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「AIでええやん」と言われて、私は好きだった仕事を失った

AIを使えば、仕事は楽になると思っていました。

実際、企業分析も資料作成も、以前よりずっと速くなりました。

でも最近、AIを研究すればするほど疲れています。


皆さんこんにちは。
中小企業診断士として、10年間、企業の分析や経営支援を仕事にしてきました。

最近、「AIについてのセミナーをやってほしい」という声をたくさんいただくようになりました。

ありがたいことに、今では毎月何本か、AIをテーマにしたセミナーをしています。

本当にうれしいです。

声をかけていただけることも、
会場に足を運んでいただけることも、
私の話を聞いていただけることも、
感謝しかありません。

ただ、その一方で。

最近、AIを研究すればするほど、強い疲労感というか倦怠感というかを覚えるようになりました。

AIを知るほど、自分がいらなくなる気がする

私たち中小企業診断士は、
企業の状況を分析し、
課題を抽出し、
解決策を考え、
その実行を支援する仕事をしています。

企業のウェブサイトを読む。

市場環境を調べる。

強みや弱みを整理する。

経営者の話を聞きながら、何が本当の課題なのかを考える。

そして、その会社がこれから進む方向を一緒に探す。

私は、そういう仕事を10年間毎日してきました。

中小企業診断士というと、経営者に助言したり、セミナーに登壇したりする華やかな仕事を想像されるかもしれません。

しかし、そんな時間は全体の5%くらいです。

残りの時間は、ほとんど資料とパソコンに向き合っています。

それが普通の日々でした。

しかし、今ではその多くをAIができるようになっています。

もちろん、現時点のAIの回答にはムラがあります。

企業のウェブサイトを渡して、

「この企業を分析してください」

と頼むだけでは、かなり粗い回答しか出てきません。

ところが、指示を細かく分解すると状況が変わります。

たとえば、

  1. この企業をPEST分析してください

  2. PEST分析から機会と脅威を抽出してください。情報源も示してください

  3. VRIO分析を用いて、この企業の強みを抽出してください

  4. 強みと、外部環境から抽出した機会・脅威を基にSWOT分析してください

  5. クロスSWOT分析を行い、経営課題を抽出してください

  6. 5フォース分析も踏まえ、課題に優先順位をつけてください

このように、一つひとつ作業を分解し、順番や判断基準を仕様書として渡す。

意識高い横文字が並んでいると思いますが、要するに、私たちが時間をかけて行ってきた企業分析を、工程ごとにAIへ指示しているということです。

これらの工程を踏むと、AIはそれなりの企業分析を完成させます。

最近では、エージェントを組み、自動化できるまでになりました。

もちろん、そのまま経営支援に使えるわけではありません。

情報が間違っていることもあります。

会社の歴史や経営者の思い、従業員との関係、その場の空気までは分かりません。

それでも、以前なら何時間もかけて行っていた分析の土台が、短時間で出てくるようになりました。

研究を進めれば進めるほど、AIの精度は上がっていきます。

そしてAIの精度が上がるほど、

「自分の価値が、毎日少しずつ削られている」

という気持ちも強くなっていきました。

セミナーをするたび、自分の価値を削っているような感覚

私は今、AIの使い方を人に伝える仕事の割合が増えてきました。

AIの専門家ではなく、経営の専門家がAIをどう使うのか?という観点で呼ばれます。

ですので、

効率的な調査方法を伝える。

企業分析の方法を伝える。

提案書の文章の作り方を伝える。

資料作成の方法を伝える。

AIを使えば、これまで時間がかかっていた仕事を、もっと短時間で進められます。

その方法を知ってもらうことは、間違いなく価値のあることです。

だから私は、これからもAIについて伝えていくと思います。

しかし、セミナーをすればするほど、自分自身の価値を削っているように感じるのです。

徒労感というといいますか、

イメージとしては、自分が一生懸命覚えた楽器を

