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スネークヘッドを継ぐ者

#創作大賞2026
#ミステリー小説部門

【あらすじ】
千数百年前、仁徳天皇陵の時代から貴族や地主に支配された百姓たちが苦闘していた大阪東南部・南河内。平和の塔が北端にそびえる昭和50年代の新興住宅地。無数に残された溜池と灌漑水路。

中学生のヒビキとリュウが、昭和50年代当時は日本の釣り師にとって未知の領域だったルアーフィッシングと出会う。特に魅力的なフィールドは、立ち木や倒木が水没した山池。山深く幽玄なたたずまいだがトラウトは釣れない。アジア大陸から来た奇怪な魚食魚スネークヘッドが支配している。ブラックバスはまだいないが芦ノ湖からの移植・繁殖を企てている“大佐”のような裕福な大人がいる。

同級生の1人、漫画家志望のダイスケが失踪する。その足取りには、千数百年前から存在する野池と灌漑洞穴が関わっていた。

約26000文字、65枚

◆◆◆

第1話:フィッシュオン


この小説でコンゴー団地と呼ぶ共同住宅群は、コンゴ共和国のあるアフリカ大陸ではなく大阪の南河内に所在するが、東西南北が分かりやすい。平和タワーが見えるのが北側だ。塔は宇宙人の形をしているが、平和を祈る宗教団体が建てたものだ。

だが、中学校では争いが絶えなかった。昭和50年代、生徒間の校内暴力がありふれていて、教師が生徒に体罰をしても当時の世間では教育の一環として許されていた。

ヒビキは、創立して10年も経っていないのに荒廃した騒々しい中学校で過ごすことより、南河内の丘陵地帯に開発から取り残された洞窟や山池で活動することに心を奪われていいた。

ヒビキを女手一つで育てている母は、コンゴー団地の中央に鎮座するテラ池と呼ばれる釣り池のそばでお好み焼き屋を経営していた。テラ池は有料制で、中学生釣り師のヒビキにもリュウにも釣り竿を出せなかった。彼らの釣り場は、土地造成を免れた山の中にあった。

小学生のころまでは、振り出し式の竿で鮒を狙っていたが、中学に上がると、2人とも外国からやって来たルアーに心奪われた。ルアーで釣れる魚が日本にいるかどうかなんて関係なかった。昭和50年代、まだブラックバスは溜池なんかにいなかった。海でルアー釣りをしている釣り人なんて滅多にいなかった(日本の伝統漁業では疑似餌が普通に使われていたが)。

餌を付けずに、金属やプラスチックやビニールで出来た疑似餌に魚がかかるなんて、その当時は現実離れしていたが、現実にありえなそうなことにこそ、探求心が湧くものだ。

ヒビキとリュウは、倒木が水没し、幽玄なたたずまいの山池には鱒の仲間がいてもおかしくはないと信じていた。実際に大阪南西部、犬鳴山の永楽ダムには鱒がいると聞いていた(現代なら、大阪府下に放流釣り場が多数存在し、逃げ出したニジマスやアマゴが川でよく釣れているが)。

南河内の溜池は水温が高い。冷静に考えれば、どんなに山深いたたずまいの山池であっても鱒は棲めない。

だが、団地の中央にあるテラ池では、鱒と同じく低水温でなければ棲息できないとされるワカサギを放流しており、冬に桟橋からのワカサギ釣りが解禁されていた。ヒビキも母に特別に小遣いを貰って、有料制のワカサギ釣りにチャレンジしたことがある。

1年魚ではありえないレベルまで丸々肥えたワカサギが100匹以上釣れ、母がお好み焼き屋でワカサギフライを振舞って大好評を博した。母は息子への投資を回収して利益を上げた。

最初のうち、オクノ池という山池に丘陵の山を越えて通っていた。オクノ池は水面が数メートル低いアコー池と対になっていた。アコー池は鮒がよく釣れた。マブナやヘラブナである。水際に釣り台を設置してヘラブナを釣り上げている大人がよくいた。

オクノ池は、さして山深くもないのに、倒木や立ったまま水没した木が日本アルプスの湖みたいな幽玄さを醸し出していた。後の世のブラックバス釣りで“ストラクチャ”として釣り師が注目する障害物が至る所に存在していた。だが、当時、溜池にブラックバスはいない。ブルーギルすらいなかった。

鱒もいなければバスもいない。ルアーで釣れそうなものといえば、ナマズか気のふれた鯉ぐらいのものか。

ところが、第一投を投じたリュウがルアーロッドを曲げて、「フィッシュオン!」と叫んだ。ヒビキもリュウも、週刊誌に連載されている開高健の釣りルポの愛読者だった。ヒビキが母のお好み焼き屋からこっそり持ち出した週刊誌を2人の中学生がシェアしていたのだ。

リュウが池からぶっこ抜いてランディングしたのは、迷彩色の表皮をまとった奇怪なルックスの雷魚だった。最初2人はそれが雷魚だとわからず、あの宇宙人みたいな平和塔がどこかの惑星から吸引して来た未知の生命体かと狼狽えた。

「蛇みたいな頭部やな」とヒビキが言うと、関東から引っ越してきた建築家の息子であるリュウが「蛇の頭――スネークヘッドじゃねえか、これ。雷魚だよ」と南河内では聞かれない関東の言葉で返す。開高健もマレーシアでスネークヘッドを釣って、レポートしていた。

ヒビキにもスネークヘッドが間もなくヒットした。以後、雷魚をスネークヘッドと呼ぶが、池を覗き込むと、水面近くをスネークヘッドがミジンコかと思うほど小さくて赤い魚の群れを引き連れて泳いでいる。全長1cmに満たない小魚は、スネークヘッドの幼生である。我が子を母が引き連れているのだ。

スネークヘッドは気持ち悪いという理由もあったが、子供たちが母を失うと悲惨なので、メジャーで体長を測定したら、すぐに池に釈放することにした。

スネークヘッドはぬめりの強い肌を持ち、気持ち悪い見た目であり、ランディングしても早くリリースしたい気になる。これがトラウトの仲間なら、いつまでもその美しい姿を目に焼き付けたくなり、頬ずりさえしたくなるだろう。

スネークヘッドは悪魔の使いなのだ。学校にも悪魔のような不良が暴れている。スネークヘッドを釣り上げることは、不良少年成敗の代償行為だったのか。だが、たくさんの我が子を引き連れて泳いでいる姿には温かいものを感じた。

◆◆◆

第2話:大佐邸でブラックバスの実物と遭遇


その年も空梅雨だった。6月半ば過ぎから梅雨が止んで太平洋高気圧が強まり、7月に入ると南河内の野池が渇水した。

テラ池も池底が露出し、沈下していた泥が日に当たって固まる。七夕の日になると、テラ池南岸で営業するお好み焼き屋の息子ヒビキが見たことのないレベルまで減水していた。水量の多いテラ池は当時の南河内に広がっていた田んぼの灌漑に使われていたため、田んぼが干上がりそうになると、先にテラ池が減水する。’

山の方から雨水を流入させていた数本の土管の下あたりには砂が溜まっている。泥底と砂底が交互に並んで、縞模様が出来ている部分もある。

まだ土管から辛うじてちょろちょろと水が流入している。干上がった縞模様の隙間には、小さい流れが生まれる。そのあたりの石ころを持ち上げると、赤い悪魔がハサミを振るって威嚇してくる。

ヒビキはアメリカザリガニを捕獲する単純作業に没頭していた。

土管が並んでいる側の岸から道路に上がると、母の営むお好み焼き屋が道沿いにある。

大柄な大人がサングラスをかけて、太くて長い鯉竿を池に出していた。ヒビキに声をかける。「坊主、お好み焼き屋の息子さんだね? 水に落ちないように気を付けなさいよ」

リュウと言い、またしても南河内で喋る人の少ない関東弁。関東から南河内に流れてくる流れ者が増えているのか? ヒビキ自身、言葉の柔らかい住吉大社の傍で育ったので、引っ越してきた当初は南河内弁の意味が分からず戸惑った。「ええよ」や「オーケー」の意味で「エードー」とドスの効いた声で発するのは、全然“大丈夫”ではなく喧嘩を売っているとしか聞こえなかった。

「お好み焼き屋の女将さんのことはよく知ってるよ。私は“大佐”と呼ばれてる。今度、お母さんに大佐と会ったよと話してごらん」

ヤクザや誘拐犯とは決して想像もしないで、気のいい大佐を信用しきって無防備に「僕は御堂響です」と自己紹介してしまった。

「ヒビキ君、アメリカザリガニをそんなにたくさん捕まえてどうするのかい?」

「最後に逃がしますよ。数を数えるだけです」

「鯉釣りと同じだね。でも鯉釣り場は釣った鯉を買い取ってくれる。この池では100グラム2円かな。入漁料は一日二千円なので、1キロの鯉を100匹釣らないと元が取れないけどね。でも私は道楽で釣ってるだけなので、買取で儲けようとは思っちゃあいない。

