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小説『67幎越しのラブアフェア』




――心䞭した男女は、来䞖で性別を倉えお再䌚する。
それは䞀皮の莖眪
はたたた、歪みきった愛

ねえ、
《私たち》は、どっちなのでせうか 


ヌヌヌヌヌ第1章ヌヌヌヌヌ

運呜なんお安っぜい蚀葉で、
ひずくくりに出来たら、どれほど楜なんだろう。

心臓に砂利を投げ蟌たれたみたいなこの気持ち。

誰かは私の背䞭目がけお、気の迷いだず蚀った。

たた誰かは睚むような県をしお、
若いから愛を錯芚しおいるんだろうず蚀った。

でも私はすべお吊定した。

だっお、胞の䞭で浮いたり、沈殿したりを繰り返しおいる、この気持ちは、決しお気の迷いでも錯芚でも、無いず自分自身が䞀番分かっおいたから。

ある日芋た、倢の䞭で私は、二぀の道の前に立っおいた。

䞀぀の道には、淡い色の花がたくさん咲いおいお、そこをのっぺらがうみたいな男ずずもに、
子䟛を抱いお歩く私がいた。

もう䞀぀の道には、毒々しい色をした花が䞀茪咲いおいるだけ。

なんずなく、この花は幞犏の蚌なのだず思った。

無数の幞せがある人生ず、ゆがんだ幞せが䞀぀しかない人生のどちらをずるか

先生に出䌚う前の私ならば、きっずありふれた幞犏を遞んでいた。

誰もが口を揃える幞犏に、必死にしがみ぀いおいた。

けれど、先生に出䌚っおからは、ありふれた幞犏だけが、幞犏では無いず知っおしたった。

だから、私は毒の花を迷わず遞ぶ。

私には、毒の花の方があっおいる。

貎方ずいう名の毒の花。

私は蝶。
貎方ずいう毒花に魅せられお離れられない哀れな蝶。

「愛しおいる」ず蚀われる床に毒によろめいお、口づけされるだけで指先がしびれお、唇を離す瞬間にもっず毒しお欲しくなる。

心臓たで、貎方に毒されたいずいう欲に駆られるの。

「先生はずるい。
接吻は匷い花の銙りのよう。
唇は唇を求め 呌吞は呌吞を吞う 蜂は蜜を求めお花を射す ぀よい抱擁のあずに残る 涙 女だけしか知らない おどろきず喜びず 愛しさず恥ずかしさ 先生はずるい 先生はずるい 忘れられない五月」

※

昭和二十䞉幎五月・䞉鷹。

私、山厎冚栄の今の肩曞は、秘曞・看護垫 それから愛人。

いく぀もの䜜品を生み出しおきた小説家・倪宰治先生の元で、ある時は身の呚りのお䞖話をしお、たたある時は青癜い血管に泚射を打぀。

そしお倜には口付けをしお、

䞍安から逃れる様に私を求める先生ず肌を重ねる。

よく晎れた午埌の私は看護垫だった。

浮き出た青癜い血管ぞず、針を刺しお、薬を泚入する。

そんな䞭で、先生は、い぀ものようにあの蚀葉を口にする。

「死のう」

暇さえあれば、口から零れる蚀葉。

これは、なんずなく出た匱音なんかじゃない、心の奥底から湧き出る、本心だ。

「䞀緒に死のう」

「先生、危ないです、ただ針が」

針が、ただ血管に刺さっおいるずいうのに、私を抱きしめお、死のうよず譫蚀みたいに繰り返す。

愛する人から死のうず蚀われお、喜ぶ女はいないでしょう。

でも、私は先生から「死のう」ずいう蚀葉を掛けお貰える床、舞い䞊がるほど嬉しかった。

先生には家庭を守る奥さんず、子䟛を産たせた、私以倖の愛人がいる。

でも、そんな二人ではなく、私を遞んでくれたこずが嬉しい。

䟋え、先生にずっおは、誰ず死ぬかなんでどうでもよくお、誰かず死ねるのならばその盞手なんお倧した問題ではなくおも。

「なあ、冚栄」

先生が、私の名前を呌ぶ。その声が非垞に心地よくお、ずっず聞いおいたくなる。

このたた返事をしなければ、ずっず私の名前を呌んでくださるのだろうか

機嫌をずる、野良猫のような声で「冚栄」ず。すねた子䟛のように、唇を尖らせお「冚栄」ず。

怒りを滲たせながら「冚栄」ず。

それずも、返事をしない私なんお、曞き損じの玙くずが山を䜜ったごみ箱の䞭にぜいず捚おおしたう

そしお奥さんの元に腹を満たしに行く 

あの女を抱き締めに行く

そんなの嫌。

絶察に嫌なの。

䞍可胜なのは承知しおいるけれど、私だけを芋おいおほしい。

それが無理ならせめお、私に背䞭を向けないで欲しい。

私を、先生の県に映しおいお欲しい。嫌いになんかならないで、ずっずお偎に眮いお欲しい。

だから、意地悪を奥歯に隠しお、

「私も先生ず共に逝きたいです」

笑っお芋せた。

私は、今たで先生から死のうず蚀われおも、はいず頷くだけで、はっきりず共に死にたいず明蚀したこずは無かった。

けれど今日はしっかりず「お䟛したす」ず口にする。

「本圓かい」

目を真ん䞞になさった先生は、私の腕をぎゅっず掎んだ。

折れおもいいから、そのたた攟さないでいお欲しいず願った。いっそのこず粉々にしおほしい、愛しおいる、愛しおいるから、だから。

「だっお、先生は私に蚀ったでしょう。死ぬ気で恋愛しないかず」

「 蚀ったね。そうしたらお前は䜕ず蚀ったか、自分で芚えおいるかい」

「私は恋愛するなら、死ぬ気でしたいずお答えしたした」

先生ず私ずの関係に、愛の䞀字が加わった日に、そう蚀っお䞋さったこずず、お答えしたこずは、昚日のこずのように芚えおいる。

死ぬ気で恋愛しないか、なんおいきなり蚀われお驚いた。

でも、この人ず関わっおいくならば芚悟をしなくちゃいけないんだず、射る様な瞳に身を捩りながら感じた。

「ははははっ。そうだ、そうだったなあ。冚栄」

けらけらず笑い぀぀、咥えられた煙草から吐き出された煙が、郚屋䞭に蔓延した。

煙たいずいうよりも、気持ちがよい。

先生愛甚の煙草は、私の䞭では煙草の匂いずいうより、先生の匂いだからこの匂いが奜き。

すぐに消えるずころも儚くお奜き。

「もうすぐ六月か」

線集者の残しおいった、メモに蚘された締切の日付に目を萜ずし぀぀、ぜ぀りず零された。

確かにもう皐月も終わりだ。あず䜕床か眠ったらすぐに六月が来る。

「嫌だねえ、六月は」

「どうしおですか」

「䜕だい、富栄。お前は六月が奜きなのか」

「いえ、嫌いです。だっおお掗濯が也かないから」

「そうか。富栄も六月が嫌いかあ。俺ず䞀緒だな。俺も六月が嫌いだ」

「先生は、どうしお六月がお嫌いなんですか」

「死にたく、なるからさ。俺はい぀も六月になるず死にたくなるんだ」

「先生」

先生もい぀か煙のように、消えおしたうんでしょう 

分かっおはいるけれど、自分を玍埗させられる蚀葉も、萜ち着かせる理屈も、悲しいこずに芋぀からないから、せめお先生が遠くに行っおしたわないよう、肩にもたれお重しになろうずする。

先生の䜓は、脆匱な心を守るかのように、たくたしい。

こういう颚に肩に頭を預けたり、先生のペンダコが出来た指に、私の華奢な指を絡めたりするず、日垞の苛立ちやふがいなさを忘れお、穏やかな心になれる。

でも先生は違う。

たどろみの䞭で芋䞊げた顔は匕き぀っおいお、抱きしめられおいるずきに、額にかかる息は震えおいお、私に愛の蚀葉を囁く代わりに瞋っおいる。

「先生、これは 」

荒れた机䞊の原皿甚玙に、思わず目が行った。

「新しい䜜品ですか」

「遺曞だよ」

「え」

「人間倱栌。俺の遺曞だ」

遺曞ずいう蚀葉に、匕き裂かれそうになるものが、心なのか䜓なのかは分からない。

ただひりひりずした火傷によく䌌た痛みに䟵された。

生きるこずはもがくこずだずいう。

溺れないように、感情を抌し殺しお、道化ずしお振る舞うこずが生きるこず。

でも、先生はもがくこずに疲れおしたった。

池に悠々ず浮かんでいた鎚。

あの鎚だっお、氎面䞋では右足で氎面を割っおは、巊足で氎流を蹎っおあの状態を保っおいる。

そうしないず、池の底に沈んで「鎚」ではなく「肉塊」になっおしたうから。

誰もが死にたくないから必死でもがくけれど、先生にずっおは、もがくこずよりも氎の奥底に萜ちおいくこずが幞せだず思っおいる。

なんお匱いんだろう、なんお愛おしいんだろう。

「冚栄は先生が生きおいる限り生きたす。でも先生は死ぬんでしょう それなら私もご䞀緒したす」

息が止たったかず思ったら、先生に抱きしめられおいた。

嗚咜ずずもに、名前を呌んでくれる完党に芋えお䞍完党な人。

このたた死んでもいい。

でも先生に殺されるんじゃなく、先生ず䞀緒に死にたい。だから胞板ず唇ずの間に䜜った隙間に、そっず口づける。

先生は奥さんずの間に䞉人、あの女ずの間に䞀人、子䟛がいる。

子䟛は愛の結晶かもしれない。私も先生の子䟛を宿したかった。

でも子がいる二人は先生の最期を共有出来ない、子がいない私は先生ず䞀緒に死ねる。

誰でもいいから私なのかもしれない。でも私は遞ばれた。確かに先生は私を遞んでくださった。

―恥の倚い生涯を送っおきたした。

先生の遺曞の冒頭を、䜕床も頭の䞭で繰り返す。

たるで、舌先で転がす风玉のように。风玉は甘味をくれるけれど、先生の蚀葉は苊みをくれた。

その苊みは、出来たばかりの口内炎に酷く染みお、なんだか涙が溢れた。

先生が、六月を嫌だずいった日から、私はカレンダヌの日付が進むに぀れお、劙な嬉しさず圓たり前の䞍安で、いっぱいだった。

もしかしたら五月䞉十二日、䞉十䞉日、ず六月なんお氞遠に来ないのではないかず錯芚するこずもあったけれど、ちゃんず六月は来た。

怖かったが安心もした。

確かに、雚ばかり降っおいお、じめじめずしおいる。

通りを歩く子䟛達は、衣服が汚れるこずなどお構いなしに、ぎゃあぎゃあず倧声を出しお氎たたりに飛び蟌み、かた぀むりず喋っおいる。

憂鬱を楜しめるのは子䟛だけの才胜かもしれない。

もっずも私は子䟛のころから雚ず戯れるこずなんお無かったけれど

六月になっおからの先生はたすたすもがくこずをしなくなった。

原皿甚玙に向かうものの、䞀文字も文字は曞かず、たしおや小説など、曞く気力は無いらしい。

雚粒を数えおは䜕かに怯え、煙草を吞い、そしお、私の二぀の胞に顔を埋めおは恐怖を玛らわせ、うわ蚀のように

「この䞖は生きづらいよう」

ず私の服を濡らした。

その範囲が広くなっおいくに぀れお、もうそろそろかもしれないずいう嫌な予感に、背䞭を抌される。

先生ず初めお口づけをした時から、胞の奥底で育んでいた、䞍栌奜な決意を握りしめるようになっおいた。

震える指で、ペンをずっお䟿箋に文字を綎る。

「倪田静子様ぞ」

それは先生の䜜品のファンであり、先生ず愛し合い、先生に斜陜ずいう名䜜ず治子ずいう嚘を授けた愛人の名前。
憎かった女、矚んだけれど決しお奪い取れなかった女。

「修治さんはお匱い方なので、貎方や私やその他の人たちにたでお尜くしは出来ないのです。私は修治さんがお奜きなのでご䞀緒に死にたす。
倪田様のこずは倪宰さんもお曞きになりたしたけど、埌のこずはお友達の方が䞋曜我ぞおいでになるこずず存じたす」

ペンを眮くのず同時に、先生ぞの思いを綎っおきた日蚘垳をそっず開く。

先生が奜き、先生が愛おしい、先生はずるい人、芋返しおみれば恥ずかしくお頬を染めるこずばかりだけれど、駄目ね、党郚本圓のこず。

感情を殺すこずが出来たら、どんなに楜なんだろう。

先生の女に、子䟛が生たれたず聞いた日の私の日蚘は、殎り曞き、先生ぞの愛を語る日蚘は、字が匟んでいる。

愛なんおもの信じおいなかった、愛なんお幻圱みたいなものだず思っおいた。

だけど、愛は確かにあったの。

先生に出䌚っおから分かったの。先生は私に愛をくれた。だから私も先生に安堵をあげる。

六月も半ばを過ぎたころ。

私は、先生ず共に䞀぀の垃団の䞭にいた。勿論ただ眠っおいるわけじゃない。

䞀糞纏わぬ姿の私を、先生は壊れ物を扱うかの様に抱いおくれる。

肌に口付けをする時も、胞を吞う時も、い぀だっお優しい。けれど、䞀぀になる瞬間だけ、ずおも性急になる。

そんな時私はい぀も昆虫暙本の蝶の気分になる。

逃げる気なんおない、逃げられるはずがないのに、針を刺される。

その理由は埁服感なのかそれずも愛情なのか私は埌者だずいいなあず思いながら、ぐんぐんず迫っおくる、芏則的な先生の埋動に合わせお、ぎくぎくず腰を揺らした。

快感に満たされおいお、目を開く䜙裕も無いけれど、䜕故か今日は目に焌き付けずかない様な気がしお、薄目を開いおみる。

するず、歯を食いしばっお必死な先生ず、その瞳に映る恍惚そうな私ず意図せずに揺れる胞元があった。

「痛むかい」

ふず目が合うず、そう優しく問いかけおくれるので「いいえ」ず口付けをしおみせた。

気怠い䜓のたた、暪たわり眠りに぀く。

私を、ただ抱きしめおくださっおいる先生からは、吐息が聞こえるけれど、私は眠れなかった。

たどろみ぀぀耳を柄たすず、時蚈の針の音が悲しそうに鳎いお、䞖界を闇が包んでいた。

倜は怖いず先生が、蚀っおいたこずを思い出す。倜は党おに孀独を突き萜ずす恐ろしいものだず。

その通り、倜は怖い。特に深倜は䞀番怖い。

深倜に起きおいるず、この䞖でたった䞀人取り残された気分になるから。

䜕週間か前、倜䞭にいきなり目を芚たしおわあわあず泣いたころがある、あれは先生が私以倖の女性ず心䞭する倢を芋たから。

銬鹿よね、先生は䜕床も私のこずを呌んでくださったのに。私を遞んでくださったのに。

「冚栄、起きおいるかい」

い぀の間に起きたのか、先生の声が降っおくる。

「起きおいるようなら、倖に行こう」

「え」

「冚栄は俺ず来おくれるんだろう」

来おくれるんだろうその蚀葉は、ただ倖に行くか吊かの意味を持っおいるこずは察した。

「お䟛いたしたす」

きっず来るべき時が来たのだず思った。

私は最埌の䞀瞬たで矎しくありたいから唇に玅を塗る。

この唇に先生は䜕回觊れたのだろう、䜕癟回こじ開けお愛を囁いたんだろう。先生に聞いおみたらきっず

「そんなこず芚えちゃいないねえ」

ずはぐらかすんだろうけれど、私は䞀回も欠けるこずなく芚えおいる。

うどん屋で初めお䌚った時、拳を握っお政治や文孊に぀いお熱く語っおいた日のこず。

死ぬ気で恋愛しないかず手を差し䌞べおくれた日のこず。

その倪いのに、壊れやすい腕の䞭で、瞳を閉じるず、この人に党おを捧げおもよいず思えた日のこず。

先生ず出䌚ったこず、きっず䜕も知らない誰かさんは「䞍幞」だずか「哀れ」だずか蚀うんでしょう。

でもね、私にずっおの「幞犏」は先生に出䌚えたこず。

私にずっおの「䞍幞」「哀れ」は先生ず出䌚うこずなみすがらしく人生をすり枛らしおいた時のこず。

だから私はいくのです。先生ず共に。

「行こう、冚栄」

「はい」

歩幅を揃えお、人気の無い道を歩く。

二人で衚を歩く時「愛人」だずか「奥さんがいるのにねえ」ず埌ろ指を指されたこずがあっおから、二人きりで衚を歩くのは苊手だった。

でも今宵は違う。
月は寄り添う二぀の圱を責めないでいおくれる、星たちは煌めきながら芋守っおくれる。

「先生、この手を離さないでください」

「離すわけないだろう」

先生ず玉川䞊氎に向かう間、泣きだしおしたうかず思ったけれど、自然に手を繋いでくださったから、愛おしさが溢れお、䜙蚈な感情なんお流れおしたった。

だけど䞀番倧切な気持ちはちゃんず残った。先生を愛しおいるの。

「本圓に離さないでくれたす」

「俺が嘘を぀いたこずがあるかい」

「先生は時折優しい嘘を぀くから」

「優しい嘘だっお」

「ええ」

「銬鹿を蚀っちゃあいけないよ。優しい嘘なんお俺は䞀回も぀いたこずがない。俺が぀くのは汚らしくお反吐が出るような嘘ばかりさ」

自嘲気味に笑いながら煙草をふかすその暪顔は萜ち着いおいた。

生きるこずに怯えなくおもよい、もう泣かなくおもよい、小説にも劻にも女にも远いかけられるこずがない䞖界にいけるずいう安心感に満ちおいた。

私の胞䞭ももちろん非垞に穏やかだった。

先生を救う圹目を任された、守るずいう呜を課せられた、ずいう自信ず今たで䜕人もの女が映った瞳に、最期に映れるずいう優越感は走れメロスの読埌感に䌌おいる。

「私最埌に先生に぀いお頂きたい嘘があるんです」

「なんだい」

優しく問いかけおくださる先生。

その目を、私は幟床ずなく芋぀めおきたはずなのに、今宵は今たでに芋たこずが無い䜍穏やかで優かった。

「私を愛しおいるず蚀っおくださいたせんか」

思い切り投げ぀けた鉄砲玉。

「それは無理だな」

呜䞭しおいるはずなのに、動揺する玠振りも芋せないで、眉ひず぀動かさないでいるなんおやっぱり先生はずるい。

「どうしおですか」

「俺が冚栄を愛しおいるのは真実じゃないか」

「先生の嘘぀き」

「嘘なもんか、愛しおいるよ」

「それなら 口づけをしおください」

先生に向けお、瞳を閉じる。するずすぐに唇ず唇が重なった。
私にずっおそれは愛を衚す行為だけど、先生の䞋唇が僅かに痙攣しおいたこずから、たるでこれ以䞊埌ろめたいこずを蚀及しおほしくない口封じの様にも思えた。

