私はダメじゃない。それでも50社落ちた。
プロローグ
仕事を辞めた。
夫は言った。
「そんな会社、辞めてもいいよ」
私はその言葉に甘えた。
正直、すぐに次が見つかると思っていた。
採用の仕事をしてきた。
年間2,000名の応募を集め、130名を採用したこともある。
採用の厳しさも知っている。
だから自分なら大丈夫だと思っていた。
でも違った。
第1章 すぐ決まると思っていた
応募しても落ちる。
また落ちる。
面接まで進んでも落ちる。
気づけば50社近く応募していた。
フルリモートの求人は特に厳しかった。
人材紹介会社経由でも20社近く応募した。
結果は全滅だった。
理由は分かっていた。
直近の短期離職。
採用職のブランク。
ある紹介会社では、はっきり言われた。
「職歴に問題があります」
採用担当として働いてきた私は、
その意味がよく分かっていた。
だから反論もできなかった。
でも心の中では思っていた。
仕方ないじゃないか。
あの会社は、
本当に続けられる環境じゃなかった。
好きで辞めたわけじゃない。
別の担当者には、
「職務経歴書を修正しましょう」
と言われた。
少しだけ腹が立った。
こっちは本職だよ。
何千人もの職務経歴書を見てきた。
問題は書き方じゃない。
職歴そのものだ。
そんなことは、自分が一番分かっていた。
第2章 終わったな
一番苦しかったのは、
不採用通知ではなかった。
カードの利用明細だった。
失業保険があるから大丈夫。
そう思っていた。
生活水準もあまり変えなかった。
夫にも正確な貯金額は言っていなかった。
ある日、スマホでカードの利用明細を開いた。
思ったより残高が少なかった。
慌てて分割払いに変更した。
しまいにはリボ払いにも変更した。
積み立てていたNISAも止めた。
解約もした。
老後の私から、お金を借りた気分だった。
画面を見ながら、
終わったな。
と思った。
転職活動がうまくいかないことより、
お金が減っていく方が怖かった。
第3章 また戻っていた
今振り返ると、
苦しかったのは、
転職活動そのものじゃなかった。
もっと古いところだった。
私は「お前はダメだ」と言われて育った。
母の口癖だった。
何か失敗すれば怒鳴られた。
頭を叩かれたこともある。
私は言い返せなかった。
ただ泣いていた。
私なんて何をやってもダメ。
それがずっと根っこにあった。
だから不採用通知を見るたびに、
ただ落ちただけなのに、
自分そのものが否定された気がした。
「職歴に問題があります」
仕事の話のはずだった。
でも私には、
昔聞いた言葉に少し似て聞こえた。
第4章 分かってくれる人がいた
転機になったのは、業務委託の面談だった。
正直、期待はしていなかった。
ダメ元だった。
転職活動では職歴ばかり見られていた。
だから今回も同じだと思っていた。
でも違った。
担当者は履歴書を見ながら言った。
「かなり大変でしたよね」
そして実績を見て、
「すごいですよ」と言った。
私は少し驚いた。
褒められたことよりも、
分かってもらえたことに。
短期離職だけじゃない。
その前後で何をしてきたのか。
どんな成果を出してきたのか。
ちゃんと見てくれていた。
あぁ。
分かってくれる人がいるんだ。
久しぶりに肩の力が抜けた。
すると不思議なことが起きた。
自己PRが自然に出てきた。
頭で考えるより先に言葉になった。
自分でも驚くくらいスラスラ話していた。
話し終わる頃には、
担当者も納得したような顔をしていた。
まだ捨てたもんじゃないかもしれない。
第5章 私は止まっていなかった
同じ頃、noteを書き始めた。
最初はただ吐き出していただけだった。
転職活動の不安。
母との関係。
恋愛。
結婚。
自己否定。
ぐちゃぐちゃだった頭の中を言葉にした。
転職サイトを閉じた後、
深夜まで書いている日もあった。
気づけば窓の外が明るくなっていた。
書いていると、不思議と少し落ち着いた。
頭の中で絡まっていたものが、
少しずつほどけていった。
なぜ採用の仕事にこだわるのか。
なぜこんなに苦しいのか。
私は何を失ったと思っているのか。
書きながら考えた。
考えながら書いた。
気づけば講座の資料を作っていた。
ストアカも始めた。
SEOも対策した。
転職活動は止まったままだと思っていた。
でも振り返ると、
止まっていたわけじゃなかった。
エピローグ
転職活動は今も続いている。
だから成功談ではない。
明日また落ちるかもしれない。
それでも、
カードの利用明細を見て
「終わったな」
と思った頃の私よりは、
少しだけ前を向いている。
もし半年前の私に会えたら、
たぶんこう言う。
大丈夫。
あなたはダメじゃない。
この話も、全部繋がっています。