「君の捕まえたアメリカザリガニを1匹10円で買い取らせてほしいな。私は家でペットを飼っていて新鮮なザリガニが要るんだ」

「ペットってどんなペットですか?」

「私の家に見に来るかい?」

大佐はジープに乗っていた。アメリカ戦争ドラマの『コンバット』でよく見たジープと違い、屋根があったが、ヒビキにはちょっとした憧れのジープだった。その当時まだ乳牛が散歩していたフシヤマの農道を南下し、タキダニ駅のそばで左折して10分ほど東に進んだ先に大佐の家があった。後から考えると、ヒビキとリュウがオクノ池やアコー池で釣りをするために歩いて越えていた山の裏側だった。

お金持ちのダイスケの家より大きい。敷地がはるかに広く、池のある庭でシェパードが2頭と小さいコリーみたいな犬が1頭、放し飼いにされている。ヒビキの姿を見つけると、盛んに吠え始める。大佐が英語みたいな言葉でなだめると、犬たちが静かになった。

「シェパードは力が強いので、書生に散歩させている。シェルティは私がときどき釣りに連れていく。鯉釣り場には当たり障りがあるので連れていかなけどね」と大佐。“書生”という言葉は、古くて難しい文章に苦労しながら昔の小説で読んだことがある。偉い作家や政治家の家に住み込んでいる若者のことだとわかる。

家の中に入ると、2階建ての洋風な間取り。これが“邸宅”というやつかとヒビキは実感した。玄関の横壁に大佐があの開高健と巨大なカジキを背にして写っている写真があった。

「開高健!」とヒビキが思わず叫ぶと「やつとは“ダチ”なんだ」と大佐がさりげなく答える。大佐ってすごい人なんや―とヒビキが感動する。

「やつとの縁で、大阪の南河内に移り住んだんだ。ここは、この辺の大地主が暮らしていた屋敷だよ」

「大佐さんってお金持ちなんですね」とヒビキが正直に漏らす。

大佐は「ふふっ」と軽く反応するだけ。やはり、大佐も作家なんやろか―疑問を口にするより先に大佐が大きな水槽へヒビキを促す。

ヒビキは「これって、ブラック…」とまで口に出して絶句する。写真でしか見たことのない獰猛なフィッシュイーターが2匹、大きな口を開いたり閉じたりして獲物に飢えていた。普段から釣りで魚体の目測に慣れているヒビキの目に、50センチはあると映る。

「ブラックバス―大口バスとも言うね。箱根の芦ノ湖から連れて来たのさ。実物を見るのは初めてだろ?」

うんうんと頷くだけのヒビキ。

「この子らが生きた獲物を欲しがっている。でも私が釣る鯉だと大きすぎて、さすがにこの子らの大口でも飲み込めない。故郷のアメリカでは、ザリガニをよく食べているらしい。

「さっきザリガニ捕りをしていたヒビキ君を見ていて閃いたんだ。幸い、バスと同じくアメリカからやって来たアメリカザリガニが日本で大量に繁殖している。アメリカザリガニがいる池や湖なら、バスを繁殖させられるはずだ。

「今まで芦ノ湖ぐらいにしかいなかったブラックバスを全国で大繁殖させるのが私の夢なんだよ。だから手始めに、この子らにアメリカザリガニを与えてみる」

大佐がアメリカザリガニを水槽に1匹ずつ投入する。2匹のバスが目ざとく反応する。

「餌が1匹だとバスが喧嘩しそうだ」と言って、大佐がザリガニをさらに数匹投入する。
バスがザリガニを一息で飲み込む。大きなハサミを気にも留めずに。

「そうそう、アメリカではバス釣り大会がしょっちゅう開催されていて、その賞金だけで生活しているプロ釣り師がたくさんいる。ヒビキ君が大人になるころには、日本でもバスが大繁殖して、ヒビキ君もプロになれたら素敵じゃないか。

「“ランカー”級のバスはこうしてペットとして水槽で泳がせているけど、小さいバスはこの辺の溜池に放流しに行っている。池原ダムとか奈良のダム湖にもたまに行くよ」

大佐のような地道な努力が10年もすれば実って、全国の池やダム湖にブラックバスが大繁殖したのだ。日本固有種を捕食して生態系を脅かす外来魚が蔓延するのは、彼らの悪魔的な熱意があったからだ。

“書生”と呼ばれるお兄さんが庭に出て来た。「ヒビキさん、麦茶をどうぞ」

大佐の熱弁が止むと、セミの声が空気を支配する。昭和50年代、南河内のセミと言えば、ミンミンゼミが現代よりはるかに多かった。現代は鳴き声に風情のないクマゼミが樹木を支配している。生物の支配種は交代し続けている。それは止水にいる魚類にも言える。

書生のお兄さんが珍しく私語を発する。「僕は福岡県でセミに負けない爆音を鳴らして走ってました。やんちゃ過ぎました。“先生”と出会って人生が変わりました」

大佐が何の先生なのか。ヒビキにはわからない。書生さんか本人に聞けばいいのだが、ヒビキは大人と込み入った話をするのを避けていた。釣りや野外活動など、具体的な話なら、どんどん知識を吸収したくなるのだが、自分に何の予備知識もない抽象的な話は苦手だった。

誰かと知り合って人生が変わるなんて話には興味がなかった。ヒビキは、たまに姿を現す父についても、母との関係など何の興味もなかった。自分の戸籍上の父親でないことは理解していたが、母のお好み焼き屋がそんなに儲かってなさそうことは知っていた。母からもらう小遣いにも、父が出してくれるお金が混ざってそうに思っていた。

月に一度ぐらいしか現れない父が水菜と薄揚げの鍋をつついて晩酌をしている姿には関心があった。昭和50年代当時、水菜は全国に普及していない京野菜であり、京都で暮らしている父が水菜を買ってくる。父が母や自分と離れた京都で暮らしている理由に興味はなかったが、母が小分けしてくれる柔らかな水菜の鍋の美味さには興味があった。

◆◆◆

第3話:謎が多い南河内の洞

南河内の丘陵帯には、洞穴が点在していた。自然に出来たものではない。人間が水を引く目的で掘った穴だ。ヒビキが最初に洞穴の存在を知ったのは、タキダニフドウソンそばの車道から見える水の通った穴。

リュウと共に車道から降りていくと、驚くほど冷たい清澄な水が穴から湧き出ている。冷たい水に足を浸けて洞穴に入ってみると、すぐに天井が低く迫ってきて奥へ進めない。

このような用水の穴(灌漑隧道)を丘陵帯のあちこちで発見した。中学生2人の探求心に火を点けた。

待望の夏休みに入った7月21日、ヒビキとリュウがオクノ池に向かう山道で坂を登らない方の分岐に試しに入ってみた。雑草を掻き分けて進むと、立派な洞穴の入り口が見えた。

2人は懐中電灯など持っていない。昭和50年代、懐中電灯機能付の携帯電話やスマートフォンなど存在しない。だが、リュウがたまたまZIPPOのライターを持っていた。「“野で生き抜くには火が不可欠だ”と開高健が言ってるじゃん。だから親父のライターを失敬して来たのさ」

ライターの光を頼りに洞窟を探索する中学生2人。映画やテレビで見た洞窟と言えば、不気味なコウモリの大群がぶら下がっているのが定番だ。通過する自分らの頭上に大群が飛び掛かるかもしれない―と覚悟して穴に潜入した。吸血コウモリなら血を吸われる。

だが、コウモリなどいない。「ここらは蛇が多いからコウモリが食い尽くされたんじゃねえか」とリュウが説明を付ける。

ヒビキは「この穴って蛇の巣とちゃうんか」と心配の向きを変える。洞穴は恐怖と謎に満ちている。

空き瓶や空き缶など大量のゴミが洞穴に散らばっている。足に怪我をしたくないので注意深く進む。

2人の行く手に現れたのは、翅が退化したバッタ―カマドウマだけだった。「おい、向こうに光が見えるぞ。出口やな」「ホントにオクノ池に繋がってるのかもしれねえな」  

ヒビキが暗い足元で何か柔らかいものを踏み、ギャッと悲鳴を上げる。クールなリュウにも恐怖が伝染するが、すぐに冷静さを取り戻す。ZIPPOの火を近づけ、「サカモトと書いてあるぞ。サカモト・ダイスケだったらどうする?」と、小さな謎を問いかける。

「ま、サカモトと言っても学校には1年生や3年生を含めれば、ほかに何人もいる」とリュウ。

「持って行ったあげた方がええかな?」とヒビキ。

「どのサカモトか分からねえのに?」リュウがヒビキのボケに突っ込む。「万一サカモトという誰かが行方不明になったのなら、この場所に靴が落ちているのを見たと後から警察に教えよう。鑑識が調べやすいように“現場保存”しておいた方が賢明だな」
  