「先生、あれ」

窒息しそうな口づけの䞭で、芖界に鮮やかな金色がふわりず浮かびあがっお、目を奪われた。
それは、草陰で矜を䌑めおいた蛍だった。

「蛍だ」

䞀匹姿を芋せるず、それに぀られるように、二匹、䞉匹ず姿を珟しお、玉川を淡い光が包む。

「綺麗」

人生に迷う私達のようにゆらゆら。生に震えるようにふらふら。行き堎を求めるようにひらひら舞う。

「俺はね、蛍が奜きなんだ」

「どうしおですか」

「僅かしか生きられない癖に、生意気に身を焊がすだろう」

そう零した先生の県差しは、ここではないどこか別の堎所を芋おいた。
それは珟圚では無く、過去の自分を芋おいるのだろう。

か぀お、線集者の䞀人から、先生の過去を聞いたこずがある。

二十歳で自殺未遂。

カフェの女絊ず起こした心䞭し先生だけが生き残っおしたった。

圓然のこずだけど、私はその女絊の顔を知らない。だから想像をしおみる。想像をしおたすたす先生を愛おしく思う。

「先生は蛍に䌌おいたす」

孀独に飛んでいた蛍の元に䞀匹、二匹ず別の蛍が近づいおは離れおいく。

私は先生の奥さんの顔を思い出した。

町で、䞀床だけ芋かけたこずがある、割烹着に身を包み、子䟛を匕き連れお、倕飯の買い出しをしおいるずころだった。頭が良さそうな女性だず思った。

先生は、ろくに家に垰られないのに、子䟛に「これはお父さんの奜物だから」ず語りかけおいたのが忘れられない。確かに先生を愛しおいたのだ。

私は申し蚳なさず、矚たしさで唇を噛んだ。

「あの蛍、先生みたい」

人差し指を、蛍の方に向ける。するず先生もそちらを向いた。

「あれかい」

「ええ」

次に思い出すのは先生の子を産み、「斜陜」ずいう名䜜を曞かせたあの女。
そしお、先生の名から䞀字を貰った、あの嚘。

壊れおしたわないように、しっかりず腕の䞭に、先生ず愛し愛された蚌を抱いお、枅らかそうに埮笑むその姿に、矚たしさず憎さで数えきれない皋泣いた。

切れお、錆の匂いがする唇を拭いながら、息を敎えるず心臓に鈍い痛みが走った。

「それならあの蛍は冚栄だ」

自分の䞖界を砎っお、顔を䞊げるず孀独な蛍の元に、飛ぶのが䞋手くそな蛍が近づき、寄り添った。

「あれが私」

「冚栄はい぀だっお俺に寄り添っおくれるだろう。俺達は蛍芋たいだな。共に過ごした時間は、お互いの人生の䞭においお僅かなのに、
こんなにも、身を焊がしおいる」

銖にたわされた腕から、䌝わる脈の音が気持ち良い。

「なあ、冚栄」

「なんですか」

「愛しおいるよ」

先生の攟぀䞀蚀で怒ったり、笑ったり、幞せになる私は、この䞀蚀で目玉が溶けおしたうのではないかず蚀う䜍の涙が溢れ、溺れそうになる。

「おい、泣くなよ」

「だっお先生、初めお愛しおいるっお蚀っおくれた」

「今たで䜕回も蚀っただろう」

「本圓の蚀葉は初めおです」

棘がある本音をぶ぀けるず、気たずそうな顔ず

「愛しおいるよ、冚栄。本圓に」

ずいう蚀葉が雚のように降り泚がれお、私ずいう人間は、先生の存圚無しでは消えおしたうのだず実感した。

先生無しでは生きられないず思った。

「先生 私も愛しおいたす」

六月の颚に晒された冷たい手。

枩めおあげたくお、手ず手を重ねるず今床は貪るように抱きしめられた。

涙が胞元を濡らしお匱音が肩を濡らす。

「冚栄」

「先生 」

「この䞖は生きづらいよう」

「ええ。本圓に」

生きおいる限り先生は傷぀く。

「皆がよっおたかっお俺を苊しめるんだ」

生きおいる限り先生は壊れおいく。

「俺は生きおいるこずが怖い」

生きおいる限り先生は぀らいの。

「冚栄。お前はどこにも行かないよな。俺のそばにずっずいおくれるよな」

「はい。私はずっず先生のおそばにいたす。だから先生も私を離さないでください」

だから私は、先生を恐れの無いずころぞお連れするず決めたした。

「先生ず出䌚っお私は死ぬ気で恋愛するず決めたした。先生ずずもに生き、先生ずずもに死にたす」

口づけをしお、人間倱栌のペシちゃんの蚀葉を反芻しながら、壊れおもよいず匷く匷く抱きしめあう。

取り出した玐で互いの䜓を結ぶ。か぀お先生が経隓した、どちらかだけが生き残るなんお。悲しい離別はしたくないから。

「倱瀌したす」

今たで幟人もの女性を魅了しおきた身䜓、倧柄で逞しい身䜓。

だけど私だけが知っおいるの。

この身䜓のどこに穎が空いおいるか、どこが壊れおいるか、どこに綻びがあるか。この時だけは私だけの先生。

「冚栄、腕を䞊げおくれるか」

「はい」

続いお腰元にぐるぐるず巻かれる玐。
手元を動かしながら綺麗だな、矎しいな、なんお挏らされるず恥ずかしくお顔が赀らんでしたう。

そんな些现な䞀瞬でさえ尊いなんお。意地悪な先生、ずるい先生、倧奜き。

「先生 」

「なんだい」

「本圓に私でよかったんですか」

「銬鹿だな。俺はお前ずいきたいんだよ」

六月の川は、二人の男女ずいう異物が入っおきたにも関わらず、顔色䞀぀倉えず、穏やかそうな声で

「埡嬢さん幞せかい」

なんおのんきに問いかけおきお、私は「幞せです」ず迷いなく返した。

誰かの劻になるよりも、子䟛を宿すよりもずっずずっず幞せよ。幞せに決たっおるじゃない。

どこかで野良犬の遠吠えがしお、月は陜気にりむスキヌで晩酌をしおいた。

川の氎は冷たいかず思ったけれど、実際は熱湯のように熱かった。

だけど先生が「気持ちがよいね」ず笑ったから、蟌めおいた力を抜いお、足の指先を䌞ばした。時が、い぀もよりゆったりず進んでいる。

「先生、私達倩囜でもたた䌚えるのかしら」

「俺たちの行先は地獄かもしれない」

「先生ず䞀緒なら地獄でも構いたせん」

「 そうだな、そうだったな。冚栄はそう蚀っおくれるんだよな」

錓膜が湿っお、埐々に聞こえなくなっおくる声に手を䌞ばす。

でもその声が、愛の蚀葉以倖だずいうこずは分かった。

高速で倉わっおいく景色の䞭で、あの蛍が抱きしめあいながら萜䞋しおいく姿が芋えた。

きっず燃え尜きたのだろう、呜の火が。

この埌は別の昆虫の逌になるのかもしれない、惚めに干からびるのかもしれない。だけど幞せそうだから私は思わず目を现めた。


ヌヌヌヌヌ第2章ヌヌヌヌヌ

俺にずっおの生きるこずずは、もがくこずであった。

幌いころから人の顔色ばかり䌺っお生きおきた。

人ずしお生たれたくせに、それを無意識のうちに捚おお、気付くず道化になっおいたのだ。

道化は愉快で、悲しい生き物。

銬鹿みたいなこずをしお、誰かを笑わせお「お前は本圓に面癜い子だねえ」ず蚀われおいれば、忌み嫌われるこずはないず知った。

倧人になっおからも䞋手くそな笑いず、吐き気がするゞョヌクを振りたいおいた。

そうしお気づくず、自分の心は綻びだらけになり、自分の人生は恥で塗り぀ぶされおいたした。

生きるこずが蟛い。

この先、生きおいったら自分は、人ではなく、䞍思議に息をする人圢、はたたた肉塊になっおしたうのでは無いかず恐ろしい。

綻びの無い人間は「死ぬこずは恐ろしい」などず蚀いたすが、俺は「生きるこずこそが恐ろしい」のです。

「あなた」ず埅っおいおくれる劻がいたす。

「おずヌさん」ず慕っおくれるかわいい子䟛がいたす。

「愛しおいる」ず口付けしおくれる愛功がいたす。

「この人がお父さんよ」ず促されお、ようやく目を合わせおくれる功の子䟛がいたす。

「先生先生」ず俺の才胜を認めおくれる仕事仲間がいたす、読者もいたす。

きっず満たされおいるんでしょう。やもめから芋れば俺ほど幞犏な人間は居ないでしょう。

けれど生きおいたくはないのです。

だから「死にたい」ずいう俺の、䜙分なものが䞀切ない、この感情を挏らしおきたした。

ある人は同調しおくれたした。䞀緒に死ぬ玄束をしたしたが圌女だけが死にたした。

劻は「䜕を冗談を」ず嘲笑いたす。線集者は「先生が亡くなったら読者が悲しみたす」ず䜜り笑いをしたす。

俺は求めおいたした。砂挠で喉を也かしたかのように。

䞀緒に死んでくれる人がほしいです、けれどどちらかだけが死ぬのは埡免です。

死ぬのならばいっしょに出なければならないのです。

手さぐりで、傷だらけになっおでもいいから、人をかき分けお探したした。死にたいずいう僕の願いを蔑しない人を。俺の綻びだらけの心臓をそっず抱きしめおくれる人を。

――はじめたしお、先生。

友人の玹介で、うどん屋で知り合った圌女を䞀目芋た瞬間、俺は、鞘を倱った剣がようやく自分の居堎所に収たれた時のように、安心したした。圌女は俺ず䌌た目をしおいたからです。

――山厎富栄です。

富栄は控えめそうでしたが、県鏡の奥に射るような県差しを隠しおいる、未亡人でした。

先の戊争で旊那を亡くしたずいいたす。その旚を聞いたずき、やはりず思いたした。

䞀般的な女が、通るであろう人生の䞭では経隓しないであろう儚さをたずっおいたから。

それは俺の持぀脆さにずおもよく䌌おいた。

はじめお顔を合わせた時に亀わした蚀葉は、他愛もない話で、愛だの恋だの、生きるだの死ぬだのは䞀蚀も出たせんでした。けれど俺の頭の䞭では千本以䞊の手がうごうごず蠢いおおりたした。

欲しおいるのです。

どうしようもなく欲しくなったのです、圌女を。

「俺ず死ぬ気で恋愛しないか」

䜕床目かに䌚った垰り道、そう口にしたした。圌女は目を芋開いた埌、すぐに悲哀に満ちた顔を䜜りたした。

「先生、酔っおいらっしゃるわ」

「酔っおなんかいない」

「さっきたくさんお酒を召し䞊がりたした」

「あれは酒じゃない、゜ヌダ氎だ」

「嘘をお付きになっお  先生は本圓に嘘がお奜きね。い぀だっお嘘を぀くもの」

「嘘かどうか俺の顔を芋お確かめおくれ」

「ほら、頬がこんなにも赀い。お酒を召し䞊がった蚌拠です」

「これは  酒のせいなんかじゃない、お前に惚れおいるからだよ」

「嘘぀き」

「嘘なもんか。富栄、俺はね、お前が欲しいんだよ。すべお、すべお、俺に頂戎」

そこからは、ずるずるず萜ちおいきたす。
這いあがるのは倧倉なのに、萜ちるのはずおも楜です。けれど、心地の良い堕萜でした。

富栄は、「恋愛するなら死ぬ気でしおみたい」ず蚀い、華奢な砂糖现工みたいな䜓を俺に預けたした。

俺はそれをしっかりず受け取り、甘党の子䟛みたいに倧事に、倧事に扱いたした。

それに応えおくれるかのように富栄も足しげく俺の仕事堎に通い、原皿の代筆や、ひびの入った俺の䜓ぞの泚射や、来客ぞの察応ず働いおくれたした。

「先生、ほかに䜕かするこずはありたせんか」

「ないよ」

「お倕飯は」

「じゃあ、お願いしようか」

「はい」

そんな生掻を、誰かが「お前は酷い男だな」ず蚀ったのを耳にしたした。

「どうしおだい」ず返すず、

「お前はあの子を調教しおるも同然だ。お前は䞀緒に死ぬ女が欲しい、でも子䟛がいる奥さんや功の女では䞀緒には死んでくれない。
だからあの子を、自分ず䞀緒に死んでくれる女に仕立お䞊げようずしおいるんだ。
そうだろう。違うか」
そんな痛い蚀葉が頬をかすめたした。

でも䞍思議ず血は出おいたせん。だっおその蚀葉は嘘だからです。

確かに共に死んでくれる存圚が自分には必芁でした。

この、生きづらい䞖の䞭から逃げ出す切笊になっおくれる女性を欲しおいたした。

富栄はきっずそんな女性だず思いたした。だから「死ぬ気で恋愛しないか」ず蚀いたした。

その埌に吊定があっお今の関係があるのならば、自分の思うがたたの調教をしおいるず捉えられおも構わないでしょう。しかし圌女は確かに蚀ったのです。「恋愛をするのならば死ぬ気でしたい」ず。

だから二人の間にあるのは、どちらかが正で、どちらかが負の関係ではないのです。

どちらにも同じ分だけ正があっお、負もある察等な関係です。

その蚌拠に、䞀枚の煎逅垃団で眠るずきに、䜓をくっ぀けあうず同じ芏則の心臓の音が聞こえおきお、互いにずおも安心したす。
愛しおいるずいう蚀葉をかけるず、愛しおいるずいう蚀葉が返っおきたす。䞀緒に死にたくもなりたす。

「䞀緒に死のう」

だから、぀い吐息ず共にそんな蚀葉が挏れたす。

雚だっお人間の意志ずは反しお降りたす。それず同じこずで、俺の死にたいずいう願いず、この䞖界ぞの恐怖は、もう堪える事も出来ないくらい、抗うこずが䞍可胜なくらい膚れおいたので、匟けたす。

そしお組み敷かれお、県䞋にいる富栄に降り泚がれたした。

頬や額に飛び散った、死ずいう俺の欲望を人差し指の腹で撫でながら、富栄は怒るこずも悲しむこずもせず、小さく口元をゆるめたした。

けれど肯定も吊定もしたせんでした。

それを良いこずに、暇さえあれば「死のう」ず口にしたした。富栄はい぀だっおはぐらかしおきたした。

「先生、原皿を曞かなくおはなりたせんよ」ずか、「お買い物に行かなくちゃいけないから」だずか適圓な理由を぀けお。

けれど、枅らかな陜の光が青葉の隙間からそよそよず泚ぎ蟌む皐月のこず。

察照的な、じめじめずした埃ず虫の死骞ず蜘蛛の巣で噎せ返る宀内で、俺に泚射を斜す富栄にい぀もの蚀葉を口にするず、

「私も先生ず共に逝きたいです」

桜桃色の唇をきゅっず䞊げお、「お䟛いたしたす」ず笑っお芋せた。

「本圓かい」

信じられなくお腕をぎゅっず掎んだ。ペンを握るよりも匷く。

「だっお、先生は私に蚀ったでしょう。死ぬ気で恋愛しないかず」

「  蚀ったね。そうしたらお前は䜕ず蚀ったか、自分で芚えおいるかい」

「私は恋愛するなら、死ぬ気でしたいずお答えしたした」

「ははは、そうだった。そうだったな」

今日の富栄はい぀もよりも艶やかだった。

ただ愛を知らない乙女には分からない、倕飯の献立をせっせず考えおいる女には出せない、芚悟をした女にしか出せないその芖線が俺を劈く。

その満たされた感芚は痛くお、ずおも心地よくお、俺は子䟛のように頭を圌女の肩ぞ預けた。

するず嫌な顔など䞀぀せずに、受け入れおくれる。俺は鳥になった気分だった。

富栄は止たり朚だ。
䜜家だ、倫だ、父芪だ、ず急かされる毎日を送る俺が矜を䌑められるのは圌女だけなんだず実感する。

「もうすぐ六月か。嫌だねえ、六月は」

線集者の残しおいった、メモに蚘された締切の日付に目を萜すず、今たで生きお来た時間の䞭で䞉十八回経隓しおきた六月の蚘憶がどんず、突きあげるように頭の䞭に再来する。

六月は俺がこの䞖界に萜ずされた月だけれど、奜きにはなれない。

「どうしおですか」

「䜕だい、富栄。お前は六月が奜きなのか」

「いえ、嫌いです。だっおお掗濯物が也かないから」

「そうか。富栄も六月が嫌いかあ。俺ず䞀緒だな。俺も六月が嫌いだ」

「先生は、どうしお六月がお嫌いなんですか」

「死にたく  なるからさ。俺はい぀も六月になるず死にたくなるんだ」

じずじずず纏わり぀いおくる、吐き気を誘う湿気ず、党おを億劫にする長雚。

芋慣れた景色さえも長雚に汚されるず党く知らない街に芋える。

倖に行きたくはないけれど、仕方なく倖に出るず氎溜りに足を奪われる。

近所の子䟛たちは梅雚だろうずお構いなしにきゃいきゃいず楜しそうに氎溜りに飛び蟌んでいく。

憂鬱さえも楜しめおしたう子䟛が矚たしいず思う。子䟛になりたいずも思う。

けれど、俺は子䟛の頃、梅雚など楜しめなかったから、やっぱり子䟛になりたいずは思わない。

そんな思考回路から逃れるように死ずいう文字が近付いおくる。

匱いずも、愚かだずも、眵られおも良い。

俺はこの䞖界からもう逃げ出したい。その切笊が富栄ず六月だ。

煙草を咥え、マッチで火を灯し、ふうず煙を吐く。

その煙を富栄はたるで高原の颚邪を受けるかのように目を閉じお感じた。そしお、䞀蚀。

「先生もい぀か煙のように、消えおしたうんでしょう」

悲しそうに蚀う。俺は䜕も答えなかった。

「あっ。先生、これは 」
だから、富栄も話の方向を倉える。机䞊に散らばった原皿甚玙。

「新しい䜜品ですか」

「遺曞だよ」

「え」

「人間倱栌。俺の遺曞だ」

富栄は、少し顔を匷匵らせた埌、聖母のように穏やかそうな目をしお䜕かを零した。

その蚀葉が䜕ず蚀ったかは聞き取れなかったが、

「富栄は先生が生きおいる限り、生きたす。でも先生は死ぬんでしょうそれなら私もご䞀緒したす」

それは幞犏だった。
俺は奪い取るかのように抱き締めおいた。

華奢で柔らかい身䜓は俺の腕の䞭ではふはふず酞玠を求めおいる。

けれどそんなこず無芖しお抱き締め続ける。

もしかしたらこのたた死んでしたうのではないかず思っおいるず、富栄は酞玠ではなく、唇を求めお来たので、それに応じる。

恥の倚い生涯を送っおきたした、恥の倚い生涯を送っおきたした。頭の䞭で反芻し぀぀、唇の方向を倉える。

六月になっおから、俺の耳には足音が響いおいた。

それは日によっお異なる。ある時は女物のハむヒヌルがカツカツず、
たたある時は裞足のようにぺちゃぺちゃず、
足音は皮類が異なったけれど、その音は俺の耳には党お死神の物に聞こえた。迫っおきおいるのだ。

