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南アフリカと3・11 ― 忘れられない旅

はじめてのアフリカ


6月、梅雨の晴れ間に広がる青空を見ていたら、ふと15年前のことを思い出しました。

私が、初めてアフリカの土を踏んだ日のこと。

会社を辞め、アフリカという「新しい人生の旅」に舵を切ったことは、以前、「人生の羅針盤が動き出した日 ― 49歳、試練の中で見つけた光」の中でお話ししました。


当時、私はベルギーで暮らしていました。
ヨーロッパに住んでいると、アフリカは決して遠い存在ではありません。英国やフランス、ベルギーなどの植民地だったこともあり、多くの都市から直行便が飛んでいました。

2011年2月に会社を退職した私は、
「さあ、アフリカへ行こう!」
と思い立ちます。

しかし調べてみると、ビザや予防接種が必要な国も多く、政情が不安定な地域もありました。

そこで選んだのが「南アフリカ」。
人生初のサファリを楽しもうと、娘と2人で旅に出ることにしました。

3月9日。
快晴のヨハネスブルグ空港に降り立つと、壁一面に咲く、ブーゲンビリアが、私たちを出迎えてくれました。

ついにアフリカに来た!

そのときの大きな感動が、美しいブーゲンビリアとともに、私の記憶に残っていきました。


最初に向かったのは、サファリで有名なクルーガー国立公園。 

どこまでも続く、広い大地 
吸い込まれそうな、青い空 
そして、大きな野生の動物たち

ライオンやゾウ、キリンが目の前に現れるたびに、私たちは子どものようにはしゃぎました。

ジープの上を、吹き抜ける乾いた風。

それを全身にあびていると、心や体に溜まった長年の疲れが、どこかに飛んでいってしまうようでした。


3・11の知らせ


サファリを楽しんでいると、私の携帯にベルギーの友人からショートメッセージが届きました。

「Mikakoさん大変、日本で大きな地震が起きた」

えっ! 何が起こったの?
でも、このロッジには、テレビも新聞もなく、詳しい状況がまったく分からない。

「明日、ケープタウンに移動するので、何かわかるかもしれない。」

翌日、ケープタウンのホテルに到着し、部屋のテレビをつけた瞬間、私は言葉を失いました。

 津波にのみ込まれる車
 変わり果てた街並み
 福島第一原発の映像

まさか、こんなことになっていたなんて……。
私は愕然としながら、
食い入るようにニュースを見ていました。

東京に住む母のことが、とても心配でした。
けれど、頭が真っ白で、どうしたらいいのか分かりません。
そんな私に、ホテルの女性オーナーが、声をかけてくれました。

「私の電話を使って、すぐにお母さんに連絡しなさい。」

そう言って、自分の携帯を差し出してくれました。

電話の向こうから、母親の無事な声を聞いた時は、心からほっとしました。

「ベルギーで、一緒に暮らそう」

病気の母にはむりだとわかっていても、私は何度もそう伝えました。

旅の途中で見た風景


この旅で垣間見た、現地の人々の生活。

サファリのロッジで、外国人観光客のために働く現地の女性たち。

彼女たちは、深夜まで働き、ホテルの送迎車で何時間もかけて帰宅するそうです。家に着くのは、夜中の1時や2時。そして数時間後には、また仕事のために家を出る。子どもたちとゆっくり話す時間もないと聞き、私は茫然としました。

また、ロッジから空港へ向かう途中、灼熱のアスファルトの上を裸足で歩く2人の女性の姿がありました。

車のタイヤですら溶けそうなのに、足は熱くないのだろうか。
車窓から、彼女たちのうしろ姿を見送ると、言葉にできない感情が、湧き上がってきました。

ケープタウン空港から市街地へ向かう途中、ドライバーさんが「ここがタウンシップだよ」と教えてくれました。貧しい人たちが暮らす居住地区です。

そこでは、子どもたちがボール遊びをし、老人たちが、行き交う車を静かに眺めていました。

大自然の美しさに感動していた私。
でも、そこにはもう一つのアフリカの姿がありました。

私が知っていたアフリカは、ほんの一部分に過ぎなかったのだと、その時初めて気づきました。



忘れられない2人の歌い手


ケープタウンの観光名所の一つであるハーバーには、おしゃれなカフェや、レストランが立ち並んでいました。私たちもテラス席に座り、海を眺めながらゆっくりお茶をしていました。

すると、一人がギターを弾き、年配の男性が歌う、2人組が現れました。
歌詞は分かりませんでしたが、その歌声にはどこか胸を締めつけられました。

歌い終えると、2人は各テーブルを回り、小さな紙を置いていきます。そこには、生活の苦しさが、長く綴られていました。

私は胸が痛み、財布からお金を取り出して、手渡しました。

そのとき、娘は私に言いました。

「本当のことじゃないかもしれないよ。」

もしかしたら、そうだったのかもしれません。

でも私には、あの2人の寂しい目の奥に、南アフリカの、複雑な歴史が重なって見えました。

アパルトヘイト。想像もできないような、苦労や悲しみを経験してきたのかもしれない。

もちろん本当のことは分かりません。

けれど私には、あの2人の表情が、演技には見えませんでした。

その奥にある、人生や苦労に思いを馳せると、知らんぷりすることはできませんでした。

この旅が教えてくれたこと


私にとって初めてのアフリカ旅行。
そこで私は、いろいろなことを経験することができました。

アフリカの壮大な自然は、美しい地球の姿を見せてくれました。

観光地を陰で支える現地の人たちは、社会の現実を教えてくれました。

そして、悲しみでいっぱいだった私に、そっと手を差し伸べてくれる人がいました。

振り返ると、
この旅で感じた大自然への感動と、社会の不公平さへの違和感が、いまの私の活動の原点になっているような気がします。

この旅では、私は一人の旅行者でした。
でも、その半年後、私はボランティアとしてカメルーンの農村へ向かいます。

そこでは、旅では出会うことのなかった、人々の日々の暮らしに触れることになります。

次回は、そのお話をしたいと思います。


公式HP:https://www.lemu-harmony.com

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