その当時、少年や少女が行方不明になる事件がよく起きていた。

洞穴の出口から抜けるやいなや、「“トンネルを抜けると、そこは”山池だった」とヒビキが国語の教科書に出て来た川端康成の小説をもじってふざけた。溝状の山道が真っすぐ続いている。まもなく、水面が見えた。

「ほらやっぱり。オクノ池に繋がってたやん」と鼻高々なヒビキだったが、もし
ダイスケが靴を落としたのなら、あの絵の才能があるものの野外活動があまり好きでないダイスケが自分より先に洞穴を制覇していたことになる―と考えると納得行かなかった。

この洞穴も、灌漑隧道だった。団地用地が造成される前、雑木が深く茂る山があって、水が滾々と湧いていたのだろう。そこからオクノ池に水を引いていたのだ。鯉釣り池のテラ池から繋がっていた用水路なのかもしれない。オクノ池から数メートル下のアコー池に用水は流れ、山向こうのニシコーリの農地を潤していたのか。

オクノ池のほとりに到着すると、2人はいそいそと釣り支度。

「もしかしたら、オクノ池にブラックバスがいるかもしれへんで」ヒビキが突然言い出す。「ブラックバスを野池に放流してるおっちゃんと知り合いになったんや」

「マジかそれ?」リュウが目を輝かせる。「日本の野池でバスが繁殖したら、バスプロになる夢が叶いそうだ。渡米しなくても大丈夫かもな。ただ、バスボートが必要になるな。初期投資に金がかかる。最初は親父と同じ建築士の資格取って金貯めるか。釣りばっかりしないで、お勉強もしなくちゃな」

「おっと、フィッシュオンだ!」とリュウが竿を曲げる。やはりスネークヘッドだった。頭部だけでなく、体全体が蛇のように長い魚。タイワンドジョウとも呼ばれる。「スネークヘッドの唐揚げって美味いらしい。どう考えてもゲテモノだけどね」とリュウ。

ごく最近になってルアー釣りに心奪われたヒビキとリュウは何もわかってなかった。日本にスネークヘッド(雷魚、カムルチー)が持ち込まれて、池や湖で繁殖し始めたのは二次大戦よりだいぶ前のことだ。最近になってルアー釣りを始めたばかりの彼らには、スネークヘッドが大昔から定着しているという認識が欠けていた。

スネークヘッドは、特にルアーに騙されやすい魚だった。昭和50年代、スネークヘッドは“舶来物”のルアーにまったくスレていなかった。そりゃ、何度痛い目に遭っても凝りもせずにルアーに食いついては釣られる毎日を過ごしていた。

ブラックバスが日本中の池や湖を制覇する前の昭和50年代までは、スネークヘッドが西日本の支配者だった。ヒビキとリュウは、スネークヘッド王国の新入りに過ぎなかった。

◆◆◆

第4話:ヒビキのアルバイト


ヒビキは大佐と知り合った翌日の7月8日から大佐の家にアメリカザリガニを配達し続けた。最初はジープで連れて行ってもらったが、2回目からはフラッシャー(方向指示器)付きの自転車(ナショナルのスーパーカー自転車)で団地から山向こうの河内長野市ニシコーリにある“大佐邸”まで通った。

このあたりの農道では、いまだに農夫が乳牛を散歩させていた。南海高野線の踏切だって牛がのろのろ渡る。

朝五時台の薄暮の中、ヒビキがマメにスーパーカー自転車のハンドルに取り付けられたL/Rスイッチを操作して前方の方向指示器を点滅させても、牛は見ていない。リトラクタブル・ヘッドライトをポップアップさせても牛は知らんぷり。闘牛のように突進して来られなくてラッキーだったとも言える。ま、乳牛はメスなので攻撃性はないわけだが。

一方、スネークヘッドは、ルアーをもろに攻撃してフィッシュオンする。

大佐邸の3頭の犬は、ヒビキが到着すると毎回吠えたてる。でも、最近、シェルティはしっぽを振っておとなしく吠えるようになった。

大佐は毎朝6時に鯉釣りに出かけるので、ヒビキは前日夕方にテラ池で捕まえたアメリカザリガニをブクブクで生かしておき、朝5時台に大佐邸に配達なければならなかった。普段から朝5時前に家を出て釣りに行く習慣があったので、母は何も文句を言わなかった。1匹10円の報酬は変わらなかった。毎日20匹ずつ届ければ、毎週ルアーを数個買える算段。

「いつもご苦労」と大佐がねぎらってくれる。

大佐がヒビキに明かした。「私が、ブラックバスを野池やダム湖に放流しているのは、自分の見た未来を確実にするためなんだ」

思ったことをすぐに口にしないヒビキだったが、「未来が見えるんですか?」と聞きなおしてしまう。

大佐は、「ときどき突然眠りに落ちるんだが、そのとき過去や未来を夢に見る」と眠たそうな声で答えた。

なんやろ?と興味を引かれたが、釣りやブラックバスの話を始めると、会話が尽きない。「来週、チヨダのテラガ池に放流に行く。放流向きの小ぶりなバスを入荷したところだ」

河内長野市のテラガ池は団地のテラ池とよく似た名前だが、湧き水で満たされている池(というか湖)で水が青く澄んでいる。ヒビキもリュウとともにテラガ池でルアーをキャストしたことが数日ある。水が綺麗すぎるためかスネークヘッドはいない。池なのに関西で“ハエ”という川魚(オイカワ)がおり、魚食魚は餌に困らない。何度も薄い体色のナマズがヒットして、胸が高鳴った。あのテラガ池にブラックバスが棲み始めたら―とわくわくした。

室内の大きな水槽ではなく、庭の池に20センチほどのブラックバスが数十匹泳いでいた。2頭のシェパードが少し怖かったが、すでにヒビキをご主人の仲間と認知しているようで、親し気に擦り寄って来た。シェルティは、ヒビキの脹脛を舐めて来た。

11日目、25匹のアメリカザリガニを池に一気に投げ入れる。何十匹ものブラックバスが水面を湧きたたせる。動きの鈍いバスは餌にありつけない。

「ヒビキ君よ、新鮮なザリガニをいつもありがとうな。毎回餌を食べ逃すバスは弱って痩せていき、元気なバスの餌食になる。仲間同士でも弱肉強食の世界だよ」そう言った後、大佐が付け加える。

「弱肉強食は人間の世界でも同じだよ。私は、この前、入院したとき、夢の中で平安時代の南河内で農民として泥まみれで働いていた。地主から重い年貢を要求され、なんとか田んぼに水を引こうと水路を掘る日々にもがいていた。地主や貴族が強者、俺たち百姓は弱者なわけさ」

でも今は、おそらく平安時代から代々続いた大地主の邸宅を我が物にしている大佐。

夢の中で平安時代の百姓になったなんて、ただの例え話なのか、それとも大佐って頭のおかしい人なのか? いや、あるいは時間旅行者なのか? 超常現象に興味があるヒビキは時間旅行者説に傾く。

“書生”と呼ばれている若い男が庭まで現れて、「先生、先ほどご相談させていただいた件ですが、お許しがあったので明日から二週間ほど夏休みをいただいて母を施設に入所させてきます」と告げ、深々と頭を下げた。

大佐はヒビキの方に向き直り、「人は歳を取る。私もだ。現実の世界で弱肉強食の頂点にいても、歳を取ると衰えるのが定めだ」と漏らした。

◆◆◆

第5話:お好み焼き屋の真実


母は父と結婚していない。簡単に言えば、ヒビキは二号さんの子。父が金を出して母にお好み焼き屋を開店させた。

母のお好み焼き屋には、頑固な流儀があった。お昼の時間帯は、お好み焼きに必ず味噌汁が付く。いりこのだしが効いた旨味豊かな汁だ。

まだまだ団地は拡張中だったので、 大汗をかいて喉が渇き腹を空かした人夫がランチタイムに詰めかける。彼らは必ず白飯をお好み焼きと合わせて食べたがる。炭水化物が彼らにとって大事なエネルギー源だからだ。

母が必ず彼らの望みを真っ向から否定するかの口の利き方をする。「白飯はおまへん。“かやくご飯”しか置いてまへん」

関西出身者なら炊き込みご飯のことだとわかるが、地方から出稼ぎに来ている客は納得しない。5月の中間テスト中だったか、店の隅っこで昼飯を食べていたヒビキは、「おいらは発破士だが、飯時にまで火薬は懲り懲りだよ」と少し苛立った客がいたのに笑った。

