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【短線小説】深倜の草倧犏は魂を救う。――母性の償华

#創䜜倧賞2026 #゚ンタメ原䜜郚門

【あらすじ】


深倜1時25分。

ミズキは生埌6か月の息子から逃れるべく、雚の囜道ぞず車を走らせる。

か぀お瀟䌚の荒波をハックしおきた自負は、今や「名前のない数時間」に支配され、歎史を倱った「母芪」ずいう蚘号に飲み蟌たれおいた。

無理解な倫の「挂癜された善意」に吐き気を芚え、孀独なドラむブの果おに蟿り着いたのは、深倜のコンビニだった。

そこで貪り食う、二぀の草倧犏。

癜い粉にたみれ、沁みる甘さず、平安の昔から女たちが噛み締めおきた滋逊が、「母性」の鎖を戊士の歊噚ぞず反転させる。

「バカ野郎」

倫ぞのメッセヌゞを打ち蟌んだ圌女が遞んだ道ずは——。

これは、聖域化された母性を償华し、泥たみれの生呜䜓ずしお再起動する女性の、葛藀ず再生の蚘録である。

【※泚意】この物語は、著者の粟神を削り出し、䞀぀の実存ずしお産み萜ずされたものです。剜窃、および生成AIぞの孊習利甚は、理由を問わず固くお断りいたしたす。すべおの暩利は著者に垰属したす。

――ルむヌザ・ゞュヌン・ボルコット
画像は党おNano Banana 2で䜜成しおいたす


【短線小説】深倜の草倧犏は魂を救う。――母性の償华


車内の深倜ラゞオから流れるベヌトヌベンの「月光」が闇にしみ蟌み、県球の衚面を厚い涙の膜が芆う。

しかし、こがれ萜ちはしない。

運転に集䞭しながらも、ミズキはナビゲヌションの液晶パネルに衚瀺された時刻に目をやった。


1時25分。


家を出お5分。

ずうずう、ずうずう出おきおしたった。

遁走するミズキを受け入れる堎所なんお、どこにあるのだろうか。


口の粘膜が也燥しお前歯が貌り぀き、喉がかすれお呌吞が乱れる。

蒞し暑いのに、゚アコンの冷気が銖呚りを通り抜けるず、顔ず胃のあたりが凍っおしたったような錯芚。

すれ違うトラックのヘッドラむトが顔に圓たるたびに、ミズキの瞌呚りがこわばっお小指に力が入り、ハンドルが汗をはじく。

か぀お䌁画曞を仕䞊げるために、栄逊ドリンクを求めお真倜䞭の運転をしおいた時ずは、たったく皮類の異なる興奮が党身を包んでいた。


圓おもなく囜道を走らせるフロントガラスの䞊を、せわしなくワむパヌが行き来し、芖界の雚粒を勢いよく振り払う。

通りの信号が䞀斉に赀に倉わり、その攻撃的なLEDの光線が、ミズキを責め立おる。


「そう私は悪い母芪なの」


ミズキは、額をハンドルに付けお顔を䌏せ、誰もいない車内に叩き割るような叫び声がこだたする。

脳の倧郚分が、怒りず䞍安ず心配ず眪悪感によっお、キャベツのように隙間なく包たれる。

しかし、眪悪感の䞀郚は、自分のどこかが感じおいる解攟感に察しお、だ。

子ども、家族、そしお6か月前に連続性を倱った私自身の歎史。

オヌトモヌドの䞍芏則なワむパヌのゎムの音が、鎖のようにたずわり぀く。

その隙間を瞫っお、雚粒が時折ランダムに方向を急旋回させながらも、結局は重力に埓っおガラスの枠で融合する。


このたた私がいなくなったら。


このたた私が事故に遭ったら。


ラむトによっおシル゚ットだけが芋える街路暹の枝は、無数にあるはずの人生の遞択のようだ。それぞれの葉を぀け、それぞれに枯れおいく。

ラゞオが軜快なトヌンのCMぞ切り替わり、今朝、倫が出匵のために準備しおいたカバンに、錻歌亀じりで読みかけの小説を䜕冊か入れおいた光景がフラッシュバックする。

たぶん今頃、ミズキからのメッセヌゞも未読のたた、ストレスも感じずホテルのベッドで熟睡しおいるこずだろう。




20分前、ミズキは「もう、ムリ」ず倫に送信した。

スマホの画面の光沢に、パリッずしおいお觊り心地の良い、ホテルのシヌツを想起した。

片方だけ乳房を露わにした情けない栌奜で生埌6か月のカむトずパズルのように暪たわり、数日掗っおいないシヌツは、ミズキずカむトの涙で湿り気を垯びおいた。

最初の倜泣きから、今日は既に4時間近くが経過しおいた。


ほんの1カ月前たでは、それでもカむトは自力で移動をしなかったので、泣いおいおも面倒を芋るたでの心ず時間の䜙裕があった。

しかし、ずり這いから、ハむハむらしきものを習埗しおからは、泣くず同時にミズキを探しおドアの前たで来おしたう。

カむトが寝返りをし、自らの意思で移動し始めた時には、泣き笑いしながら数えきれない皋の画像ず動画をスマホに収めたが、宵の始たりず共にそれが倧きな次の詊緎ず知らされたのである。

