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ナダダ人の家庭教育が凄い理由【䞖界人口0.2でノヌベル賞22の背景】

みなさんこんにちは、メキシコ生掻5幎目、メキシカンダンディパパです。

唐突ですが、実は私、教育孊郚出身で、教員逊成倧孊で4幎間孊んだ経隓から、長幎「教育」ずいうテヌマに匷い興味を持っおいたす。本圓に「教員」の仕事は䜓力的にも粟神的にもタフな仕事であり、子䟛たちず向き合いながら倚皮倚様な問題に察凊する先生方には、最倧限のリスペクトを捧げたす。

そんな倧前提を持ちながら、今日のテヌマは「䞖界で掻躍するナダダ人の家庭教育」の栞心にあり、䞀芋過激に聞こえる「先生の蚀うこずは絶察に鵜呑みにするな」ずいう教えに぀いお觊れおいこうず思いたす。


▌ナダダ人の家庭教育に぀いお

たず、ナダダ人が䞖界でどれほどの圱響力を持っおいるのか、その事実を数倀で芋おみたしょう。

ナダダ人の功瞟2022幎時点
ノヌベル賞受賞者の22
アむビヌリヌグ*孊生の21
アカデミヌ賞受賞者の37
ピュヌリツァヌ賞*受賞者の51

これらの数倀の衝撃は、ナダダ人の䞖界人口に占める割合がわずか0.2%皋床であるこずを螏たえるず、蚈り知れたせんし、驚異的ずも蚀えるでしょう。

*アむビヌリヌグずは
アメリカ合衆囜北東郚にある特に歎史ず䌝統のある私立倧孊8校からなる8校のこずを指し、極めお高い孊術氎準、厳しい入孊難易床、長い歎史、そしお゚リヌトの逊成機関ずしおの名声を持぀こずから、最難関名門倧孊矀の代名詞ずしお䜿われおいる。その8校ずは、ハヌバヌド倧孊、むェヌル倧孊、ペンシルベニア倧孊、プリンストン倧孊、コロンビア倧孊、ブラりン倧孊、ダヌトマス倧孊 、コヌネル倧孊。

*ピュヌリツァヌ賞ずは
アメリカのゞャヌナリズム報道、文孊、および音楜の分野で、最も暩嚁ある賞の䞀぀ずされる賞。1917幎にハンガリヌ出身でアメリカの著名な新聞発行人であったゞョれフ・ピュヌリツァヌの遺莈に基づき蚭立された。珟圚は、ニュヌペヌク垂のコロンビア倧孊が運営・管理しおいたす。

▌䞖界を倉えたビゞネス界のナダダ系成功者たち

①マヌク・ザッカヌバヌグMark Zuckerbergナダダ系アメリカ人スりェヌデン系ナダダ人の家庭
Meta Platforms旧FacebookCEO。ニュヌペヌク州で、歯科医の父ず粟神科医の母ずいう医療系の家庭に生たれる。ナダダ教の成人匏であるバル・ミツバを祝うなど、䌝統的な䟡倀芳を持぀家庭で育った。父は圌が10代前半でプログラミングに熱䞭するず、すぐさたプラむベヌトの家庭教垫を雇うずずもに、プログラミングを実践的に䜿わせるため、自宅のコンピュヌタヌで家族間のコミュニケヌションツヌルを䜜らせた。ハヌバヌド倧孊を䞭退しおたで、自分のアむデアを远求し、䞖界を倉える道を遞んだ。

②ラリヌ・ペむゞLarry Pageナダダ系アメリカ人
Googleの共同創業者。䞡芪がコンピュヌタヌ科孊の教授であり、家の䞭にはコンピュヌタヌ雑誌や科孊技術関連の文献が溢れおいたこずから、圌は幌い頃から家の䞭にあるコンピュヌタヌや雑誌に自由にアクセスできる環境で育ち、この環境が圌に新しい技術ぞの飜くなき奜奇心ず探求心を育んだ。倧孊はミシガン倧孊工孊士、倧孊院はスタンフォヌド倧孊蚈算機科孊修士に進孊。スタンフォヌド倧孊の博士課皋圚籍䞭に、セルゲむ・ブリンず共にGoogleの原型を開発した。

③セルゲむ・ブリンSergey Brinナダダ系ロシア人
Googleの共同創業者。1973幎、゜連珟ロシアのモスクワでナダダ系の家庭に生たれた。父は数孊者で、母はNASAの研究者ずいう孊術研究に携わる家庭環境で育った。゜連での反ナダダ䞻矩的な環境を避けるため、6歳の時に家族ず共にアメリカぞ移䜏。メリヌランド倧孊卒業埌、スタンフォヌド倧孊の博士課皋でラリヌ・ペむゞず出䌚い、Googleを共同で蚭立した。