だが、母のかやくご飯を口に入れれば、どの客も美味いと褒める。地元で評判の豆腐屋から仕入れている薄揚げが美味さの秘訣だった。

オクノ池に続く洞穴を発見した翌日の26日、「言い忘れてたけど、最近、大佐っておっちゃんと仲良くなった。お母ちゃんのお好み焼き屋によく来てるって」と母に話す。

「大佐はん、うっとこの夜の常連さんやけど、最近来たはれへん」と母が返す。「週に二、三回は来てくれてはるんやけど、どないしはったんやろか」と答える。

「いつも鯉釣りが終わった後、夕方から来はるんやけど、お酒飲まはるから、書生はんを迎えに来させてジープを運転させて帰らはる」と言う。「書生はんは、その度にニシコーリから走って来るので、いつもお腹空かしたはる」

ヒビキは、書生さんがしばらく実家に帰ると言っていたのを思い出すが、そこまでは母に話さない。

ヒビキは、母が仕事に出て家にいない夜に“ザリガニの注文”を受けていたのだが、大佐からの電話は7月20日ごろから途絶えていた。

◆◆◆

第6話:造成中止になったゴルフ場


翌27日、造成工事を途中でやめてしまったゴルフ場の取り残された屋根の下でリュウと落ち合う。父親が建築士のリュウによると、クラブハウスを先に建てたのだが、ゴルフ場グリーンの造成自体が自体が中止になった。

「ここにも大きな池があったらしいけど、ゴルフ場にするために埋めてしまった」リュウが言う。「そのごく一部だけが今でも残っている。魚はいなくて、オタマジャクシとそれを食べるアメリカザリガニがたくさんいるだけだけどね」

クラブハウスは取り壊されたが、駐車場から続く廊下と屋根だけが残された。用地はもともと湿地であったため、排水がうまく行かないことがわかり、工事を止めたのだという。

2人は、今日も洞穴を通ってオクノ池に行くつもりだ。ヒビキは大佐邸に届けるアメリカザリガニを今度、ゴルフ場の池に取りに来ようと思ったが、大佐邸にアメリカザリガニを届けていることをまだリュウに話していない。

今回は懐中電灯を携えて洞穴に入ると、蛇が迎えてくれた。ヒビキもリュウも悲鳴を発さない。長さが一メートル以上あり、マムシではなく青大将だと一目でわかったからだ。昭和50年代当時は畑と田んぼに覆われていた団地の南西、フシヤマという田園地域の小さな溜池で鮒釣りをしていると、青大将が水面を泳いでいるのをよく見かけた。小学生だったヒビキは青大将を手づかみにして、振り回して遊んでいた。

だが、ある日、高校生ぐらいのお姉さんに「青大将は神の使いやから、いじめると罰が当たるど!」と厳しく注意されてから、青大将は見守るだけにした。怖いのは頭が三角形をしたマムシだった。どこぞの小学生がマムシに噛まれ、毒が回るので足を切断したという“田園伝説”を聞いて震え上がったものだ。

青大将がいるとマムシはいない―という田園伝説もあり、2人はそれを信じていたから、青大将を目撃してむしろ安心した。そして、前回と同じあたりにサカモトの運動靴が落ちていた。

「そう言えば…」リュウが言う。「サカモト・ダイスケが家にいない。 先週から電話しても、いつもは朗らかで愛想の良いお手伝いさんが『ダイスケ君は外出してる』としか答えない。奥歯に物が挟まったような感じで何か怪しい。ダイスケが電話を掛けなおしてこないし」

ヒビキが「今日帰りにダイスケの家に行こ」と提案する。いつも赤ら顔で不機嫌そうなダイスケの父親が家にいたら嫌やな―と少し憂鬱だったが、お手伝いさんだけがいたら話はできると思った。

その日も、オクノ池はスネークヘッドに支配されていた。2人ともスネークヘッドが入れ食いだった。ぬめりが強いスネークヘッドからルアーを外すのは、毎回気持ち悪い。

リュウがませたことを言って笑う。「女子にモテるんだが、どの女子もキモいって感じだな」

◆◆◆

第7話:ダイスケは家出をした?


ヒビキは、アフリカやアマゾンの密林で新種の動物を発見する仕事に就きたいと夢見ていた。ダイスケの屋敷で漫画本を読みながらリュウに話すと、「密林には気持ち悪い虫や蛇がうようよいて、病原体もいっぱいいるぞ。俺は都会的で洗練されたバスプロになるね」と否定的。

そのとき、ダイスケも2人の話を聞いていた。「僕も密林はいやや。洞穴は夏でも涼しくて快適やけど。だいたい、家にいると、夏でも冷房があって快適やんか」と、ダイスケもヒビキの夢に否定的。

「僕は大学に行けへんし、親父の後も継がへん。できるだけ早いうちに漫画家になる」ダイスケが続ける。「中学生でも“アシスタント”に雇ってくれる先生、おるって」

ヒビキとリュウは、帰省中のダイスケの姉・琴絵に会ったことがある。ダイスケより5歳上で東京の難関芸術大学の2年生。彼らが通っている公立中学で歴代トップの成績者として語り継がれている。美術だけでなく5教科すべてにおいて。

ダイスケの家の応接間に琴絵が中学生のときに描いた見事な油絵が飾られている。今は亡き母の少女時代の姿を描いた絵だという。

ダイスケ自身が描いた漫画のカットもヒビキとリュウは見たことがある。2人も知っている漫画家数名の絵をそっくりに真似ていた。美術の成績がいつも5段階の2に固定されていたヒビキは、姉弟そろって凄い才能だと感心した。

「そういや俺たちは3人とも自営業者の息子だな」とリュウ。

父親らしき男を父親と思ったことが一度もないヒビキが「俺は父親なんておらんけど」と小声で漏らすと、リュウが「てめえはお好み焼き屋の息子じゃねえか」と突っ込む。

「ま、一番成功してるのは、ダイスケの親っさんだ」とリュウ「うちの親父は、挫折して都落ちした設計屋だけどな」

リュウの父親は、東京の役所から仕事を盛んに受けていた建築士だったが、問題が起きて大阪の団地に逃げて来たのだという話をヒビキはリュウから聞いたことがある。

ヒビキもリュウも他のほとんどの中学生も団地の棟に住んでいた。ダイスケの家は、同じデザインの棟が建ち並ぶエリアから離れた場所にあった。お金持ちばかりが住んでいるエリアだった。

ヒビキとリュウは、漫画本がたくさん置いてあり、お手伝いさんがカルピスとお菓子を必ず出してくれるダイスケの屋敷を喜んで訪れていた。

大佐邸よりだいぶ狭いが、植木の生えた庭がある。入り口には塀があり、“坂本”と表札に大きく書かれている。

今回もスピーカー付きの呼び鈴を鳴らすと、いつも相性の良いお手伝いさんが答えた。「ヒビキ君とリュウ君ね」

だがすぐには家に入れてくれない。なにやら中で誰かと話し合っている様子。あのいつも不機嫌なダイスケの父親がいるのか。

赤ら顔は、酒が原因の場合もあれば、ストレスが原因の場合もある。ダイスケの父は、酔っているわけではない。ストレスが大きい日々を過ごしているのだろう。ヒビキは商売が誰でもいつでもうまくいくとはかぎらないことを知っている。

ヒビキの母だって、船場の老舗アパレル会社で事務員をしていた経験しかなく、料理は素人だった。そこから父が鯉釣り池のそばの店舗を二号さんのために購入し、ド素人の母がお好み焼き屋を開店した。ヒビキが小学校3年生のころだった。店が軌道に乗るまで母はとことん苦労していた。

団地が拡張工事を始め、人夫が腹を空かして来店するようになり、何とか持ちこたえた。ヒビキが小学5年になると、封印していた夜の営業を始め、少しは儲けが出るようになった。会社だろうが飲食店だろうが、経営者は毎日戦っているのだ。

ダイスケが漏らしたことがある。「自分で看板を描いていた時代が一番幸せやった。看板士を何人も雇い、経営者になってからは楽しまれへん、と親父はぼやいてばかりや」

ダイスケ父は、タバコを吸いまくって、屋敷の中の空気を汚染しまくっている。ヒビキは顔に煙を吹きかけられる。わざとではないと分かっているが、ダイスケ父自身の胃の中から立ち上る腐敗臭と入り混じってヒビキは自分の口が悪臭の発生源なのかと錯覚する。

「君らはダイスケと仲良くてくれてるんやろ。ダイスケは、通知簿が戻ってきた20日、夕方3時ごろに家から飛び出した。通知簿を見ると2と3と4ばかりが並んでた。このままでは進学校に進まれへんと𠮟りつけた後のことや。

「あの日は、いっとき雷がすごかったのを覚えているか? しかも、団地に局地的な大雨が降った。 1週間分の雨が一時間で降ったんや。

「ダイスケはどこかで雨宿りをした後、いつもみたいに祖父母が暮らすサヤマの実家に行ったはずやった。しかし、電話が通じない。落雷で電話線が切れたみたいやった」

二日経っても電話が通じない。隣町の実家まで車で20分もあれば行けたのだが、ダイスケ父は会社でトラブルが発生、ダイスケはどうせ実家で祖父母に甘やかされて過ごしているのやろとたかをくくっていた。