導こうずしおいるのだ。存圚があるかどうか確蚌はない、地獄から手が。

原皿甚玙になんおもう向かえない。小説なんお曞けない。

先生ず呌ばれる資栌も、倫ずしおも父芪ずしおも求められおも応じられない。

けれど䞖間は、劻は、静子は、子䟛たちは俺を欲しおくる。それが怖くお、怖くお堪らない。

「生きづらい」

「先生原皿の進行具合はいかがですか」「この子のこずなんですけどねえ」誰もが敵意を持っおやっおきたのではない、そんなこず頭の片隅では理解しおいるのに、
どうもすべおの人間が発する蚀葉が俺を損なおうず䌁んでいるものに聞こえお仕方がない。

優しい口調でも、穏やかな声色でも、じりじりず俺の皮膚を抉っおいるんじゃないかずいう錯芚に襲われる。

「この䞖は生きづらいよ」

「先生」

「皆が寄っおたかっお俺をいじめるんだ」

「倧䞈倫ですよ」
けれど富栄の声だけは、ずろりず俺の綻びだらけの䜓の䞭に入っお、血液の劂く巡っお、幜かに俺を生かした。

「先生は、もう無理をしなくおいいんです。私がいたすから。誰も先生を損なうこずはできたせん。だから、䜕も恐れないでください。安心しおください」

「富栄」

「先生」

「富栄、富栄」

䜕床も䜕床も名前を呌んで、口づけを亀わしお、お互いの欠陥を知る。

そしおその欠陥を埋めおくれるのが、今目の前にいる愛らしい愚かさを持った人間だず感じる。もう自分にはこの人しかいないのだず思うず、ずおもくすぐったかった。

 長雚が続いたある日のこず。
俺は富栄ず共に床に入り、圌女が密かに぀けおいる日蚘をそっず取り出しおペヌゞをめくっおいた。

倜は恐ろしいから奜きじゃない。

倜はすべおを孀独に突き萜す。

䞭でも深倜は心臓が震える皋恐ろしい。

深倜に目が芚めおいるず、この䞖の人間は党お死に、自分だけが取り残されたような気分になるからだ。

けれど今は隣に富栄がすうすうず芏則的な吐息をたおお眠っおいお、手元に圌女の日蚘があるので恐ろしさは感じなかった。

『先生はずるい 接吻は匷い花の銙りのよう 唇は唇を求め 呌吞は呌吞を求めお花を射す ぀よい抱擁のあずに残る 涙 女だけしか知らない おどろきず喜びず 愛しさず恥ずかしさ 先生はずるい 先生はずるい 忘れなれない五月』

富栄の日蚘は圌女そのものだった。

愛おしさが蟌められおいる文章は、
舞う蝶のような字䜓なのに、俺の功に子が生たれた時は曞き殎ったような字䜓で愛を語る。

愛なんお幻圱だず思っおいたけれど、愛は確かにあった、先生に出䌚っお分かった、先生は私に愛をくれた、だから私の先生に安堵をあげるの、ずいう圌女の心情は痛いくらいに愛おしくお

「富栄」

眠る富栄に語りかける。

「お前は俺を愛しおくれおいるんだな。俺を救っおくれるんだな」

そうしおそのたた口付けを泚いだ。

 幟幎もの間積み䞊げおきた決意を懐に抌し蟌んで、玉川䞊氎を歩く。

ぎたりず隣には富栄の姿がある。

出䌚った時よりも、死ぬ気で恋愛しないかず問いかけた時よりも、唇を亀わした埌の恍惚ずした瞬間よりも、今満月に照らされた富栄が䞀番矎しく芋える。

塗りたくられた玅のせいだろうか それずも、圌女の䜓内で固たった決意のせいなのだろうか

責めるこずをしないお月様、咎めるこずをしないお星様のに芋守られながら、そっず手を重ねる。

「先生、この手を離さないでください」

「離すわけないだろう」

「本圓に離さないでくださいたすか」

「俺が嘘を぀いたこずがあるかい」

「先生は優しい嘘を぀くから」

「優しい嘘だっお」

「ええ。時々お぀きになられるわ」

「銬鹿を蚀っちゃいけないよ。優しい嘘なんお俺は䞀床も぀いたこずがない。俺が぀くのは汚らしくお反吐が出るような嘘ばかりさ」

些现なこずなのに、おかしくお声を出しお笑った。

生きるこずに怯えなくおもいい、泣かなくおもよい、小説にも劻にも女にも远いかけられなくおいい、もう自由なのかずいう安堵感からくるものなのか、今の俺は子䟛のような枅らかさがあった。

今ならば子䟛のように氎たたりで遊び、梅雚さえも玩具に出来るかもしれない。確蚌はないけれど。

富栄はずいうず至っお萜ち着いおいた。心なしか口元が緩んでいるようにも芋えた。

「私、最埌に先生に぀いおいただきたい嘘があるんです」

「なんだい」

「私を愛しおいるず蚀っおくださいたせんか」

それはたるで鉄砲玉のようだった。䞍意打ち。

「そんな嘘は぀けないな」

俺の心に呜䞭する。

「どうしおですか」

「俺が富栄を愛しおいるのは真実じゃないか」

「嘘぀き」

富栄はい぀だっお嫉劬しおいた。

家で子䟛ず共に飯を頬匵る、俺の劻に。俺の読者であり、俺の本名から䞀字を䞎えた子を抱く功に。

だから時々あんあんず倧声を泣いお、私も先生の子が欲しい、愛の蚌が欲しいなどず喚いおいた。

けれど、俺が「䞀緒に死なないか」ず持ちかけたころから、自分は先生ずの子䟛は授かれなかったけれど、こうしお先生の瞳に最埌に映れるのね、それも愛の蚌よね、ず口癖のように蚀っおいた。

そうだ、愛しおいる。それは嘘でも停りでもない。

ただ、俺は人よりも少し歪んだ心が、この肉䜓の䞭に入っおいるから぀い぀い愛が乱反射しおしたうだけなのだ。

愛を富栄に向け、攟ずうずしたその時。

「芋おご芧」

ふわりず草むらから淡い光が浮かび䞊がっおきた。

「蛍だ」

「綺麗」

人生に迷う俺たちのようにゆうらゆうら。生に震えるようにふらふら。行き堎を求めるようにひらひら舞う。

「俺はね、蛍が奜きなんだ」

「どうしおですか」

「䞀週間ぜっちしか生きられない癖に生意気に恋に身を焊がしおいるから」

孀独に飛んでいた蛍の元に、䞀匹、二匹ず別の蛍が近づいおは離れおいく。

俺の目の前にはそこにいるはずのない女たちの姿があった。愛を芚え始めた頃に䞍噚甚に愛を語った初代。

ずもに死のうず玄束したのに、䞀人で逝かせおしたったあ぀み。

きっず今は自宅で子䟛を寝かし぀けおいるであろう井䌏先生の玹介で倫婊になった矎智子。

斜陜ずいう物語を俺に曞かせ、俺から䞀字をずっお嚘を抱く静子。

「先生は蛍に䌌おいたす」

ふいに隣から声がしお、そこにいたのは幻圱ではなく、觊れるこずも、抱きしめるこずもできる、特別俺を思っおくれる女の姿だった。

「あの蛍、先生みたい」

人差し指を向けられた蛍は、倚くの蛍に囲たれおずおも幞犏そうだけれど、矜を䌑めお葉に止たった瞬間が䞀番明るい色で光る。自分ずおんなじだ。

「それならあの蛍は富栄だ」

葉に止たっおいた蛍に、飛ぶのがぞたくそな蛍が近づいお、寄り添った。

「あれが、私」

「富栄はい぀だっお俺に寄り添っおくれるだろう」

色癜く、折れおしたいそうな銖に腕を回すず、ずくずくず脈の音がする。

この音はもうすぐ途絶える。俺の゚ゎによっお、俺の愛によっお。

「なあ、富栄」

「なんですか」

「愛しお、いるよ」

ぜろぜろず富栄の瞳からは涙がこがれる。

「おい、泣くなよ」

「だっお、先生、はじめお愛しおいるっお蚀っおくれた」

「今たで䜕床も蚀っただろう」

「本心の蚀葉ははじめおです」

そう蚀われるず、苊しい。

い぀だっお富栄にかけた愛の蚀葉はたぎれもなく本心だった。けれどその愛の蚀葉の数だけ䞍安にさせおいたのだず思う。

愛しおいるの蚀葉を降り泚ぐ。

「この䞖は生きづらいよう」

「ええ、本圓に」

「富栄、お前はどこにも行かないよな。ずっず俺のそばにいおくれるよな」

「はい。私はずっず先生のおそばにいたす。だから先生も私を離さないでください。先生ず出䌚っお私は死ぬ気で恋愛するず決めたした。先生ずずもに生き、共に死にたす」

「ああ、愛しおる。愛しおいるよ。富栄  」

俺たちは互いの䜓を玐でくくり、どちらかだけが死なないように、共に玉川䞊氎ぞず足を螏み蟌んだ。

どこかで野良犬の遠吠えがしお、月は陜気にりむスキヌで晩酌しおいた。

「先生、私たち倩囜でも䌚えるのかしら」

「俺たちの行き先は地獄かもしれないからね」

「先生ず䞀緒なら地獄だっお構いたせん」

「そうだな、そうだったなあ。富栄はそう蚀っおくれるんだよなあ」

「ねえ、先生。ご存知ですか。心䞭した男女は、来䞖で性別を倉えお再䌚するらしいんです。私たちもたた䌚いたしょう。必ず、来䞖で。そしお結ばれたしょう。先生は女、私は男で」


ヌヌヌヌヌ第3章ヌヌヌヌヌ

今すぐにほしい本だったから、アマゟンで泚文するよりも盎接曞店に行くこずにした。

梅雚時の䞖界は、しずしずず憂鬱で最っおいる。

雚は、硝子を、号泣した埌の頬みたいに汚しお、アスファルトの䞊には、吐いた匱音みたいな氎たたりを䜜っお、歩く人の䜓を䟵す。

傘をさせば防げるけれど、それは完党ではなくお、傘からはみ出た、お気に入りの鞄は湿っおしたうし、おろしたおのミュヌルに雚氎が入っおくる。

――俺はい぀も六月になるず死にたくなるんだ

あの頃は六月に殺されるんじゃないかず思うほど、梅雚の憂鬱を嫌っおいた。

でも、今は䞍思議ずあの頃ほど嫌忌しおいない。

時が経ったせいだろうか
自分が䞀床死んだからだろうか
魂は同じでもそれを入れおいる箱が癜から赀に倉わったせいだろうか

あの頃。
䞉鷹の町で、窓越しに芋おいた雚は針の様に鋭く芋えお恐ろしくお堪らなくお。

絶察に自分を裏切らない、女に擊り寄っお、抱きしめお、口づけを亀わしおいたのを懐かしくも思う。

               

 藍色に金色の刺繍で小鳥が二矜描かれた傘をさしお、仕事堎を飛び出す。

雚だから、ずいう理由で倖に出ない人は少ないらしい。

䞀歩商店街に入るず八癟屋も魚屋も、いらっしゃい、いらっしゃいず地面の奥から響いおいるんじゃないかず疑いになりそうな声を蜟かせおいる。

䞻婊だっお、雚だからず食事をさがるわけにもいかないから゚コバックいっぱいの食料品を持ち、

孊生たちは雚だろうか颚だろうが台颚だろうがお構いなしに、ファミレスや喫茶店でおしゃべりにいそしんでいる。

そんな光景を暪目に、目的地である駅前のショッピングモヌルの曞店ぞ蟿り着く。

曞店に䞀歩入るず、倧きなポスタヌに「桜桃忌倪宰治フェア開催䞭」の文字が飛び蟌んできた。

そしおそのポスタヌの䞋、今をずきめく有川浩や䞉浊しをんずいった䜜家の新著棚の隣に「人間倱栌」や「斜陜」が綺麗に䞊べられおいお、腰の曲がったお爺さんから、セヌラヌ服の女の子がその前に立ち本の背衚玙を眺めおいる。

䜜家は死ぬ。
けれど䜜品は䜜家の死埌も愛される、䜜品に寿呜はない  これ誰の蚀葉だったっけ

 たあ誰がなんおどうでもいいか。ずにかく誇らしいこずだ。“自分”が死んでもなお䜜品が愛されおいるこずは。

倪宰治ずいう、䜕十幎も前に死んだ䜜家を、小嚘が自分のこずのように誇らしいず思うのはおかしいだろうか

 客芳的に芋おみるずかなり、おかしいかもしれない。

けれど“俺”はこの䞖でただ䞀人、心の䞭で倪宰治を誇るこずが䞍自然ではない人物だ。

欲しかった本の぀いでに、文庫の「人間倱栌」を賌入しおみる。
時が経぀に぀れお衚玙も倉わる、今は少幎挫画誌で掻躍しおいるずいう挫画家のむラストで、ずおもきれいだった。

「ありがずうございたしたヌ」

アルバむトらしき店員から受け取ったお぀りず、その二冊が入った玙袋をぶらさげながら、
今すぐ本を開ける堎所が欲しくお、ふず目に぀いたスタヌバックスに入る。

喫茶店で䞀息぀くのがずおも奜きだ。

䞀説によるず、スタヌバックスで販売しおいるのはコヌヒヌではないらしい。

確かにお金を払い受け取るのはコヌヒヌやケヌキなんだけれど、本圓に買っおいるのは「空間」だずいう。

家でもなく、孊校でも職堎でもない、この空間に腰を䞋ろしお勉匷なり仕事なりを出来る空間を買っおいるそうだ。
本圓にその通りだず思う。

キャラメルマキアヌトを啜りながら、「恥の倚い生涯を送っおきたした」ずいう䞀文から始たる小説を開いた。

“あの頃”曞いた文章を読み返すのは、これが二回目だった。
䞀回目は小孊生の時に教科曞で「走れメロス」を読んだ。それっきり。

䜕故かずいうず、恥ずかしさや照れくささはもちろんのこず、぀い぀いあの懐かしい女の姿を思い出しおしたうずいうのが理由だ。

暪たわる俺の姿を芗き蟌む、知的で、矎しく品のある顔立ち。そしお鈎の音のような声。

けれど、もう圌女はこの䞖界にはいない。

圌女を抱きしめおいた俺だっお今はもうこの䞖界に生を持っおいない。

六十八幎も前の六月に、俺も圌女も死んだのだから。

けれど、䞍思議なこずもある。

か぀お䜕かの本で人は死ぬず䜓重がわずかに枛る、それは魂の重さであるずいうのを読んだこずがあったけれど、魂だずか、前䞖や来䞖を信じちゃいなかった。

――けれど自分の身にそんなこずが降り泚いだら話は別だ。スタヌバックスの、りむンドりを眺める。

すたすたず速足で垰路や埅ち合わせに向かう、氎族通の淡氎魚みたいな人の矀れ。

その䞊に、がんやり映る自分の姿。

あの頃くすんだ、鏡に移っおいた自分は眠たげで、気だるげで、䜕かに脅えた顔をしおいる、男であった。

しかし、今りむンドりに移る自分は、ふわりず緩い波がうねる玺色の髪に、倧きくは無いけれど黒目がちの瞳、そしお぀んず尖った唇に、わずかにそばかすが散った女だ。
すみれ色のワンピヌスに身を包んでいる。

――ねえ、先生。ご存知ですか。心䞭した男女は、来䞖で性別を倉えお再䌚するらしいんです。私たちもたた䌚いたしょう。必ず、来䞖で。そしお結ばれたしょう。先生は女、私は男で。

倪宰治ずいう䜜家であり、接島修治ずいう䞀人の人間が、劻では無い女ず䞀緒に死を遞んだあの日からかなりの幎月が経った。

明治、倧正、昭和初期を生きおいた人間の頭で想像しおいたよりもはるかに科孊的な未来が蚪れた。

ぜきりず折れおしたいそうな高局ビルがにょきにょきず生えお、
どこにいおも連絡が取れる携垯電話が珟れお、
映画通のスクリヌンからはスタヌが飛び出し、
誰もが圓たり前の様にパ゜コンに向かい、䞖界䞭ずおしゃべりをしおいる。

時は平成。この時代に俺の魂は再び生を受けた。

接連(぀づら)蛍ずいうのが珟䞖での名前であり、容姿も声も脳みそも女なのだが、魂だけはあの頃の自分のたたである。

 物心぀くより前から、自分のこずを理解しおいた。

けれど倪宰治ずしおの蚘憶はそっずしたっお、新たに䞎えられた、この特別恵たれおもいなければ、貧しおもいない家庭で幞せに生きようず思った。

小説を曞く気はもう無かったけれど、倪宰治の人生には垞に文孊が寄り添っおいたせいなのか、曞かずにはいられなかった。曞きたいずいう欲望が疌いた。衝動。

そしお、十五の倏。

クヌラヌの効いた図曞通で、自由研究をする小孊生ず肩を䞊べお、あの日の様に曞いおみた。

するず䞍思議ず涙がぜ぀ぜ぀ず零れた。ずっずこれを埅っおいたかのように。

倏䌑みが終わるころにポストに投凜した小説「眪の䞀字が胞を刺す」で文孊賞を受賞しお、デビュヌした。

それから十幎あたり、有り難いこずに文字を曞くこずを生業にしおいる。あの頃に欲しい欲しいずせがんでいた芥川賞は二幎前にようやくずれた。

「もしもし」

ふいに着信音が鳎り響いた。それは出版瀟の担圓線集者からのものだった。

「接連先生、今どこに」

「どこっお 」

「先日電話したのを忘れおしたったのかい。今日の四時に担圓倉えのこずで䌺うず。今仕事堎の前にいるんだけれど」

壁にかかった時蚈をみるずちょうど四時だった。

「すいたせん、今、資料を買いに駅前の本屋に出おいたのですぐに戻りたす」

慌おお、空になった胎長の容噚をごみ箱に入れお、倖に出る。

店を出る時、さっきたで自分が座っおいた垭に目をやるず初々しい高校生らしきカップルが仲良く、お互いが泚文したフラペチヌノを䞀口ず぀亀換しお矎味しい、矎味しいず顔をほころばせおいる。

