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いのち

あれは確か、10年前くらい。
妊娠が発覚した。驚きと年齢への不安とともに、一通りの子育てを通じて成長した自分が、再び子どもを育てることができるという喜びもあった。

父が亡くなってからの出来事だったので、父からの魂のプレゼントだろうか、と思ったりもして妙に胸熱になった。

気づくのは割と早かった。生理の周期が順調だったから。検査薬でも陽性反応。
「やっぱりかぁ、この時が来たかぁ、、、」
病院に行き、エコーで見ると、小さな種のような袋のような状態のものがポツンとあった。
受精卵だったのか、説明を失念してしまったが、あまりにも小さいのでその時は状況はわからず、次回また確認しましょうということで、時間をおいて再受診した。

胎嚢から胎芽の成長が見られない、という結果だった。

つまりは化学流産というやつである。
超初期の流産で、流産していることに気づかない人もいるそうだ。しかも、正式な流産にはカウントされないのが、化学流産である。

なのに私は、いち早く存在に気づいてしまったってわけね。。。

流産にもカウントされない私の一粒の希望は、私に一度だけ姿を見せて去って行った。そんな状況だったけど、病院を出てからの喪失感は忘れられない。

初期流産のほとんどは染色体異常によるものだけど、酷く落ち込み、育てることができなかったという悲しみをしばらく勝手に1人で抱えていた。
私でこんな状態なのだから、生育が始まってから胎児とのお別れを経験された方の気持ちは計り知れない。この日本で流産ややむなく中絶することは、決してレアケースではない。

父からのプレゼントかと思いきや、「もう、いろいろ諦めろ(自分の思うようにはいかないものだ)」という思し召しのような出来事だった。
だけど、「いのち」をこんなにも瞬間的に意識したのも久しぶりだった。
いろんな命が、自分に関わり、環境となり、関係性が生まれる。全ての命に意味があり、愛が宿っている。
その事だけは確信をした。

その後、私は市議選にチャレンジすることを決め、当選して1年半ほどで離婚した。

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