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【1984年】ゴールデン・テンプル(黄金寺院)の緊張感

モヘンジョダロから延々とバスで北上し、ラホール(Lahor)へ。そして、ラホールからパキスタン・インド国境を越えてインドのパンジャブ州アムリトサル(Amritsar)に入った。アムリトサルには、頭にターバンを巻く事でよく知られているシーク教徒の聖地ゴールデン・テンプル(黄金寺院)がある。↩︎

当時、背景はよくわからなかったが、何らかの政治的緊張感が高まっている事は、街の噂話で分かっていた。黄金寺院を見たいと思い訪ねると、寺院の周りには武装したシーク教徒の若者達があちこちに集まっていたことを覚えている(後で知った事だが、当時、独立を目指すシーク教徒とインド政府との間で緊張感が高まり、シーク教徒過激派が黄金寺院に集まりつつある時期だった)。

しかし、黄金寺院の内部に入ると、外のやや騒々しい雰囲気と異なり、池の周りに建つ白亜の美しい寺院、池の中心にある黄金の寺院に目を吸い寄せられた。天国とはこういうところではないかとイメージするような場所だと強く感じた事を記憶している。ターバンを巻いた人たちが素足で、池の周囲を巡る美しい模様の入った大理石のテラスを歩いていた。↩︎

後に日本に戻ってからまもなく、黄金寺院で流血事件があった事が報じられた。1984年6月、インド政府軍が黄金寺院に突撃、シーク教徒独立派と衝突し多数の死傷者を出した事件として知られている。
その時、新聞で見た黄金寺院の写真は、あの天国を思わせるようなものではなく、くすんだ写真だった。そして、この事件はインドの政治にも影響を与え、やがて同年10月のシーク教徒警護官によるインディラ・ガンジー首相暗殺へと繋がる。

その後20年を経た2004年、インドに初めて非ヒンズー教徒でシーク教徒のマンモハン・シン首相が誕生した。インディラ・ガンディー首相の長男(ラジヴ・ガンディー 1944-91、首相1984-89)の夫人ソニア・ガンディーインド国民会議派総裁の指名を得たのである。

2013年11月記

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