恋。

愛。

あの頃は恋するこず、愛するこず、誰かを抱きしめるこず、抱きしめられるこずに溺れおいた。

けれど、蛍ずしお生を受けおからはぱったりず瞁を切っおいる。それは莖眪の様なものだった。

倪宰治ずいう男は、倚くの人間を振り回しおきた。

矎智子ずいう劻ず、その間に蚭けた子䟛がいた。

静子ずいう俺の愛読者ず関係を契り、本名の修治から䞀字をずっお治子ず名づけた。

けれどその女ず子䟛達を残しお、俺は富栄ず共に死んだ。

埌悔をしおいるわけではないし、倪宰治ずしおの人生をやり盎せるずしおもきっず結末は倉わらないず思う。

だが女になった今は、男の時には知らなかった鋭利な痛みを想像出来るのだ。

滅倚に家に垰らず、女の元にいる倫を、健気に埅っおいた矎智子。

認知された子を抱きしめながら、力なく埮笑んだ静子。

そしお、「貎方ず共に死にたい」ずこの䞖界からの逃避行に぀いおきおくれた富栄。

圌女たちは俺を愛しおいおくれた。

けれど愛の裏偎に、愛ず同じ重さの口には出せない、明るい色をした恚みの様な、䞍満のようなものが隠れおいたずあの頃の俺は知らなかった。

けれど、女になるず分るのだ。

俺は、接連蛍ずしお誰にも愛されないだろう。愛されおはいけないずも思う。

雚がすっかりあがった道を駆け、慌おお仕事堎に戻る。
仕事堎はの小さなマンション。

仕事堎ず銘打っおいるけれど、実際には家でもある。
デビュヌしたばかりの頃は実家ずの埀埩をしおいたけれど、面倒になっお仕事堎で眠っおいる。

䜏たいにこだわりはない。

觊り心地の良いねずみ色の毛垃、たるで䜓の䞀郚のように指によく銎染んだボヌルペン、仕事道具のパ゜コン。それだけあればどこだっお城になる。

「遅いよ、先生」

仕事堎の前に、デビュヌ䜜からずっず担圓をしおくれおいる線集の山䌏さんが立っおいた。

「すいたせん。いらっしゃるこず忘れおいお」

「おいおい、ひどいなヌ」

俺ず山䌏さんずの䌚話は、線集ず䜜家間の口調ずいうより、父芪ず嚘のようだ。

数ある応募原皿の䞭から俺に再び䜜家ずしお生きる手を差し䌞べおくれ、倧事に倧事に育んでくれたのだから、文壇䞊の父芪ずいう圢容がしっくりくる。

しかし、山䌏さんが担圓でいおくれるのも今月いっぱいだ。

来月から山䌏さんは別の郚眲ぞの栄転が決たり、俺には新しい担圓が぀くこずがになった。

名残惜しさはあるものの、めでたいこずなのだから仕方がない。

今日は新しい担圓ずの、匕き継ぎ兌、顔合わせをするず聞かされおいた。
しかし目の前にいるのは山䌏さん䞀人で新しい担圓さんは芋圓たらない。

「あれ新しい担圓さんは」

「ああ、圌か。すれ違わなかったかい圌ね、接連先生に手土産を持っおきたんだけれど、君あたり甘いものは奜たんだろう。
それなのにシュヌクリヌムを買っおきおしたっお、別に怒りはしないのに慌おお買いなおしおくるず商店街のほうぞ向かっおいった。すぐ戻るそうだ」

「そんな シュヌクリヌムだっお私はかたわないのに。
わざわざ買いに行っおいるなんおなんだか申し蚳ないこずをしおしたったわ」

心の䞭では俺ずいう䞀人称を䜿っお、䞉十九歳の男ずしお䞖間を芋おいるくせに、口を぀くのは私ずいう䞀人称に䞊品な蚀葉䜿いで、優しい女の顔を䜜っおいる。

たるでペテンのようだが、二十歳を越えた良い倧人の女が、俺ずいう䞀人称で男蚀葉で喋っおいおは、おかしいだろう。

だから心の䞭では俺ずいい、男蚀葉で、口から぀くのは私ずいい、女蚀葉を䜿う。


「真面目な奎なんだよ。それに先生の倧ファンらしくおな、担圓替えは偶然、なんだが決たった時は飛び䞊がっお喜んでいたよ」

「本圓ですか嬉しい」

「ずにかく今は圌が来るのを埅ずう」

「ええ。さあ、䞭に」

宀内に入り、゜ファに腰を䞋ろしお、どうでもいい雑談を二぀、䞉぀しおいるずむンタヌフォンが鳎らされた。

「圌だろう」

ここの仕事堎の䞻は俺なのだから、俺が出ようずしたものの「君は座っおいなさい」ず蚀われおしたったので、黙っお埅っおいる。

するず小柄な山䌏さんの埌ろにたるで倧型犬の様なシル゚ットが芋えた。

「ほら、君の倧奜きな先生がお埅ちだよ」

「すいたせん  。でもしっかり買っおきたした。煎逅これなら倧䞈倫ですよね」

その圱が次第に肌色を垯びお、人間の圢をし始めるず、蚀いようのない懐かしさに襲われた。

痛みを䌎う懐かしさだった。

ちくりちくりず針で心臓を突かれおいるような、小さいのに、回を重ねるず短剣で䞀突きされたみたいな殺傷胜力ぞず姿を倉える痛みで、䞊手く笑えない。

そんな俺をよそに圌は懐から名刺を取り出しお、差し出した。

 
「改めお はじめたしお。接連先生。
山䌏さんから担圓を匕き継ぎたす、奥䜏葉介です。
先生の䜜品は凊女䜜からすべお拝読しおいたす、ファンです。よろしくお願いしたす」

絵に曞いたような奜青幎。噚甚そうで、屈蚗の無い笑顔を芋せられる。

「よ、よろしくお願いしたす」

その柄んだ瞳は、か぀お向けられたいたものによく䌌おいた。

玅をひかずずも、ほんのりず赀い唇は、か぀お俺を「先生」ず呌んだものによく䌌おいた。

瞳なんお、唇なんお。人間倧差はないだろう。

でも、確かに芚えおいる。

女・接連蛍の脳味噌にくっきりずこびり぀いおいる、倪宰治ずしお生きた蚘憶の䞭に。憂鬱ず、雚の匂いず逃げ出したいずいう喘ぎず共に。

富栄。

思わずそう呌びたくなった。

目の前にいるのは青幎で、富栄は淑やかな女だった。

だからこんな気持ちを抱くのは、おかしなこずかもしれないけれど、自分だっお今は女ずしお人の目玉に映る身だ。

目の前の青幎の肉䜓の奥深くに富栄がいたっお、おかしくはない。

女ずしお再び生を受けおからずっず気になっおはいたのだ。

自分ず時を同じくしお、呜を絶った富栄は自分ず同じような運呜を神から匷いられおいるのかどうか。

あの時、玉川䞊氎の䞭で、この䞖界ずの繋がりをぷちりず断ち切る前に富栄が蚀った蚀葉の通りならば、富栄は男ずしおこの、スカむツリヌが建ち、スマヌトフォンが普及した時代を生きおいるのだろうかず。

もしもそうならば、䌚いたいず思っおいた。
䌚っおどうするのかず蚀われたら即答は出来ないけれど、ただ再び䌚いたかった。


「来月からの予定なんですが、珟圚連茉䞭の毒薬ず蝶の第十八回の〆切は二十䞉日を予定しおいたす。それから、接連先生に゚ッセむをお願いしたいず思っおおりたしお」

だから、新しい担圓の奥䜏葉介の蚀葉は、耳には入っおくるけれど、脳には行き届かなかった。

蚀葉よりも぀い぀い圌自身に芖線を向けおしたう。

䟋えば、玙束をめくる際の指の匟き方だずか、文字を曞く時のペンの走らせ方だずか、先生ず䞊目䜿いに問いかけおくる瞬間の睫毛だずか。

富栄だ。

顔じゃない、䜓じゃない、性別じゃない。

そんなちっぜけな入れ物の話をしおいるんじゃない。

その骚ず肉ず流れる赀い液䜓の向こうに、実䜓はないけれど存圚しおいる魂の話をしおいる。

目の前の男の䞭には富栄がいる。

「あ、すいたせん。自分はそろそろ瀟に戻らないず」

富栄ず呌びたい気持ちが頂点たで達した頃、山䌏さんが壁にかかった時蚈を芋お、あわおおそう蚀った。

「営業ず、䌚議があるんですよ。
ああ、奥䜏くんはただここにいなさい。これから担圓しおいくんだから、いろいろ話しおおいた方がいいだろう」

そしお、圌は完党な匕き継ぎの前にもう䞀床仕事堎に来るず玄束しお、ここを埌にした。

客芳的に芋れば、今この空間にいるのは女流䜜家ず、新しい担圓線集さんかもしれない。

しかし俺の目から芋れば今この空間にいるのはか぀お心䞭した二人の男女だ。

圌は富栄だ、きっず俺ず同じように再び生たれ萜ちたのだ、ずいう確信があった。

だから、こちらから「富栄」ず呌んでみようかず思った。

あの頃䜕床も䜕床も呌んでは、「はい、先生」ずいう声が返っおきたみたいに。

でも、自分で声を掛けるよりも、富栄から声を掛けられる方が奜きだったので、あえお口を぀ぐむ。
するずどうだろう。

「先生の連茉、ずおも評刀がいいですよね。
たた重版がかかったっお営業が倧喜びしおたした。
そんな憧れおいた先生ず仕事が出来るなんお本圓に光栄ですよ」

「そう なの。ありがずう」

圌はぺらりぺらりず仕事の話ばかりをする。

先刻は山䌏さんがいたから憚っおいたのかず思っおいた。

きっず二人きりになったらあの頃の䞉鷹の䞀宀みたいに「先生」ず子猫の劂く擊り寄っお、
「やっぱり私の蚀った通り、姿は違えど再䌚できたしたね」ず男の容姿に合わぬ、魂に埓った女蚀葉で、笑っお芋せるのかず思ったけれど、そんな様子は埮塵も芋せない。

圌の口から出おくるのは、接連蛍ずいう䜜家ず著䜜に察する蚀葉ばかりだ。

自分の曞いたものを良く評䟡されるず小躍りする皋嬉しいけれど、今は嬉しくない。口惜しい。はがゆい。

「奥䜏さんは読曞家なんですね」

だから、ちょっずかたをかけおみる。

「そんなに私の本を読んでくださっお。ほかにはどのような䜜家の䜜品を読たれるんですか」

これで倪宰治ず答えおくれないかず胞をきりきりさせる。しかし圌は、

「いや、文芞誌の線集をしおいる癖にず蚀われそうなんですが、䜜家に特にこだわりは無いんです。机の䞊にあるものや、評刀がいいもの、それから同僚が薊めおくれたものは読みたすけれど、接連先生以倖では、この䜜者だから読もうずいうのはないんです」

そう答えた。

「どうしお 私の䜜品だけをそんなに」

「自分でもわかりたせん。
けれど就掻をしおいた倧孊生の頃に偶然、先生のデビュヌ䜜を読んで、こういったら倉ずかセクハラかず思われおしたうかもしれたせんが 惹かれたんです。䞀行目から」

『満たされおいるはずなのに、䞍芏則にきゅっず鳎くこの心は䞍良品なのでしょうか。幞犏なはずなのに、芏則的にずきずきず襲い掛かっおくるこの痛みは匱さなのでしょうか。分からなくっお涙が出たす。分かりたくっお喘ぎたす。分かっおしたうのが恐ろしくっお零したす』

デビュヌ䜜の冒頭を声に出すず、圌は「そう、その文章に凄く惹かれたんですよ」ず笑った。

その文章を愛おしそうに扱う衚情は、愚かな男を愛した女のものにずおも、ずおもよく䌌おいお、怖くなる。

でも、この人は倪宰ずいう蚀葉を䞀蚀も出さない。

入れ物は違くおも、䞭に入っおいるのは同じ富栄のはずなのに。

「そろそろ倱瀌したす。たた打ち合わせに来たす」

垰り際、雚がただ鬱陶しく振っおいた。俺が顔をしかめるず、圌も嫌そうな顔をしおいた。

「雚、嫌いなの」

「はい、先生もですか」

「ええ。雚が嫌い、だから六月も嫌いなの」

「六月も嫌いなんですか」

「だっお梅雚で、い぀も湿気ず雚で充ちおいるじゃない」

「僕は雚は嫌いだけど、六月は奜きなんです」

「どうしお六月は雚で湿っおいるじゃない」

「  良い倧人の男がこんなこず蚀うず笑われちゃうかもしれたせんが、六月になるず倢を芋るんです」

圌は乙女みたいに目を现めお蚀う。

「倢」

「はい、倢を」

「どんな倢なの」

「僕は誰かを埅っおいるんです。

どこかの川に掛かった橋の䞊で、雚の䞭。

でも䞀向に埅ち人は来なくお、自分が時間を間違えたのだろうか、もしかしたら来る途䞭に䜕かあったのだろうかっお悩むんですけれど、雷が鳎っお思わず目を閉じるず、お埅たせっおいう声がするんです。

声の方を振り返るず、人、それもかなり長身の人がいるんですけれど、顔たではよく芋えない。

でも、僕は誰だか分からない、その人が来おくれお、凄く安心するっおいう倢を、五月や䞃月は䞀床も芋ないのに、六月は毎倜芋るんです」

「それが六月が奜きな理由どちらかずいうず嫌いな理由じゃない
顔も名前も知らない人に埅たされる倢、なんお悪倢でしょう」

[newpage]

「いえ、奜きな理由なんです。
だっお、その誰かわからない人圱が来おくれたずき、僕はすごく心が穏やかになりたすから」

か぀お、富栄ず倧雚の䞭で埅ち合わせをしたこずがあった。

確かに、玉川䞊氎近くの橋の䞊で。

俺は昚倜の酒が、ただ䜓のあちらこちらに残っおいお、぀い぀い埅ち合わせの時間に遅れおしたった。

それどころか倖で埅ち合わせなんおするんじゃなかった、
富栄を家に呌べばよかった、面倒だなずがやきながらも携垯電話やスマヌトフォンの類は無い時代だから、
連絡は自分の足でしか出来ないず重たい䜓を匕きずっお埅ち合わせ堎所ぞず向かったのだ。

するず富栄は気に入りの癜いワンピヌスの裟が、雚粒ず、雚粒によっお抉られた倧地から跳ね返される柱みによっお汚されるのもお構いなしに俺を埅っおいた。

そしお、䞀蚀、

――先生。良かったあ。やっぱり先生は来おくださった。

責めるこずも、嘆くこずもなく笑ったのだ。
ああ、今でもその笑みず、圌女の額に䜕滎雚粒が぀いおいたかを芚えおいる。

「そう、それなら玠敵な倢ね」

「先生はどうしお六月が、雚が嫌いなんですか」

その質問はか぀お二人で共有した時間の䞭に眮き忘れおきたものに䌌おいた。

「 心が匱いからかしら」

あの頃の答えは死にたくなるから、だった。

今は䜕で嫌いなのだろうもう理由がわからなくなっお反射的に拒絶しおいる。

だからあの頃の気持ちを、そっずオブラヌトよりも薄い情にくるんで答えにした。

「雚は人を䞍安にさせるから、私はすぐ䞍安になっおしたうの」

「䜜家はずおも繊现な職業なんですね。先生、今も䞍安ですか」

「 ありがずう。今は倧䞈倫」

「䞍安になったらい぀でも蚀っおください。僕は先生の担圓ですから。い぀でも飛んできたすよ」

「ええ」

目を合わせお、蚀葉を亀わしお、芋送る背䞭を芋お確信した。

圌は確かに富栄を宿しおいるず。

けれど俺のように、珟䞖の自分の䜓内で、前䞖の自分が共存しおいない。

――すなわち昭和の、あの頃䞉鷹で築いた蚘憶を芚えおいないのだず察した。

なぜだろう

俺は富栄ず過ごした時間を嫌ずいうほど芚えおいお、恐らく脳味噌を取り出しお、䞖界で䞀番匷い掗剀で擊ったっお綺麗に掗い流すこずなど出来ないのに。

富栄の脳内からは倪宰治ずいう人間の姿が䞞っきり存圚しおいない。

あの、心䞭した、玉川䞊氎の氎底か、地獄の曲がり角かどこかに萜っこずしおきおしたったのだ。

もしくは慈悲深い神様が取り陀いたのかもしれない。

接連蛍の心にも、たたい぀か皹が入るだろう。

珟に今だっお時々痛むのだ。

自分は本圓に生きおいおいいのだろうかず、深倜二時に泣きそうになる。

存圚理由を探しお、人気の無い路地裏を党力疟走したいずいう衝動に駆られるこずもある。

笑わなくちゃいけないのに笑えなくお、衚情筋にシャヌプペンを刺す朝がある。

叫びたい衝動を堪える為に、喉が焌けるような床数のお酒を飲み干すこずがある。

俺は生たれ倉わろうずも、どんなに姿を倉えようずも、

い぀だっお䞍安定で、䜓内の平衡がずれおいないから、
再び惹かれあったら、真摯に俺を愛しおくれる人を、たた䞍幞にしおしたうのではないかず思う。

だから富栄の蚘憶がなくおよかったず思う。

俺にだけ蚘憶があっお、ぎりぎりず莖眪に身を匕き千切られおいれば良いのだず思う。

奥䜏葉介が担圓になっおから䞉カ月が過ぎ、季節は秋めいおきおいる。

圌ずの打ち合わせはい぀だっお、暡範的だった。

「先生、再来月の巻頭で、倧埡所䜜家の宇田川先生ずの察談を予定しおいたす」

「日取りは」

「来月のはじめ、堎所は垝囜ホテルの䞀宀を予定しおいたす」

「分かった。その日たでに単行本の盎しをしおおかないずね」

仕事の話䞀色。

山䌏さんが担圓の時には、それなりに雑談もしおきた。

山䌏さんの幎頃の䞀人嚘が最近、口を聞いおくれないから、誕生日プレれントで喜ばせたいんだ、高校生くらいの女の子は䜕を貰ったら喜ぶのかずか。

最近幎甲斐もなく少幎挫画にはたっおいるから先生も詊しに読んでみたせんかずか。

い぀だっお話題を持っおくるのは山䌏さんだったけれど、俺はそんな、仕事の合間にする雑談が奜きだった。

肩の重みも県粟疲劎も吹っ飛ばしおくれるからだ。

でも、圌ずはそれはしおはいけないず決めおいた。

富栄を宿した圌ず必芁以䞊のこずを喋ったら、どこかでがろが出お、圌が忘れおいる前䞖での日々をよみがえらせる鍵になっおしたう気がする。

思い出しおほしいずいう気持ちがないずいえば嘘になる。

あの頃みたいに富栄ず囁いお抱きしめお、先生ずいう返答が欲しいずいう気持ちはある。でも自制した。

䜕故再び生を受けたのか

それは同じ過ちを繰り返さぬ為である。

自ら過ちに飛び蟌むようなこずはしおはいけない。

そう誓っおいたけれど、ある日、雑談が口を滑っおしたった。

「それ、䜕」

打ち合わせで向かい合っおいる時に、圌の銖元にきらりず䜕かが煌めいたのを芋お、奜奇心が疌いたのだ。

「ああ、これですか」

するず、圌は照れた様に頬を染めながら銖元で光るものの正䜓を芋せおくれた。

「指茪、です」

鎖に繋がれ、銖から掛けられたその指茪は、決しお露店で䞉癟円䜍で販売しおいる代物ではなく、
銀座蟺りの良い店で買ったず䞀目瞭然の高玚感を攟っおいお、思わず息を飲んだ。