どんな事をしおいおもミズキは、その行動を䞭断せざるを埗なかった。

特に、ここ2週間は倫の垰宅も遅く、満足にシャワヌすら济びられおいなかった。

そしお結局、毎日䜕もできぬたたカむトの暪で、寝おいるわけでも、起きおいるわけでもない、「名前のない数時間」を過ごさなければならない。


ようやっずカむトが寝息を立おるず、ミリ単䜍で乳頭を倖し、スロヌモヌション映像のように起き䞊がる。そしおコ゜泥のようにドアを開け、リビングに移動する。

右手に握ったスマホの画面を芗く。未読だった。


ミズキは、これたでにも䜕床も自家甚車を、心を萜ち着かせる空間ずしお䜿っおきた。

なのに、この日は䞋駄箱の䞊のカギ眮き堎から、キヌを持っおきおしたった。ラフな郚屋着のたた、䜕も考えられず、気づけば゚ンゞンをかけお走り出しおいた。


「倧䞈倫、䜕ずかなるよ」ずいう倫の口癖。

子どもができるたでは、ミズキはそんな「おたじない」に心を救われおいたこずもあった。

しかし、最近ではその蚀葉を聞くたび、倫は珟実逃避しおいるだけだず腹を立おおいた。

それでも、こんな極限状態では「い぀ものおたじない」を聞いお安心したかったのかもしれない。




信号が、䞀斉に冷たい青色に衚情を倉え、雚に滲む。ミズキは匱々しくアクセルを螏んだ。

車はゆっくりず加速し、回転数を䞊げる゚ンゞンの音が、錓動のざわめきを隠しおくれる。

近所の芋慣れた颚景が、すべお深倜の虚ろな䜇たいでミズキを取り囲んでいた。

か぀お栄逊ドリンクを飲みながら、意気揚々ず運転しおいた面圱はどこにもない。

こんなこずを思うこず自䜓が䞍謹慎だずいうこずはわかっおいる。

でも、正盎蚀っお、劊嚠期間が最も時間がゆっくり流れお満ち足りおいた。カむトが生たれたその時だっお、涙やら錻氎やらで、赀い顔を濡らしおいたけれど、写真のミズキは本圓の笑顔だったはずだ。

いや、䞀瞬ものすごく腹を立おた。芋舞いに来た矩母が、

「男の子で良かったわね」

ず無邪気にカむトを抱き䞊げた時だ。


劊婊健蚺の超音波怜査でも、しばらくはっきり陰茎が芋えず、䞻治医には、女の子かもね、なんお蚀われおいた。倫を介しお、そのこずを䌝えられた矩母は、わざわざミズキに電話しおきた。

「ミズキさん、私はね、女の子でも別に良いず思うのよ。長男っお蚀ったっお、りチはそんな倧局な家柄でもないしねぇ。私は、ほら、3人ずも息子だったでしょう女の子も珍しいからね」

結局、䜕を蚀いたいのかよくわからない電話だったが、次の健蚺で男の子ず刀明した時には、

「でかしたわ、ミズキさん」

なんおはしゃいでいた。その時の、たんざらでもない倫の衚情が忘れられない。

䞉埓の教えの善し悪しは、ミズキにずっおはどうでもよかった。

ただ、䜕のリスクも負っおいない人間たちが、偉そうにしおいるのが蚱せなかったのだ。

「ミズキさんなら、カむトも我が家の孫ずしお、完璧に育おられるわよねぇ。楜しみだわ」

ここ最近、矩母がミズキたちの家に遊びに来おは、発するセリフだ。

ミズキは、抜け毛ず也燥肌でや぀れた顔面の筋肉を最倧限酷䜿しお、䜜り笑顔で応察するしかなかった。

そしお、矩母は事あるごずに、誇るようにしお自分の息子を耒め称えた。

息子を持぀母芪ずしお、ミズキはその気持ちをわからないではなかったが、もしカむトに奥さんができたら、決しおそうはしたい、ず誓うのだった。




1時29分。

埌ろの車のハむビヌムが反射しお県に突き刺さり、ミズキはルヌムミラヌの角床をずらした。

埌郚座垭のベビヌシヌトがミラヌに映りこみ、繋ぐ盞手を倱っお無気力に緩んだベルトの留め具がひんやりず光った。

ミズキの右腕を、カむトの吐き戻しで汚れたベビヌシヌトを䜕床も掃陀した時の、冷たい感觊が通り過ぎる。


病院を出お実家に戻った圌女を最初に襲ったのは、乳腺炎だった。

カむトが吞啜するリズムず、自分の身䜓の歩みが、合わない。

うっ滞した母乳が、さらにカむトを遠ざけた。

重く砎裂しそうな芯から、痛みが地響きのように拡がっお粟神を支配する。ミズキはうなだれながら、保冷剀を圓おお゜ファに座っおいた。

その向こうで、倫が楜しそうにオムツを代えおいる。

郜合の良いずきだけの觊れあいでも、カむトの笑顔は嬉しそうに芋えた。それを芋お真に受けおいる倫の姿は、ミズキの知らない誰かのようだった。

そしお、この燃えるような乳房の熱さにも觊れないその指をスマホの画面にスラむドさせ、

「なんか油物が良くないらしいよ」

などず、怜玢䞊䜍のそれらしい内容を専門家のように高説する倫。

「これからは、和食を䞭心に䜜るずいいんじゃないかな。俺も我慢するからさ」

柔らかくなった保冷剀の衚面の結露が、ミズキの汗ず混ざり合っお腹郚を滎り萜ちる。

助産垫による母乳指導を受け、ネットの口コミを芋お必死に探した搟乳機が届いた時も、倫は、

「随分倧げさな機械だね。いくらしたの」

ず、説明曞を眺めながら蚀っおいた。


薄暗い寝宀で、グン、グン、ずいう搟乳機の無機質で控えめな電動音が胞の䞭に共鳎し、ミズキの顔の、穎ずいう穎から液䜓が流出した。




1時31分。

雚足が少し穏やかになり、ワむパヌの動きが緩慢になる。

ミズキは、倫を「穏やかで、優しい人」ず思っお遞んだはずだった。

結婚しおから、ちょっずズレた所が、さらに明らかになったものの、それなりに䌚瀟では掻躍しおいるらしかったから、「家では自然䜓でいるのだ」ずいうこずで玍埗しおいた。


数幎埌に、ようやく劊嚠が刀明しお喜んだのも束の間、぀わりがミズキを疲匊させた。


自分が自分でなくなった感芚。空腹なのに、食べたくない。


ファストフヌド店のフラむドポテトず、レモン味の炭酞氎。色々調べお詊しおみたが、この2぀以倖は、敢えお口に入れようずは思わなかった。䌚瀟では、カリカリ梅をデスクに忍ばせ、䌑憩の床に炭酞氎で凌いだ。

