失敗を、人の名前にしない
「お前はダメだ。」
その言葉を聞くたび、私は返事をしていた。
「うん。」
反論した記憶はない。
居間では時計が秒を刻み、
台所からは食器を重ねる音が聞こえていた。
何がきっかけだったのかは覚えていない。
テストの点だったのか、
片づけを忘れた日のことだったのか。
覚えているのは、私が何かに失敗して、
母が「お前はダメだ」と言い、
私が「うん」と頷いたことだけだ。
「違う」と言えばよかったのかもしれない。
でも、子どもの私は
母の言葉が世界のすべてだった。
失敗したのではない。
私はダメなんだ。
そう思うようになるまでに、
時間はかからなかった。
大人になっても、
その言葉は心のどこかに残っていた。
失敗すると、先に謝る。
頼まれてもいないのに、自分を責める。
うまくいかなかった出来事より、
「やっぱり私だから」と考える癖だけが残った。
ある日のセッションで、一人の女性が言った。
「やっぱり私、ダメなんです。」
職場で同僚に声をかけようと思っていたこと。
でも、相手が忙しそうに見えて
声を飲み込んだこと。
帰り道では、「また何もできなかった」と
何度も自分を責めたこと。
話しているのは出来事のはずなのに、
最後は必ず自分を責める言葉になった。
「結局、私がダメだから。」
私は少しだけ黙った。
目の前にいる彼女と、
あの日の自分が重なって見えた。
そして言った。
「ダメだったのは、起こった出来事ですよ。」
彼女は顔を上げた。
「あなたじゃありません。」
彼女はうつむいたまま、しばらく黙っていた。
やがて小さく笑って、
「考えたことも、ありませんでした。」
と言った。
その言葉を聞いたとき、
あの日の自分を思い出した。
あの日の私も、
こんな言葉を待っていたのかもしれない。
言葉は、人の心に長く残る。
だから私は、
誰かが自分を責め始めたときほど、
言葉を選ぶ。
失敗を、その人の名前にしないために。
今日も私は、目の前の人に伝える。
「それは、あなたの名前じゃありません。」
#未来のためにできること 「文藝春秋SDGsエッセイ大賞2026」

