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未来へ放たれた槍 ー 預言者フランツ・リスト ー

未来の彼方へ私の槍を放つことが、私の唯一の野望であったし、これからもそうだ

フランツ・リスト:カロリーヌ・ヴィトゲンシュタインへの手紙にて

フランツ・リストは自身の作品が先進的であることを自覚し、このような言葉を綴った。その未来へ放たれた槍の行方を探ってみたいと思う。


ドビュッシーの証言

クロード・ドビュッシーは自身の音楽論の中でこのように語っている。

ワーグナーはリスト作品を意識的に剽窃していたが、リストはそれを笑って許していた

「ムッシュー・クロッシュ・アンティディレッタント」より

この「剽窃」という言葉はかなり強い表現に感じられる。ワーグナーはリストへの手紙で、リスト作品の主題を「拝借」したことを告白することがあった。本人の許可を得ているのだから盗用とまでは言えないのではないだろうか。反対にリストがワーグナーの主題を借りることもあったから、お互い様と言えるかもしれない。
リストがワーグナーへ影響を与えたのか、ワーグナーがリストへ影響を与えたのかという話題は頻繁に議論の的になるが、おそらく相互の影響関係があったのだろう。ドイツの音楽界が保守派と革新派の対立で揺れていた頃、ワーグナーとリストは革新派「新ドイツ楽派」の代表として目されていた。二人は標題音楽(プログラム音楽)を掲げ、新しい音楽の形を推し進めたのだ。そのような盟友だった二人がお互いを触発しあったのも自然の成り行きだっただろう。


バルトークの証言

特に19世紀後半から20世紀前半にかけて音楽界で、リストとワーグナーの関係性は無視できないものだっただろう。ベーラ・バルトークも自身の講演にて以下のように語っている。

音楽の発展への貢献という点においては、リストはワーグナーより重要視されるべきである

「リストに関する諸問題」より

バルトークはワーグナーの音楽の偉大さは十分に理解していた。しかしそれでも音楽の発展という一点においてはリストの音楽の先進性を認めていたのである。彼は続ける。

ここでリストの後世への影響について述べさせていただこう。リヒャルト・シュトラウス初期の比較的無味乾燥とも言える作品群は表面的にブラームスをほのめかすものがあるが、ブラームスの楽想に溢れた音楽には遠く及ばない。そしてワーグナーの音楽に触れることにより、彼の音楽は劇的な変化を迎えた。いや、それは何もかもリストの影響下での話である。シュトラウスは突然、交響詩を書き始めたのだ。そして例えば巡礼の年や詩的で宗教的な調べのような作品と、新たなフランス音楽芸術を象徴するドビュッシーとラヴェルの素晴らしい作品群に驚くべき共通点が見うけられよう。エステ荘の噴水やその他の作品なくして、この似通った大気を創造する2人のフランスの作曲家は存在しえなかったのだと私は確信している。そしてどれ程多くのハンガリーの作曲家の作品からリストから受け継いだものを感じ取れようか!

「リストに関する諸問題」より

当時の音楽界にてワーグナーの影響が大きかったことは周知の事実だが、バルトークはそれはリストの影響下でのことだという指摘をしている。ワーグナーが作ったと思われる当時の音楽の潮流は、リストにも負っているという指摘である。その潮流は二人で作り出したと言ってもよいのではないだろうか。

バルトークはリスト作品の研究に熱心であった。彼が熱心になった要因は様々だが、その一つに音楽家フェルッチョ・ブゾーニの影響がある。ブゾーニとバルトークは親しい友人同士であった。ブゾーニもリスト作品の擁護者として知られている人物である。


ブゾーニの証言

ブゾーニもその音楽論の中で同様の主張をしている。

私はリストの弱点を知っているが、彼の美点を見誤っているわけではない。根本的に我々は皆、リストから派生していると考えてよい。その点においてワーグナーも例外ではない。我々の作品の源泉をリストに見出すことができるのだ。セザール・フランク、リヒャルト・シュトラウス、ドビュッシーそしてロシア楽派などは皆すべてリストという木になった枝なのである。

「音楽の本質と一体性」より

リヒャルト・シュトラウス自身、マーラーへリストの素晴らしさを語ったことがある(マーラーは共感を示さなかったが)。多くの人が指摘するように、リストのリヒャルト・シュトラウスへの影響は決定的である。

またリストのフランス楽派への影響も彼らの音楽から感じとれるだろう。


ラヴェルの証言

フランスの作曲家であるクロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルへのリストの影響もよく指摘される事柄である。ラヴェル自身は以下のように語っている。

