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好きという感情は眩しい

好きなことをしている人。好きなものについて語っている人。「好き」という感情に真っ直ぐな人。そんな人々に、わたしは昔から強く惹かれている。
好きなものと向き合っている人々は、私にはいつもキラキラと輝いて見えて、「好き」の感情を上手く現せないわたしにとって、強い憧れの対象だ。
今回のnoteは、文面でならわたしも少しは「好き」に向き合えるかもしれない、という思いつきで認めています。ただ、わたしの好きなものについてつらつらと書き連ねる記事です。


①スキンケア
スキンケアの工程が一日の中で1番幸せだ、と感じていた時期があるくらいには、スキンケアが好き。とは言っても、色々試してお金をかけて……というタイプではなく、決められた工程を丁寧にゆっくり行うのが好きなだけなので、正直スキンケア用品に特段詳しいわけではない。ただ、導入液をつけて、フェイスパックをして、化粧水、乳液、アイクリーム、フェイスクリームを塗って…最後に顔のマッサージをする。この時間が、なんだか自分を大切にできている感じがして、好きだ。この時間も、こうして自分を労る感覚も、これからも大切にしていきたい。

②散歩
散歩が好き。知らない街を歩くのも好きだけど、見知った道でも実は毎日違う顔をしていて、それを見逃さないように歩くことが好き。
おしゃれなパン屋さんを見つけたり、素敵な古本屋を見つけたり、そんなとびきりときめく出会いがなくたって好き。ただ、空の色が綺麗だなぁとか、風がなんだか気持ちいいなぁとか、あの車のナンバーゾロ目だ!とか、そんな何にもならない発見が嬉しい。
歩きスマホをしている人を見ると、もったいないなと思う。私もスマホ依存ではあるから、通知が気になるのはわかるんだけどね。
もうすぐ涼しくなるのかな、快適に外を歩けたら、もっと散歩が捗るのに。

③ゲーム実況
小学生からずっと触れている、唯一のコンテンツかもしれない。
ゲームがそもそも好きで、学生時代はよく自分でも遊んでいた。いつしか、ゲームのために時間をとる余裕は無くなって、体力も無くなって、小さい頃に親が誕生日プレゼントなんかに買ってくれていたゲーム機は、相当な高級品になった。それでも、ゲームと私の縁が切れなかったのは、小学生の頃友達が教えてくれたゲーム実況の活動者が、ずっとずっと好きだったから。自分ではやらないゲームから、みんなが知ってるゲーム、今話題のゲームに、こんなものまであるのかと驚くフリーゲームまで、その活動者が全部私に教えてくれた。子供の頃からのワクワクを、忘れさせないでくれたのは彼らだった。
今はすっかり、配信を全部観るぞ!というような熱量は無くなってしまって、それが切なく感じることもある。でも、あの時私を楽しませてくれた彼らの笑い声が、今も画面をタップするだけで聞ける。いつでもあの時のように笑える。それが嬉しい。どうか彼らの活動が、末長く続きますように。


このまま続けるとかなりのボリュームになりそうなので、この辺りで一度立ち止まろうと思います。
改めて好きなものに向き合うと、好きな理由の言語化はとてもとても難しい。だって、好きなんだもの。好きなことが、自分の中で当たり前なんだもの。改めて言葉で説明するのは、なかなか大変だ。でも、どうだろう、ちょっとは自分の中の「好き」に向き合えた気がする。それに、嫌いなものの話をしているよりずっと楽しい。

また続きを書くかもしれません!その時はどうぞよろしく。おしまい。

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