🎥『国別映画史』17 スリランカ
【スリランカ-映画からテレビへ(1901–現在)】
スリランカの映画史は規模が小さい。
だがメディアの推移は明確である。
本章は映画史を軸に、メディアの変化を年代順に追う。
0|制作本数
※本章の制作本数は長編劇映画(約60分以上)を基準とした概算。
制作規模(概算)
1900–1930年代:上映中心、国産制作ほぼゼロ
1947年:1本(国産長編誕生)
1950年代:年数本規模
1970年代:年20本前後
2000年代以降:年20–30本前後(変動)
制作は小規模で安定的に推移する。
爆発的成長はない。
断絶もない。
1|初上映(1900年代初頭)
映画は1900年代初頭、英領セイロンに導入される。
経路は、
ロンドン → インド → コロンボ。
上映作品は英国映画、ハリウッド映画、インド映画。
都市中心の娯楽であり、制作主権は存在しない。
2|国家ミニ・プロファイル
面積:約6.5万km²
最高峰:Pidurutalagala(2,524m)
主食:米(ライス&カリー)
主産品:紅茶
公用語:シンハラ語/タミル語(英語併用)
中央高地と沿岸部。
米食文化と紅茶輸出。
言語は二重構造。
この基礎の上にメディアが展開する。
3|1947年:映画主権
1947年、
Kadawunu Poronduwa (=果たされぬ約束)公開。
監督:B. A. W. Jayamanne。
舞台劇を原作とするメロドラマ。
シンハラ語で制作。
撮影は南インド。
翌1948年、独立。
映画制作の開始と国家主権がほぼ同時に成立する。
4|1950–70年代:映画+ラジオ
この時期、テレビはまだ存在しない。
映画制作は徐々に増加。
都市部で映画館文化が形成される。
同時に、旧Radio Ceylonが広範な影響力を持つ。
音楽番組
物語朗読
宗教番組
物語装置は映画館とラジオが担う。
5|1979年:テレビ開始
国営放送
Sri Lanka Rupavahini Corporation 設立。
テレビは1979年に開始。
導入がこの時期となった背景には、
小規模経済
国家予算の優先順位(教育・福祉重視)
ラジオの既存優位
全国中継網整備のコスト
がある。
テレビは映画とラジオの上に重なる第三の装置となる。
6|1980年代:テレビ中心へ
1980年代、テレビは全国に浸透する。
輸入番組も増加。
インドのタミル語番組
ラテンアメリカのテレノベラ
日本の
おしん
1990年頃、コロンボのタクシー運転手が日本人観光客に
テレビドラマ『おしん』が大好きだったと語ったという。
映画ではない。
テレビである。
物語装置の重心はスクリーンから居間へ移動する。
7|内戦期と21世紀
1983–2009年、内戦。
映画制作は減少と回復を繰り返すが継続する。
テレビは引き続き中心装置。
2022年、経済危機。
観光依存と外貨不足が露呈する。
小国は振幅が大きい。
だがメディアは断絶しない。
結語
スリランカのメディア史は、
上映
→ 映画
→ 映画+ラジオ
→ テレビ中心
という段階を踏む。
規模は小さい。
だが推移は明確である。
映画国家というより、
物語装置の変化が見える国家。
その輪郭は、大国よりもはっきりしている。