「そんなことよりAIで一瞬に、素晴らしい演奏が」

と言われている気分です。

「あなたの今までの努力は全て必要無くなりました。お疲れさまでした」

そんな声が自分の声で聞こえてきます。

私が時間をかけて身につけてきたこと。

多くの企業を支援しながら、少しずつ蓄積してきたこと。

失敗し、
怒られ、
泣きながら考え、
怒りを押し殺し修正しながら、
傷だらけで自分なりに作ってきた仕事の進め方。

それをAIに「1行で」実行させる方法として、人に教えている。

もちろん、そんなに単純な話ではありません。

AIがあるから、中小企業診断士が不要になるわけではない。

経営者との対話も、意思決定の支援も、実行段階での伴走も必要です。

これからしなければならないことも、頭では分かっています。

AI時代における中小企業診断士の役割を確立すること。

仕事のやり方を変えること。

価値を置く場所を変えること。

分析する人から、意思決定を支える人になること。

正しい答えを出す人から、経営者と一緒に進む人になること。

たぶん、そういうことなのだと思います。

それでも、気持ちがすぐについてくるわけではありません。

私は、この仕事が好きだった

最近、強く感じるのは

私は、この仕事が泣けるほど好きだった

ということ

企業のウェブサイトを読み込む時間がかけがえのない時間でした。

決算書や事業内容を見ながら、

「なぜこの会社は、このような数字になっているのだろう」

と考える時間

どうやったらみんなの役に立てるセミナーが作れるかをうなりながら考える。

こんな仕事ってあんまりないと思うんです。

経営者の話を聞いて、最初に聞いていた悩みとは違う場所に、本当の課題があることに気づく瞬間、何とも言えない感動がありました。

支援が終わった後も、その会社のことを考えていました。

帰りの車の中で考えてたら、たまたま聞いていたラジオやポッドキャストにヒントを見出したこと

風呂に入りながら、突然アイデアが浮かぶことも多く、今でも濡れても書けるペンとメモが風呂場にあります。

文章を書いては消し、順番を入れ替え、もう一度考える。

時間はかかりました。

非効率だったと思います。

でも、その時間が嫌だったわけではありません。

むしろ私は、その時間の中にいることが幸せだったのだと思います。

今までは、時間がかかる仕事だと思われていました。

だから、時間をかけてもよかった。

そう思えた。

考え続けることが、そのまま仕事になっていました。

ところが今では、その作業に対して、

「AIでええやん」

と言われます。というか、私自身がそう言っています。

実際、AIでできる部分はたくさんあります。

だから悲しいくらい反論もできません。

ただそれが、どうにも寂しいのです。

仕事を奪われることだけが怖いのではありません。

自分が好きだった時間が、

「省略できる作業」

「効率化すべき工程」

「AIに任せればよい仕事」

に変わっていく。

私は、そのことに疲れているのだと思います。

AIで資料を作ったら、仕事がつまらなくなった

少し前、AIを大きく活用してセミナー資料を作りました。

見栄えはよくできました。

完成までの時間も短くなりました。

以前に自分で作っていた資料と比べても、外から見れば、それほど大きな違いはなかったと思います。

むしろ洗練されて美しい出来でした。

ところが、実際にその資料を使って話してみると、まったく自分の言葉として乗っていきません。

エネルギーが言葉に乗らない。
ただ言葉が参加者の頭上を滑っていく

話すテンポがつかめない。

どこを強く話すのか分からない。

スライドとスライドの間にあるはずの、自分なりの流れがない。

資料に自分が引っ張られているような感覚がありました。

セミナーそのものは、何とか成立させました。

それは、それは、トーク力でねじ伏せました。無理やりねじ伏せたという方が近いかもしれません。

終わった後に残ったのは達成感ではありませんでした。

強い疲労感でした。

セミナー後のマヌカハニーがいつもよりずっと優しかった。

ありがとうニュージーランド

AIで効率化したはずなのに、以前よりも疲れていました。

そのとき、ようやく気づきました。

私はいままで、資料を作っていたのではありません。

資料を作りながら、ステージを作っていたのです