これらのリストの小品、あるいは全作品についてまわる欠陥が私たちに何の関係があると言うのだ。後の世代の多くの著名な作曲家がそこから何かを汲み取った、無限に広がる壮麗なカオスの中にある沸き立つような楽想で十分ではないのか。ワーグナーのあたかも熱弁を振るうかのような情熱、シュトラウスの奔放な熱狂、フランクの展開に伴うその重量感、ロシア楽派の色彩豊かな輝き、現フランス楽派のハーモニーの優美さによる筆舌に尽くしがたい色気は、まさにそのリストの欠陥に多くを負っているのである。そしてそれら互いにまったく異なる作風の作曲家たちの最も素晴らしい性質が、この偉大なる先駆者による異常とも言える音楽の巨大さに何も負っていないとでも言うのか。時にぎこちなく、常に膨張するようなその形式の中に、典雅に流れる天才的な展開を見せるサン=サーンスの核を見出すことはできないのか。この激しく、そして時に曖昧な響きに満たされた輝かしいオーケストラの書法が、リストのライバルとして知られた者たちに著しい影響を与えたわけではないとでも言うのか

国際音楽協会の月刊音楽評論より

このラヴェルの語りとバルトークやブゾーニの証言は、驚くべき類似性が認められる。つまりリストの影響は広範であり、当時のほとんど全ての音楽家が影響を受けているという主張に等しい。

ラヴェル自身ももちろん影響を免れない。ラヴェルは「ボロディン風に」「シャブリエ風に」などのパロディを書くことがあった。ラヴェルの「水の戯れ(原題:Jeux d'eau)」は「エステ荘の噴水(原題:Les jeux d'eaux à la Villa d'Este)」へのオマージュであったという見方もできるだろう。ラヴェルは水の戯れをどのように演奏するべきかを弟子に問われた際に

もちろんリスト作品のように演奏するんだ

と返答したという。リストは巨大で爆発的な創造力がある多作家であった。一方ラヴェルは緻密な設計で音楽を形作る寡作家だった。ラヴェルがリストに惹かれたのも、自分に無いものをリストの中に見出したからかもしれない。


シェーンベルクの証言

リストの印象主義音楽への影響は顕著である。「印象主義(英:Impressionism)」と対となる概念で「表現主義(英:Expressionism)」がある。音楽におけるその代表は誰か?アルノルト・シェーンベルクに他ならない。リストの表現主義音楽への影響も確認してみたい。

19世紀後半以降の音楽の発展は「いかに調性の呪縛から脱却するか」という方向に進んでいた。シェーンベルクは語る。

いかに多くの事が、真の直感により見出された全くの新しい音楽語法であるかを見逃してはならない。結局はリストが調性に戦いを挑んだ最初期の一人ではなかっただろうか。それは調性の絶対的な中心音が無い主題や、和声の綿密さを通じてである。

「フランツ・リスト その作品と本質」より

リストの「ファウスト交響曲」にて十二音技法が使用されているという指摘が音楽学者によって行われている。十二音技法はシェーンベルクにより体系化された概念であるから、当然リストはそれを技法として使用したという自覚はないであろう。シェーンベルクが述べるように計算ではなく直感により導きだされた結果なのである。シェーンベルクはこうも語る。

偉大なる人物たちの重要性が例外なくそうであるように、リストの重要性もまた「信心」というものの中に見出すことができるのだ。いわばそれは熱狂的な類の信心であるが、そのような信心に心を支配された人間は常人とは大きく異なる。確信を持つのが常人ならば、信心に取り憑かれているのが偉人なのである。

(中略)

そのような人種はもはや芸術家ではない。むしろより偉大なる者 ―そう預言者なのだ!

「フランツ・リスト その作品と本質」より

同寄稿文にてシェーンベルクはプラトン、キリスト、カント、スヴェーデンボリ、ショーペンハウアー、バルザックをそれら偉人の例として挙げている。シェーンベルクがリストの巨大な影響力を認めたという証左ではなかろうか。そのようなことを考えながら例えばリストの「凶星!」を聴くと、それはより一層表現主義的に響く。


おわりに

保守派であったブラームスや批評家ハンスリックは、革新派の代表であったリストの音楽に痛烈な批判をした。これは反感から出たものだろうか?それはわからない。しかし仮に反感が無かったとしても、彼らがリストの音楽を高く評価していたかどうかという点だが、音楽語法の先進性や主義・主張の相違によりそれも考えづらい。その次の世代になってやっとリストの革新性が認められたのだ。リストの槍が未来に届いたことを裏付ける出来事と言えよう。


© 加藤ミッチェル


Claude Debussy, Monsieur Croche antidilettante
Béla Bartók, Liszt Problémák
Ferruccio Busoni, Wesen und Einheit der Musik
Maurice Ravel, Revue Musicale de la S.I.M ,15 Februar 1912
Arnold Schönberg, Franz Liszts Werk und Wesen

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