④マむケル・デルMichael Dellナダダ系アメリカ人
Dell Technologies 創業者。テキサス州ヒュヌストンで生たれ、父は歯科矯正医、母は蚌刞仲買人ずいう家庭で育った。圌は幌少の頃から驚くほどのビゞネスセンスずお金を皌ぐ意欲を瀺しおおり、12歳の時には、切手や野球のトレヌディングカヌドの売買で倧きな利益を䞊げた。たた、高校時代には、新聞の賌読者を増やすための新しい販売戊略を考案し、わずか1幎で18,000ドル珟圚の䟡倀で数十䞇ドル=日本円で数千䞇円盞圓を皌いだず蚀われおいる。この経隓を通じお、仲介業者を排陀した盎接販売ずいう、埌のDellのビゞネスモデルの基瀎ずなるアむデアを確立。テキサス倧孊オヌスティン校に進孊するものの、倧孊圚孊䞭に事業Dellの原型を本栌化させ、すぐに䞭退しお䌚瀟経営に専念。

アメリカで掻躍するナダダの血を匕く人々

▌なぜアメリカにナダダ人が倚いのか

なお、䞊蚘を芋おもらったらわかるず思うのですが、「ナダダ人なのにアメリカに倚くない」ずいうこず。実は珟圚、アメリカは、むスラ゚ルに次ぐ䞖界で2番目に倧きなナダダ人コミュニティを擁しおいたす。

少しだけ話は逞れたすが、アメリカが䞖界で2番目に倧きなナダダ人コミュニティを持぀囜である歎史的な理由ず芁因は以䞋の通りです。

①最初の波ドむツ系ナダダ人の移䜏19䞖玀䞭頃
19䞖玀䞭頃、特にドむツの諞地域で、政治的・経枈的な䞍安定さや、ナダダ人に察する瀟䌚的制限ゲットヌぞの隔離や職業の制限などが高たり、倚くのドむツ系ナダダ人が、より良い経枈的機䌚ず、宗教的・瀟䌚的自由を求めおアメリカぞ移䜏したした。圌らは商売や小売業で成功を収め、比范的アメリカ瀟䌚に統合されやすい傟向がありたした。

②第2の波東欧ナダダ人の倧量移䜏19䞖玀末20䞖玀初頭
1880幎代から1924幎頃にかけお、垝政ロシアロシア垝囜やポヌランド、ルヌマニアずいった東欧諞囜で、ポグロムナダダ人に察する組織的な迫害・暎力が激化したした。生存の危機ず、宗教的・垂民的自由が保蚌された堎所を求めお、玄200䞇人のナダダ人がアメリカぞ逃れたした。この波が、珟圚のアメリカのナダダ人コミュニティの文化的・人口的な基盀を圢成したした。圌らの倚くはニュヌペヌクなどに定䜏し、劎働者階玚からスタヌトしたした。

③第3の波第二次䞖界倧戊ずホロコヌストからの亡呜20䞖玀䞭頃
1930幎代から1940幎代にかけお、ナチス・ドむツずその占領䞋にあったペヌロッパ党土でホロコヌストナダダ人絶滅政策が実行されたした。迫害から逃れるため、知識人、科孊者䟋アルベルト・アむンシュタむン、芞術家を含む倚くのナダダ人が、アメリカに亡呜したした。この移䜏は、アメリカの孊術界、科孊界、芞術界に倧きな圱響を䞎えたした。

たた、アメリカ瀟䌚の特性ずしお宗教の自由があり、ペヌロッパで䞀般的だったような公的な反ナダダ䞻矩の制床や法的な差別が少なく、ナダダ人にずっお安党で寛容な環境だったこずがありたす。たた、「アメリカン・ドリヌム」に代衚されるように、個人の努力で成功できる開かれた経枈システムがあり、教育やビゞネスの分野で成功を収めるこずが容易だったこずも、アメリカで倧きなナダダ人コミュニティが生たれた背景ずなりたす。

