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Scum sweets episode08『El-Salem 1』

『ねえ、マックスはどこの生まれだったっけ』
『うるせえなあ。どうだっていいだろうが。……ミシガンだよ、デトロイトだ』
『知らない街だ。マックスは、どうしてデトロイトを出てロックウェルに?』
『うるせええなあ。早く寝ろよ。……前に話しただろ、ガキの頃に俺はワルでな』
『今もじゃん』
『だーっ、当時はただのイキった悪ガキだったんだよ。……んで、ダチが死んだりな』
『いろいろ面倒事があって、な。あのままデトロイトにいると、カタギのムッターママに迷惑かかるからよ。俺は街を出て……まあ、そういうこった』
『……マックス、お母さんのこと大切にしてるんだ、好きなんだ――』
『……。うるせええなあ。俺みたいなヤクザでも、ひとつくらい大切なもんがねえと。本当の腐れ外道になっちまうんだよ。……他人に言うんじゃねえぞ、とくに組の奴らにはな』
『……うん、マックスとおれの、ひみつ。……おれの秘密も、なにか話そうか』
『……いいから、早く寝ろよ。どうせ明日には、セイレムだ。あの街についたら、まず』
『…………。寝ちまったか、手のかかるガキだぜ、シャイセ』

 1919年 7月 ペンシルヴァニア州 フィラデルフィア市――

 ペンシルヴァニア州ロックウェルを深夜に出発した違法ナンバーのトラックは、朝陽が昇るころにリンカーン街道に入り、舗装されたその道を南下していた。
 そのトラック--
 ロックウェルのギャング団「GD」GraveDiggerのトラックの座席には――

「マックス、朝だ」
「わかってるよ。昼前に、何処かに車停めて休むか。お前が運転できりゃなあ、ハハハ」
「ごめん。……あれ、でもおれたち、セイレムに、って」
「わかってる――」

 運転席のマックスは、次第に行き交う車が増えてきたその街道にトラックを走らせる。助手席で、中国人街の伯母さんが持たせてくれた荷物の包を抱きかかえて座っている少年は。
 皆からは野良公Kid、悪童どもからは虫けらBugsyと呼ばれるその少年は。
 彼から見ると左、運転席のマックス越しの窓から見える東の空。
 星すら無い、真っ黒な夜空が次第に紫色に、そしてオレンジを垂らしたような茜の朝焼けに染まってゆくのを、じっと助手席で眺めていた。
 その少年の不安、疑問に――マックスはチラと腕時計を見ながら、
「まずはフィラデルフィアに入るんだよ。そこから、ディキシーDixie Highwayの支線に入って北に行く」
 そう言って。その声の様子、機嫌が良さそうなその声で……このドライブ、道行きが今のところ順調だと少年に伝えたマックスは。
「鉄道なら、まっすぐ東でニョーヨークまで行けるんだがな。車だと、とくにこんなポンコツトラックだとな。道を選ばねえと、途中でエンコするかタイヤがイカれて立ち往生だ、シャイセ」
「そうなんだ。おれ……はじめて、車に乗ったから――」
「そうか、ハハハ。おやじの車、ツインシックスなら真っすぐ飛ばして、今日のうちにはニューヨークには入れるだろうがな。このトラックじゃ無理はできねえし……」
 次第に――
 東の空、大西洋から昇ってきた太陽は夜空を駆逐し、空を眩しいほどのオレンジ色で染めていた。
「地元の警察、ヤクザに目をつけられると面倒だからな。ちいと遠回りするぜ」
「遠回りって、どれくらい?」
「んー、そうだなあァ。クソ、シャイセ、さっきお前が地図捨てちまったから!」
「……だめだよ、あの地図。あんなの見てたら、別のところ連れていかれそうだったじゃん」
「そんなわけあるか! ……まあ、なんか汚え汁でもついてたのか、やたら臭かったからなあ」
 マックスは、朝焼けの中で見えてきたフィラデルフィア市街、朝焼けの空に摩天楼をやりのように突き立てているその街を遠目に見ながら、トラックを走らせ。

