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🎥『国別映画史』05 ソヴィエト

【ソ連-理論が国家になる瞬間(1896-1945)】

ソヴィエト連邦において映画は単なる娯楽ではなかった。

それは

教育装置
革命装置
国家装置

だった。


前史|帝政ロシアでの初上映

1896年、サンクトペテルブルク。

リュミエール系シネマトグラフが上陸。
帝都での公開興行。

都市エリート層への輸入娯楽として始まる。
ロシア映画は最初から国際流入構造の中にあった。

革命以前も制作は行われていたが、
市場規模は限定的で輸入依存度が高い。

出発点は外部である。


0|制作本数

※この制作本数は40~60分以上の長編劇映画を基準とした概算。
ニュース映画・短編は原則含まない。
サイレント期は定義に揺れがあるため幅を持たせている。

制作規模(概算)

1910年代末(革命直後):急減
1920年代合計:約700~900本
1930年代合計:約1,000本前後
1940–45年合計:約500本前後

量はアメリカやドイツに及ばない。
だが重要なのは量ではない。
理論化の度合いである。


1|1919年:映画の国有化

1919年、映画産業は国有化。

「すべての芸術の中で、われわれにとって最も重要なのは映画である」

この発言が示すのは文化優位ではない。
教育効率である。

識字率の低い国家において、
映画は最も直接的な視覚教育装置だった。

映画は市場から切り離され、
国家制度の内部に入る。


2|モンタージュ理論の体系化

1920年代。

レフ・クレショフ
ジガ・ヴェルトフ
セルゲイ・エイゼンシュタイン

映画は理論の対象となる。

ショットとショットの衝突。
意味は編集で生まれる。

映画は撮影芸術から編集芸術へ移行する。

国家が制度を固め、
理論家が言語を整える。

国家と理論が同時に成立する。


3|『戦艦ポチョムキン』(1925)

オデッサの階段。

群衆の分断。
断続的カット。
乳母車の落下。

感情は編集で設計される。

この編集文法は、
映画史上最も引用された技法の一つとなる。

国家映画の一場面が、
商業娯楽映画から実験映画まで吸収される。

国家理論は市場映画の内部に入り込む。

理論は国境を越えた。


4|スターリン体制と制度化

1930年代。

社会主義リアリズムが公式路線となる。

形式主義批判。
実験の制限。
作家統制。

だが統制は単純な宣伝ではない。

英雄叙事。
歴史劇。
集団主義的物語。

国家観が物語として制度化される。

映画は国家叙事の構築装置となる。


4.5|国外接続 ― 理論の移動

制度が強化される一方で、
理論は外へ向かう。

エイゼンシュタインは国外で活動し、
ハリウッドとも接触する。

さらにメキシコで『メキシコ万歳』を企図するが、
制作は頓挫する。

国家理論は国外資本と衝突する。

完成しなかったこの企画は、
理論が制度の外で揺らぐ瞬間でもある。

ソ連は理論を生み、
同時に理論を外部へ押し出した。

内部は統制され、
外部では拡散する。


5|ニュース映画と視覚国家

『カメラを持った男』(1929)。

都市を撮る。
編集で再構築する。

現実は再配置される。

ニュース映画も理論化される。

国家は編集者になる。


6|粛清と沈黙

スターリン期、大粛清。

芸術家は逮捕。
沈黙。

理論国家は同時に恐怖国家でもある。

制度は強化され、
自由は縮小する。


7|戦争と愛国叙事

1941年、独ソ戦。

映画は動員装置となる。

英雄化。
犠牲の物語。
民族的統合。

国家は再び映画を統合に用いる。

制度は崩れない。

断絶は起きない。


🎙 字幕/吹替構造 ― 多民族国家としての「声」

トーキー導入:1931年頃(『人生案内』)

ソ連は15共和国から成る多民族国家。
多数の民族語を抱えるが、統合言語はロシア語である。


翻訳市場は成立しない

輸入映画は限定的。
配給は国家管理。

字幕は市場拡張の装置にならない。

翻訳は文化産業ではなく、
配給政策の内部に組み込まれる。


多民族処理

対応は三つ。

・ロシア語版のみ流通
・吹替制作
・地域向け再編集

字幕中心文化は形成されない。

識字率の地域差も影響する。
字幕は都市知識層向けに限定される。

声は統合の道具である。


言語政策との接続

ロシア語は統一の軸。
共和国語は存在するが周縁化される。

映画の音声は言語政策と連動する。

声は翻訳の問題ではない。
言語主権の問題である。


検閲との一体化

西側映画が流入する場合、
翻訳段階での調整は可能。

だが根本は異なる。

ソ連では制作段階で国家統制が完了している。

字幕は検閲装置ではない。
制作体制そのものが検閲である。


ソ連の構造

ソ連は

映画の完全国有化
編集理論の体系化
教育装置化
美学の制度化
声の国家管理

を実行した。

ドイツが美学を国家に奉仕させ、
アメリカが制度を市場化したなら、

ソ連は

映画を思想にした。

映画は光でできている。
だがソ連では、光は理論によって設計された。


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