なお、先ほどアルベルト・アむンシュタむンの䟋が出おきたしたが、ビゞネスではない䞖界での偉人にも、ナダダ人は倚くいたすので、そちらも数人芋おみたしょう。

▌ビゞネス界以倖のナダダ系の偉人たち

①アルベルト・アむンシュタむンAlbert Einsteinナダダ系ドむツ人1879幎、ドむツ垝囜のりルムで生たれる。父ヘルマンは電気技術者でありセヌルスマン、母パりリヌネはピアニストずいう䞭流階玚の家庭。䞡芪ずも䞖俗的な非宗教的なナダダ人であり、ナダダ教の慣習は厳密に守られおいなかった。父ず叔父は小さな電気機噚補造䌚瀟を経営しおおり、幌少期から科孊技術ずビゞネスの䞖界に囲たれお育った。圌は幌い頃から人芋知りで話し始めるのが遅かったが、父から䞎えられた方䜍磁石を芋お、目に芋えない力が䜜甚しおいるこずに深く感動し、科孊ぞの関心が芜生えたず蚀われおいる。母が熱心なピアニストであった圱響で、圌自身もバむオリンを挔奏するなど、芞術や音楜を愛する環境で育った。ミュンヘンの䞭等孊校で厳栌な教育を受けたが、芏埋や暗蚘を重芖する教育に反発し、その埌スむスのチュヌリッヒ連邊工科倧孊ETHで物理孊ず数孊を孊ぶ。亡呜ナチスが台頭するず、ナダダ系であったために職を远われ、最終的にアメリカぞ亡呜し、プリンストン高等研究所ニュヌゞャヌゞヌ州に拠点を眮いた。

②スティヌノン・スピルバヌグSteven Spielbergナダダ系アメリカ人
1946幎、オハむオ州シンシナティで生たれる。父アヌノルドは電気技垫初期のコンピュヌタヌ開発者、母リアはコンサヌトピアニスト。比范的裕犏な、ナダダ教の䌝統を重んじる家庭で育った。父からは技術コンピュヌタヌず科孊を、母からは芞術ず創造性を教えられた。父から8ミリカメラを䞎えられ、幌い頃から家族や友人を䜿い、自宅で映画を䜜り始めたこずが、圌の埌のキャリアの盎接的な原点ずなっおいる。圌は幌少期に転居を繰り返した際、ナダダ人であるこずによる疎倖感やいじめを経隓し、この経隓が『シンドラヌのリスト』など、埌の圌の䜜品における人道䞻矩的なテヌマやナダダ人の歎史ぞの関心に深く圱響を䞎えた。カリフォルニア州立倧孊ロングビヌチ校で映画を孊び、倧孊圚孊䞭にナニバヌサル・スタゞオず契玄し、正芏の孊䜍取埗よりキャリアを優先した。

③シグムンド・フロむトSigmund Freudナダダ系オヌストリア人
1856幎、圓時はオヌストリア垝囜領であったフラむブルク珟チェコで生たれた。家庭環境裕犏な矊毛商人であった父ず、幎の離れた若く知的な母を持぀家庭の長男ずしお育った。䞀家は圌の幌少期に経枈的な困窮を経おオヌストリア・りィヌンぞ移䜏。圌は聡明であったため、特に母から溺愛され、家族の䞭で特別な扱いを受けおきた。この環境が圌の自己肯定感ず匷い独立心を育んだず考えられおいる。父は厳栌なナダダ教埒ではなかったが、フロむトはナダダ人の家庭に特有の知的探求ず孊習の重芁性を重んじる環境で育った。優秀な成瞟でりィヌン倧孊医孊郚に入孊し、卒業。圓初は神経孊の研究者を目指し、医孊の道を歩んだが、1938幎、ナチスによるオヌストリア䜵合埌、ナダダ人ずしお迫害を避けるためロンドンぞ亡呜。

④ボブ・ディランBob Dylanナダダ系アメリカ人
1941幎、ミネ゜タ州ダルヌスで生たれ、同州の田舎町ヒビングで育った。なお、本名はロバヌト・アレン・ゞマヌマンず蚀う。父は電化補品店を経営しおいたしたが、あくたで䞭流家庭の出身。圌の䞀族は、垝政ロシア時代にポグロムから逃れおアメリカぞ移䜏したナダダ系移民の末裔。圌はヒビングの小さなナダダ人コミュニティの䞭で、䌝統的なナダダ教の教育ヘブラむ孊校も受けた。10代になるず、ブルヌス、カントリヌ、ロックンロヌルに匷い圱響を受け、故郷の環境に飜き足らず、音楜掻動に傟倒し始める。その埌、ミネ゜タ倧孊に進孊したしたが、音楜掻動に集䞭するため、すぐに䞭退しニュヌペヌクぞ枡った。

ビゞネス界以倖のナダダの偉人5人

ビゞネス界で4名、それ以倖で4名のナダダ人に぀いお玹介をしたしたが、ナダダ系家庭教育における共通の傟向ずしおは、いく぀かの栞ずなる䟡倀芳がありたす。

▌ナダダ人家庭教育の共通する3぀の䟡倀芳

ナダダ系の家庭教育には、時代や囜境を超えお共通する、成功を育む3぀の栞ずなる䟡倀芳がありたす。

①知識ず孊習の神聖化
ナダダ教の䌝統トヌラヌなどでは、孊ぶこずそのものが最高の矎埳であり、知識を埗るこずは人生の重芁な䜿呜ずされたす。

②議論ず批刀的思考の奚励
「絶察に先生の蚀うこずは鵜呑みにするな」ずいう教えの根幹です。これは単なる反抗ではなく、数千幎にわたるタルムヌドナダダ教の膚倧な議論集に根ざした文化です。タルムヌドは「答え」ではなく「議論」そのものを蚘録しおおり、芪や垫の蚀葉であっおも、「なぜ」「別の解釈は」ず問いを重ね、論理を戊わせるこずが最高の孊習ずされたす。この習慣が、圌らの珟状に満足せず、革新的なアむデアを生み出す批刀的思考力の土台ずなっおいたす。”先生の蚀うこずを聞いおいたら先生以䞊の人間にはなれない”ず蚀われたりもしたす。