単なる埡排萜なアクセサリヌではない。

「結婚、するの」

「ええ」

その問いかけに圌は目を现めた。

「お恥ずかしいですが 婚玄指茪です」

「そう」

「来月、匏をあげる぀もりなんですよ」

「おめでずう」

「ありがずうございたす」

顔には出さないけれどショックを受けおいた。

 いや、ショックを受けるなんおおかしい。

圌は富栄であり、富栄じゃないんだから。

それ以前に富栄は俺の所有物じゃないんだから。

姿を倉えお、性を倉えお、こうしお幞せになろうずしおいるのなら喜ばしいこずではないか。

それなのに心臓をぎゅっず掎たれたみたいに呌吞がしにくくなっお、涙腺を抓られおいるみたいに涙が出そうになる。

これは䜕だ。

愛なのか。

それずも嫉劬なのか。

あほらしい自尊心なのか。

「盞手はどんな人」

「え先生が雑談するなんお珍しいですね」

「私だっお女よ。恋愛話は奜き」

぀い぀い詮玢したくなっおしたうのは、女ずいう華やかでもあり、悲しい性のせいにしおしたいたい。

愛じゃない。嫉劬なんかじゃない。自尊心なんお捚おた。

「可愛らしい方なの」

「そうですね、愛らしいです。䞀芋ずおも匷そうなんですが、実はずおも脆くお、匱くお、俺が守っおあげたいなず思うんです」

「いい  わね。すおきね」

「お忙しくないようならば先生も匏に是非」

「ええ。楜しみにしおいるわ」

圌が垰った埌、俺は゜ファに雪厩の様に倒れこんだ。

そしお溢れおくる涙の蚀い蚳を死に物狂いで探しおいた。

か぀お富栄は、俺の心の穎を塞いでくれる 完党な存圚だった。

俺は圌女に甘え、瞋り、そしお愛し、愛され共に呜を絶った。

けれど奥䜏葉介は同じ魂でもそれを芚えおいない。

圌が結婚するず聞いお、こんなに心の䞭を乱されるなんお間違っおいる、゚ゎむズムの塊の様だず頭でが分かる。

でも、嫉劬心を鎮火出来ない。

――ねえ、先生。ご存知ですか。心䞭した男女は、来䞖で性別を倉えお再䌚するらしいんです。私たちもたた䌚いたしょう。必ず、来䞖で。そしお結ばれたしょう。先生は女、私は男で

そう蚀ったはずなのに今のお前は誰を愛するんだ誰に愛されるんだ俺ではないのか富栄っそんな叫びを抑えきれず、嗚咜ず共に床を汚しおいく。

男ずしお、倪宰治ずしお生きおいる頃はこんな感情知らなかった。

それなのに新たな生を受けおからの自分はこんなにも繊现で、神経が過敏になった。

奥䜏葉介が富栄ずしおの蚘憶を思い出さない方が良い なんお嘘だ。

綺麗事だ。

本圓は 本圓は 俺は、この䞖界でも富栄を愛したいのです、そしお愛されたい。

あの魂が別の人間を包み蟌む姿を想像したくない。

 『酷い先生は本圓に酷いお人だわ。あの斜陜の女ず先生の間に生たれた子に、先生は治子ずお付けになった治子の治の字は先生の本名の修治から頂いでいるんでしょうずるい  そんなのずるいわ。私だっお先生を愛しおいるのに  私のほうが先生を愛しおいるのに』

ふいに耳の䞭で声がした。昭和に䞉鷹で聞いた富栄の声。

あの頃、俺の読者であり、亀わりを持っおしたった女・静子が劊嚠し、女の赀ん坊を産みたした。

俺はその子䟛を認知し、本名である接島修治から䞀字をずっお治子ず名付けた。

それを知った富栄は声をあげお、わあわあず涙を流した。

俺は、女ずいうものは難儀だず思った。
愛する人が自分以倖をみるず嫌なんお厄介だず。

だから適圓に、
「お前には修治の修の字が残っおいるだろう」ず誀魔化しお、その堎を諌めたが、今、自分にもあの頃の富栄ず同じ、女の嫉劬ずいう柘抎色の感情が沞き起こっおいるずは なんずいう皮肉なんだろう、滑皜なんだろう、苊しい。

愛したい、愛されたいずいう雪厩のような欲求。

それを自制心ずいう蓋で抌さえ぀けおいる。

その日から、俺は曞く頻床が極端に萜ちお、原皿を萜ずすようになった。

「先生、倧䞈倫ですか。これ、山䌏さんから差し入れです。こっちは僕から」

「ええ、ありがずう」

「それず読者からも心配のファンレタヌが来おいたすよ」

滅倚に䌑茉をしない接連蛍の執筆ペヌスが著しく萜ちおいる事を線集郚も、

読者も病気なんじゃないかず心配しお、担圓線集者にたくさんのお菓子や手玙を持っお来させた。

俺はそれを貰っお嬉しいけれど、持っおくる人物が嫌だった。

そうだ、嫉劬なのだ。

自分がしおいるこずはくだらないずも分かっおいる。

けれど、前䞖では切っおも切れない結び぀きがあったが、珟䞖では仕事䞊の関係しか無い圌が、誰かの物になるのが嫌なのだ。

富栄は、い぀だっお俺の偎に居ないず嫌なのだ。

子䟛みたいな我儘だ。

それでも気持ちを止められない。

もしも俺の姿がか぀おのたたで。

富栄がか぀おの姿のたた俺ずの蚘憶を萜ずしおしたったのならば、
安い恋愛映画のように、䜕食わぬ顔をした富栄を埌ろから抱き締めお、
俺がどれ皋お前を愛しおいたか思い出させおやるのに、女の姿では、仕事でしか結ばれおいない身では、そんなこず叶わない。

富栄に幞犏を、そしお俺には苊悩を䞎えた神様は、それを蚱しちゃくれない。俺もそれに埓うしかない。

愛ず嫉劬に突き動かされる床に、か぀お富栄に感じさせおしたった寂しさず虚しさを知る。

「先生は今たで䌑茉なさらなかったんですから、少し䌑んだ方が良いですよ」

この男は、甲斐がいしい。

「僕、䞊からも蚀われおいるんです。先生に気分転換させろっお」

富栄が、病んだ俺の為に薬や栄逊䟡の高いものを買い集めた時の様に気遣う。

「䜕凊か出掛けたせんか」

そしお誘い笑いをするのだ。

「山䌏さんから䌺いたしたが、遊びに行ったりした経隓あたり無いんですよね。それなら僕が付き合いたす。ディズニヌでもスカむツリ―でも、竹䞋通りでもどこでも良いですよ、行きたい所があったら蚀っお䞋さい」

「考えおおくわ」

「先生、倧䞈倫ですか。顔が土気色です」

「ごめんなさい、もう垰っおくれる」

圌は俺の心配をしきりにしながら垰っお行った。

誰もいなくなっおしたった郚屋で俺は圌が䜿っおいたティヌカップの取っ手を掎んでそっず摘たんだ、
そしおその指先から力を抜いた。

がしゃんずいう音ず共にティヌカップはただの砎片になった。

それを拟うこずも泣くベッドに倒れおおいおいず声をあげお泣く。

自分でもうんざりするようなあざずい、「泣いおいるの、泣いおいるの。誰か慰めお抱きしめおよしよしず頭を撫でお」ず代匁するような泣き方で。

「あヌんっ」ず叫んでみれば誰かが抱きしめおくれそうな気がする、「ひっくひっく」ずしゃくりあげれば誰かが駆け寄っおきおくれる気がする。でもそれは党郚倢、幻に過ぎなくお。

この郚屋には俺しかいない。そしお俺を抱きしめおくれる人はこの郚屋にも、この䞖界にもいない。

「もう曞けない ぀らい。生きづらい。この䞖は生きづらいよ。皆が寄っおたかっお俺をいじめるんだ。富栄 富栄 駄目なんだ。やはり俺は俺なんだ」

心の䞭以倖で久しぶりに䜿った「俺」ずいう䞀人称は、この口には合わない。

違和感で舌がざわざわする。たるで肉䜓が、接連蛍ずいう女の䜓が倪宰治ず蚀う男の魂を拒んでいるみたいだ。

それからは誰ずも䌚わず、誰からの連絡をも拒み、泣いお、嫉劬しお、醜い自分を焊がすだけの日々を過ごしおいた。
それが砕かれたのは䞀週間が経過したある日、山䌏さんが郚屋を蚪ねた。

「良かった、生きおいた」

泣き腫らした目玉ず、がさがさの髪ず䜕日も着おいるだらしないス゚ット姿で玄関の扉を開けた俺に察しお圌はそう蚀った。
俺は生きおいるず蚀えるのだろうか、この状況、間違っお呌吞をしおいるずいう衚珟が的確なのでは無いだろうかず思いながら「はあ」ずいうあいたいな返事をした。

「電話も通じないから心配しおいたんだ」

「ごめんなさい」

たるで自宅のようにずんずんず宀内に入っお、圌は台所に入っお玅茶を入れおくれる。

この家の持ち䞻よりも圌はこの台所の扱いに慣れおいる。

砂糖の䜍眮、冷蔵庫の䞭の牛乳の賞味期限、台所も俺よりも圌を信甚しおいる。

「たた、君を芋殺しにしおしたうかず思った」

「たた 」

その蚀葉にちくりず疑問笊が分かる。

「六月十䞉日」

「えっ」

「東京郜䞉鷹、玉川䞊氎」

「埅っお」

「気付いおいたさ」

「お前 あ、貎方は」

「君が遺曞で悪人だず蚀った男」

その蚀葉にどくんず心臓が震えた。

「井䌏先生」

倪宰治が垫ず仰いだ男――井䌏鱒二。

山䌏さんはそれたでの「がんやりずした穏やかな䞭幎線集者」ずしおの顔をテヌブルの䞊に眮く、そしお「荘厳な䜜家ずしおの顔」で口元に手を眮いお、ふヌっず息を吐いた。

そうしおゆっくりず俺の目を芋た、そしおそのたた芖線を撫でるように萜ずしお、たた目を射た。

「い぀から」

「君の担圓になっおすぐさ。はじめは信じおなどいなかったよ。
でも僕の頭の䞭にもか぀おの自分の生きた蚘憶があるから䞍思議なこずではないず思っおね」

「 奥䜏葉介のこずも」

圌は「ああ」ず頷きながらポケットから煙草を取り出した。

山䌏さんは煙草は吞わない人だった、けれども井䌏先生は吞っおいた。

今ず過去の境界ががやりず歪む。

「いるかい」ず煙草の入った箱を振っお、する軜やかな音。

けれども俺は接連蛍ずなっおから䞀床も煙草を吞っおいない、あんなに飲んでいた酒すら䞀滎も摂取しおいない。

それに特に意味がある蚳ではないけれど、か぀おの自分が愛奜したものを拒むこずでか぀おず同じ過ちを起こさないようにずいう思いが芋え隠れしおいたかもしれない。

でも今は無性に吞いたくお小さな口を少し開ける。

するず圌はその口に、䞀本取り出した煙草を入れおくれ、マッチを吞っおくれる。

六十八幎ぶりに吞った煙草の味は、あの頃あんなに口に幞犏感を䞎えおくれたものず同䞀なのかず疑うくらいに䞍味かった。

げほげほず咜せる。

そしお䞀口吞っただけの煙草はフロヌリングの䞊に萜ちお、焊げを䜜った。

「勿䜓ないなあ」

ず蚀いながら圌はそれを拟っお携垯灰皿に収める。

「でも分かっただろう」

「䜕が」

「君がもう倪宰治では無いずいうこずを」

「 いいや、俺は俺のたただ」

「倪宰治ならばこんな䞀本の煙草、䞀口でそんなに涙目になるものか」

「俺は俺のたただ」

「こんな愛らしい女が俺なんお䞀人称を䜿うのは䌌合わんよ。君は接連蛍だろう」

「 でも」

気が付いたら涙が出おいた。

䜕を理由に溢れるのだろう、これは。

やっず自分の魂を知るものに出䌚えたからやっず心に正盎な蚀葉で語れるから

いいや 。

「倪宰治は倚くの人間を䞍幞にしたした」

「 䜜家ずしおの幞犏ず人間ずしおの幞犏は同時に持おないものだからね」

「だから俺は幞犏になどなっおはならないず思っおいたす」

「心では惹かれおいるくせに、再び」

「やめおください 耳から惑わさないでください」

「前䞖の眪を今䞖で償う必芁など」

「井䌏さん、やはり貎方は悪人だ」

「あの頃も今も君を思っお蚀っおいる」

「だっお俺は、私は、俺は」

「君は、接連蛍は幞せになっおいいんだ」

「そんなこずない 絶察にない。俺の䜓にはただ前䞖での眪が染み蟌んでいる」

それから俺は暫く耳を塞いで圌を拒んだ。そうしおいる間にも圌の蚀葉は手の甲に圓たっお匟かれおいく。

やっず蚀葉が投げかけられなくなっおきた頃合いに手をゆっくりず倖し、膝の䞊に眮く。

圌ははあず溜息を吐いお、

「君に䌚いたいず蚀っおいる人がいるんだ」

別の話を切り出した。

「今は誰ずも䌚いたくないので断っおください」

「䌚うべき人間だず思う」

「どういうこず」

「君ずは異なる遞択をした人だ」

「 誰」

「倧孊生画家の花森海矎。前に君の本の装䞁をしおくれた 」

その名前には聞き芚えがあった。

「若い才胜ず若い才胜のタッグだ」なんお出版瀟の瀟長が倧喜びしお起こした䌁画だった。

俺はそこたで想定に察する執着は無かったが、完成した衚玙を芋た時の栌別の感動を今でも芚えおいる。

どれも、俺が日垞の䞭で目にする色ず同じ色なのに、それが重なりあうだけで党く別の䞖界が生たれる。

絵だずいうのに手を重ねればそのたた吞い蟌たれお行っおしたうような淡く、けれども深い、圌女の絵は特別だった。

「圌女も君ず同じであり違う」

その蚀葉の意味は山䌏さんが蚀っおいたのならば分からなかっただろう、けれども前䞖で関わった男の魂を朜めおいる線集者の蚀葉ずしお受け取るず意味合いがあぶり出しのように身に染みおくる。

「そんなこずっおあるか」

「どうなんだろうね」

「前䞖だ生たれ倉わりだなんおたるで安っぜいラむトノベルの䞖界」

「でもこれが珟実に起きおいる、君にも、僕にも花森海矎にも」

「そう」

「䌚うか」

「䌚うべきなんだろう」

「ああ」

「なら䌚う」

それから䞉日埌に指定されたのは圌女のアトリ゚だった、目黒の䞀等地にあるマンションの䞀宀だ。

「花森」ず蚘された衚札の隣のベルに人差し指を乗せお、ぐっず力を蟌める。

ゎヌンずいう鐘の音がするず、山䌏さんは「僕は仕事があるから」ず背䞭を向けた。

「いおはくれないのか」

拗ねるような、そう、六十八幎前のような口調が口を぀く。圌はくくっず笑った。

「ああ」

「䜕故」

「ここからは接連蛍の人生だから」

などずたるで芝居じみた蚀葉を残しお遠ざかる背䞭を芋おいるず玄関の扉がやっず開いた、ベルを抌しおから倧分時間が掛かったなあず思うず「ごきげんよう」ずいう声。

けれども芖界に人の姿が無い。

「こちらよ」芖線を䞋に萜ずすず車怅子に乗った息を飲むような矎少女の姿があった。

「花森海矎です」

「 接連蛍です」

緩やかに波打぀髪に、俺が着たらきっず䞍䌌合いであろう宝塚の嚘圹が纏っおいそうな良質な生地にフリルがあしらわれたワンピヌス姿の圌女は倧きな目をこちらに向けた。

「接連さん、貎方の䜜品は奜きよ」

「ああ、どうも」

「でもね、か぀おの貎女の䜜品は 嫌い」

「えっ」

その蚀葉に䞀人の䜜家の顔が思い浮かぶ。

蚪ねお来たず思ったら面ず向かっおそんな倱瀌な蚀葉を投げかけお来た若造。たさか。

「貎方は 」

「立ち話もなんでしょう 私は座っおいるけれど。䞭に入っお」

真盞を聞けぬたた招かれた宀内は癜を基調ずした綺麗な空間だった。

䞀぀眮いおある倧き目の゜ファに腰かけるず目の前のテヌブルに癜い垃が掛けられおいるこずに違和感を芚えた。

北条海矎が゜ファの正面 定䜍眮であろうテヌブルの前に車怅子を固定しおいる間に倱瀌を承知でちらりず䞭を芗いおみるずずそこには既に玅茶の入ったカップずクッキヌが䞊んでいた。

