芦辺拓と谷津矢車のエンタメラボvol.1 「時代ミステリを語ろうの巻」に参加しました
2025年12月13日(昨日)、神保町ブックカフェ二十世紀で開催された、芦辺拓と谷津矢車のエンタメラボvol.1「時代ミステリを語ろうの巻」に参加しましたので、概要をご紹介します。
このイベントはお二人を中心としたトークイベントですが、第1回の今回は、ゲストに戸田義長先生を迎え、「時代ミステリ」というジャンルの過去・現在・未来を多面的に語る内容となりました。
時代ミステリ・歴史ミステリは個人的にも大好物ですので大いに楽しみにしていましたが、参加者三人それぞれのトークと、全員でのクロストーク(各30分)を通じて、時代小説とミステリの融合、その表現のリアリティ、そしてジャンルの可能性が探られた、非常に実り多い、そして二時間もあっという間のイベントでした。
以下、各トークの概要です。(敬称略)
芦辺拓「ミステリ+時代小説=伝奇チャンバラ? 謎の方程式の謎を解く」
自身の時代小説との接点から始まり、日本におけるミステリと時代伝奇小説の親和性について、そのルーツから解説されました。
自分が若い頃には、既に「時代小説」は若い読者に馴染みが薄かった(司馬遼太郎は読まれていたが、その後に続くものがなかった)
そんな中、SF作家・ミステリ作家の書いた作品から時代伝奇小説に触れることになった。
ミステリ作家による時代伝奇小説のルーツは角田喜久雄、さらに遡ると野村胡堂になる。しかしその源流は黒岩涙香にある。
涙香は西洋の文学を日本に導入したが、その頃から歴史小説とミステリに接点があった。涙香に影響を受けた作家たちが西洋のミステリを受容する流れで、時代伝奇小説が生まれたといえる。
戸田義長「江戸時代のリアル」
史学科出身の立場から、江戸時代の現実と、それをどのように時代小説の中に取り込んでいくか、作品を例に挙げて紹介されました。
時代小説においては、史実を単に正確に書けばよいわけではなく、読者に「ありうる」と思わせる説得力が肝要
江戸の社会制度や倫理観は現代のものとは大きく異なり、完全に再現すれば現代の読者からはかえって感情移入できなくなる。(たとえば身分の下から上への犯罪の扱い)
だからこそ創作上のアレンジを加え、現代的感覚と歴史的精度の折り合いをつける必要があるが、バランスが必要。
自分はリアルの度合いを約80%に設定し、史学的裏付けの上にわずかな虚構を織り交ぜる。そうすることで信頼感を得つつ、物語としての吸引力を保つことができる。
谷津矢車「時代ミステリ? いや、歴史ミステリだ!」
スライドを用いて、「時代ミステリ」と「歴史ミステリ」は明確に異なることを具体的な歴史ミステリ作品を挙げながら説明しつつ、歴史ミステリの持つ問題点と、それを踏まえた新たな流れについて解説されました。
時代ミステリ=架空の事件の解決が主眼のもの(実在の人物が登場するものも含まれる)。時代小説空間でミステリを展開したものであり、「証拠」は架空の存在。
歴史ミステリ=通俗的な歴史・歴史学の謎を解くもの。実在の史料や遺物などの読み解きが主題(最近は実在かどうかは問わなくなりつつある)
旧来の歴史ミステリの問題点=「説得力ありすぎ問題」。小説として面白くするために奇説や珍説を扱うと、それが真実だと勘違いされてしまう。
新潮流歴史ミステリ=あえて説得力をナーフ(物語構造によってフィクションであることを強調)。同時に面白さを担保するために、歴史ミステリパートと別に、物語パートを準備する。
これからは他ジャンルとの合流が進むだろう(たとえば『黒牢城』のような時代ミステリや歴史ミステリが融合した作品など)
クロストーク「時代ミステリ四方山話」
自由討論形式で、「過去を書くことの魅力」やジャンルの課題が熱く語られました。
過去を書くことの魅力
(芦辺)過去そのものを「テーマパーク」「パラレルワールド」として作品を書いていきたい。一方で、ありえない歴史を描くことが、陰謀論や歴史修正につながる危険性は悩ましい。
(戸田)歴史と時代小説が好きで書いている。ミステリではもっと凄い方がいるが、時代小説との合せ技でいけるのではないかと思っている。
(谷津)戸田先生は武士の心理描写が凄い。江戸でしか書けない心理や真相は非常に魅力的で、歴史作家としてもこういう書き方があったか、と感心する。
時代ミステリの問題点
(芦辺)時代ミステリは、書店で時代小説とミステリのどちらの棚に置くかという問題点がある。
(戸田)自分の作品は、それぞれのジャンルから、相手側の作品だと思われている。
(芦辺)昔の編集者であれば、絶対ミステリ作家に時代小説を書かせていたはず。
時代ミステリの展望
(芦辺)いま時代伝奇小説を書こうとすると、編集の側から様々な制限をつけられる。これは新本格がブレイクする前のミステリの状況そっくり。
(谷津)時代小説界には閉塞感がある。周囲の作家に時代小説を書いてと言って回っているが、自分に近い世代が一番時代小説に遠いような気がする。
(谷津)世代が変わると感覚が変わる。若い作家にとっては平成は歴史扱いだが、ぜひ若い作家にも入ってほしい。年が上でも、新しく入った戸田さんのような方には刺激を受ける。
(芦辺)70年代に横溝作品がヒットした時でも、あれは過去の作品という扱いだった。コロンボがヒットして影響を受けたドラマが次々と作られたが、その中にミステリはなかった。しかしそれからわずか10年ほどで新本格が誕生した。時代小説でも10年後にはルネッサンスが起きるのではないか。
イベントに参加して
冒頭で触れた通り、時代ミステリ、歴史ミステリは大好物なのですが、その両者について、成立史から実作の心構え、両者の違いと問題点等をうかがうことができたのは、非常に刺激的な体験でした。
歴史時代小説ファンとして、そして様々な形で応援している立場として、ジャンルの未来については悩む(悲観的になる)ことが多いのですが、特に今回、ご自身の体験に照らして変革は訪れるという芦辺先生の言葉は印象的でした。
もう一つ個人的なことを申し上げれば、歴史ミステリがこれからも書かれていくという理由を説明した谷津先生のスライドの結びの言葉
「人は、事実にあらざる歴史に魅せられる生き物だからである」
は、自分の生き方を一言で表現されてしまったようで、非常に衝撃を受けました……(本当に個人的)
この「芦辺拓と谷津矢車のエンタメラボ」というイベントは、今後も様々なテーマで開催されることと思いますが、何が飛び出すのか、今後も注目したいと思います。
