見渡しても人、笑顔、人、笑顔で溢れ返り、その圧倒的な熱気に、僕のネガティブな自分は一瞬でかき消されました。

そこには眩いほどのポジティブなエネルギーがありました。その凄まじさに圧倒され、気が付けば夢中で店を巡っていました。

花火があがる少し前、会場のライトが消えました。あんなにもにぎやかだった会場が一気に静まり返りました。次の瞬間、カウントダウンがはじまりました。

10、9、8とはじまり、7、6、5、4で胸が高まりました。3、2、1と続いて、いよいよだと思った瞬間、最初の花火が上がりました。そのときの歓声の一体感は何とも言えない感覚でした。

あんなにはしゃいでいた子供たちが、花火に釘付けになっている。
そんな子供たちの姿を並んで見られたこと。それがこの上なく幸せなことだと、素直に思えました。

毎年夏になると心の隅に現れていた、すねた自分。もう現れることはない気がしました。ずっと抱え込んでいた卑屈な自分は、花火と共に打ち上がっていったのかもしれません。僕は、ネガティブな自分を解放できたことを、初めて実感できた気がします。

帰りはみんなでひたすら歩いて、これまた大変だったけれど、それも含めて良い思い出になりました。

また、来年も行けるように。

それが思いのほか難しいことも知っているけれど、当たり前に行けるくらい頑張ってみようと、改めて思うことができました。

花火のおすそ分けです。

また来年もこの景色を見たいと思った。



最後まで読んで頂きありがとうございます。
メルシー



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