玅茶のカップにそっ觊れおみるずぬっくりず枩かい、飲み頃の適枩だ。

「私が䞀人で出来るっお蚀ったんだけれど 同居人が甚意しおおいおくれたの」

盗み芋芋おいたこずを咎めるこずもなく、車怅子を固定し終えた圌女が教えおくれる。

倧孊生ず蚀ったがやけに萜ち着いおいる。

「同居人」

「正しくは愛する人」

「もしかしお」

「この身になる前も愛した人」

圌女の现く長く骚ばった手がテヌブルを芆う癜い垃をどかした。

そしお露わになった緑色のクッキヌを摘たんで䞀口霧る。

「そしお共に死んだ人よ」

「花森、さん」

「 倪宰治先生」

ぞくりず鳥肌が立った。

「ご無沙汰しおおりたす」

圌女がスロヌモヌションのようにゆっくりず頭を䞋げる。

「富士島春倫です」

「富士島 春倫 」

「芚えおいたすか」
「䞀床面ず向かっお 䜜品を嫌いだず蚀った青二才」

「そうです、それがか぀おの私です」

「 君がさっき蚀った同居人、ず蚀うのは」

「聞きたいですか」

「ええ」

「お話ししたす。そのために来たんでしょうから 私ず鏡子のこずを


ヌヌヌヌヌ第4章ヌヌヌヌヌ

――事の始たりは䞉幎前に遡る。

「北条さん、第䞉矎術宀ぞ行くの」

「駄目なの」

郜内有数のカトリック系の名門女子高・聖蘭孊園高等郚䞀幎生の北条鏡子が

ひんやりず冷えた校舎の階段に足を掛けるず、

偎にいた二幎生の先茩は䞍愉快そうな声をあげ、眉を朜めた。

この先茩も矎術郚員なはずだが、名前が浮かばないなあず鏡子は溜息を吐いた。

「第䞉矎術宀は花森さんが䜿っおいるから行っおは駄目なのよ」

「花森、さん」

「䞉幎生の花森海矎。知っおいるでしょう噂を聞かないはずがないもの」

「知りたせん、教えおくださいたすか」

鏡子は柄たした、コりノトリを信じる乙女のような無垢な顔をしお、息を吞う様に嘘を぀いた。

「ずおも汚らしい人よ」

「汚いっお」

「蚀葉通りの意味」

「それは ぀たり お颚呂に䜕幎も入っおいないずいうこずでしょうか」

「銬鹿ねえ無知ねえ穢れおいるずいう意味の汚いよ」

「ふうん」

「分かったならば匕き返しなさい」

「醜矎は私が決めるから」

「なんお口の利き方」

「では、倱瀌いたしたす」

「北条さん、矎術郚の芏埋を乱さないで頂戎」

先茩のヒステリックな蚀葉を無芖しお鏡子は階段を䞊がる。

――花森海矎。

入孊するや吊や、鎉の劂き先茩達は䞀幎生を捕たえ、この話をしおいた。

䞉幎生に西掋絵画に描かれる女性の様に矎しい花森海矎ずいう先茩がいる。

誰もが圌女に憧れ、䞭には思春期特有のほのかな恋情めいたものを抱くものたでいた。

圌女は頭も良く、垞に取り巻きに囲たれ、完璧で、欠点ずいうものを知らないたるで女神のようだった。

けれどもそれは昚幎たでの話だ。

今の花森海矎は垞に䞀人で行動し、そしお腫物のように扱われ、

そしお、車怅子に乗っおいる。

きっかけは、事故でも病気でも無い。男に刺されたこずだずいう。

矎しい圌女を慕っおいたのは、か぀おこの孊園に教育実習に着おいた青幎。

人知れず圌女を思い、教育実習最終日に告癜をするものの、玉砕。

そしお叶わぬ恋ならば共に死にたいずいう身勝手な考えに萜ちた。

この第䞉矎術宀で青幎は海矎の足を刺し、䞡足の自由を奪った。

その䞊、犯人は逃げられないで痛みに悶える、きめ现やかな䜓をたさぐった埌に自分の胞を貫いお死んだ。

事件以前、花森海矎はその矎しさず頭の良さから倚くの取り巻きに囲たれおいる高嶺の華のような存圚だった。

それがその事件からは取り巻きは途端に離れ、校内䞭の同情ず䟮蔑の察象ず化したずいう。

圌女を、矚み、劬んでいた連䞭は䞀床地に萜ちた倩䜿がなじられるように、「噂」を流した。

〝花森海矎が圌を誘惑した〟

ずか

〝本圓は心䞭未遂だった〟

ずか。

でも鏡子は耳に入っおくる噂が党郚嘘だず知っおいた。

花森海矎ずはただ察面しおいないが確信があった。

圌女が私以倖を愛せるわけが無い、ず。

第䞉矎術宀の扉を開ける。

車怅子に腰かけた埌ろ姿がキャンバスに向かっおいる。

「 お久しぶり」

圌女はこちらを芋向きもしないで玠っ気なく蚀う。

「私が分かりたすか」

だから鏡子も冷たく蚀う。圌女は青い絵の具をずぷりず垂らしお「ええ」ず䞊品に笑っお芋せた。

「四十 䜕幎振りかしら」

それは十代の少女には䌌合わぬ幎数。

「いいえ、四十䞃幎ぶりですよ、富士島先生」

けれども真実の幎数だ。

鏡子は海矎の元に足を進め、ゆっくりず跪いた。

倪腿の䞊に手を眮いお、䜓を前に屈めるず息が掛かるような距離。

「その呌び方は 」

「どうしお」

「 今は違うわ」

「それは入れ物の話」

「魂は倉わらない」

「貎女はあの頃のたたです。富士島先生」

「 春林くん」

この柔らかな少女の䜓に血ず汗の染み蟌んだ男の魂が宿っおいるなんお。

神様は悪戯がお奜き。そしおサディスト。

【富士島事件に぀いお】

四十䞃幎前のこずである。

䞀人の䜜家が同志の若者ず共に、囜䌚議事堂に䜵蚭されおいる図曞通《垝囜図曞通》に立おこもり、割腹自殺を遂げた。

その䜜家の名前は富士島春倫。

䞖界的文孊賞の候補にもなっおおり、テレビ等ぞのメディア露出も倚く、熱狂的なファンを持぀䜜家であった。

圌が䞭心ずなり、垝王倧孊の孊生五名を集い「文壇階士団」たるものを蚭営しおいた。

衚向きは、文孊研究・創䜜掻動に粟を出す若者ず、それを指導する倧物䜜家ずいったずころ。

だがその実態は、囜が唱えるある法埋ぞの抵抗の為ならば歊力行䜿も蟞さない集団であった。

その法埋ずは創䜜物の芏制を行う「創䜜物圧瞮法」。

たず「掚理物」は犯眪を助長するずしお、次に「恋愛物」は䞍玔異性亀遊のを誘発するずしお犁止された。

次々に狩られおいく物語に腹を立おた富士島は《垝郜図曞通》に軍服・垯刀で「文壇階士団」の仲間を連れお䟵入した。

䞎党・英雄党の議長䞀名、「創䜜物圧瞮法」を掚進しおいた議員五名を人質に立おこもった。

「蚀葉を玡ぐ自由の為にこの呜捧げる文士の芚悟をずくず芋よ」

《垝郜図曞通》のバルコニヌでそう挔説した埌、富士島は議員らの前で腹を䞀文字に切った。

「文壇階士団」のうち、埌远いを蚱されたのは春林栄光のみだった。

埌日
圌らにあったのは尊敬で圩られた䞻埓関係では無く、肉欲も含たれた恋愛関係であったこずが「文壇階士団」の生き残りや、本人の残した手玙らから明らかになった。

鏡子は幌い頃から自分を理解しおいた。

か぀お春林栄光ずいう名前の男だったこず。

たるで心䞭のように同じ志を持぀男ず共に呜を捚おたこず。

息絶えた愛する人の亡骞に口づけをした感觊、呜の熱さ、赀い眩暈 党おを思い出した䞊でか぀お愛したあの男性の姿を探した。

茪廻転生なんお非科孊的だ。

でも少女の心は青幎の心の様に倢を拒たず、空想を愛し倢物語を信仰する。

鏡子は、数幎前にむンタヌネット䞊で芋た迷信、【心䞭した男女は、来䞖で性別を倉えお再䌚する】を独り蚀の様に繰り返しながらか぀お愛した人を探した。

あの頃自分達は男女では無かった。

䜓ず䜓を玐で結び合い、手を取りながら池に沈むような終わり方をしなかった。でも きっず巡り合える予感がしおいた。

圌女を芋぀けたきっかけは新聞蚘事だった。

「䞖界的矎術賞・女子高生受賞」の文字が目に飛び蟌んでくるず甘い眩暈がした、そこに映る写真の女性を芋お思わず生唟を飲んだ、矎しい人、気品ある人、華やかな人、どこか寂しげな人。

花森海矎、その名前に導かれた。

「芋぀けた」

確信でぎりぎりず党身が痺れおいた。

近付く為にこの名門ず蚀われる女子校ぞず入孊し、興味も無い癖に矎術郚に入郚した。

「今の貎方はなんずいう名前なの」

「北条鏡子」

「詩的な名ね」

「貎方の名前だっお」
䞀床目の口付けで互いを確かめお、二床目の口付けで再䌚を喜んで、䞉床目の口付けでようやく唇の味を味わう。

そしお、ようやく自己玹介をする。

「貎女ず再䌚する気がしおいたわ」

海矎は倪腿の䞊に茉っおいた鏡子の手を払っお、䜕食わぬ顔をしお筆を取った。

キャンバスの䞊に重ねおいく色は深い深い海の色をしおいた。

「狂おしい䜍に探し求めおいたしたから、私」

䞋唇を噛んで再び圌女の倪腿の䞊に手の平を眮いた。

そのたた撫でる様に、愛でる様にそのたた䞋ぞず䞋ろし、足の甲を指で匟いお、再び䞊ぞず䞊がる。

「こんな姿でも巡り合いたかったず蚀える」

「こんな姿っお」

「矜をもがれおしたった鳥は醜いだけでしょう」

「醜い誰のこずを蚀っおるの」

「私よ。たるで前䞖の眪を突き぀けられるように 歪んだ恋情に襲われお」

海矎は自分の足を摩りながら「このザマよ」ず自嘲的に笑う。

「ザマ だなんお」

その姿に鏡子は酷く苛立った。

ザマ、だなんお私の䞖界の䞀番矎しい人に盞応しくない圢容をしお欲しくなかった。

䟋えその圢容する人が䞖界で䞀番矎しい人匵本人でも。

「醜い蚳が無い。貎女は矎しい」

二぀の倪腿の䞊に右頬を乗せる。

肉が぀いおいない倪腿は䜎反発枕のような柔らかさは無い。倪い骚を感じるだけ。

「鏡子」

海矎の絵の具に染たった枩かな手の平が鏡子の頭を撫でる。

「瞛られなくおいいのよ」

そしお苊しそうに、感情を噛み殺すように蚀う。

「前䞖で愛し合ったから今䞖も愛し合う矩務なんお無いわ。それに 」

今口から出おいる蚀葉は本心では無いずぜたぜたず倧きな瞳から零れる涙が代匁する。

その涙は鏡子の頬に垂れる。鏡子の目からも涙が溢れお、混ざり合っお、䞀぀になる。

「私達は今䞖も愛し合うこずは蚱されないわ」

四十䞃幎前、《祝犏されない》愛を育んでいた。

それは今も倉わらない。でも、それが䜕だず蚀うのだ。

鏡子は心の内でそう吐き捚おる。

《祝犏されなくおも》《認められなくおも》愛があればそこにいい なんお綺麗事みたいな熱がぷすぷすず燃え䞊っおいた。

綺麗なものは着火するず矎しい焔を産む。

鏡子は倪腿から頬を攟し、目の前にある现い腕に歯を立おた。ぷくりず小さな歯型が浮かぶ。

「䜕、痛いわ」

「私は貎女しか愛せたせん。䟋え貎女がどんな姿になろうずも貎女を探し、そしお愛したす」

「私はこの郚屋で䜕もかも奪われた 新雪のような乙女じゃないの。貎女に愛される資栌は 無い」

「銬鹿な人。
さっきの私の蚀葉聞こえなかったの奪われたなら補うわ、汚れたならば拭っおあげる。私は貎女しか愛せない。䟋えたた死ぬこずがあっおもたた貎女を探しお芋せるわ。ねえ、だから貎女はもっず自信に満ちた目で私を芋぀めお䞋さい。自負を蟌めた蚀葉捧げお」

海は倧きな目を曎に倧きくさせた。そしお䞀瞬顔背け、きゅっず唇を噛んだかず思うず匷く、匷く鏡子を抱きしめた。

「 それでも貎女は私を愛しおくれるわね」

倧たかなこずを話すず圌女はにこりず笑む、それは可愛い乙女のものに他ならない。

けれども語る蚀葉は党お血朮が滎っおいる。

「富士島春倫は劻のこずも子䟛のこずも愛しおなどいなかった、そう断蚀出来たす。

それは自分のこずなのだから。

愛したのは同じ隆々な肉䜓を持぀圌だけだった。

転生し、自分の䞭に二人分の蚘憶があるず自芚した時に、きっずい぀か春林栄光の魂を持぀人間が私を芋぀けにくるだろうず思っおいた。

埅っおいたの。

そしお、少し期埅しおいた」

「期埅」

「ええ、そうよ。生前も死んだあずも私の悪評は知っおいたもの。

ホモ、汚らしい、男に狂った䜜家の血迷い、ヒステリックな暎動 。私は自分がしたこずを間違っおいるずは思わないわ。

でも、私も人間だから傷぀いた。
だから今䞖では男ず女ずしおたた愛し合えれば䞖間的に祝犏される愛になるず思った。

もしそうなったら、普通の女ずしお、人間ずしお、生きおみようず思った。

でも、たた私たちは同じ圢をしおいた。

圌女ず再䌚した時、戞惑ったし、たた愛しおいいのかずも思ったわ。でも、愛さずにはいられなかった。

䞍思議なものでね、圌女ず抱きしめ合うず胞ず胞が口づけするみたいに、柔らかく觊れあっお、たるでひず぀になるみたいなのよ。そうする床に、生きおいるこずを感じられる。生きおいおいいんだずすら思える

戞惑い぀぀もたた愛そうず思った。䟋え祝犏されない圢だろうず。鏡子が私の心をこじ開けた。

そしおね、気が付いたのよ。
認められるずか祝犏されるずかはどうでもいいの。
私が今は女だから圌が男ずしお再䌚出来れば ず思った自分が銬鹿らしく芋えお来たわ。

あのね
男だずか女だずかよりも、私はそんな性別なんお小さなものよりも、あの魂を愛しおいたこずに。私はたた死んでも、きっずその魂を探す、それが男であろうず女であろうず、犬であろうず、魚であろうずね 。きっず鏡子も同じこずをするはずよ。

 あ、玅茶が冷めるわ、飲んでください」

蚀われるたた玅茶を䞀口飲む、するずただ話を聞いおいただけなのに
自分はずおも喉が枇いおいたんだなずいうこずに気が付く。

自分の䜓なのに自分が知らないなんお。

けれども自分の心だずいうのに自分が知らないこずが確かに存圚しおいるから、自分の心も、肉䜓も自分が所有しおいるのに䜕凊か借り物みたいだなあず少し可笑しくなる。

海矎も玅茶をこくりず飲んだ。そしお「貎方は」ず尋ねおくる。

「俺 私は」

「本圓の蚀葉でお話しくださっおください。私は もうこうしお話すのが慣れおいるだけなので」

「俺は自分が幞せになっおはならないず考えおいるんです」

「たあどうしお」

「だっお前䞖で眪を犯した」

「人が人を愛するこずを眪だず決める資栌は神様にも無いず思うわ」

「 けれどもモラルが」

「䞀床愛を芚えたらモラルなんお理想に過ぎないものでしょう」

「それこそ理想だ」

「そうね」

花森海矎は次の蚀葉を探す俺にゆっくりず身を䌞ばす。

そしおそのたた唇に唇を重ねた。

久しぶりの感觊、そういえばこの身ずしおは初めおの経隓。

そしお䜕故か浮かぶ奥䜏葉介の顔に動揺が蟌み䞊げおきお「いや」ず声を䞊げお、

圌女の肩を抌しおしたうずバランスを厩した圌女は車怅子から萜ちそうになるので抌しおしたった手で慌おおその身を支えるず「あはははは」ず華奢な肉䜓は笑いで揺れおいた。

「貎方、今誰を思い浮かべた」

「それは」

「䞉鷹で氎の䞭に共に死んだお嬢さんの顔では無いだろうそうだろう」

「 蚀葉が厩れおいる」

「だっおおかしいんだものモラルだなんだず䞊べおいるけれど嘘が䞋手。

貎方今の自分の顔を鏡で芋お埡芧なさい。凊女を喪倱した乙女のような顔をしおいる。女の私から觊れるだけの口づけをされただけだずいうのに」

手を頬に乗せるずじゅっずいう音が聞こえおきそうな皋に熱い。

「䜕故正盎に生きないの貎方を芋おいるずたるで自分が過ちでも犯しおいるみたいで苊しくなるわ。

自分が愛したい人間を愛すればいい。

自分が愛されたい人間ならば力ずくでも奪えばいい

自分が生きたいように生きればいいそうでしょう、そうじゃないの、接連蛍」

今にも涙が出そうになっおしたっお「し、倱瀌したす」ずその堎から逃げ出した。

アトリ゚の扉が閉たった埌もただ怒鳎り声が聞こえおいた。


ヌヌヌヌヌ最終章ヌヌヌヌヌ

アトリ゚のあるマンションを出お、ゆっくりず手鏡を開いお自分の顔を映す。なんお酷い顔なんだろう。

目は兎のように充血しおいお、頬も真っ赀で、口を無意識にきゅっず結んでいる。

《凊女を喪倱した乙女のよう》矎しい花森海矎の口から出た䞍䌌合いな圢容はあながち間違っおはいない。

そしお自分をこんな顔にさせたのは圌女でもあり、奥䜏葉介だず思う。

口づけをされたこずが嫌だった、そしおもしされるならば ず思っおしたった。

そう、俺は圌を愛しおしたっおいる。

か぀お愛し、共に死を遞ばせおしたった女の魂を抱くあの青幎を愛しおいるのだ。

けれども、駄目だ。

圌はこのこずなど知らない。

圌がか぀お女で、男だった俺に愛されたこずなど知らない。

知らないからこそ婚玄し、前䞖では手に入らなかった幞せを掎もうずしおいる。そこに俺は居おはいけない。

「矚たしい」

先刻たで聞いた花森海矎の話の感想を独り蚀ずしお挏らす。

そしおぜろっず䞀筋涙が萜ずしお自分の感情を再び抌し殺すのず同時に電話が鳎った。

発信者はちょうど今頭に思い浮かべおいた男だった。

「先生」

「なあに」

涙声にならないように、わざず぀ん぀んず尖った声を出しおみる。

「䜕凊か気分転換に行こうずお話したのを芚えおいたすか」

「ええ」

「䞉鷹に行きたせんか」

「えっ」

「東京の䞉鷹に」

新たに生を受けおから、䞀床も、䞉鷹には行っおない。

か぀お自分が生きた町。か぀お自分が死んだ街。

名前を聞くず無性にそこに行きたい。行きたくおたたらなくなっおくる。
あの地を螏みたくっお、あの空気を吞いたくっお、そしおあそこで涙を流したくっおたたらない。

同じ過ちを繰り返さない為に、男だった蚘憶を持ち女ずしお再び生を受けた。

今の俺がしなくおはならないこずは、富栄の、圌の幞犏を祈るこず。

それなのに嫉劬の火を鎮められない。

だから䞉鷹に行きたい。

きっず䞉鷹の、俺の眪が散らばった地ならば、蛍ずいう柔らかな肉䜓の䞭で燻る炎を、嫉劬の火で煀けた心を浄化しおくれる。

「いいわね、䞉鷹」

「でしょう」

「䞀人で行っおくるわ、そうね明日にでも。行けば私にかかる雲も無くなるでしょう」

「僕もお䟛したす」

「䜕故駄目よ」

もし圌が䞉鷹に行ったら、富栄ずしおの蚘憶が戻っおしたうのではないかずいう疑念が生たれる。

そんなこずになれば本末転倒だ。

自分の散開した感情を萜ち着かせ、圌の幞犏を祈る為に䞉鷹に行くのに、
圌が䞉鷹の地を芋るこずによっお頭の䞭に掛けられた鍵が倖れるこずになっおは、再び圌の幞犏に眅を入れおしたう。䜕の意味もなくなっおしたう。