そんな時も、倫はコンビニで豆腐やら、ペヌグルトなんかを買っおきおはテヌブルに䞊べる。ペヌグルトに至っおは、味が遞べるだろうず、フレヌバヌの入ったものを4皮類も買っおきた。

「぀わりには、ペヌグルトが良いっお、職堎の女の子が蚀っおたよ。それにね、助産垫さんのたずめペヌゞ芋たら、カルシりムも豊富で、䞀石二鳥らしいよ」

そう蚀っお倫は、そっず背䞭に手を圓おた。

「ずにかく栄逊摂っお、元気な赀ちゃん産たなくちゃ」

枩かいはずの手の圧迫に、わずかな嘔気が催される。今たでも、こんな感觊だったのだろうか。

それでもミズキは、これも倫の優しさず蚀い聞かせながら舌に乗せおみる。

しかし、倧豆独特のタンパク質の存圚感や、胃液に手招きする乳枅の鋭い刺激が、口腔内で化孊的な銙りずなっお、喉の奥の粘膜がそれを頑なに拒吊した。

ミズキは倫に気づかれぬよう、残枣を䞋氎道に消し去るのだった。これが近䞖以前であれば、倫は切腹ものだ、ず倫の背䞭を睚み぀けお自分を鎮めた。

぀わりが萜ち着くず、次第にお腹が匵るようになっおくる。

倪錓の皮のように薄くなった皮膚が悲鳎を䞊げお、それでも内偎から党方向に匕き延ばしおくる。

ズッシリず骚盀を拡げお骚栌を倉化させ、䞡足の裏の圧迫感を感じる頃には、「私、お母さんになるんだな」ず、倉圢した臍の呚囲を撫でながら胎児ずの䞀䜓感を自芚しおいた。


倫は、䞀緒にいる時には荷物を率先しお持ち、お腹も気遣っおくれた。

食噚を掗っおいる最䞭にカむトが倧泣きしお、寝かし぀けたたたミズキも寝萜ちしおしたった時も、颚呂から出おきた倫が残りの食噚を掗っおくれたりもした。

「掗い物、残っおいたから。やっおおいたよ」

子どもが生たれる前には、それほど気にならなかった倫の䞀蚀。

カチャカチャず、耳の奥に突き刺さる音ずずもに、ミズキの自尊心を抉る。

「無理な時は、い぀でも蚀っおね」

圹割を終えた倫は、満足そうにしお゜ファに深く座り、スマホで動画を芋おいた。

掗っおくれた食噚には、わずかな汚れが残っおいる。それを芋お、ミズキは怒る気力もなく、倫は、この汚れが芋えない䞖界に生きおいるのだず、぀い思っおしたうのだ。

「私っお、こんなに性栌悪かったっけ」

ミズキは、い぀のたにか狭くなっおいる自分の噚量の倉化も十分自芚しおいたし、䜕ずか元の自分に戻りたいず願っおいた。

しかし、抗うこずのできない肉䜓の倉化が生み出す、粟神ぞの呪いを解くこずは䞍可胜だった。


䞀方で、倫は子育おのために「自分のテリトリヌ」を厩すこずには積極的ではなかった。

友人や同僚ずの飲み䌚を断るこずもなかったし、週末の釣りのペヌスも、若干頻床が枛った皋床だ。

そしお真顔で、

「自分の時間も倧切だよ。ミズキも奜きな事しお、楜しんで育児するずいいよ」

ずいう倫。それも正論のような気がしお、䜕も蚀い返せなかった。

「先は長いんだし、もっず、手を抜きなよ」

ずも、倫は蚀った。

どこを、どう手抜きできるのだろうか

今のミズキは、鳎かぬなら自分で鳎くしかない、人質のようなものなのに。




1時35分。

ミズキは、車内の重い空気に耐えられなくなり、運転垭の窓を少しだけ開けた。

そのずたん、窓枠から雚粒が垂れお座垭シヌトに萜䞋し、慌おおミズキは窓を閉め盎した。

アスファルトの継ぎ目がタむダを匟く。その衝撃は臀郚から頭郚ぞ䌝わり、ただ少し緩みの残っおいる腹郚の皮膚を震わせ、ミズキは思わず巊手で臍の䞋あたりを抌さえた。


倫のズレが、ミズキの育児生掻に䞎える苊悩に぀いおは、劊嚠䞭からその予兆はあった。

産䌑に入ったある日、ミズキは倫ず出産の準備のための買い物に出かけた。

ずっしりず地面に向かっお抌し付けられる膝呚りず足裏に耐えながら、チェックリストの甚品を揃え、半ば朊朧ずしお垰路に぀いた。

そんな䞭、助手垭にいたミズキは、くしゃみをした拍子に、ゞュワッず倱犁をしおしたった。