 そして――昼前にガソリンを売っているダイナーで、給油をして。
「これが、ロックウエル、で。ここが今いるフィラデルフィアだ」
 マックスは、少年と向い合せで座ったダイナーのテーブルで――ホットドックとコーラを二つずつ買って朝食にし、グラスの水滴を指につけて埃じみたテーブルに地図を書く。
「ここから、フィラデルフィアからニューヨークまで伸びてる高速の支線に入って、今日中にニューヨークに入る」
「……ここからロックウェルよりも、ニューヨークのほうが遠いんだね。マックス、運転ひとりでだいじょうぶ?」
「ハハハ、昔は一人でぶっとおし、三日くらいトラック転がして稼いでたさ。まあ、今回はそんなに急いでも仕方ねえ。それより……地元のヤクザと、警察をな」
 笑いながら言ったマックスは、テーブルの上にかいた地図の北東にずーっと、長い線を引いて。
「ニューヨークからが、長い。二日、下手すりゃ三日はかかるだろうな」
「……セイレム、そんなに遠かったんだ」
「ニューヨークから、沿岸海道通って――ニューヘブン、プロビデンス、ボストン、そこから北でセイレム、っていければ道もいいし一日だろうがな……」
「……ボストン、危険なんだっけ」
「危険なんてもんじゃねえ。今度のシノギがなきゃ、近寄るどころか名前を聞くのもゴメンだな。――だから、ボストンを避けて遠回りする」
 別の線を、指で描いたマックスは。
「ニューヨークからは、まずコネチカット州、ハートフォードあたりに入る。そこから様子見て……マサチューセッツ入りだ、ウースターに入って。そこから東へ、セイレムだな」
「……ごめん、おれ……家を出て、ずっと。列車にただ乗りしてウロウロしてたから、道とか全然わからない」
「ハハハ、ハナからおまえをあてにしちゃいねえよ。――道中、はな」
 マックスはテーブルを立ち上がると、その大きな手で地図を消して。

「どこかでモーテル見つけて、夜まで寝るか」
「もーてる?」
「そういう宿屋、車で入るホテルだよ、ハハハ。……そうだった、野良公Kid。お前に早速仕事があるぞ」
「なに、なに」
 トラックのほうへ大股で歩いてゆくマックスのあとを、少年が餌をもらえた野良犬のようについて歩く。
「俺はモーテルの部屋で寝るが……お前は、トラックの座席で寝てくれ」
「うん、それはいいけど。さっきも俺だけ、ちょっと寝ちゃってたし」
 でも、どうして? という顔の少年に、マックスは。
「こんな見ず知らずの場所の駐車場にトラック置いといて、盗まれたりしたらおしまいだ。おまえ、座席で寝て。変なやつがトラックに触ったらなんでもいいから大騒ぎしろ」
「わかった。……鎖と、南京錠じゃだめなの?」
ロックなんざ。レンチふたつあったら、お前でも二秒で壊せる――今度、そのやり方も教えてやるよ」
「わかった。おれ、寝ないでちゃんと見張るから」
「ばーか。ちゃんと寝てろ。今夜は夜通し走ってニューヨークに入るからな。支線だから舗装されてねえ、おまえ、夜目は効くだろ。あのとき、あのとき……ハハハ、体洗ってやったとき、水道の蛇口を真っ暗な中で見つけて逃げようとしてたからなぁ」
「うん。見張りすればいいの」
「ああ、トラックの前を見て。ライトの中に……道路の穴ぼこ、石くれ、倒木とかあったらすぐ俺に教えるんだぞ」
「わかった、そうしたらすぐに降りて、石とか木をどかせばいい?」
「だめだ、絶対にトラックを降りるな。夜の道路で、そうやって道が塞がれていたら……たいていは、車を狙ったかっぱらいどもだ。その木や石を避けて、そのまま突っ走るからな」
「……わかった――」