䜕の為に神は、俺にだけ蚘憶を残し、富栄の蚘憶を根こそぎ奪ったのか。

富栄は幞せにならなくおはならないからだ。

「いえ、そんなわけには行きたせん。僕は担圓線集ですから」

「でも」

「䜜家ず線集は二人䞉脚で これは山䌏さんから教えおいただいた蚀葉です。
先生がスランプに陥っおいるのならば、担圓線集の僕は先生のお力になれるように尜力したす」

担圓線集、ずいう蚀葉を倚甚しお語る熱い挔説。責任感の匷い圌は匕いおくれなさそうだった。

「 䞉鷹に行ったこずはあるの」

䜕を蚀っおも無駄な気がしたので、恐る恐る問う。

初めお䞉鷹に行くずいうのならば、蚘憶が戻っおしたう気がしお俺の党ボキャブラリを持っお絶察に蚀いくるめようず思った。

もしも䜕床か行ったこずがあるのならば銖を瞊に振ろうず思った。

䜕床か行ったこずがあればきっず倧䞈倫だろう、倧䞈倫であっおほしい。

蚘憶は戻らずに、女流䜜家ず担圓線集ずしお過ごせる気がした。

「スタゞオゞブリが奜きなので、䜕十回ず行ったこずがありたす」

返っおきた答えに、銖を瞊に振った。

その時頬の頂がマッチの灯を圓おられおいるように熱くなっお、女ずいう性を再び恚んだ。

幞犏を祈らなければず思い぀぀、圌ず共に仕事堎以倖の地を歩くこずに浮かれおいる 浮かれおやがる。自分で自分を軜蔑した。

ヌヌ䞉鷹駅の前で埅ち合わせをした。

六十八幎ぶり、あの頃よりもだいぶ小さくなった足で螏んだ䞉鷹の地は優しく俺を迎え入れおくれた。

時が経っおも残っおいる建築物は、残す䟡倀のあるもので、それに該圓するのはほんの䞀握りで、芋慣れおいた建物は壊され、近代化されおいた。

それでも懐かしいず思えるのは、流れる空気、そよぐ颚。なんら倉わりがない。

すがすがしい気候、消えない愛の火ず醜い嫉劬を終わりにするのはきっずこういう日が盞応しいのだろう。

この逢瀬を最埌に俺は、奥䜏葉介ぞの感情を玉川䞊氎にでも鎮めよう、そしお圌の結婚匏では仕事仲間ずしおスピヌチでもしおやろう。

今日たで、そうだ。今日で終わりにしよう。

「先生」

「ごめんなさい、埅たせおしたった」

「いえ、僕が早く着きすぎたんです」

奥䜏葉介は埅ち合わせの十分前に着いた俺よりも早く来おいお、「みたか芳光ガむド」ず蚘されたガむドブックのようなものにたくさん付箋を匵り付けおいた。

「僕はゞブリ矎術通にしか行ったこずがないので 䞀応勉匷しおきたした」

「頌もしいわ」

「では行きたしょうか、先生」

二人でバスに乗っお、䞖界的アニメ䌚瀟・スタゞオゞブリが運営する矎術通で愛すべきキャラクタヌず戯れお、近くの排萜たカフェでお茶をする。

あの頃俺の前で富栄が芋せるのは笑みよりも、涙のほうが倚かったけれど、今は笑みしかみせない。

だっおもう過去の自分のこずなんで芚えおいないから。思い出したくもないのだから。

味のしないショヌトケヌキ、

墚汁みたいなコヌヒヌ、

極めおおいしそうに食べおやる。す

るず、圌はフォヌクでモンブランを切りながら、

「先生はスタゞオゞブリで䜕が䞀番奜きですか」

順䜍を付けたがる女子高生みたいにそう問いかけおきた。

ゞブリの䜜品はどれも話題䜜で、䜕床も䜕床もテレビで攟映されおいるから、だいたいの䜜品を芋おはいるけれど、䜕が奜きかなんお考えたこずは無いので「決められない」ず答える。

「僕は、千ず千尋の神隠しが䞀番奜きなんです」

千尋ずいう女の子が䞍思議な䞖界に迷い蟌んで、そこで成長する物語。公

開されお話題になっおいる時、セヌラヌ服にただ身を包んでいた俺は、友達ず映画通に芋に行った。

「僕、䞭でもハクが奜きなんです」

圌は䞻人公を芋守る少幎の姿をした川の神の名前をあげた。

「確かに魅力的よね」

「ハクは川の神で、ずっず前に千尋ず出䌚っおいるんですけれど姿を倉えお千尋を芋守るんです そういうのっお浪挫がありたすよね」

姿圢を倉えお ずいうキヌワヌドにぎくりず人差し指が過剰反応する。

男だった接連蛍。女だった奥䜏葉介。

本音を剥き出しに心の䞭で吐き捚おる 姿圢を倉えおも千尋を芋守るハクに浪挫を感じるのならば 俺の事も なんお。党く、女々しいものが吐瀉物みたいに蟌み䞊げおくる。

それ以䞊は心の䞭ずはいえ蚀葉にしおはいけない。

「浪挫っお 貎方結構キザなのね」

「キザずは酷いですね。ロマンチストず蚀っおいただきたいです」

「そんな 倢芋がちな」

「倢芋がちでいいじゃないですか。先生はあたり迷信を信じなさそうですよね」

「そんなこずないわ」

「じゃあ神を信じたすか」

「信仰ずたでは行かないけれど、぀い瞋っおしたうわね」

「幜霊は」

「そんなものこの䞖にいないわ」

「それなら 生たれ倉わりは」

「え䜕蚀っおるの」

あからさたに同様しお、眉尻を䞋げるず、葉介はにこりず口元を緩めお

「僕は信じおいたす」ずいたずら奜きな子䟛みたい。

「少女挫画じゃないけれど、浪挫がありたすから」

「わからないわ。私には」

蚀葉にしおはいけない 分かっおいるのに、我慢できないで心の䞭が汚れた。

生たれ倉わりを、前䞖や来䞖を信じるのならば。それならば。俺のこずも芚えおいおほしかったず。

ああ 駄目なんだ。

やっぱり愛しおいる。

あの頃、俺はお前に癟の愛を䞎えられお䞀の愛を返すような男だったから愛の意味なんおろくに分かろうずもしなかった。

けれど今はこんなにも愛されたい。

癟の愛を䞎えおくれるのならば、俺は千の愛で返すのに。

先生私のこず奜きですかずいう富栄からの問いかけに曖昧にしか返事をしなかったくせに、

今は、あの頃より䜕オクタヌブも高くなった声でアむシテむルずいいたい。

惚れおいるず䌝えたい。もう䞀床抱きしめたいず叫びたい。

この姿になっお初めお知った愛ず嫉劬が心で浮遊ず沈殿を繰り返しおいる。

倩䜿ず悪魔みたいに、「愛されたい」気持ちず「圌の幞犏を祝う」気持ちが戊争を始める、俺の心内。

「愛されたい」気持ちが倧砲を打぀、今のずころ優勢。

「行きたいずころがあるの」

そう提案しお向かったのは、歩道橋だった。

倪宰治ず名の぀く堎所を避けお芳光しおいたけれど、どうしおもここには行きたかった。

あの頃ここに富栄を連れおきたこずはなかったから、ここならきおも倧䞈倫だろうず思ったのず、この歩道橋はあの頃の俺のお気に入りだったから。

――先生原皿ただですか、楜しみにしおいたすよ。

――あなた、よそに女がいるっお本圓なんですか。子䟛もただ小さいのにっ。

――先生、あなたの赀ちゃんが出来たした。間違いありたせん、先生ず私の子ですよ。

火が迫っおくるような日垞で、唯䞀肺に酞玠を送れた堎所。

ここに来るずほんの少しだけ、嫌で嫌で堪らなかった生きるずいうこずが矎しいこずに思えた。

死ぬずいうかねおから心に巣食っおいた汚い願いを怖がるこずが出来た。

雚颚にさらされ、錆び぀きはしたものの、ただしっかりず建っおいる。

こい぀は今でもここで俺のような誰かを䞀時的に救っおいるのだろうか、守っおいるのだろうか、よりどころずなっおいるのだろうか。芋習いの䜜家でも、苊孊生でもなんでもいい。救っおやっおいるずいうこずに意味がある。

「綺麗なずころですね」

「本圓」

そこで二人で沈む陜を芋る。

「ここっお倪宰治のお気に入りの堎所だったんですよね。芳光ブックに茉っおいたした」

「そうなの。知らなかったわ」

「はい。ここが“唯䞀珟存する倪宰治ゆかりの地“だず蚘しおありたした」

「  奥䜏くんは倪宰を読んだ」

「小孊生の時授業で走れメロス、を。あず高校の時友達に薊められお人間倱栌を。それくらいですね」

圌の口からダザむオサムずいう単語が出お来たのは初めおなので心臓の奥が跳ねたので぀い぀い口が動いおしたう。

駄目だ、駄目だず分かっおいながら、綱枡りのように蚀葉が出おくる。

「どうだった」

「僕は苊手、です」

「そう」

「きっずファンならここは聖地なんでしょう。そこで蚀うのも䜕ですけれど」

「どういうずころが」

「匱さでしょうか」

「そうね、確かに倪宰治は匱くお、どうしようもないさびしがり屋で、自分の心を満たすために䜕人もの人を䞍幞にしたわ 䞻に女性を、ね」

優勢の「愛されたい」気持ち目掛けお「圌の幞犏を祝う」気持ちが気持ちが銃を撃぀。過去を諌める痛い䞀撃。

「先生はお詳しいんですか」

「倧孊で、倪宰を孊んだから」

自分が倪宰治だ、お前がその䞍幞にされた女性の䞀人なんだよずは口が裂けおも蚀えず、そんな適圓な嘘で塗り固めおみる。

「先生は、倪宰治をどう思っおいるんですか」

「ただの、䜜家。それ以䞊でも以䞋でもない」

「奜きか嫌いかずいうず」

「嫌い、よ」

「䞉鷹に来たいっおおっしゃったのに」

「別に倪宰治が奜きだから来たいっお蚀ったわけじゃないの。珟に今日は倪宰治にゆかりの地は䞀぀も行っおいないでしょう」

「たるで避けおいるみたいでしたね。でも、ここには来たじゃないですか」

「偶然よ」

ただ蚀葉が足りない、ずいう顔぀きをする圌。

その衚情は物欲しそうに俺を芋぀める富栄の顔に目錻立ちさえ違えど、ずおもよく䌌おいた。

「富栄  山厎富栄、っお知っおる」

圌のこずを富栄ず呌びそうになっお、あわおお修正するためにそんな疑問を投げかけおみる。

圌に倪宰や富栄の話をしおはいけない、きっず圌は忘れおいるほうが幞せなのだ、思い出させおは䞍幞になる、ず頭では思いながらも、口は勝手に動いたのだ。

ああ、どうしお手や足はきちんず脳の指什が行き届くのに、感情や愛が絡むず指什が䞊手く行き届かないんだろう。「愛されたい」気持ちがぜんぜんず手抎匟を投げる。

「いえ、知りたせん。䜜家ですか」

「愛人、よ」

「愛人」

「倪宰治の愛人で、圌ず共にあそこの玉川䞊氎で心䞭しお死んだの」

「倪宰治が女性ず心䞭したのはなんずなく知っおるけれど、その女性のこずはあんたり知らないな。先生、聞かせおくれたせんか」

「どうしお嫌よ」

「少し興味があるんです。でも本を読むより先生から聞いたほうが頭に入りそうだから」俺は、富栄の魂を持぀青幎に、生きおいたころの富栄の話をしおしたった。「愛されたい」気持ちの猛攻だ。

うどん屋で倪宰治に知り合ったこず。

倪宰治の行き぀けの小料理屋は富栄の䞋宿の傍だったこず。

そしお、死ぬ気で恋愛しないかずいう倪宰治の問いかけに恋愛するなら死ぬ気でしたいず応えおしたったこず。

貯金を切り厩し、倪宰治の薬代等に費やしたこず。

倪宰治のもう䞀人の愛人が子を産んだずきに涙したこず。

そしお、䞀緒に死にたいず蚀ったこず。

俺は、ひず぀、ひず぀挏らさず語り、圌はひず぀、ひず぀挏らさず聞いた。

れど䜕かを思い出した顔にはならなかった。

そしお䞀蚀、

「ずおも可哀そうな人ですね」

他人ごずに、眉を八の字にしお同情いっぱいにそう蚀ったかず思うず、

「倪宰治は富栄ずいう女性を䞀番愛しおいたんでしょうか」

難問を投げおくる。

遺曞には、実の劻である矎智子を䞀番愛しおいるず蚘した。

䞀時代たでは「山厎富栄は悪女である」「この女は倪宰治を殺したのだ」なんおいう評論家もいた。

俺自身、あのころは誰が䞀番で、誰が二番だずか蚀えなかった。でも、

「そうね。きっずそうだず思うわ」

今は、そう断蚀する。

「どうしおですか」

「そんなのわからないわ、だっお私、倪宰治じゃあるたいし。ただの掚枬よ」

だっお今、こんなにも欲しいから。

あの䞉鷹で過ごした日々を、
富栄ずいう俺のためにすべおを投げ出しおくれる、
抱えきれない愛をくれる人間をもう䞀床欲しおいるからずは蚀えなかった。

富栄以倖の女たちが「再び生を受けお、ここでこんな名前でこうしお生きおいたすよ」ず神が教えおも、俺はそちらに足を運ばない。

目の前にいるけれど、䜕も知らない圌だけを、手は䌞ばせないけれど芋぀めたい。

再䌚したしょう。

そう、富栄は蚀ったけれど、再䌚しおは䞍幞になるず神様が刀断しお、俺ず匕き離したのだ。

䞀方俺には再䌚したしょうずいう蚀葉を受け流したから、愛を欲しすぎたから、こうしお手に入らぬ愛ずいう眰を受けたのだ。

「奥䜏くん、もう垰りたしょう」

「そうですね」

このたたここで話をしおはいけない気がしお、切り䞊げた。

ずがずがず歩く垰り道。もう䜕も話すこずが無い。

本圓はすべおを話しおしたいたい、
そうしおもう䞀床愛しおもらいたい、愛したい。

叶わない願いは溜息に倉わり、䞉鷹の空気ず䞀䜓化しお、きっずたた誰かが吞う。

悲哀に満ちおいる、汚い空気だずは知らずに。

「愛されたい」気持ちの猛攻 富栄の話をしおも圌はぎくりずも反応しなかった。

やはり圌は思い出せないのだ。思い出さなくおいいのだ。

冷静になれよ、自分。「圌の幞犏を祝う」気持ちよ、

攻撃を始めろ。
            [newpage]

 歩道橋から少し歩き、䞉鷹駅に着いたので、鞄に取り付けたパスモが入った定期入れを取り出そうずするが、葉介はちらりず駅ず俺を䞀瞥するず、たっすぐ駅を通り過ぎようずしおしたう。

「どこにいくの駅はここでしょう」

「もう少し歩きたせんか」

「  だっおもう䞉鷹の芳光名所はほずんど回ったわ。それにもう陜が萜ちた 垰りたしょう」

「でも行きたいんです。䜜家ず線集ずしおではなく」

「䜕蚀っおるの」

今たでは自分がただ䞀方的に秘めたる思いを燃やしおいた。

けれど、圌の、富栄の方から䌞ばされた手には、びくりず身を震わせおしたう。

なんずいう 背埳感。

自分が思っおいる時よりも、思っおいた盞手から向かっおくる方の方が眪の意識に瞛り付けられる。

これは間違いだ、道に反するこずだ。

この人はもうすぐ倫ずなるのだ、劻ずなる人がいるのだ。

それなのに今圌はなんず蚀った䜜家ず線集ずしおではなく、぀たりは男ず女ずしお。

そう蚀ったのだ。

絶察に超えおはいけない境界線がある。俺ず圌の堎合は䜜家ず線集ずいうラむン。

富栄ずしお生きおいたころの蚘憶を持たない、
圌が、自分に䜜家以䞊の、恋だずか愛を垯びた桃色の感情を抱いおいるなんお知らなかった。

でもそれを求めおはいけない。

圌は過去を芚えおいないのだ。それならば、もう俺に仕事以倖でかかわっおはいけない。

珟䞖でこそ手に䜙る幞犏を掎んでほしい。

結婚ずいう圢でそれを手にしようずしおいるのに、再び俺の手で䞍幞にしおはならない。

誰からも包み蟌たれるこずのなかった貧盞な肉䜓に熱さが芆いかぶさるず、それは意識を倱うほどの心地よさだ。

過去の抱きしめるこずしか知らぬ神経が痙攣するほど歓喜しおいる。

でも、理性を手攟しおはならない。「圌の幞犏を祝う」気持ちが散匟銃を打぀ものの、「愛されたい」気持ちも応戊する。

今宵の䞉鷹の町はずおも静かだ。

東京はい぀だっお耳障りなくらいうるさい。

人の話し声、足音、車のクラクション、政治家の挔説。小さな音が集たっお隒音になる。

その䞀郚にはきっず綺麗な音もあるんだろうけれど、隠れおしたっお䞍快音ずしかずらえられない。
でも、この䞉鷹の町は、あの昭和のころみたいにゆっくりず時が流れおいる。

[newpage]

俺の耳がおかしいのだろうか。

今日は、ざわめく話し声も、アスファルトを抉る足音も、がんがん響くクラクションも、党お耳に入らない。

入っおはいるのかもしれないけれど、錓膜を震わせない。

「離しお」「離したせん」の問答を飛ばしながら、圌に匕かれるがたた進むず、玉川䞊氎がそこにあった。

――先生、私たち倩囜でも䌚えるのかしら

――俺たちの行き先は地獄かもしれないからな

――先生ず䞀緒なら地獄だっお構いたせん

――そうだな、そうだったなあ。富栄はそう蚀っおくれるんだよなあ

 二人が死んだ、川。

あの頃は人食い川ず䟋えられるほど激しい川の流れだったのに、今ではそよそよず穏やかに流れおいる。

その川に掛かった橋の䞊で葉介は歩みを止めお、くるりず振り返ったかず思うず、ぐっず顔を近づけた。

それは溜息すら盞手の唇に掛かる距離、驚いお思わず埌退しようずするものの肩を掎たれお制され動けない。

「䜕を、する぀もり」

「わかっおいるでしょう」

「わからないわ」

「口づけです」

ぐいず顎を取られお、すうず息が掛かる距離たで、詰められる。

「圌の幞犏を祈る」気持ちを攻撃するのは、他ならぬ圌の蚀葉。

語られる床に、芋぀められる床に、「愛されたい」欲望の歊噚に倉わる。

愛に生きた俺は、姿を倉えようず、性を倉えようず、愛に抗うこずなんお出来ない 出来ないんだ。

だから、富栄を、䞀番愛しおいたその魂を宿す圌が起こす、䞀挙䞀動に胞が匟たない理由は無い。

ああ、やっぱり愛したい、愛されたい。富栄の穢れなき魂に再び包たれたい。

この玔真な䜓に、この枅らかな愛情を包みたい。嘘じゃない。でもそれは存圚しおはならない感情。

再び圌を䞍幞にしおはいけない、愛しおは、愛されたいず願っおはならない。

煙草の火を消すみたいに、ぐっず灰皿に抌し付けお、この気持ちは消化しなくおはならない。

「あなた結婚する人がいるっお蚀ったじゃない。
指茪を自慢しおいたじゃない。
こんな圢の愛はあっおはいけない。
眪になる。私はもう二床ず人を、貎方を䞍幞にするわけにはいかないの」

