私の夕方の時間
時々通るJRの高架下、こんな夕暮れには気をつけなきゃならない。
夕焼け小焼けで日は暮れて、おいらの一日暮れていく。
気の弱った時にあのガードをくぐり、赤い夕焼けに向かっちゃならない。夕焼けの赤に気を奪われる間に異世界へ連れ込まれる時がある。
昨日の夕もそうだった。悩み疲れて歩く私はそれをつい忘れていた。
「あっ」と気付いた時にはもう遅い。皆がそれをなんと呼ぶのか、私には異世界としか呼ぶ言葉の見つからない、そこにはもう一つの昨日の時間が流れていた。
いつもと変わらぬ街、いつもと変わらぬ日常、きっと歩く人間もいつもと変わらぬ人たちなんだろう。でも私にはそれをそうだと証明する術は持ち合わせない。『きっと』変わっていないに違いないと思うしかない。
ほら、やはり来ちまった。ほんの10メートルほど先を見かけたことのある白髪頭の初老の男が歩いている。目を凝らすが間違いない。いつもこんな夕暮れに見かける男である。足早に追いつこうと試みるが男はいつも10メートル先だ。男を追いかけ歩けば、ガード下の商店街を進み行く。もう、一昔前の昭和の時代によくあった街の匂いが漂い、店の看板やネオンサインはぼんやり明るく私を誘う。主婦たちの夕餉の買い物の時間は過ぎ、焼鳥屋の焦げたタレの匂いが私の鼻をくすぐり、街の空気は昼のそれとは変わっている。くすんだ活気が一日を終えた皆の気楽を伝えてくる。街には私の脳を麻痺させる退廃しきらぬ退廃の空気がだんだん満ちてくる。
男は立ち飲み屋の前で足を止め、キョロキョロと振り返り縄暖簾の奥に吸い込まれていった。
そして私は不思議な既視感を覚えながら、その縄暖簾の前に立っていた。
そのあと、男と同じようにキョロキョロと振り返り縄暖簾をくぐったのである。
男を狭い店内に見つけることはできず、若い店員の「いらっしゃいませ」の言葉が頭に響く。
記憶はそこでページが変わる。
生ビールを一杯、焼き立ての厚揚げにかけ過ぎた醤油を気にしながら小腹を満たし、芋焼酎のロックを二杯メザシを齧りながら舐め、一日を振り返る。
酒に逃げ道を求めはしないが、酒は私の心に解放の道を示し、違う頭の整理を教え、明日また生きる気力を与えてくれる。
あの男はどこに行ったのか。また出会うその時まで私の記憶の引き出しで眠ってくれる。
そして私は知らない。
私の10メートルあとを追うもう一人の白髪混じりの初老の男がいることを。