 その夜――
 日中、休息したマックスと少年は暗闇の中、トラックを走らせ――
 予想していたトラブルはなかったものの、深夜から雨が降り出した。
 舗装されていない支線の道路は、たちまちどの沼、川のようになり……運転を諦めたマックスは、地面の硬い草地にトラックを停め、雨がやみ、道が乾くのを待って。
 結局、ニューヨークに入れたのは二日目の夜になってからだった。
 ニューヨークの市道に入る前に、脇道の森の中でマックスはトラックのナンバーをペンシルヴァニアのそれから、ニュージャージの偽造ナンバーに付け替えていた。
 ニューヨークの摩天楼、その夜空にそびえる煌めきを見ながらトラックは走り。
 値段は張ったが、鍵付きのガレージがあるモーテルにトラックを停めたマックスは、そこで食事をして、翌日の食料も買い込んで少年と一泊、休息し――
 三日目の午後、彼らのトラックはニューヨークを出てコネチカット州へ。ハートフォードに入り、そこで給油と、再び休息。
 そのあたりで、ロックウェルの李夫人からもらった心尽くしの差し入れ、中華風のサラミを挟んだ面包パンも甘いお菓子も、運転しながら、二人で全部食べてしまっていた。
 そこまでは予定通り、危惧していたトラブルもなかった。

 だが、トラックがマサチューセッツ州の州道、やはり舗装されていない悪路に入った四日目の夕刻すぎ――
 少年が、薄暗闇の中……道を塞ぐように倒れている枯れ木を見つけ、マックスに警告したとき。
 危うく停めたトラックの周囲に、覆面をした男たちが群がろうとしていた。
 少年が、別の警告を叫ぶより早く……
 座席の下から、隠してあったショットガンを掴みだしたマックスが、「誰だてめえら!」の誰何もなにもないまま、散弾を暗闇の中にぶっ放した。
 トラック窃盗の男たちは、いきなりの反撃にあわくって逃げ出し……腰を抜かしてへたり込んでいた仲間も置き去りに逃げ出していた。
 マックスは、車を降りもせずにその男に銃口を向けて脅し、立たせ。道を塞いでいた倒木を退けさせて……そのまま、何事もなかったようにトラックを走らせた。
 数マイル、トラックが走ってから――
 ずっと、緊張そして恐怖で喉が、唇が張り付いて声も出せなかった少年が、ようやく。
「ま、マックス、あいつら」
「言っただろ、ああやって車を奪う連中がいるって。ハハハ、よくやった、さすが目がいいな、おまえ」
「う、うん……マックス、銃、もってきてたんだ」
「あたりまえだろ。まあ、この銃は使っちまったからな。許可証もねえやつだし、あとで川に捨てる」
「……さっき、マックスが撃って……誰か、死んだかな」
「しらねえよ。かっぱらいが死のうが……。……な、なんだよ、泣いてんのか」
「……ごめん、怖いとかじゃないけど。なんか、その」
「ハハハ、派手なケンカScrapのときはよくあるこった。血の気が多くなると、意味もなく涙って、出るよな」
 うん、少年は答えたが――
 あのとき――
 マックスに銃口で脅され、暗闇の中でもわかるほど蒼白になり、涙で顔をグシャグシャにしながら倒木をどかしていたかっぱらいの男は……野良公Kidと、彼と同じか、もっと年下の子供だった。

 そして――
 予定よりも二日ほど日時を使って、二人を乗せたトラックはマサチューセッツの州道を東に進み、ウースター市を通り過ぎ、そして。
 歴史あるウースターの街、そこから西、さらに北へと伸びる州の街道は舗装されていた。
 マールボロ、ローウェルの街を抜けるその街道を、深夜、二人を載せたトラックは走り――

「そろそろセイレムだぜ、野良公Kid。ここから南下したらすぐだ」
「……うん」
「…………。怖くなってきたか」
「……いや、そんなんじゃないよ。ただ、うん、キンチョーしてる。もうすぐシノギだなって」
「生意気いってやがる。ハハハ。……まあ、ここまでは運が良かった。ボストン避けたのもあるが、地元のヤクザにも警察にも絡まれねえでここまで――あとはセイレムに入ってから、だな」
「……うん」

 少年は、南へ進むトラックの助手席で。
 前を見張るふりをしながら、ときおり、こっそりと……運転席のマックスを、その窓越しに見える――茜色に染まりつつある東の空を、捨てたはずの故郷のある方角を見ながら。
 眠くなってきたふりをして、顔をうつむかせ。少年は……。

 ――この旅は。マックスと二人での、道程。
 ――ずっと、この旅が続いたらいいのに、と。
 ――この何日かの旅路。このドライブは、たぶん一生忘れない。
 ――そんなことを、何度も噛みしめるように思って……いた。

 ロックウェルを出て五日めの明け方、彼らはセイレム市の町並みが見える郊外へとたどり着いて……いた。


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