決壊したかのように早口で、二床ず䞍幞に、なんお今の圌には意味が分からないかもしれないけど本心なので停りなく叫ぶ。

するず、圌は、目を䞞くしおきょずんずしおいた。

そんな間抜けな顔する理由が分からない。

四秒ほど時が止たった埌、圌はけらけらず笑い始めた。

䜕が面癜いのかわからない。

「䜕よ、人が真剣に蚀っおいるのに」

「いや、ごめんなさい、だっお、その、あたりにも  」

「銬鹿にしおいるんでしょう。からかっおるんでしょう。いいわ、それならもう垰るから」

「すいたせん」

駅の方ぞず戻ろうず右足をあげた次の瞬間、唇に䜕かが圓たった気がした。

あたりにも突然のこずなので、それが圌の唇だず気づかされるのにはかなりの時間を芁した。
圌は匷匕にたるで、奪い取るような口づけを萜ずす。

「䜕を  」

怒りでも、悲しみでもない、感情で俺が声を荒げようずするず、

「結婚するなんお僕の嘘ですよ」

悪戯をしたみたいな顔でぺろりず蚀っお芋せる。

「は」

「先生が、感付いおいるくせに、なかなか切り出しおくれたせんから手荒い真䌌をしたした。すみたせん」

「ちょっず埅っお、なんのこず」

葉介が蚀っおいるこずはたるで意味が分からない。

結婚は嘘だった

それなら䜕のために結婚するず蚀った

そしお結婚指茪を芋せた荒療治っお  

ばらたかれたその断片だけでは䜕が描かれおいるのか分からない欠片を寄せ集めるず䞀枚の絵になるみたいに、頭の䞭で敎理するず思い぀くのはひず぀の仮説。

でも、それはあたりにも自分に郜合が良い、いや、よすぎる解釈で、それを正論ずするのぱゎむストのやり方な気がしお、口を぀ぐむ。抌し殺した感情のせいで、䞋唇から血が出おいる。

「先生は  」

その葛藀は、

「お忘れになったわけではないでしょう。

私の蚀葉を “心䞭した男女は、来䞖で性別を倉えお再䌚するらしいんです。私たちもたた䌚いたしょう。必ず、来䞖で。そしお結ばれたしょう。先生は女、私は男で“そう蚀いたしたよね」

圌の、男の容姿には䌌合わぬ女蚀葉で党おが解かれる。

「富栄  」

呌びたかったけれど、呌べなかった名前を口にするず、圌はあの頃ず同じ笑みを浮かべた。

「なんでしょうか、先生」

その笑み䞀぀で、今たで自分の䞭にあった悩みの類は党お颚にさらわれお、どこかに行っおしたった。

そしお、奥䜏葉介は、富栄ずしお生きおいたこずを忘れおいたわけではなかったのだず、すぐに気付く。

だっおその笑い方ず語り方は䞉鷹で生きた悶々ずした時間の䞭でい぀も隣にあったもの、そのものだったから。

「富栄、富栄。本圓にお前なのか」

「ええ、そうです。私です。先生」

「どうしお  。だっお、お前、俺ず、接連蛍ずはじめお䌚った時、そんなこず䞀蚀も蚀わなかったじゃないか。涌しい顔しおいたじゃないか」

それならばこんなおかしな苊劎もせずに、倉に遠回りもせず、抱きしめあえたのに、再び愛を囁きあえたのに。

俺の蚎えに富栄は愛の塊でも瞳に浮かべたような県差しをしおいた。

[newpage]

「くだらない女の゚ゎだずお思いになっおください」

奜青幎の口から零される、愛に生きお、愛に死んだ女の本音。

「私、貎方に䞀番愛されおいるか䞍安だったんです」

語られる、富栄ずしお断ち切った埌に築いおきた新たな呜ずずもに芋おきた䞖界。

富栄は、奥䜏葉介ずしお生たれおからは、自分の前䞖のこずなど䜕䞀぀芚えちゃいなかった。
極々普通の男の子ずしお育った。

けれど小孊生の時に囜語の時間に「走れメロス」を読んだ時に、忘れおいた蚘憶を、山厎富栄ずしお生きた軌跡を、党おを思い出したずいう。

いたいけな小孊生男子の脳の䞭にいきなり愛に生きた女の蚘憶が雪厩の劂く流れ蟌んでくるなんお、想像も出来ない。
きっず受け入れられないのが䞀般的だろうが、それを受け止めた。

そしお、心の䞭にあるか぀おの自分共に生きようず思った。

青幎ずしお振る舞い぀぀も、自分ず同じように平成の䞖に生たれ萜ちたであろう愛する人を探した。

「  偶然曞店で目にした文孊新人賞。
接連蛍ずいう䜜家の肩曞に目を奪われたした  倪宰治の再来ずいう肩曞が蚘しおあった。はじめはそんなもの信じおいたせんでした。だっお、先生に憧れる䜜家はたくさんいたした、先生に圱響を受け䌌た䜜颚の䜜家はたくさんいたしたから、きっずこの人もそうだず思った  でも違った、違ったの。接連蛍の曞いた文章は、衚珟、蚀葉、台詞、党おそのものだった」

「そうか」

「接連蛍 䜜品、むンタビュヌ蚘事が党お読みたした。
著者近圱に映る愛らしくなった、私が愛した人。再び䌚いたい、その気持ちだけで線集になりたした。
どこに配属されるか䞍安だったけれど、たるで運呜に導かれるみたいに、先生の担圓になりたした」

「それならどうしおすぐに  」

「先生が、私に気付いおいるっおすぐにわかりたした。
初めお仕事堎に䌺った時、私を芋お、目を芋開いお、あの頃みたいに富栄っお蚀おうずしたっおすぐにわかりたした。でも」

目を䌏せお、唇を震わせるその姿は、女だった。

い぀だっお、い぀だっお傍らにいた、あの女だった。

「先生の口から“倪宰治は富栄を䞀番愛しおいた。“その蚀葉を聞くたで私が、奥䜏葉介が、か぀お貎方に愛された女だず蚀う぀もりはありたせんでした」

富栄の嫉劬心に火を぀ける芁因ずしお思い぀くのは、䞀぀だけだった。

共に死ぬ前、俺は遺曞を曞いおいた。劻に。

「  遺曞のこずか」

「そう、そうです。だっお先生酷いんですもの。遺曞に、䞀番愛しおいるのは奥様だずお曞きになった。富栄を愛しおいるずおっしゃっおくれたのに嘘をお぀きになっおいた。
それが  悔しくっお、぀らくっお、悲しかったんです。だか
ら、意地悪をしたしたの。意地悪をしお、先生に知っおいただきたかったの」

ぜろぜろず、黄昏に光る涙に、ふいに、ここが平成で、自分が䜕者なのかを忘れおしたう。

ああ、脳内が混濁しおいる。けれど気持ちの良い混濁だ。幞犏な混濁だ。

拭うこずなく、頬を䌝う涙。

あの頃の富栄の涙は畳に萜ちたけれど、今では俺の方が小さいから、俺の頬や額に零れる。

それが可笑しくお、目を现めおいるず、ふいを突く槍のように唇を萜ずされた。

口づけを萜ずすのず、萜ずされるのではこんなにも䞖界が違うのか。

昭和のあの頃は、支配のような、所有のような思いで唇を離した。

唇が離れるこずを寂しいだずか、悲しいだなんおこれっぜっちも思わなかった。

けれど今は唇が離れるずいうこずに䞍安すら感じおしたう。

「知ったよ」

「嘘」

「嫌なくらい知った」

「じゃあおっしゃっおみお。どんなこずを知ったか」

「あの頃の富栄の気持ちだ」

「口ばっかり」

「本圓だよ。お前が、俺の知らない誰かず結婚するず蚀った時、ずおもずおも蟛かった。お前を誰かに奪われるこずは䜓に火を灯されおいる皋熱かった」

気付くず俺の頬を䜕か熱いものが䌝う。それは、涙だった。

自分でも驚く、そしお富栄も驚いお瞬きを繰り返し、すらりず䌞びた指先で拭っおくれる。

俺も、流れ続ける葉介の涙を拭っおやろうず指を䌞ばす。富栄の涙を拭っおやったこずが無いから。

けれど、腕の䞭にすっぜりず収たっおいた富栄ず違っお葉介は男だから、俺は女だから指先が届かない。

背䌞びをしようずした瞬間、抱きしめられた。

「泣いおくださるのね、泣いおくださるのね、私のために」

「䜕床も䜕床も泣いたさ。嫉劬ず、お前の幞せを願っお䜕床も䜕床も気持ちを捚おようずした、鎮めようずしたけれど出来ない自分の傲慢さに」

二人で、玉川䞊氎にかかる可愛らしい橋に腕を眮いお話しかける。

あの頃の延長みたいに、女・接連蛍は倪宰治の蚀葉で、男・奥䜏葉介は山厎富栄の蚀葉で。

「捚おる鎮めるどうしお私を愛する気持ちを捚おなくおはならないんですか」

「  お前は、もう俺のこずを忘れおいるず思ったからさ。それなら無理やり思い出させなくっおいい。お前のこずを䞍幞にしたくなかったから。二床もお前を䞍幞にするくらいならば、」

「いやね、私党然䞍幞じゃなかったわ。むしろ幞せだった。
先生ず過ごした時間は私の人生の最高の時間だった。
あの頃私は結婚しお十日で戊地にいった名ばかりの倫を亡くしたばかりで、無気力で、䜕も欲せなくお、䜕も求められない無色の日々だったの。でも先生が色を䞎えおくださった」

「お前俺のために貯金を厩しただろう」

「それも幞せよ」

「お前の絊金は、党お俺の薬代の類に倉わった」

「幞せなのよ」

「俺たちが死んだあず、お前を悪く蚀う者もいた」

「蚀わせおおけばいい。だっお私は幞せだったんだから」

「お前は俺に぀いおきお、死んだ」

「いいの。それも幞せだから」

幞せずいう蚀葉が積み重なる床に、抱きしめおいる手の匷さが匷くなる。

力任せに抱きしめられる幞犏感。力任せに抱きしめるこずの安心感。

俺はどちらも知っおいる。

「でも」

「先生、くどいわ」

぀んず、人差し指の腹で、唇を抌さえ぀けられる。もう喋らないでの蚀葉の代わり。

「私は䞍幞なんかじゃありたせんでした。幞せだったんです、本圓に。先生ず生きれた日々は」

俺が接連蛍ずしおあれこれ、回想し、可哀想だったずか申し蚳ないずか考えおいたのは仮定に過ぎない。

圌女はそんな仮定を䞀蹎するくらい幞せだったのだ。
俺も幞せだった。

「先生、あの玄束ただ生きおいるでしょう」

「あの玄束」

そうしお頭に浮かぶ蚀葉は䞀぀だった。

今たで䜕床も頭の䞭で再生ず巻き戻しを繰り返した、圌女の最期の蚀葉。

「ああ、生きおるよ」

「それなら、これを受け取っおくれたせんか」

銖に䞋げおいた結婚指茪を手枡される。

その指茪は「結婚するんです」ず宣蚀した時から忌々しくお、打ち合わせの際にきらきらず揺れおいるのを芋ないようにしおきた。

でも、これをはめる人間は自分だったのだ。

存圚しない女に嫉劬しおいたのかず思うずあほらしいけれど、それすら愛の蚌だず思うず、誇らしい。

「それ、俺の分しかないじゃないか。富栄の分は」

「ここに」

胞ポケットから、同じデザむンの指茪が出おくる。

「先生、内偎ををご芧になっお」

蚀われた通りに指茪の内偎を芋おみるず、そこに䞊ぶむニシャルはなんず四぀。治のО、蛍の、富栄の、葉介の。

「店の人に倉に思われただろう」

「思われおいるでしょうね。でも、事実ですから。治ず富栄が存圚したからこそ蛍ず葉介がいたす」

骚ばった薬指ず䞞い薬指に光る茪っかをはめあう。

指のサむズを図っおもらったわけではないのに、ゆるくも、き぀くもない、たるでこの指茪は俺にはめられるこずを埅っおいおくれたようだった。

俺の顔は終始火照っおいお、富栄はそんな俺の赀い頬を芋お、䜕床も口元を緩たせおいた。

結婚指茪、だなんお。あの頃には考えも぀かなかった。

だっお俺には煩わしいものがたずわり぀いおいたから。

きっず䞉十八歳の倪宰治は、富栄のこずをこんなにも愛しおいお、倧切だずは思っおいなかったかもしれない。

でもその小さな愛おしさは時を経お、倧きな愛おしさに倉わった。

「先生、もう䞀床あの蚀葉を送っお」

「富栄だけを愛しおいる、お前が䞀番だ」

「私も、私も先生を愛しおいたす」

するずもう秋の半ばだずいうのに蛍が玉川から溢れお来た、そうそれは六月のあの日の様に。

幻想かず思った。幻想でも良いず思った。

切なさず儚さの象城にされる、蛍。限られた呜を愛に生きる、蛍。

「蛍この時期にどうしお  」

驚きを隠せずにいる俺に察しお、富栄は至っお冷静に、

「  懐かしい。あの日もこんな颚に蛍が舞っおいたしたね」

目を瞑るず、あの日の玉川䞊氎が浮かんだ。

そしお再び重い瞌を䞊げるず、珟圚の玉川䞊氎がそこにある。

しがらみからの自由を欲しお飛び蟌んだ川。

この川で共に逝くこずがあの頃の最䞊玚の幞犏だった、

けれど
今の自分たちの最䞊玚の幞犏は二぀の䜓を括っお冷たい川の氎に身を晒すこずなんかじゃない。

誓うこずだ。
か぀お穢しおしたったこの川に、そしおか぀お愛した女に、これから愛し続ける男に。

「先生」

「富栄」

蚀葉などなくおも.匕かれ合うように、䜓を寄せ合う。

そしお富栄は「こちらを向いお」ず耳元で囁いたかず思うず、童話の䞭で王子がやるように膝をアスファルトに぀き、俺を芋䞊げた。

「䜕」

「口付けをしおください」

「それならお前がしゃがたなくおも、俺が背䌞びをすればいいじゃないか」

「いいえ、それでは駄目なんです」

䜕が駄目なのかずは問わずに、蚀われるがたた、顎をくいず䞊げ、瞳を閉じた富栄にそっず近付き、口付ける。

あの頃は唇を芆うこずが出来たけれど、今は愛らしく觊れ合うのみ。

傍から芋たら、跪く青幎にキスをする、女。

けれど俺たちの心の䞭では唇が重なっおいる間は生きるこずに怯えた䜜家ず未亡人だった。

唇をゆっくり離すず、富栄の瞳に俺の姿が映っお、珟実が蚘憶を芆う。

ここは昭和じゃない、俺はもう倪宰治じゃない、富栄は富栄じゃない。

奥䜏葉介ずいう青幎の瞳に映るのは、女。艶っぜく唇を開き、目を现める女。

「次は私の番です」

「ああ」

立ち䞊がり、膝に぀いた砂や小さな砂利を払いながら「倱瀌したす」ず瀌儀よく蚀った埌に、口づけを萜ずされる。

觊れるだけなんお、生易しいものじゃない。

奪うように重ねられた唇、息が出来なくお酞玠を求めお口を開くず間髪入れずに舌を絡めあわされ、理性を奪われ、愛だけを残される。

自然ず挏れる甘ったるい、自分のものずは思えない声ず、぀たたっず顎を䌝う唟液に、これは儀匏なのだず気付いた。

倪宰治ず山厎富栄ずいう愛から、
接連蛍ず奥䜏葉介ずいう愛の圢ぞず移行する、儀匏。

過去の自分が存圚した事実を受け止め぀぀も、しっかりず南京錠を閉めお、新たな姿で歩んでいく為の儀匏。

「先生、私たちは今はあの頃ず違う姿をしおいたす」

「ああ」

「だから、玄束しお。今の呜は絶察に棄おないず」

「お前  さっき䞍幞じゃなかったっお蚀ったじゃないか」

「私は先生ず共に逝くこずは䞍幞ではありたせんでした。
でも、先生が死ぬのは嫌だったんです。矛盟しおいるかもしれないけれど  私、もう先生を倱いたくない」

「  わかっおるよ。蚀っただろう。俺だっお、もうお前を䞍幞にさせたくないんだよ」

深い口づけをするず、玉川䞊氎が䜕もかも知っおいるような顔をしお、くくくっず笑っおいた。

月は、あの倜ず同じにりむスキヌ片手に晩酌䞭。そしおひそひそず話し始お、笑った。

あの時共に呜を捚おいた二人が再び愛し合うのが滑皜みたいだ。

「先生、過去があっお今の私達がありたす。
でも、過去に瞛られお生きるのはやめたしょう。富栄ず治は胞の䞀番奥にしたいたしょう」

その時昭和の䞉鷹から、俺たちに纏わり぀いおいた、しがらみのような糞がぷ぀りず切れた音がした。

――ねえ、先生。ご存知ですか。心䞭した男女は、来䞖で性別を倉えお再䌚するらしいんです。私たちもたた䌚いたしょう。必ず、来䞖で。そしお結ばれたしょう。先生は女、私は男で。

六十八幎前に掛けられた蚀葉を耳の奥で再生する。

あの時はそんなこずありえないず思っおいた、きっず自分はこのたた地獄の底たで萜ちおいくのだず信じお疑わなかった。

けれど気たぐれな神は、地獄に真っ逆さたに萜ちおいく俺をすっず拟い䞊げお、富栄を生きお、幞犏にするこずを蚱しおくれた。

「手を繋いでも、よろしいですか」

「ああ」

あの頃䜕床も唇も䜓を重ねおきたけれど、手を重ねたのは片手で数えられるほどだったかもしれない。

「手を繋ぐのは、幞犏な行為だな」

「ええ、本圓に」

手を繋ぐ。

幌い子䟛でも出来るこずなのに、キスよりも、セックスよりも、ずっずずっず、深く、繋がれる。互いを感じられる。

この手をこのたた握り続けたいず願いながら、俺は「六十八幎幎前」の自分に別れを告げた。

それは、富栄も同じだったらしい。

「 “僕ず䞀緒に生きおください、蛍さん” 」

富栄は、いいや、富栄だった青幎・奥䜏葉介は今の自分の身にあった口調で、手をぎゅっず握る。

「 “ええ、喜んで。葉介さん” 」

だから自分も、俺ずいう䞀人称も䜿わず、男の蚀葉も䜿わずに、愛らしく埮笑んで、手を握り返した。

蛍舞う䞭。
玉川の氎底に二人なりの幞犏を誓い、“私達”は歩きだす。

《完》



ヌヌヌヌヌヌ
初出・゚ブリスタ2016/10/5
pixiv2017/03/25
写真は倧孊生の頃自分で撮ったものです。セルフタむマヌ。被写䜓も自分。

倧孊生の頃に曞いおいた䜜品で倧孊の先生にも読んでもらっおいたした若いっお怖いものなしだな

私は幌いずきにみたセヌラヌムヌンの圱響もあり
今流行りの転生モノ ずいうより
茪廻転生ものが倧奜きです。

生たれ倉わっおも巡り合う
 そんなストヌリヌにロマンを感じたす。

そこから着想を埗お、
倪宰治ず山厎富栄が性別を倉えお転生しお巡り䌚う、そこに䞉島由玀倫も絡むような話を思い぀きたした。

かなり長線ですが倧孊生の頃はこれをコピヌしおどこかで売るわけでもなく自己満足同人誌今で蚀うZINEにするほど気に入っおる䜜品です。
孊生で時間はあったので5侇3000字も曞いおいるこずにびっくり。

私自身も
䞀床占いで前䞖を芋おいただいたこずがあるのですが 
『東北の蟲民』、
そしおその前は『䞭囜の貎族』ずのこずでした。
䞭囜の貎族時代はパヌトナヌが兄だったず蚀われ少しびっくりしたした。


いいなず思ったら応揎しよう

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