政治思想を開示する二次創作アカウントへの冷笑は冷笑ではない話


現状、私のような反高市でないオタクは、特段声を上げることもなく、世界各国や憲法に対する日本の対応を静観している。

なぜなら彼らと私たちとでは世界観が全く違うため、わざわざ大好きな公式コンテンツを政治利用してまで声を上げるような緊急性が今の日本にあるとは到底思えないからだ。
だからこそSNS上で目に見えて大きな声を上げているのは特定の思想や正義感を持った方々ばかりになるのだが、正直に言わせてもらうと、彼らのその圧倒的な熱量は、私たちにとってはマジで怖い。

もし少しでも彼らの信じる素晴らしい道筋とは違う視点の意見を言おうものなら、彼らは途端にこちらを無知な冷笑勢と決めつけ、まるでブレーキの壊れた暴走機関車のような凄まじい勢いで言い負かしにかかってくる。
彼らは私たちがアホの達観をして冷笑していると憤るがそれは大きな誤解だ。
私たちが画面の向こうで浮かべているのは、決して余裕のある冷笑ではない。

圧倒的なパッションで自らの正義を信じて疑わない人々を前にして、ひたすら波風を立てないように、ただ嵐が過ぎ去るのを待つための「引き攣り笑い」なのだ。

私たちがしているのは冷笑ではない。
保身の笑みだ。
会話の余地がないほどに熱狂している人々を、わざわざ怒らせたい人間などいない。
暴走機関車の前に生身で立ち塞がって、それは違うよ!と説得を試みるのは勇気ではなくただの無謀だ。
対話の通じない彼らを刺激してしまえば、どんな形で自陣…自分の愛する推しや界隈にまで火の粉が飛んでくるか分からない。
だから私たちは線路の脇にそっと退避して、彼らが警笛を鳴らしながら猛スピードで通り過ぎていくのを引き攣り笑いを浮かべたまま無言でやり過ごしているだけなのだ。

彼ら暴走機関車は信じられないことに「いや、流石にそれは暴論すぎないか…?」という、こちら側の些細なぼやきを最高の感度で拾い上げる。
想像してみてほしい。
凄まじいパッションの汽笛を鳴らし、自分たちの信じる素晴らしい道筋へと猛スピードで爆走していく機関車。
私たちはそれに轢かれないよう線路の脇へサッと退避し嵐が過ぎるのを待つように引き攣り笑いを浮かべてやり過ごしている。

その時彼らのあまりにも飛躍した理論や過激な奇行を目の当たりにして、うっかり「いやいくらなんでもそれは無理筋では……?」と自分のテリトリーでぽつりと呟いてしまったとする。

すると、どうなるか。

彼らはそのわずか1ミリの異論をコウモリも顔負けの超音波センサーのごとき最高感度でキャッチする。
そして、あんなに前しか見ずに猛スピードで爆走していたはずの機関車を急ブレーキで止め、凄まじい勢いでバックしてくるのだ。

「今なんと言ったァアアア〜〜〜!!!!!」
「この無知な冷笑勢めええええぇええええええええええええ〜〜〜〜〜!!!!!」
「お前は権力側の犬かあああああああああああ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

と、地鳴りのような長文と引用リポストの嵐を引き連れて、わざわざこちらを轢き殺すためだけに、猛スピードで線路を逆走してくるのである。

怖すぎるだろ。そういう習性の敵モンスターかよ。

そんな動きをする乗り物、絶対に近づいてはいけないし、目を合わせてもいけない。
会話の余地など最初から1ミリもないのだ。
彼らにとって自分たちの崇高な正義とやらに100%の賛同を示さない者は、すべて粉砕して啓蒙すべき愚民でしかない。
だからこそ私たちは彼らが完全に視界から消え去るまで、絶対に音を立ててはいけないのだ。

息を殺しただひたすらに引き攣り笑いでやり過ごし、音もなくミュートやブロックの壁を築き上げる。それがこの狂暴なノイズから自分と愛する界隈を守るための最も理にかなった生存戦略なのである。

彼らが「誰もわかってくれない!」と怒り狂い、見えない敵を探して線路を猛スピードで逆走している間、私は一切の危険が存在しない完璧な安全地帯……自室の液タブの前へと帰還する。
彼らと私とではそもそも生きているジャンルが違う。

私が全精力を懸けて撃ち抜くべきは論理の通じない暴走機関車ではない。
画面の向こうにいる読者たちの、そして何よりも私自身の性癖である。
誰の日常も脅かさず、誰にも轢かれることのない完璧な密室で私は今日もペンを握る。

はち切れんばかりにビルドアップされた男たちの三角筋、皮膚の下を流れる熱い血潮、そして画面の隅々にまで緻密に計算され尽くした、愛と祝福の象徴たる♡喘ぎ。
ただ純粋な情熱だけを注ぎ込んで創り上げるこの愛と筋肉のドスケベ秩序こそが、私にとって何よりも尊く絶対に守り抜くべき真実なのだから。

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