赤ら顔が少し蒼白になったように見えた。「7月24日になって実家から電話がかかってきた。ダイスケは来てへんと言われた」

警察に捜索願を出しに行ったが、「思春期の子どもによくある家出でしょう。じきに帰ってきますよ。一応、受理しておきますが」と呑気な対応。ダイスケ父も会社のトラブルに追われていたし、ヒビキとリュウのような息子の同級生に連絡することなど思いもつかず、しばらく様子を見ることにした。

昭和50年代、行方不明になる子供が多く、誘拐事件も多発しており社会問題になっていた。高度経済成長期の農村部では、家族が突然いなくなっても“神隠し”だと諦める庶民が少なくなかった。たとえば昭和55年度の行方不明者は9万人を超えていた。

リュウがおもむろに、ダイスケのものかもしれない運動靴を洞穴で発見したことをダイスケ父に告げる。仕事のトラブルがようやく落ち着き始めていたダイスケ父がヒビキとリュウを伴って警察署に駆け込んだ。

高度経済成長期の中小企業社長によくある強引さで、署員に洞穴の捜索を命じる。

◆◆◆

第8話:警察犬が洞穴を嗅ぎまわる


8月5日、ヒビキとリュウはダイスケ父の運転するリンカーンに乗せられて、警察署に行く。「電話でも言いましたけど、この2人の中学生が息子の靴を見つけたと言うとるわけや。なんでも発見場所は山の中の洞窟やと。刑事さんたち、頼みまっせ」と相変わらず押しの強い口調で警察官に凄むダイスケ父。

警察官たちも「鋭意捜索しますわ。警察犬も連れて行きますよって」と真剣そうに応じる。

自分たちが見つけた洞穴が大人たちに調べられるのは、秘密を暴かれるような気がして愉快ではなかった。だが、友達の行方を知るには必要なことだった。

もしあの運動靴が動物に持ち去られるなどして消えていたら、ダイスケ父や警察に怒られるだろうと思うと、ヒビキは不安だった。でも、ダイスケの匂いを覚えさせた警察犬も動員されていたので、あの運動靴がダイスケのものだったら、手掛かりが得られるはずだった。

方や、リュウは溌剌とした態度で大人たちを洞穴に導き入れた。「現場保存のために運動靴をそのまま残しておいたんですよ」と褒めて欲しそうな中学生に鑑識官たちが、「よーわかってるやん、お兄ちゃん」と期待どおりの反応。

刑事2名と鑑識官2名、シェパード1頭が洞穴の中に潜入する。

真っ先に運動部を発見したのはシェパード。犬は光に頼らず捜索するので、真っ暗な洞窟の中でも反応が速い。

「こ、これや! ダイスケの運動靴に間違いおまへん。これワシが書いた文字や」息子が見つかったわけではないのに、ダイスケ父が喜びの声を上げる。

刑事が冷静な口調で言う。「息子さんはこの洞窟を通った可能性が高いです。が、靴が片方脱げたら歩けませんよね。誰かに連れ去られる途中で靴が脱げた可能性があります」

ダイスケ父が取り乱す。「連れていかれたって誘拐でっか? 変な電話はかかってきれまへんで」

「警察犬に息子さんの匂いをさらに追跡させてみましょう」刑事が警察犬にさらなる捜索を促す。

だが、警察犬は靴を発見した位置から先に進もうとしない。「靴を見つけたら仕事はもう終わりと思ってるのか?」と悪態をつくダイスケ父。

警察犬担当の刑事が落ち着いた口調で述べる。「匂いが残っていないんでしょね。靴を見つける前にも、息子さんの匂いがしたら反応してたはずです」

この洞穴の存在理由を考えれば匂いが残らないのは当然だったが、その場にいた誰にも思い浮かばない異変があの夜ここで起きていた。

「どういうことでんねん!」とダイスケ父は偉そうに刑事を問い詰める

「中学生のお2人をお家まで送り届けます。署に戻ってから、坂本様に詳しくお話ししましょう」

◆◆◆

第9話:ダイスケとの数少ない探検の思い出


2人の間では、もうダイスケはこの世にいないか、2度と現れないか―の雰囲気になっていた。彼らの親は二次大戦勃発前から敗北までの期間に生まれた“戦中世代”だった。戦中世代は肉親や友の失踪または死を日常的に体験していた。戦後30年を過ぎると、事故でもなく病気でもなく肉親や友の死を体験することが大幅に減った。それが平和の姿だった。

その平和の中で子供を家畜化する牧場が、たとえば団地だった。親や教師に従順であり続けることで、人と変わりない“幸福”な未来が約束されていた。そういった世間一般の流れに真っ向から反発しているのが不良生徒だったが、ヒビキやリュウやダイスケみたいに、直接反発はしなくとも、その流れに言われるがままに流されたくない少年もいた。

ヒビキとリュウは挫折した親を見て冷静に生きようとしていたが、ダイスケのように成功した親から自分ひとりで逃げ出す者もいる。というか、ダイスケ父は本当に成功しているのか―一抹の疑問も漂っていた。

2人は、テラ池南岸の道路で赤色灯を消したパトカーから降りた。「ありがとうございました」 2人が声を揃えて言うと、刑事たちが「お疲れ様。坂本君が見つかることを祈ってるよ」と送り出す。

ヒビキの母のお好み焼き屋へ向かって足を踏み出しながら、「生きて見つかるかどうかは神のみぞ知る」とつぶやくリュウ。

引き戸を開けて店内に入ると、ヒビキ母が「お疲れ様やったね」と2人を迎え入れる。「 2人ともお腹減ったやろ。ボリューム満点のモダンミックスを焼いたげるわ。カウンターに座りなさいよ」

今夜は常連客が2、3人、座敷席でおとなしくビールを飲んでいた。大佐は今夜も来ていないようだ。「大佐と呼ばれてる鯉釣り師と知り合いになってん。その人の邸宅にアメリカザリガニを届けてたんやけど、最近は連絡付かへんので行ってないわ」

「アメザリを? 食べるのか? 変わった人だね」とリュウ。ボケをかましているつもりなのか。

2人はアメリカザリガニを模したルアー(クローワーム)の話題で少し盛り上がった。「スネークヘッドはザリガニルアーで釣れへんやろ」「今度買ってきて試してみよう。もしオクノ池にブラックバスがいるなら釣れるかもな

「そういや、ダイスケ父の実家近くのサヤマ池にも大佐はバスを放流してるのか?」とリュウが重要な点に気づいた。サヤマ池は周囲3キロ近くある広大な溜池だ。飛鳥時代に造られ、日本最古のダム湖とも言われている。昭和の時代、サヤマ池はワカサギのボート釣りが冬の風物詩だったが、平成時代になるとブラックバスやブルーギルが繁殖したせいでワカサギが全滅してしまった。

「サヤマ池がいかにもダム湖らしいのが、あの灌漑トンネルやな。黒四ダムも下流側に水路トンネルが掘られてるのが有名やんけ」

「野外活動が嫌いなダイスケも、サヤマ池の灌漑洞穴はお気に入りだったな」

サヤマ池の北岸付近には、煉瓦で補強された灌漑トンネルが多数存在するが、単に地面を掘っただけの“灌漑洞穴”も草むらに口を開いていた。1300年も前の飛鳥時代以降長く続いた“農奴制”に虐げられた貧しい百姓がお上に断りなしに掘った非公式で粗末な水路なのだ。

祖父母の家で夏休みなどを過ごしたダイスケが熱心に探検していた。あの暑がりで、虫やミミズが大嫌いなダイスケが―である。人工的に掘られた洞穴であっても、中は真夏でも涼しいのではあるが…。

◆◆◆

第10話:“中二探偵団”の大胆推理


ヒビキとリュウがダイスケと共に体験した思い出と言えば、サヤマ池の洞穴探検に尽きた。サヤマ池の洞穴でダイスケの靴が見つかったのなら納得できたかもしれないが、ダイスケが決して寄り付かないオクノ池の洞穴で見つかった理由が想像できない。

しかも、靴が脱げても歩き続けたというのか。誘拐された可能性が恐ろしく高い。身代金要求がされていないことから、変質者の犯行が疑われる。戦後の昭和時代、子供が何者か殺害され、犯人が野放しになる未解決事件が数百件以上起きていた。死体が見つかっていないケースを含めると数千件を超えているかもしれない。しかも、行方不明のまま神隠しに遭ったとされた子供の数は毎年千人を超えていた。

高度経済成長期は子どもの数が多かった。弱い生き物がたくさんいると命を落とす確率が非常に高い。それが自然の摂理である。食物連鎖の頂点にいると考えられるスネークヘッド(雷魚)でさえ、この摂理を覆せない。

