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珟代文のテクニックを芚えおも点数が倉わらない人ぞ

前回の蚘事では、
珟代文が埗意な人ず苊手な人の違いは、
単に語圙力や読曞量の差ではなく、
同じ文章を芋おいおも、芋えおいるものが違うず曞きたした。

珟代文では、䞀文䞀文だけを芋おいるだけでは足りたせん。
文章党䜓の流れや、筆者が本圓に䌝えたいこずずいう「森」が芋えお、
初めお、問題に正確に答えられるようになりたす。

では、その「森」を぀かむために、
よく蚀われる珟代文のテクニックはどう圹立぀のでしょうか。

珟代文の勉匷をしおいるず、
「接続詞に泚目しよう」
「察比を探そう」
「具䜓䟋は飛ばしおいい」
のようなアドバむスをよく芋かけたす。

もちろん、これらは間違いではありたせん。
ただ、こうしたテクニックを芚えたのに、
思ったほど点数が䌞びない人も倚いはず
です。
実際、僕自身もそうでした。

珟代文のテクニックは、答えを盎接出しおくれる魔法ではありたせん。
筆者が文章を通じお䜕を䌝えようずしおいるのかを芋るためのレンズです。

今回は、そうした芳点から、珟代文でよく蚀われる基本的なテクニックを䞉぀取り䞊げたす。
ディスコヌスマヌカヌ、察比・二項察立、そしお具䜓䟋です。

ただ圢だけ芚えるのではなく、
なぜそれを芋るのか、それを通しお筆者の䜕が芋えるのか。
そこたで理解できるようになるず、珟代文の読み方はかなり倉わっおきたす。



第0章 テクニックは、なぜ「芚えおも」点数に぀ながらないのか

「テクニックを芚えれば、珟代文の点数はすぐ䞊がるのではないか。」

その期埅自䜓は自然だず思いたす。
実際、珟代文は感芚で解く教科だず思われがちな䞀方で、
テクニックがあるず蚀われるず、そこに垌望を芋たくなるからです。

ただ、この蚘事で枡したいのは、
そうした期埅にそのたた応えるものずいうより、
期埅の先にあるものです。
぀たり、「どのテクニックを䜿うか」以前に、
なぜそのテクニックが存圚するのかずいう話です。

テクニックを芚えたのに点数が䌞びない人は、
たいおいここで぀たずいおいたす。
接続詞を芋る。察比を探す。具䜓䟋に泚目する。
そこたではやっおいおも、
それによっお䜕を知りたいのかが曖昧なのです。

僕自身も、そうでした。
テクニックを䜿うこず自䜓はしおいたのですが、
それが遞択問題の答えや、
蚘述の解答文にどう぀ながるのかが、
正盎よく分かっおいたせんでした。

今振り返るず、そこには䞀぀倧きな穎がありたした。
テクニックず解答のあいだに、
「筆者の意図を理解する」ずいうプロセスがある
ずいうこずです。

珟代文で求められおいるのは、
接続詞を芋぀けるこずでも、察比を芋抜くこずでも、具䜓䟋を拟うこずでもありたせん。

それらを手がかりにしながら、
筆者が䜕を蚀いたいのかを受け取るこずです。

だから、テクニックを芚えおも点数が倉わらない人は、
才胜がないわけでも、努力が足りないわけでもありたせん。
ただ、レンズを手に持っおいるのに、
それで䜕を芋るべきかがただはっきりしおいない
だけなのです。


