淀宿へ~京都の京街道を歩く①
■京街道の続きを歩く
3月29日、休日を使って京都市域の京街道を歩いてきました。ことし計画している「『大阪の街道』の先を歩く」の一環です。仕事で大阪府域の京街道を歩いたのは、2017年。2月に高麗橋から歩き始め、5回に分けて歩いて、6月に京都府との境、八幡市・橋本に入って打ち止めとしました。今回は、その続きということで橋本から歩きます。
■橋本を進発
午前10時15分、京阪「橋本」駅前を進発。かつての遊郭街を抜けていきます。

途中、淀川堤防近くに、「橋本の渡し」の碑

その先、八幡市消防分団第2分団の「消防器具庫」の前に、古い道標(文政2=1819年)がありました。

全部は判読できませんでしたが、南面に「左大坂」、北面に「右八まん」などの文字があり、石清水八幡宮への参詣路を示しています。
大谷川を渡って右の道へ

道の右手(南側)に、八幡宮常夜燈があります。

■御幸橋を渡り、背割堤の桜を望む
10時41分、木津川に架かる御幸橋を渡ります。今回は石清水八幡宮への参詣は省きました。

御幸橋は明治2(1869)年の木津川付け替え工事後に架けられた橋。江戸時代の京街道の経路は、先の大谷川を渡ったあたりから、まっすぐだったようです。
有名な背割堤の桜。前日の28日(土)から「さくらまつり」が開かれていました。29日は3~4分咲きだったでしょうか。

宇治川側(ここでは「よどがわ」の表記が)の御幸橋を渡ります。

八幡市から京都市伏見区に入り、京阪の車両基地の南で京阪本線の高架をくぐって進みます。

誰にも会いません。右が街道。

ひたすら進んで、京都競馬場の少手前で街道から離れ、淀城跡へ向かいました。京阪の高架下に、昭和3年の道標がありました。

■淀城跡へ
11時35分、淀城跡着。京阪電車の車窓から何度も見てきましたが、訪ねるのは初めてです。

淀城があったころの絵図があります。

街道に戻って先へ。淀川などが氾濫した場合の最大浸水深が電柱に示されています。

■淀駅に到着
午前11時55分、京阪「淀」駅に到着。先に書いた「東海道五十七次スタンプ行脚」のうち、淀駅での展示です。改札の外にあります。


パンフレットにスタンプを押しました。

休憩なしで、伏見宿を目指します。
(続く)
