革命家にも老後は来る──『One Battle After Another』感想
※本記事は作品内容に触れています。
『One Battle After Another』を観ていて、ずっと不思議な感覚があった。
この映画には革命がある。
政治がある。
権力との対立がある。
誘拐もある。
逃亡もある。
銃撃もある。
予告編だけ観れば、大きな陰謀に巻き込まれた元活動家たちの政治スリラーに見える。
実際、その見方は間違っていない。
しかし観終わったあと、私の頭に残っていたのは革命でも陰謀でもなかった。
「革命家にも老後は来るんだな」
という、妙に当たり前の事実だった。
革命家は映画になる
若い革命家は映画になる。
理想に燃えている。
仲間がいる。
未来を語る。
権力に立ち向かう。
その姿は格好いい。
物語になる。
歴史になる。
伝説になる。
だから映画は若い革命家を描く。
あるいは命を落とした革命家を描く。
そこで物語として完成するからだ。
しかし現実はそうではない。
革命に失敗した人間も生きる。
世界を変えられなかった人間も老いる。
朝起きる。
飯を食う。
病院へ行く。
家族を心配する。
そして気付けば、かつて世界を変えようとしていた人間が、娘の将来を気にしている。
この映画が描いているのは、その現実だ。
世界より娘
映画を観ながら何度も思った。
主人公たちは思ったほど革命の話をしていない。
もちろん過去はそこにある。
彼らの人生を決定づけた出来事でもある。
だが物語が進むにつれて、重心は少しずつ別の場所へ移っていく。
娘だ。
家族だ。
次の世代だ。
ここが面白い。
20代なら世界を語る。
30代なら仕事を語る。
40代になれば生活を語る。
そしてさらに年齢を重ねれば、自分がいなくなった後のことを考え始める。
映画の登場人物たちもそうだ。
彼らはもはや自分の人生だけを生きていない。
次の世代の人生を考えている。
革命家の映画だと思っていたら、いつの間にか親の映画になっていた。
PTAらしい混沌
監督の Paul Thomas Anderson は昔から、人間の格好悪さを撮るのが上手い。
ヒーローをヒーローのまま終わらせない。
カリスマをカリスマのまま描かない。
どんな人間も、結局は人間として描く。
本作でもそれは変わらない。
登場人物たちは理想を持っている。
しかし同時に滑稽でもある。
会話は脱線する。
判断を間違える。
情けない姿も見せる。
それでも観ているうちに愛着が湧いてくる。
なぜか。
完璧ではないからだ。
革命家というより、昔革命家だった普通のおじさんやおばさんに見えてくるからだ。
ショーン・ペンが怖い理由
本作で強烈な存在感を放っているのが Sean Penn だ。
ただ、彼が怖いのは悪人だからではない。
むしろ自分を正しいと思っているから怖い。
現実でもそうだ。
歴史を動かしてきた人間の多くは、自分を悪人だと思っていない。
自分こそ正しいと信じている。
だから止まらない。
映画の中で描かれる対立も、善と悪の単純な戦いには見えなかった。
異なる正義同士の衝突に見えた。
そして、その構図は今の社会とも重なる。
誰もが自分の正しさを信じている時代だからだ。
袋を被せられる人間
序盤の印象的な場面の一つに、袋を被せられた人間が車へ連れ込まれるシーンがある。
観ている時は単純に不穏だ。
しかし後から考えると、あれは映画全体の象徴だったようにも思う。
袋を被せられる。
顔が見えなくなる。
個人が消える。
人間が対象になる。
歴史の中で権力は何度も同じことを繰り返してきた。
名前を奪う。
分類する。
管理する。
映画はそんな権力の恐ろしさを描いている。
だが同時に、その袋の中にも人生があることを描いている。
家族がいる。
過去がある。
守りたいものがある。
だからこそ怖いのだ。
タイトルの意味
『One Battle After Another』。
直訳すれば「戦いのあとに、また戦い」。
最初は政治的な意味だと思っていた。
だが観終わった今は少し違う。
人生そのもののように聞こえる。
若い頃は社会と戦う。
中年になれば生活と戦う。
老いとも戦う。
病気とも戦う。
そして最後は、自分の次の世代へ何を残すのかという戦いになる。
戦いの内容は変わる。
しかし戦いそのものは終わらない。
だからこのタイトルは革命だけを指しているわけではないように思える。
人間の人生全体を指している。
革命家にも老後は来る
この映画を観ていて一番面白かったのはそこだった。
革命家にも老後は来る。
当たり前の話だ。
だが私たちは案外その当たり前を忘れている。
若い頃に理想を掲げた人間も老いる。
世界を変えようとした人間も親になる。
子供の将来を心配する。
体力は落ちる。
仲間は減る。
それでも人生は続く。
そして理想は、実現するか消えるかだけではない。
次の世代へ渡されていく。
少し形を変えながら。
少しずつ意味を変えながら。
革命の映画だと思って観た。
だが最後に残ったのは革命ではなかった。
世界を変えられなかった人々が、それでも何かを次の世代へ渡そうとする姿だった。
『One Battle After Another』は、革命の映画というより、そのずっと後の人生を描いた映画だったように思う。