5月から6月にかけての野池で、スネークヘッド(雷魚)は数百匹の稚魚を連れて泳いでいるのが見られた。あれだけ多数の子供を親魚が外敵から守りながら大事に育てていたからこそ、戦前から日本でスネークヘッドが王国を築けていた。

だが、スネークヘッドの稚魚を一網打尽にするのがブラックバスとブルーギルだった。ブラックバスの繁殖後、スネークヘッドの生息数が激減し、ブラックバスは生殖前のスネークヘッド成魚すら大口で一飲みにして新たに王座に就いた。

あれだけよく釣れたスネークヘッドが姿を消した池や湖さえある。まるで神隠しの
ように…。ブラックバスやブルーギルが大繫殖したことが主な原因である。人間の神隠しにも何か理由があるはずなのに、いったん神隠しの烙印が押されると追求しようとする人がいなくなる。

ヒビキは、あのダイスケが神隠しに遭ったことにされて、自分らにも親にも忘れられる日が来るのだろうと感じていた。あの洞穴にダイスケの靴が落ちていた理由を論理的に説明できなければ神隠しの一言で片付けられてしまう。

リュウは、大人向けの推理小説を読み漁っていると普段から話していた。「現場保存」のためにダイスケの靴を持ち帰らずに置き去りにしたのも、推理小説の一節からの受け売りだった。

「警察署のおっさんたちがダイスケ失踪の謎を解けると思うか? 思えねえよな。だから…」リュウが提案する。「ダメ元でいいから、俺たち2人だけでダイスケを発見することを目指すことにしようじゃないか。

「そのためには大胆な仮定を立てて、俺たち2人が知っている情報から推理を立ててみよう。

「大胆な仮定として、ヒビキが親しくしている大佐が怪しいと睨んでみよう」

おいおい…ヒビキが言葉を失う。

リュウは人の言葉をよく覚えている。いつもヒビキは感心していた。

リュウは、「警察の見立てでは、接点のないダイスケと大佐を結び付けることは絶対にない。でも俺たち“中二探偵団”は警察が見向きもしない、えてして盲点になりかねない空白域から大胆な推理をしてもいいんだ。給料もらってるわけじゃないし、ボランティアだからね」と屁理屈で武装する。それは21世紀のSNSで実践されている推理手法と符合している。

リュウは、お好み焼き屋店内のピンク電話(現代では滅多に見かけないが、昭和の店舗用公衆電話はピンク色だった)を指さして、「まず、大佐が在宅かどうか確認しよう」とヒビキに電話確認を促した。

ヒビキは母に断ってピンク電話をダイヤルする。携帯電話がなかった時代は、誰しもよくかける番号を正確に憶えていたものだ。ヒビキは少しドキドキしながら呼び出し音の繰り返しを聞いていたが、何十回鳴らしても応答がない。

「応答なしや。終業式の日ぐらいから連絡が付いてない」

大佐は当店の夜の常連だが、いつも書生と呼ばれている若い男に迎えに来させて、ジープを運転させて帰宅していることをリュウに説明した。

ヒビキは記憶を整理して付け加えた。―自分は七夕の日から7月18日までアメリカザリガニの配達を続けた。書生は、最後に配達した日の翌日、つまり7月19日ぐらいから半月ほど実家に帰ると言っていた。

リュウが突然難しい専門用語を口にする。「アメリカFBIが使っている推理メソッドに、『時系列トラッキング』というものがある。俺がそれぞれの出来事を書き出すから、ヒビキは出来事の発生日、継続期間を記入してくれ」

ヒビキはそれを聞いて「おかん、ご馳走さん」と声を母に声をかけ、リュと共にカウンター席を立つ。

リュウも頭を下げて、「東京じゃ食べられない本場のモダン焼き、ご馳走様でした」と礼儀正しく振舞う。

「おかん、ミケコと遊ぶわ。リュウんちでもシャム猫飼ってるんや。ワシら猫派やさかい」と告げて店舗2階へ階段を上る。ヒビキは大佐邸の犬たちも、ダイスケの家のダックスフントも、こないだの警察犬もあまり好きになれない。凶暴かと思えば急に馴れ馴れしくしてくる奴らは信用できなかった。

§ § § 

ミケコは気高い雌猫だ。ネズミ対策のために飼われて以来、お好み焼き屋からネズミがいなくなった。店舗がある1階よりだいぶ床面積が狭い2階は六畳間の一部屋が物置代わりになっていて、もう一部屋の四畳半がヒビキとミケコに開放されていた。

当時は猫を飼う家の多くがそうしていたように、ミケコは放し飼いにされていた。 2階の窓から出入りし、瓦屋根を伝ってパトロールに出かける。付近の犬小屋住まいの犬たちは、ミケコを恐れて吠えもしない小型犬か、ミケコに一目置いて尻尾を振る中大型犬のどちらかだった。

中学でも、“犬系の同級生”はあまり好きになれなかった。親や教師、あるいは不良など、自分より強い相手には反抗せずに従う彼ら・彼女ら。まるで犬と同じだ。そりゃ犬でも反抗する犬もいるが、噛みつき防止のために口輪を付けられたり、屋外置きの頑丈な檻に閉じ込められたりして自由を奪われる。

でも猫は自由だ。飼い主がなぜか自由を与えてしまう。

§ § § 

ヒビキとリュウは四畳半の部屋に入った。リュウが机に自分のノートを広げて項目を書き込んだので、ヒビキが発生日と期間を書き込み、次のような箇条書きチャートが出来上がった。

【時系列】
ヒビキが大佐と出会った日; 7月7日
配達期間: 7月8日~7月18
大佐消息不明: 7月18日夜~8月5日
書生不在: 7月19日~
ダイスケ行方不明: 7月20日~
集中豪雨: 7月20日午後3時以降
ダイスケ祖父母電話故障: 7月20日~7月24日

リュウがチャートを見つめて、強調する。「キーになるのは、1時間で1週間分の雨が降った集中豪雨と、電話の不通だな」。当時は“ゲリラ豪雨”という言葉がまだ定着していなかった。

「大佐邸の電話、さっきかけたときは、呼び出し音が延々と鳴ってたんやけど、前にかけたときは呼び出し音すら鳴らなかった気がする」とヒビキが補足する。

「集中豪雨の直後は電話回線がつながっていなかったんだろう。しばらくして復旧したんだろう」とリュウ。「でも待てよ――電話が復旧したということは、電話の持ち主が電話局に修理を依頼したということになる。多分、大佐が連絡したんだろう」

◆◆◆

第11話;オクノ池でもう一方の靴が釣れる


翌8月6日、ヒビキとリュウは再びトンネルを通ってオクノ池の岸辺に立った。

「テラ池は半分干からびてるのに、オクノ池は水があんまり減ってへん」

「オクノ池は地下水も湧いてるんじゃねえの」

2人はルアーのキャストを始める。ヒビキは、大佐にザリガニを届けた報酬でザリガニルアー(クローワーム)を買ってきたばかり。試してみたかった。

「スネークヘッドもアメリカザリガニにヒットするんか」ヒビキはこの期に及んでまだ半信半疑。

「大佐が放流したブラックバスが泳いでいるなら、クローワームにヒットするかもね」リュウはこれまでに実績があるお気に入りのスプーンルアーからキャストした。

3投目、ヒビキのロッドが曲がる。魚に引かれて曲がっているのではない。「チェッ、“根がかり”してしもた」

魚の引きが感じられないまま、強引にリールを巻くと寄って来る。ゴミをかけたときの典型的パターンだった。

白っぽいゴミ。水中からゴボウ抜きすると、昨日も見た白い運動靴だった。ダイスケ父の自筆だと言う“サカモト”の4文字がくっきり見える。ヒビキは8月の強烈な日差しを浴びて汗ばんでいたのに、背筋が寒くなる。

「やべえな。ダイスケはオクノ池に沈んだのか⁉」いつも遠慮しない物言いのリュウが友の死という最悪の戦慄にヒビキを引き込んだ。

2人は警察に通報するかどうかを真剣に話し合う。ヒビキの第一声は「黙っていたほうがええんとちゃう?」だった。

アクアラングを付けた隊員たちがオクノ池に潜水してダイスケの溺死体を捜索するのは見たくない、とヒビキは悲痛な思いに駆られた。

「でもな、ダイスケは誘拐された可能性がある。事件だとしたら、通報しないのは許されないぞ。犯人がダイスケを無理やり連れ去っている途中でダイスケの靴が洞穴で脱げ、オクノ池の岸辺でも脱げて池に落ちたのかもしれない。だとしたら、ダイスケは池に沈んでいなくて、どこかで囚われの身になり、救出を待っている」