③䞖盎しTikkun Olamの抂念
「䞖界を修埩する、より良い堎所にする」ずいうナダダ教の抂念です。マヌク・ザッカヌバヌグやGoogle共同創業者達が持぀「䞖界を倉える」ずいうモチベヌションの根底には、この瀟䌚貢献ず倉革の粟神が圱響しおいたす。スティヌノン・スピルバヌグが、ナダダ人ずしおの疎倖経隓を経お、ホロコヌストを描いた『シンドラヌのリスト』を制䜜したのも、この抂念の実践の䞀぀ず蚀えたす。

さお、これらの事䟋の根底にある、ナダダ系家庭教育の栞心を深く掘り䞋げおみたしょう。そんなナダダ教の家庭教育の原点ナダダ人が家庭内で教えるこずがこちら。

◎個性を倧切にし、埗意分野で優越するこず特性を芋぀け、埗意なこずを䌞ばす
◎党人栌を向䞊させるこず䞖界を良くするずいう想い
◎想像力を逊うこず子䟛の情熱を認める
◎生涯を通じお孊ぶこず自己実珟の远求

ナダダ人の家庭で育った子䟛に優秀な人が倚いのは、家庭にそういった環境があるからです。぀たり、倧事なのは家庭なんです。

▌「先生の蚀うこずを鵜呑みにするな」の真意

日本の教育は真逆ず蚀えたす。家庭で子䟛の教育をせず、登校時に芪は「孊校に行ったら先生の蚀うこずをよく聞くんだよ」ず蚀っお送り出したす。先生の蚀うこずを聞いおいたら、「珟状の知識・枠組みを維持する人間に留たっおしたう」のです。぀たり、「先生の蚀うこずを鵜呑みにするな」ずいう教えは、「答えを芚えるより、問いを立おろ」ずいうメッセヌゞです。むしろナダダ人家庭では「絶察に先生の蚀うこずは聞いたらダメだ」、「疑問や玍埗がいかないこずがあったら必ず先生に質問をしなさい」ず蚀っお送り出したりするんです。ナダダ人の家庭では絶察に「先生の蚀うこずを聞きなさい」ずは蚀わず、家庭で自ら教育を実斜するのです。ナダダ系家庭が子䟛に教えるのは、「先生の蚀うこずを聞くこずで埗られる既存の枠組み内での成功」ではなく、「珟状を砎壊し、新しい䟡倀を創造するずいう革新者ずしおの成功」です。

もちろん、日本の教育が「瀟䌚で生掻しおいく䞊での最䜎限の基準」を高く蚭定し、質の高い日本を創り出した芁因であるこずは間違いないず思いたす。しかし、日本人が䞖界で掻躍し、䞖界で戊っおいくためのむノベヌション砎壊ず創造を生み出すためには、家庭においお、孊校ずは別の、批刀的思考を尊重する環境を提䟛する必芁があるんだず思いたす。

▌我が家の子育おを振り返っお

最終的に自分の人生を決めるのは子䟛本人ですが、その道筋を敷いおあげるのが芪だず考えるず、結局は我が子にどうなっおほしいのか、ずいう考え次第であり、それによっお日本の教育が合っおいる、合っおいないずいうずころになるかず思いたす。

家で党く芪の蚀うこずを聞かない我が子5歳、3歳に察しお、朝のバタバタしおいる時間垯なんかは「ねえ、蚀うこず聞いお」ず床々蚀っおしたっおいる自分がいたすが、ナダダ人的教育ずしおは「蚀うこずを聞かないこずは、革新の可胜性だ」ず捉えるべきであり、なかなか寛容になるこずが難しい日垞ではあるものの、たずは家庭で私自身がもっず寛容になり、「議論」ず「問いかけ」を歓迎する環境を䜜り出すこず。これが、䞖界で掻躍する力を育む第䞀歩になるのかな、ず。

別に自身の子䟛に察しお、革新者になれよ、ず思っおいるわけではないですが、自分自身の家庭教育の圚り方を芋盎す、振り返るいい機䌚にもなったので、蚘録しおおきたす。

それでは、本日はこのぞんで。

いいなず思ったら応揎しよう