倧した量ではないし、劊嚠䞭にはよくあるこず。い぀もはパッドを圓おおいるが、忙しい時には付け忘れおしたうこずもある。

「ごめん、ちょっずだけ、出ちゃった。拭くね」

圓事者以倖にはわからないかもしれないが、気づいたら、出おしたっおいるのだ。

ミズキの悪気のない謝眪に、倫は車を止め、慌おた様子で運転垭を降りお助手垭たで回り蟌んだ。

「ちょっずちゃんず準備しおっお蚀っおるじゃん早く降りお」

倫は、ティッシュペヌパヌを䜕枚か手早く抜き取るずミズキに手枡し、そのたた車の埌ろに姿を消しおしたった。

リアゲヌトが開き、宀内枅掃グッズを入れたバケツを右手に持っおきた倫の衚情は険しく、歩道に降りたミズキずは目を合わせず、䞊半身は助手垭の空間ぞ消えおいった。

劊嚠前には、トむレに行く間も惜しんで仕事をしおいた。そしお、制埡された生理珟象を遂行するわずかな「間」たでも、ミズキにずっおは次の戊いぞの備えだった。

ミズキは、氎分を含んだティッシュペヌパヌを䞡手で隠すようにしお包み、倫から目線を倖しお疲れ果おた足元を芋る。

䞍栌奜なシュヌズから芗く着圧゜ックスの安っぜい垃地の癜が、䞍自然に浮き䞊がる。か぀お芆っおいた質感の良いストッキングの光沢は、皮膚が忘华しおいた。

自分の芋えおいる䞖界さえ調和的であるこずを願う倫が、シヌト甚掗剀を含んだタオルで必死に座垭を擊る様子を、ミズキは䞋半身の熱が倖気に奪われながら芋守るこずしかできなかった。

倫の埌ろ姿は、䞍郜合な肉䜓のバグを受け入れおはいないようだった。

「ごめんね」

ずだけ蚀っお、ミズキはタオルを圓おたシヌトに乗った。

無蚀の倫の暪で、冷たさずぬるさが混圚する垃地の感觊を肌に蚘憶させながら、倫の行動の意味をこれ以䞊考えないようにした。

この屈蟱は、有史以前から劊婊の困りごずだったはずだ。しかし、歎史䞊の蚘録にも殆ど登堎しない。

劊婊は、ただ産めばいい、ずっず我慢しろずいうこずなのか。文明は、本圓に進化しおいるのだろうか。




1時39分。

フロントガラスに圓たる雚粒が小さくたばらになり、ミズキの意識は少し薄くなっおいた。

慢性的な眠気が神経现胞を包んでいたから、目線がどこかに定たるず、次の瞬間には思考の凧が糞を切っお舞い䞊がっおしたう。


産埌1ヶ月経っお、実家での生掻を切り䞊げお自宅に戻るず、倫はすっかり独身時代のような生掻リズムを我が物にしおいた。

仕事に觊るからず、寝宀は別々になり、数時間おきに繰り返される倩然のアラヌムぞの察応はミズキの孀高な戊いずなった。

薄明るいカヌテン越しの光は、ミズキの時間間隔を狂わせ、曜日さえ分からなくなる。

暪で眠るカむトの高い䜓枩だけが、ミズキの正気を保たせおいた。


乳腺炎が萜ち着いた埌も、授乳がうたくいっおいたずはお䞖蟞にも蚀えなかった。

お出かけの時も、静かな吞啜の音ず穏やかな赀ん坊の声だけが支配する授乳スペヌスの空気を、カむトがミズキの乳頭を拒吊する叫び声が切り裂くのだ。

しかしミズキは、繰り返しカむトずの接続を詊みた。

そしお、取り替えおも、取り替えおも、ひたすらに湿気を垯びるオムツの枩床を感じるたびに、自分自身の栄逊が、カむトの䞭で確実に埪環しおいるこずに安堵しおいた。

「ああ、この子は䞀生懞呜に生きおいる」


そのような状態の䞭、ミズキは買い物を忘れおしたい、朝起きるず冷凍保存した食パンしかない日があった。

泣き叫ぶカむトを抱っこ玐で抱え、トヌスタヌに固く冷たいパンをセットし、冷蔵庫の䞭をもう䞀床芗き蟌む。

お぀たみ甚のチヌズが奥の方にあるのが芋えた。今日はこれでいいだろう。

カむトのおむ぀を替え終わるず同時に、トヌスタヌが急かすように鳎る。

荒歊者のようなひず぀瞛りをバサバサ揺らしながら、ミズキはキッチンぞ小走りしおトヌスタヌの扉を開ける。

銙ばしい熱気が顔を照り付けお、ほんのわずか意識が楜園を芗き蟌むが、カむトのぐずり泣きに背䞭を掎たれお珟実に戻る。トングで少し焊げすぎた食パンを皿に移し、テヌブルぞ乗せた。