確かに、ダイスケが溺死したと考えるのは早計かもしれない。2人は警察に通報する決心が付いた。

2人は、コンゴー団地内に歩いて戻ると、最初に見つけた電話ボックスから警察署に電話をかけて、2足目の靴がオクノ池で見つかったことを告げた。灼熱の太陽のもと、2人は靴が釣れた位置まで大汗をかいて戻り、何時間も警察の到着を待った。

午後1時ごろ、アクアラング隊員を含む大人数の捜索隊が道路のあるアコー池側から到着し、水中の捜索が始まった。ヒビキとリュウは岸辺に立ったまま、遺失物の発見者として刑事たちに詳しく話を聞かれる。

2人の目の前でスネークヘッドの楽園オクノ池が“凌辱”されていく。岸辺近くの浅いエリアに踏み入って棒で池底を搔きまわす隊員。アクアラングを背負って、ボートからオクノ池に飛び込む隊員。

岸に戻って来た潜水隊員が「この池は湧水がある」と刑事に報告しているのを聞いてヒビキとリュウは「やっぱり」と納得する。リュウは「捜査と関係なくね?」と突っ込んだが、池水が枯れない理由がはっきりした。

念入りな捜索が続けられたが、死体は上がらなかった。ヒビキとリュウは「遺体らしきものは発見されず」と刑事が無線で連絡するのを聞いて、心の底から安堵した。ダイスケはどこかで生きている。誘拐されたとしても救出を待っている。

ダイスケを“誘拐犯”から救出するには、警察頼みだけではなく、リュウの言う「大胆な推理」から探すべきだとヒビキも思い始めていた。

オクノ池にコンゴー団地側から到着するには、標高150mぐらいの山を越えるか、あの洞穴を潜り抜ける必要がある。そのため、大人数の捜索隊は河内長野市ニシコーリ側の車道に車両を乗り入れ、アコー池を経由してオクノ池にやって来た。

ニシコーリで最も大きな邸宅に住んでいるのが大佐だ。しかも、大佐はダイスケが行方不明になった夜から音信不通である。「大佐が怪しい」と言うリュウの“大胆推理”に乗ってみるのもアリかも。

大佐は警察に知られたくない計画があると言っていたし、大佐邸がガサ入れされるのは避けたい。だいたいこれは“根拠のない推理”であって、“ダメ元”なチャレンジなのだから…。そもそも俺は大佐が好きだし、信用している。―とヒビキは思案しながら、リュウに提案する。

「明日の朝、大佐邸に行ってみよ!」

◆◆◆

第12話:大佐邸で知る予想外の真実


翌8月7日朝5時、ヒビキは母のお好み焼き屋前でリュウと落ち合う。母は家で眠っているし、店は当然閉まっている。

だが、ミケコは早朝パトロールの時間だ。入り口脇の通路から姿を現すと、尻尾をぴんと立ててヒビキの足に擦り寄ってくる。どちらも、母が寝る前に用意してくれた朝食で腹は満たされている。―猫は自由や。俺たちも自由や。

ミケコもヒビキとリュウも、これから未知の何かを知るために曙の靄の中に飛び出していく。

2人は、コンゴー団地から山越えせず、自転車に乗りフシヤマの田園地域を南へ抜けた後、東へ進路を変えて大佐邸へ向かう。東へ曲がった直後、金剛山地の山稜上辺から朝日が差し始める。大佐邸にザリガニを配送していた7月上中旬より、日の出が10分か20分遅くなっている。夏至が過ぎたからだ。

夏は、熱く燃える8月になると終焉し始めている。それは青春も同じだ。

ヒビキとリュウは大佐邸の考えられる現在の状況を数通り事前に想定していた。

A:大佐はダイスケを連れて邸宅から姿を消している。その場合、3頭の犬が取り残されて飢え、衰弱したり、シェルティがシェパード2頭に食べられている可能性がある。
B:大佐はダイスケを邸宅内に監禁している。
C:大佐邸に“賊”が押し入り、大佐とダイスケを締め上げるか、殺傷し、金品を奪って逃走した。

パターンAはヒビキが想定した。父親からしばらく離れたいダイスケが、奈良の奥地の池原ダムなどにブラックバスを放流し行く大佐に同行したのではないか―というヒビキの希望的推理に基づいている。冷徹な目で物事を見るリュウは、BとCが有力だと主張している。

いずれにせよ、ダイスケが大佐と一緒にいることが大前提である。その大前提が外れていたら、“大胆推理”もクソもない。

東から朝日を浴びている大佐邸は、西から接近した2人から見て逆光状態であり、部屋の明かりをよく確認できる。大佐がランカー級ブラックバスを大事に飼っている水槽の置かれている一階の電灯が点いている。

ヒビキが洋風ゲートに近づくと、いつものように犬たちが吠え始める。犬が健在ということは大佐が在宅か? 2階のカーテンがわずかに開く。大佐邸は2階からもインターフォンに応答できる。

「大佐、いたはりますか? ヒビキです」とヒビキが中に“賊”がいたらどうしようと不安半分に声を吹き込む。

「ヒビキなのか? 大佐は入院中や」その鼻にかかった男の声は、一学期はじめに声変わりしたダイスケの声だった。

「ダイスケ! お前の靴が山の中の洞穴とオクノ池で見つかって大騒ぎになっとるぞ! 警察とお前の親っさんは、お前が死んだかもれんと覚悟してる」

ダイスケが大佐と接触している―と言うリュウの大胆推理は的中していた。

ダイスケが1階まで降りてきて重い扉を開けた。

ダイスケが無事であることに喜んでいる2人に対して、「おお、久しぶりやな」どこか平然としているダイスケ。普通なら3人が抱擁して当たり前なのに。

「靴の脱げたダイスケが大佐の家にいる理由は、俺たちの大胆な推理でも、まったく推理できないぞ。どういう経緯なんだ?」リュウは“大胆推理”がまったくの当てすっぽうであったことを白状する。

「終業式の日、親父と大喧嘩した。上京して漫画家のアシスタントになる計画を打ち明けたら、滅茶苦茶怒り出してん」

そこまでの詳細はダイスケ父も、家にやって来たヒビキとリュウに話さなかった。

「それで、家を飛び出した。今すぐ上京しようかと思うたけど、新幹線代なんか持ってるわけあれへん」

そうして、雷が鳴る団地の端っこをウロウロしているうちに、工事を止めたゴルフ場のあたりに着いた。その途端、大粒の雨が激しく降りだした。屋根があるゴルフ場への通路まで走ろうとすると、泥濘(ぬかるみ)に足を取られて、両方の靴が脱げた。半ズボン姿で転倒して膝を強打した。

豪雨のパワーは凄まじく、あたり一面が水没し、激流が流れて、靴は泥濘箇所からあっという間に流されてしまった。ダイスケは膝から血を流したまま、屋根の下まで這いつくばって辿り着いた。

頭から全身をびしょ濡れにする滝のような雨から根の下に逃げることはできたが、風が強く真夏の軽装を寒さが襲った。全身から熱を奪われて、真冬の遭難者のように震えた。

そこへ眩い光で照らされた。目が眩み何も見えなくなる。大人の男の叫び声が聞こえる。「大丈夫か!」

テラ池の傍に停まっているのを見たことがあるアメリカ軍の乗り物が急冷却した空気の中、白い湯気を上げていた。

大柄な白髪混じりの男が白いバスタオルでダイスケの頭から上半身を包み込んでくれる。「坊主、しっかりしろよ」

寒さで意識が混濁していたダイスケを優しい大男が抱きしめてくれた。「もう大丈夫です。真夏にこんなに寒くなるのは初めてです。ありがとうございます」ダイスケは心から感謝する。

ジープに招き入れられて、ダイスケは生きた心地がした。「団地の子かい? そろそろ夏休みだな。おじさんの家で温かいものでも飲めばいい」

ニシコーリまでの道中、なぜかハイになったダイスケは、坂本大助と名乗り、父と言い争って家を飛び出したこと、家出するつもりであること、上京して漫画家のアシスタントになろうとしていることを洗いざらい話した。

おじさんの家(以下、“大佐邸”)に着くと、おじさん(以下、大佐)が缶詰を取り出し、中身を丼に移す。昭和50年代当時裕福な家庭に普及していた電子レンジに入れて温めて振舞ってくれた。「アメリカ製のミネストローネだ。トマト味がダイスケ君の口に合うかどうかわらないけど、温まるぜ」

◆◆◆

第13話:大佐が倒れる


「ダイスケ君、家出中なんだろ? 私から親御さんに連絡しようと思う」大佐がおもむろに切り出した。「親御さんの許しがあれば、しばらくここに泊まればいい」

ダイスケは遠慮気味に首を縦に振る。だが、父の看板屋を引き継ぐ気など微塵もなく、漫画家になりたい。

「ダイスケ君は、どんな漫画を作りたいんだね? 私は、ナルコレプシーという病気なんだ。突然眠りに落ちて現実と変わらない夢を見る。

「夢の中で、過去や未来に旅してしまう。この家は、大地主が代々暮らしていた屋敷を洋風の邸宅に改築したものだ。夢の中で大地主の一家とも会った。平安時代は、地主に搾取される貧しい百姓だったが、後の時代では大地主と面談できる地位にいた」