何を伝えるのか。

どの順番で伝えるのか。

どこで具体例を入れるのか。

何を削るのか。

最後に何を持ち帰ってもらいたいのか。

資料作成に時間をかけること自体が、私にとってはセミナーの準備であり、リハーサルであり、思考そのものだったのです。

ミュージシャン時代に死ぬほどやったプリプロのイメージです。
※音楽家以外伝わらない

私は、その部分までAIに渡してしまいました。

だから、仕事が無性につまらなくなった。

AIを使わない、では解決しない

だからといって、AIを使うのをやめようとは思いません。

一度知ってしまった便利さを、なかったことにはできません。

調査も、整理も、文章の下書きも、画像作成も、
AIを使った方が早い場面はたくさんあります。

企業支援でも、セミナーでも、AIはこれから欠かせない道具になります。

「昔ながらのやり方に戻ればよい」という話でもありません。

ただ、どこまでをAIに任せるのかは、自分で決めなければならない。

効率化できるものを、すべて効率化する必要はないのかもしれません。

時間がかかるからこそ、自分の中に残るものがある。

遠回りをするからこそ、見えるものがある。

考え続けることでしか生まれない、自分の言葉がある。

AIに任せる仕事と、自分の手に残す仕事。

これからは、その境界線を探すことが必要なのだと思います。

今のところ私の中では、AIに任せる仕事と、自分の手に残す仕事は次のように整理しています。


これはAIで作ったよ

もちろん、この線引きはこれから変わっていくと思います。

それでも今の私は、速くできることを、すべてAIに渡せばいいとは思っていません。

時間がかかるからこそ、自分の中に残るものがある。

その感覚まで、簡単には手放したくないのです。

文章を書くことは、ランニングのようになるのかもしれない

久しぶりにnoteを書こうと思ったのも、
今回はAIを使わずに書こうと思ったのも、たぶん同じ理由。
図解はAIで作ったけど

文章を書くことも、本来はAIに任せた方が早い。

AIにテーマを渡せば、読みやすい構成を作ってくれます。
というか私が書くより100倍読みやすい。

表現を整え、誤字を直し、読者に伝わりやすい文章にしてくれます。

それでも、自分で書きたいと思いました。

これから文章を書くことは、ランニングや筋力トレーニングのようなものになるのかもしれません。

人間は、歩かなくても移動できるように文明を進化させました。

重いものを持たなくてもよいように、機械を作りました。

それなのに、私たちはお金を払って走り、重いものを持ち上げています。

効率だけを考えれば、しなくてよいことです。

それでも、人間であり続けるために、あえてする。

いや、走るのは健康のためかもしれませんが。

文章を書くことも、考えることも、これからはそうなるのかもしれません。

AIを使えば、書かなくても文章はできます。

考える過程を省略しても、それらしい答えは出ます。

だからこそ、あえて自分で書く。

あえて時間をかけて考える。

それが、仕事のためだけではなく、自分自身を保つための行為になっていくのかもしれません。

まだ答えは出ていない

AI時代の中小企業診断士は、どうあるべきなのか。

自分はこれから、何を価値として仕事をしていくのか。

AIに何を任せ、何を自分の手に残すのか。

まだ、答えは出ていません。

おそらく、簡単には出ないと思います。

それでも今は、この寂しさや疲労感を、なかったことにしたくありません。

「AIを使えば便利になる」

「AIを使わなければ取り残される」

そうした正しい言葉だけでは、説明できない感情があるからです。

私は、この仕事が好きでした。

いや、たぶん今も好きです。

だからこそ、好きだった仕事が変わっていくことが寂しい。

そして、これからもこの仕事を続けたいからこそ、AIとの付き合い方を考え続けなければならないのだと思います。

しばらくは、読まれるためでも、効率化するためでもなく、自分の手で文章を書いてみようと思います。

自分が何を好きだったのか。

これから何を残したいのか。

それを見失わないために、時間をみつけて書いていきます。

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