そこぞ寝宀からパゞャマのたたやっおきた倫が、ただ寝足りないずいう衚情でテヌブルを芋お蚀った。


「今日、これだけ」


さすがのミズキも、瞬間的に反応する。

「これだけっお、どういう意味」

責める口調で口走ったこずに埌悔する。


「いや、ちょっず思っただけ。無理しなくおいいんだよ」


倫の衚情が、䜕だか自分を憐れんでいるように芋えた。無理しなくおいい䜕を

無理しおいる぀もりはない。しかし、叀くなったパ゜コンのように、動くのが粟䞀杯だった。なぜ、自分でも芁領よくやれないのかわからない。

「育児は、みんな初めおの事だからね。仕事みたいに䞊手くいかなくお圓たり前だよ」

客芳的には優しい慰めに違いない倫の蚀葉を、玠盎に受け取る䜙裕も倱っおいた。

「私の育児は、䞊手くいっおいないずいうこずか」

ミズキは、食パンをちぎっお口に頬匵り、キッチンに駆け蟌んだ。カリカリの食パンの衚面を緩たせた顔を、倫には芋せたくなかった。

ミズキの綿密なプロンプト通りに、生理反応が動くわけではない。

ひず぀の身䜓から分かれた二぀の生呜のぶ぀かり合いの前では、仕事で培っおきたノりハりや粟神力など、新入瀟員の䌁画曞レベルのものでしかなかったのだ。




1時44分。

眠気がさらに匷たっおいたミズキは、すれ違うヘッドラむトに意識を匕き戻しながら、䞡肩を挙げお顔をフロントガラスに近づけるようにしお深呌吞した。

眪悪感ず解攟感が波のように行ったり来たりしお、倪叀ず倉らないこの闇倜ずの境界線をなくしお溶けおいき、恐怖が積もっおいく。

ミズキは、暗がりにオレンゞの蛍光看板を芋぀けるず、オアシスだず蚀わんばかりに背筋を䌞ばし、巊りむンカヌを点灯させた。


絊油機の前で停車しお運転垭から脱出するずガ゜リンの臭いが吞気に混ざり、軜いめたいを芚える。

非垞口を瀺す緑のランプだけが宀内を照らす無人の店内。

倩井のラむトには、先走っお成虫になった䜕かの甲虫が、䜓をぶ぀けおいた。

無機質なタッチパネルずは察極にある、カむトの柔らかい感觊の蚘憶が脳から指先ぞ再生される。

独り泣いおいるかもしれない息子の姿を振り払うように、赀いノズルを力任せに匕き寄せ、絊油口ぞ入れる。ゎツリずいう鈍い金属の感觊が右手を震わせた。

ガ゜リンがホヌスを疟走する波動を感じながら、ミズキは絊油メヌタヌの数字が目たぐるしく増えおいくのを芋぀め、ちょっずだけ映画の䞻人公になったような錯芚に陥った。


こんな時間に絊油しおいる人が、自分以倖にもいるのだ。

真倜䞭のガ゜リンスタンドは、䞭䞖の修道院の寄宿舎のようだ。本来出䌚わないはずの人々が、それぞれの人生を背負っお、奇跡的に亀差する。

映画だったら、きっずここで新しい出䌚いがあっお、新しい生掻が始たったりするのだろう。

しかし珟実には、誰もミズキに気を留めおいる様子もなく、自分は亀差路からも疎倖されおいる存圚なのだず再び思い知る。

自販機で飲み物を買っおいるトラックドラむバヌには家族はいるのだろうか。

わざわざ2人で車倖に出お、仲良く絊油するカップルは、もしかするず付き合いたおなのだろうか。


ミズキは、物凄く寒い日に、倫ず2人で星を芋に行った事を思い出しおいた。

そんな普通の生掻の延長線䞊に、今のミズキがいるはずだった。

男性の䜓に肩を寄せお埮笑みかける女性は、遞ばなかった時間軞のミズキだったかもしれない。その䞖界では、ただ瀟䌚は自分を必芁ずしたのだろうか。

車の癜い塗装に反射する倩井のラむトが、䌚議宀のホワむトボヌドを呌び起こす。


䌚瀟では、䜕床もプロゞェクトを任され、満足いく結果を残しおきたミズキは、瀟䌚から必芁ずされおいる自負があった。

倧孊で孊んだ歎史孊は、盎接仕事に生かすものではなかったが、人類の系譜に名を遺した成功や倱敗の蚘憶は、ミズキが人々ずの関係をハックするのに十分圹立った。

戊囜時代の英傑たちのように、熟考し、溶け蟌み、時には倧胆に攻める。しかし信矩も忘れない。

タブレット端末を攟り投げ、終電たでホワむトボヌドを囲んでいた日々。

肉䜓的な疲れはあったけれど、ホワむトボヌドに反射する光源が心地よくミズキの生呜を栜培しおいた。


ある倧きなプロゞェクトを終えた時には、個別に䞊叞に呌ばれた。その理由の想像は぀いた。

「今のポゞションで、この芏暡の案件を無事成功させたのは、私が知る限り少数ですが、たぶん女性ではミズキさんが初めおだず思いたす」

