蜂の一刺し
本日誰も家にいない土曜日。お盆の感覚あまり無し。
昼食はなんかの動画で見た「リュウジのバズレシピ、キャベツと鶏肉炒め」を自宅で再現。しかし本物を食べたことがないし見た動画も流し見しただけなので再現というより完全な想像で調理完了。
私は占いの類いを信じないのだが、自分の想像で作った料理が、
マズければ近いうちに良いことが起きて、
美味ければ近いうちに悪いことが起きる、
という「創作料理占い」だけは信じるようにしている。
適当に作ったもんが美味いってのは奇跡に近い。もうそこでほぼ運を使い果たしているので、その後はだいたい嫌なことが待っている、という理論だ。
んで、今日作ったキャベツの角切りと鶏肩肉を適当に炒めたのは、死ぬほど美味かった。
ダイエット中など忘れて鍋に残った米を真っ昼間から食い尽くしてしまう。
その芳醇かつ豪快、更に侘び寂びの効いた創作料理がもたらした暗示として、案の定、盆明け月曜から社会復帰する予定が延びている。
会社は私がこのまま長期休暇からフェードアウト退職するものと思っていたらしい。復帰しますと伝えた時の人事本部長の電話で焦る様子が非常に滑稽だった。今週は会社の産業医面談があったのだが、その医師も「いやー事後さん、勉強になりました、事後さんみたいな鬱との向き合い方もあるんですねぇ」と言わせるほどに、かつて加勢大周が着ていたような黒のタンクトップ&パクられて週刊誌に載った時の田中聖くらい目がバッキバキ、アントニオ猪木ばりに口角を吊り上げてアゴをしゃくれさせる、というスタイルでWEB面談を終え、その面談レポートを役員連中が見たのだろう。ヤベェ、アイツ帰ってくんのかよ、どうするどうする?とりあえずもうちょい休んでもらおうぜ事後さんを復職させるにあたってどうするか的なミーティングがいるとかで、みたいな感じであたふたしているものと思われる。
私は、自分のチームに入れるメンバーを選ぶ時、喧嘩が出来る人と出来ない人だったら出来る人を選ぶし、社会人として30年近く、喧嘩ならいつでもします、で生きてきた。
今の会社で色んなことが重なって、私が直近のお姉ちゃんと別れた1月終わりくらい、私は政治力に屈し、大人の喧嘩に負けてしまった。まんまとハメられ、完全に孤立した。
その筋書きは結果的に1年に亘るもので、去年の春にはこの会社を良くしようと最大の忠誠心と共に握手まで交わしたにも関わらず、それさえも私を追放する罠だった可能性があることを知った時は、あっさりと復讐心へと変わった。
やられっぱなしは自分の中で絶対に無いので、虎視眈々とリベンジ、「蜂の一刺し」の機会を窺っている。
辞めるのはそれからでも遅くない。
彼らは私の使い方を間違えたのだと思う。
いくつか前の記事で、先日福岡に帰った話を書いたが、その帰省時に、丈母が所有する荒れ果てた100坪ほどの土地の草刈りを手伝った。その時、首筋をどうも蜂に刺されたようで、激痛が走り、「あいたーーーっしゅ!」と年甲斐も無く大きな声を上げてしまう。
驚いた丈母は「どこを刺されたね!首ね!赤うなっとる!毒ば吸うちゃるけん!」と、間髪入れずに首筋にぶちゅーっ!と接吻を喰らう。ぶちゅーっ!ぺっ!を3回喰らったのだ。スズメバチと決まったわけでは無いのに。嫁の唇の感触はもうとうに忘れてしまったのに、まさか丈母の唇の感触を味わうことになろうとは。また、なかなかその感覚は今でも抜けない。
1月に別れたお姉ちゃん以来の唇の温もりが80代のおばあちゃん、というのは、蜂に刺される以上に痛くて恐ろしい。
私のような、社会的にも会社の中でも小童であっても、彼らが私を疎ましく思うのなら、刺し方によっては途轍もない悪夢を産むことを、身をもって証明したい。こちらも一年くらいかけて。
まぁ、穏便にこのまま定年までいることも無くは無いけど、今日の創作料理を目隠しで作り上げちゃうくらいの確率だと思ってる。
事後ちゃんのデスレシピ、調味料は忠誠心と復讐心。
針と蜜を持つミツバチのように、甘いのとしょっぱいのは、いつだって紙一重なのだ。