漫画家を夢見ているダイスケである。そういう話には引き込まれてしまう。

「さて、私の病気なんだが、時々症状が重くなる。重くなると入院だ。団地の鯉釣り池で発作が起きたときは、救急車で運ばれた。今年は落ち着いている」

ダイスケから自宅の電話番号を聞いて、ダイヤルしようと受話器を持ち上げた大佐が、電話線が切れていることに気づく。

「さっきの雷で電話線が切れたみたいだ。これから電話局まで修理を頼みに行く。ダイスケ君も一緒に行こう」

現代なら携帯電話で修理を依頼できるが、当時は電話局に出向かねばならなかった。その代わり、夜間でも修理係が稼働していた。

大佐邸以外にも電話が故障した家は何軒かあり、修理のバックオーダーがあったため翌日午後まで電話が不通だった。もし電話が復旧していなければ、発作を起こした大佐のために救急車を呼べなかっただろう。

21日の午後、ダイスケと共に犬たちに餌を与えていた大佐が地面に眠るように横たわった。3頭の犬たちが飼い主の異変に気付き、大佐の顔を舐めまわす。ダイスケが呼びかけると、完全には意識を失くしておらず、口を動かそうとする。ダイスケは、母が脳卒中で倒れて亡くなったときのことを思い出し、大急ぎで固定電話のところまで走り、119をダイヤルする。

大学病院に付き添ったダイスケは、患者の持病を聞かれ、「ナルなんとかと言うてました」と答えた。

「脳卒中の可能性は否定できませんが、ナルコレプシーの既往があるのでしたら…とにかく、経過観察のため少なくとも数日は入院です」と若い医者が言う。「お孫さんですか?」

ダイスケは首を横に振る。「たまたま家にいた地元の中学生です。家族の人の連絡先も知りません」

大佐は大学病院到着後、集中治療室に収容された。2日目には、目を覚まし、会話もできたことから、一般個室に移された。ときおり突然眠りに落ちる症状が見られ、脳卒中の疑いが晴れなかったため、慎重な経過観察が続いたが、個室で来客と面会が許可された。

ダイスケは2日目から大佐の個室に通って、世話を焼こうとしていたが、医療ド素人の中学生は病院スタッフの邪魔にならぬように話相手になることぐらいしかできない。ダイスケにとって、大佐は集中豪雨から救い出してくれた命の恩人だ。

ダイスケが漫画家になったときにネタの宝庫になりそうな話をたくさん聞けた。ナルコレプシーの発作で眠りに落ちると、過去は千数百年前まで遡れる。自分は過去で別の自分になっている。あるときは平安時代の貧農で、田んぼに水を引くための水路を泥まみれになりながら掘っていた。山に水を通すために穴を掘っていたこともある。

太平洋戦争中に軍人になっている夢も見た。彼が生まれたのは昭和8年だったが、すでにこの世に生まれていた二次大戦中の別の自分を軍の指揮官として体験していた。あるとき、浅草の居酒屋で目を覚ました。直後、自分はまだ“大佐”だと信じていた。周りの仲間たちが面白がって、その日から彼を“大佐”と呼び始めた。

過去の夢は別の自分に入れ替わって体験していたが、未来の夢は映画やテレビのように第三者として見る。昭和63年から先の未来は夢に見ない。

入院数日後、「ダイスケ君は、昭和62年に漫画家としてデビューするよ」と大佐がつぶやいたのをダイスケは憶えている。「昭和63年から先のことは夢に見ないので、有名漫画家になれるかは、わからないけどね」

中学生の自分を励ますために言ってくれてるだけや―とダイスケは思った。だが毎日ベッド際に来るダイスケに大佐が打ち明けたところによると、大佐を予言者として崇めている証券マンや投資家、そして政治家秘書がたくさんいて、彼らからの謝礼金が積もり積もってかなりの額になると言う。

◆◆◆

第14話:ヒビキとリュウの未来



「大佐は、眠り病で入院してるってか。大佐に会ったことないけど、3人で見舞いに行こう」とリュウが提案する。

「大学病院はサヤマの長い坂の上にあって、ここからは自転車でも30分はかかるよ」とヒビキとリュウが見たことないレベルまで日焼けしたダイスケが警告する。「僕は毎日ここから通っていて、だいぶ鍛えられたよ。大柄な大佐の自転車は乗りにくいけど…」

「俺たちを甘く見るなよ。こちとら毎日山釣りで鍛えてるんじゃ!」とヒビキが笑いながら返す。

大学病院が立地する陶器山丘陵は、千三百年以上前の古墳時代から須恵器が生産されていた場所だ。陶器山を越えて海へ向かうと、世界最大の墳墓、仁徳天皇陵がある。

ヒビキも窯跡を探って土器を掘りに来たことがある。考古学マニアの同級生が完全体の須恵器を発掘して地元の話題になったが、ヒビキは破片しか見つけることができなかった。

3人は、すでに空高く上った8月の灼熱の太陽のもと、サヤマ池南端から陶器山の長い坂を登っていく。遠くに見えていたコンクリート造りの白い病舎が近づいてくる。

大佐の個室に入ると、大佐はまだ眠っていた。ふいに目を見開き、「未来の夢を見ていたよ」とかすれ声を出す。

大佐は、ヒビキとダイスケが連れ添って現れたことに驚きもしなかった。眠そうな目で初対面のリュウに視線を合わせる。ヒビキがリュウを紹介すると、大佐がかすれた声で言う。「さっきまで昭和60年ごろの夢を見ていた。プロアングラーを目指して渡米する少年がテレビで取り上げられていた。あれはリュウ君なんだろう」

ダイスケから大佐が過去と未来の夢を見ることや、予言者として知られていることなどを詳しく聞かされていたヒビキとリュウは、大佐の唐突な言葉を率直に受け止める。リュウは「バスプロを目指しています」と素直に答える。

大佐はヒビキに視線を移すと、「君の未来はよく見えない。外国に渡ることは確かだが、私の未来夢には昭和63年の壁があって、その先が何も見えないんだ」と大佐が言葉を絞り出す。

◆◆◆

第15話:千年以上前の苦闘の賜物が今も生きている



ヒビキとリュウは、南河内の歴史の古さと深さを実感できていなかった。

大阪市内の住吉大社近傍で小学3年まで育ったヒビキは、三世紀から続く住吉大社の歴史を幼さゆえに理解していなかったものの、周りの大人たちに知らず知らず歴史の深みを教え込まれていた。だから4年生から移り住んだ南河内は言葉も荒く、“野蛮”な土地だと無意識に決めてかかっていた。

数百年の歴史しかない東京で小学低学年まで育ったリュウにとって、南河内は未開の地。2人共、心は海外に向いており、大佐の“予言”も符合している。だが、当の大佐が夢で見る遠い過去は南河内が舞台である。

オクノ池への洞穴も、大佐が夢の中で平安時代に“農奴”だったころ、汗と泥にまみれて掘った灌漑隧道だった。この灌漑隧道は、千数百年後にゴルフ場用地が造成された湿地帯からオクノ池へ水を引き入れるためのものだった。

終業式の日に団地を襲った集中豪雨は、1時間のあいだに一週間分の水を地面に投下した。ゴルフ場の入り口付近でダイスケの足から泥濘に取られた運動靴は、激流に飲まれ、灌漑隧道からオクノ池へと流された。だが、たった1時間で止んだ豪雨である。

豪雨の翌日、ヒビキとリュウが洞穴を初めて潜り抜けた時点では、大雨の明らかな痕跡が残っていなかった。

大佐にこう言ったことを話すと、千数百年前も、南河内では、ときどき集中豪雨に見舞われていて、田んぼの水に飢えていた農民たちが短時間の豪雨でも雨水を確実にかき集める仕組みを作ることに命を懸けていたのだと言う。

脆い地質の山をくりぬく灌漑隧道の建造中には、多くの農民が落盤で押し潰された。だが田んぼの稲が枯れれば、もっと多くの命が飢えで失われた。

「千年以上前の灌漑系統がまだ機能していることに驚きだ」大佐が深いため息を漏らす。

本稿はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ない。そうではあるが、あえてカタカナで表記した地名や池の名は、カタカナ表記を検索すれば実際の漢字名がヒットする。しかし、多くの池では現時点で釣りが厳禁されていることにご注意されたい。団地がそうであったように、われわれは野生を奪われ、家畜化されている。

ヒビキは10年もしないうちに、動物研究者ではなく、“経済獣の工作員”としてアフリカ大陸で暗躍する。

〔了〕

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