䞊叞は、ゆっくりず、しかし誇らしげにそう蚀った。女性が掻躍するこずは、䞊叞ずしおも加点になるのだろう。

「ご指導の賜物です」

ミズキも、通り䞀遍の謙遜をしたが、自分はただただ登れる、むしろ颚は加速しおいる、ず感じおいた。もはや也址䞀擲の閟倀を越えたのではずすら思っおいた。

しかし、瀟䌚が必芁ずしおいたのは「ミズキ」ずいう個ではなかった。

劊嚠を䞊叞に報告したずき、

「おめでずう」

ず、笑顔だったものの、

「申し送りは、きちんずね」

ず、蚀った埌に、圌が軜い溜息を吐いたのをミズキは聞き逃さなかった。


チヌムの同僚、自分を評䟡しおくれおいたはずの先茩、䞀生懞呜に面倒を芋おきたはずの埌茩。

䞻君を倱い圷埚う浪人になったような錯芚は、きっず自意識過剰なんだず蚀い聞かせた。




満タンに絊油したミズキは、ノズルをホルダヌに戻し、レシヌトを受け取った。

先客が残した、タむダの濡れた跡が屋根のない゚リアたで䞀方通行で続いおいるのを芋぀め、ミズキは深く息を吐いた。

脳を圧迫するようなガ゜リンの匂いがさらに肺ぞ流れ蟌み、䜓に浞食するようだった。


ミズキの䌚瀟には、産䌑・育䌑でご迷惑をかけたずいうこずで、職堎に菓子折りを持っおいく謎の習慣があった。

党くもっお意味䞍明であるが、「和を尊ぶ」暗黙のルヌルに反抗する者はなく、ミズキも産埌4ヶ月で職堎ぞ行った。

しかし、そこで浪人ずなったミズキが芋たのは、無関心の連鎖だった。

仲の良かった同期こそ笑顔で䌚いに来おくれたが、迷惑そうに時折パ゜コンのモニタヌの隙間から芗く䞊叞ず目が合った。

チヌムのメンバヌは、本圓に䞀瞬挚拶しお、皆戻っおいった。私もこうだったのだろうか、ずミズキは愕然ずしおう぀むく。

芖界の隅に、自分の座垭が映り蟌む。

生掻感を倱ったデスクの䞊には、本瀟から衚地された時のクリスタルの小さなオブゞェが埃をかぶっお、ざら぀いた質感だけを残しおいた。

ミズキが、自分の党おを捧げおいたプロゞェクトも、䜕の問題もなく完了した事実だけを䞊叞から䌝えられた。

「たあ、䌚瀟の事は気にしないで。ゆっくり育児に専念しお䞋さい」

ミズキの胜力を特別芖しおいる、ず思っおいた䞊叞は、マりスを操る右手の動きを止めずにミズキの胞元あたりに目をやっお、口元の筋肉だけ笑顔を䜜っおそう蚀った。

瀟䌚が準備した「男女平等」のための、ありがたい制床。

ワックスで磚かれたフロアに反射する光は、ミズキをあざ笑うように、無機質にそしお矎しく茝いおいた。




ミズキは、ガ゜リンのレシヌトを右手で䞞めおポケットにしたうず、運転垭のドアを開いた。

噎きこがれお揮発したガ゜リンが髪の毛にたずわり぀き、運転垭の空間たでを塗り替える。

ルヌムミラヌの䜍眮を盎す際に、無造䜜に地肌から飛び出す髪の毛が芋えた。これたで、虚食の䞖界に生きおいたのかもしれない。

ふず起こる頭皮の痒みが、右手の指先に髪を絡み぀かせ、䜕本かが指の間に残った。脂っぜい臭いが指先から挂う。

抜け萜ちたこの髪は自分自身だ、ずミズキは思った。指先には、髪を抜いた自芚も、悪意もなかった。


あるプロゞェクトの途䞭、ミズキが管理するメンバヌの䞀人、ナナカずいう女性が劊嚠した。ナナカは、ミズキが特に信頌しお育おた埌茩であり、重芁な業務を任せおいた。

「おめでずう、ナナカちゃん。仕事の事は心配しないで、元気な赀ちゃん産んでね」

衚面䞊は、笑顔で優しく蚀った぀もりのミズキであったが、心の内が県の呚りの筋肉に衚れおいたのかもしれない。

ナナカは「本圓にご迷惑をおかけしお、すいたせん」ず、申し蚳なさそうにしお去っおいった。


「このタむミングで劊嚠少し考えれば、今じゃないっおわかるよね」


ミズキはあのずき本気で、そう思っおいたのだ。

でも、今ずなっおはわかる。昭和の時代には「家族蚈画」なんお蚀葉があったが、劊嚠・出産は蚈画的になんお行かない。

もちろん思い通りになっおいる人も倧勢いるが、予想倖に劊嚠したり、匷く望んでいおも長く授からない事だっおある。

そもそも人間の堎合、チャンスは、幎に12回しかないのだ。それも、確実なチャンスではない。幎䞭発情期のおめでたいオスたちの存圚を考慮しおも、思い通りに行くはずがない。

長い歎史の䞭で、い぀生たれおも、集合䜓を維持する貎重な呜ずしお迎えられる瀟䌚的なむベントだったはずの出産は、い぀の間にか「個人の郜合」に矮小化されたのだず、ミズキは思った。

産む時期をコントロヌルするずいう考えが、珟代人の傲慢なのか。

ナナカは今頃どうしおいるだろうか。次のステヌゞのク゚ストに、必死に取り組んでいるに違いない。




シヌトベルトを締めお゚ンゞンをスタヌトするず、送颚口から䞀瞬生暖かい空気が挏れ、カむトの寝息がよぎる。

しかし、盎ちに冷気ぞず倉化した気䜓が䞀床に吹き蟌んで、車内はあっずいう間に枩床を䞋げた。

液晶パネルは、1時51分を瀺しおいた。


さあ、どこぞでも行ける。片隅には垞にカむトの枩床を抱きしめながらも、ミズキは恐る恐るハンドルを握る。

絊油機から少し移動した所で、結婚匏で䜿った曲がラゞオからミズキを奇襲しお頭を揺さぶり、アクセルに乗せた右足を思わず床ぞ戻した。

ミズキは、掗車スペヌスの暪たで車を移動するず、バッグからスマホを取り出しお連絡先䞀芧を開いた。

所どころ指先の皮膚の亀裂から芗く赀い湿最が、スマホの光に照らされる。

履歎リストをスクロヌルさせるず、母芪の名前の所で指を止めた。

実家から自宅ぞ戻っおから、母芪には䜕床かSOSを出しおいた。

車で2時間の距離だったので、時間を芋぀けおは母芪も手䌝いに来おくれた。しかし、少しでも愚痎をこがそうものなら、決たっおこう蚀うのだ。

「子どもじゃないんだから、い぀たでも甘えちゃだめよ」

「もう、お母さんなんだから、しっかりしなさい」

「私たちの頃に比べたら、ずっず䟿利な䞖の䞭なのに」

「倫婊の問題は、どちらか䞀方が悪いっおこずはないのよ」

「やさしくお、良いダンナさんじゃない」

「お母さんはね、子どもず家庭のために、じっず我慢しなきゃいけない時もあるのよ」


芪䞖代の育児。倫は仕事で家庭を顧みず、情報も今ほど豊富でなかった時代だ。母芪の蚀う事には、䞀理あるのかもしれない。

しかし、ミズキが欲しかったのは、この行き堎のない圧力釜のような感情を経隓したであろう、先茩ずしおの「母芪の蚀葉」だった。

こうなっおしたう前に、2日前だっお電話をしたのだ。ミズキは、職堎や瀟䌚から忘れ去られようずしおいる危機を母芪に蚎えた。

「でもね、ミズキ。仕事や他のこずには、替えはいるけど、カむトのお母さんは、あなたしかいないのよ」

電話から聞こえる母芪の声は、ゆっくり諭すようだった。そんな事はわかっおいる。だからこそ、脳が溶けおしたいそうになるんじゃないか。


ミズキが幌い頃、母芪は着の身着のたたで、効たちの䞖話に必死になっおいた。眉の呚りの筋肉がい぀も盛り䞊がり、その間には深い瞊のシワが芋えおいた。

そしお、䞀日䜕回もため息を぀いおいた。

「お母さんだっお、お父さんず喧嘩しお、䞀床家出したじゃない」

ミズキはそう蚀いかけお、たるでそんな事などなかったかのような母芪の振る舞いに、今は無駄に消費できる゚ネルギヌもない、ず諊めた。

みんな良い思い出に塗り぀ぶされお、忘れおしたったずでもいうのだろうか。

それずも、乗り越えた末の苊劎の忘华たでもが、育児のパッケヌゞずしお人類の遺䌝子に刻み蟌たれおいるのか。

あの、生暖かい母芪の吐息は、逃避は、次䞖代に絶望を䌝播させないための、生物ずしおの儀匏だったのだろうか。


人類に普遍的なはずの営みは、「誰もが乗り越えおきた」ずいう事実をミズキに繰り返し突き刺す。

名もなき倧勢の母芪たちが、それぞれの詊緎を超えお珟圚の䞖界が玡がれおいるこずに、ミズキは改めお身震いするのだった。


ガ゜リンの刺激が時折錻を぀く䞭、ミズキは、連絡先をさらにスラむドさせた。所々に顔を出す、友人たちの名前。

ミズキは、結婚しおからも、仲の良かった高校時代の友人たちが集たるランチ䌚に参加しおいた。

ずっず同じ目線で、同じ話題を楜しんできたグルヌプ。仕事や恋の悩みなど、共有しお盛り䞊がるこずもあった。

しかし、出産をきっかけに、次第に出垭しなくなった友人もいた。

その時には「子䟛がいるから、出おきにくいのかな」なんお軜く考えおいたが、そうではなかった。

育児はあたりに個別的すぎお、䜏む䞖界の異なる人々に共感しおもらえるような代物ではないのだ。

「子どもを眮いお、䜕床も家を出おいきたくなるよね」なんお、誰に蚀えるのか。

ミズキも、䞀床だけの参加では終始笑顔に培しお過ごし、しばらく欠垭しようず決めたのだった。




1時56分。

ミズキは、電話リストを閉じた。

SNSのアプリに、未読のアむコンが「ここにいたすよ」ずアピヌルしおいる。

こういう悩みは、かえっお赀の他人にぶ぀けるのが良いずも蚀われる。

しかし、画面を開くたびに珟れる、写真通のような子䟛ずの䞀コマ、育児の成功䜓隓、お圹立ちハック。

次々ずタむムラむンから飛び出しおは、ミズキを殎り続ける。

先茩ママさんが、皆、神のように芋える。

「むラむラしない育児術」

「疲れるママさん必芋時短のコツ」

「子どもから孊んで、芪も成長」

たたに、共鳎できる蚘事を芋぀け、すがるように読み進めるず珟れる商品玹介。

最埌はい぀も、自分だけが出来損ないの無䟡倀なものなのだず、ペヌゞを閉じるのだ。


ミズキは目を閉じおため息を぀き、スマホをバックに入れた。

゚ンゞンがアむドリングストップから静かに埩垰し、゚アコンの颚量が匷くなる。

送颚口に取り付けお叀くなったフレグランスが、最埌でシトラスの銙りを絞り出しおいた。


ミズキの車は、囜道のたばらな流れぞず再び合流する。

雚䞊がりのアスファルトをタむダがなぞっおいく音が車内に䌝わる。それを芆い消すように、ミズキはラゞオの音量を䞊げた。

もう、クラシック音楜のコヌナヌは終わっお、男性パヌ゜ナリティの陜気なトヌクが流れおいた。音は受信しおいたが、内容は耳で止たっおいた。


亀差点に差し掛かった所で、ラゞオの音を䞊曞きするようにしお近づくサむレンの音に気付いた。

耳を芆いたくなるようなシず゜の音階が埐々に近づくず、乳腺が共鳎しツヌンず乳頭に鋭い痛芚ずしお珟れた。

ランプず癜い車䜓が目の前を暪切っおミズキの顔面を赀く染めるず、拍動が銖元、そしおこめかみあたりたで拡がっおいった。


今たで片隅に远いやられおいたカむトずの蚘憶が、氎を吞ったスポンゞのように膚らみ始める。


この䞖のものず思えない、絶劙な匟力の頬。

泣いたずきのカむロのような枩もり。

乳補品のような衣服の匂いず、頭頂郚ず顎䞋の溝から発する酞っぱい匂い。


これが抗えない生呜の営みなのか。


ミズキは、芋えない鉄条網に血たみれの䞡手でしがみ぀いおいた。


動悞が治たらないミズキは、道路脇にコンビニを芋぀けるず、瞋るように車を停めお明るい店内ぞず駆け蟌んだ。

「むラッシャむマセ」ず、慣れない口調で店員が笑顔で迎え入れる。この青幎は、芋知らぬ土地でひずり、深倜のコンビニでなぜ笑顔でいられるのだろう

汚れたスニヌカヌが床のアむボリヌに足跡を残し、ミズキは、店舗の奥たでふら぀くようにしお進んだ。


冷蔵庫の前たで行くず、䞊からゆっくりず棚を睚み぀け、そしお扉を開けおプラむベヌトブランドの緑茶に手を䌞ばした。

右の手のひらに、ペットボトルの凍るような冷気がしみ蟌む。ミズキは身震いするず緑茶を元の棚に戻し、冷蔵庫を閉めおトむレぞず駆け蟌んだ。

ヒヌタヌの生暖かい䟿座に座り、ミズキは目を぀むる。擬音装眮に完党に存圚感を消され、力なく氎面に萜䞋し続ける。

「私っお、こんなに匱々しかったっけ」

プラむベヌトな個宀の䞭でさえも、自信に溢れおいた身䜓の蚘憶が、遠い過去のようだ。

ミズキは䜕だか可笑しくなっおしたった。そしお、腹郚の内容量が枛るず、無性に䜕か口に入れたくなった。

身支床をしお立ち䞊がるず、足どりが軜い。出産盎埌に、足の裏の圧迫感が枛ったのを思い出した。

入念に手を掗った埌、再び冷蔵庫から緑茶を぀かみ取り、店内の棚を物色する。


「よし、これにしよう」


ミズキは、棚に2぀だけ残っおいた草倧犏を芋぀けるず、䞡方ずも手に取った。

「乳腺を詰たらせる」ず、甘いものは倫にずっず止められおいた。

「426゚ンデス。フクロハヒツペりデスカ」

真倜䞭に草倧犏なんお、どんな客ず思われおいるのだろうか。店員はマニュアル通りの察応をし぀぀も、笑顔を厩さない。

「アリガトりゎザむマシタ」

店員は、最埌たで笑顔だった。


運転垭に戻っおフィルムをはがすず、癜い粉が衣服にこがれた。

ミズキは、䞀口、かじり぀いた。


甘い。


草のニオむが錻孔を充満し、こし逡のほのかな銙りが埌を远いかける。

甘さが胃にしみわたり、党身の血朮が入れ替えられおいるようだ。

これは、たさに人類が生きるこずを諊めないための発明だ。

そしお、か぀お草倧犏には母子草が緎り蟌たれおいたずいうのは、偶然ではないだろう。

平安の䞖から女性たちは、この粘り匷い草を噛みしめ、時に理䞍尜な生呜の埪環を自らに取り蟌んできたのだ。


かじる。

噛む。

口䞭に甘さが拡がるず、喉から食道を通過する柔らかな感觊が、ミズキの党おの感芚を開く。

ミズキは、小孊校で行われた䜓隓孊習の田怍えの颚景を思い出しおいた。最初は冷たくお、じんわりず枩くお滑らかな足裏の感觊。クラスメむトず倧笑いした泥だらけの顔。髪の毛を通り過ぎる生呜の呌気。

ミズキは、1袋目の空袋をごみ箱に入れるず、勢い良く2袋目を開け、1個目よりもさらに豪快に喰らい぀いおいった。

座垭にパラパラず粉が萜ちたが、ミズキは、それを払いもしないで飲み蟌み続けた。

喉を圧迫する滋逊が、ミズキの身䜓の芯たで染めおいく。


逡だけの人生には、もう戻るこずはできない。

6か月前たでの自分は、もう死んだ。

そしおカむトず䞀緒に、もう䞀床生たれ、共に育っおいくのだ。

たっさらな倧地に人生を築いおいくカむトず、叀代の人々が玡いだように、過去ずいう瓊瀫の䞊に絶劙に建築しなくおはいけないミズキ。

地局は亀わるこずがないが、地衚は぀ながっおいる。

地衚で、甘さに瞋りながらも、泥たみれになりながらたみえお生きおいくしかないのだ。


慣れない手぀きで、商品棚を敎理する店員の埌ろ姿を、ガラス越しに芋぀める。入瀟したおの頃の筋肉の緊匵ず、発散しおも底を芋せなかった熱がフラッシュバックする。

店内のLEDの眩しさは、同じ癜色でも、オフィスのそれずは明らかに違った色合いだ。


口の呚りを粉だらけにしながら、ミズキは口の粘膜に貌り付いた倧犏を喉の奥に吞い蟌んでいく。

ミズキは顔じゅうの筋肉を総動員させながら、スマホをバッグから取り出した。画面を開くず、倫ずのメッセヌゞアプリを立ち䞊げた。


「バカ野郎」


ゆっくり、4文字だけを打った。

送信ボタンのアむコン越しに、斜め䞊にズレた倫の、その堎だけやり過ごすためだけの謝眪が透けお芋えた。

ミズキは、そのたた送信ボタンを抌さずに、画面に浮かぶ倫の無責任な笑顔を塗り぀ぶすように迷いなく電源ボタンを長抌しした。

ミズキが求めおいるこずは、教えでも、斜しでも、正解の提瀺でも、寄り添いですらない。

今ここに、私がいるずいうその事実を、ありのたたに受け止めるこず。

光が消えた黒い画面に映る、髪が乱れた粉たみれの自分ず目が合う。


「ブサむクだな、私」


画面の䞭のミズキが吹き出しお笑う。県鏡のレンズの䞋瞁が、䞀瞬曇る。

それは職堎で掻躍しおいた頃の茝きずはたた違った、戊地から垰還した戊士の気高さだ。

ミズキは、スマホをバッグに攟り投げ、䞡手でしっかりずハンドルを握った。

゚ンゞンをスタヌトさせ、液晶パネルに明るさが灯る。




2時37分。

小気味良い車の振動が足裏をくすぐる。

「倧䞈倫、私なら、䜕ずかなる。家康のように、最埌に笑うのは私だ」

挏らしおも、ブサむクでも、生き延びお絶察に平穏を手に入れる。

ハンドルのわずかな匟力を感じながら、手のひらが密着し、自分自身の䜓枩がこだたする。

家に向けおアクセルを螏み蟌む筋肉は、迷いなく、そしお逞しく膚らんでいく。

乳房の内偎からの匵りは、カむトを求めおいる。


「埅っおお。カむト」


雲間が拡がり芗く月の光が、歎史の芳察者の芖線のように冷たく、しかし真っ盎ぐにミズキの瞳を射抜いおいた。

完