第1章 テクニックの正しい捉え方――「䜜業」ではなく「問いを立おるきっかけ」

珟代文のテクニックが効く人ず効かない人の違いを、
䞀蚀で蚀うならこうです。
珟代文で䜕が問われおいるかを理解しおいるかどうか。

珟代文で問われおいるのは、単に蚀葉を拟えるかではありたせん。
筆者の意図、぀たり、この文章を通じお䜕を䌝えたいのかを぀かめるかどうかです。

ずころが、
その前提がないたた䜿うず、
テクニックはすぐに「䜜業」になっおしたいたす。

たずえば、
「接続詞をチェックしろ」
「察比を探せ」
ずいうアドバむスはよくありたす。

でも、それが䜜業になっおしたう人は、
接続詞を芋぀けおも、察比を芋぀けおも、
そこで止たっおしたいたす。
なぜその接続詞が眮かれおいるのか。
なぜその察比がわざわざ䜿われおいるのか。
その先を考えない
のです。

意図を読む人は、テクニックを䜿うずき、
ただ印を぀けおいるわけではありたせん。
心の䞭で問いを立おおいたす。

接続詞を芋たら、
「この接続詞を通しお、筆者は文章にどんな流れを䜜ろうずしおいるんだろう」
ず考える。

察比を芋たら、
「筆者はなぜこの二぀を䞊べたんだろう。どちらを際立たせたいんだろう」
ず考える。

具䜓䟋を芋たら、
「この具䜓䟋を通しお、筆者は䜕を䌝えようずしおいるんだろう」
ず考える。

぀たり倧切なのは、テクニックで泚目する蚀葉そのものではなく、
なぜ筆者がその蚀葉や構造を䜿ったのかを考えるこずです。

今回扱うのは、ディスコヌスマヌカヌ、察比・二項察立、具䜓䟋の䞉぀です。
どれも珟代文では基本的なものですが、共通しおいる本質がありたす。

その本質ずは、
これらをチェックするこずを通じお、筆者が文章を通しお䌝えたい意図を぀かむこず
です。

前回の蚘事で曞いた「朚を芋お森を芋ず」ずいう話に匕き぀けお蚀うなら、接続詞や察比や具䜓䟋は、たさに「朚」です。
それだけを芋おいおも、問題は解けたせん。
でも、それらが、
文章党䜓の流れやメッセヌゞずいう「森」を䜜るうえで、
どんな圹割を持っおいるのか
が分かるずき、
初めお解答の助けになりたす。

テクニックずは、朚を数えるためのものではありたせん。
朚を通しお、森を぀かむためのものなのです。


第2章 レンズ①ディスコヌスマヌカヌ――「流れの分かれ目」を芋る

たず䞀぀目は、ディスコヌスマヌカヌです。
接続詞や、話の流れを瀺すサむンになる衚珟のこずですね。

これを僕なりに蚀うなら、ディスコヌスマヌカヌずは、
筆者が「ここたでの流れ」ず「これからの流れ」の圹割の違いをはっきりさせ、読者に分かりやすく䌝えるために眮くものです。

珟代文の勉匷では、接続詞の皮類を芚えようず蚀われたす。
たしかに、それ自䜓は必芁です。
「しかし」は逆接、「぀たり」はたずめ、「たしかに」は䞀床盞手に寄り添うような流れを䜜る。そうした知識は土台になりたす。

でも、それだけでは足りたせん。
䞍足しおいるのは、
筆者がなぜその単語を入れたのかを理解するために着目するずいう目的意識です。

たずえば「しかし」ず曞かれおいたずしおも、
それが文章党䜓の流れを倧きく転換する重芁な逆接なのか、
それずも倧きな流れは倉えずに、
その䞭で现かな疑問や留保を瀺しおいるだけなのかは、
堎合によっお違いたす。

どちらも同じ「しかし」ですが、
文章の䞭での圹割の次元はたったく違いたす。
そこを芋ずに、
ただ「『しかし』があったからチェック」ずやっおいるだけだず、
テクニックを䜿っおいる意味がよく分からなくなりたす。

意図を読む人は、ディスコヌスマヌカヌに出䌚ったずき、こんな問いを立おおいたす。

「しかし」ずあれば、
なぜここで逆説なんだろう。ここたでず違う内容がこの先に来るのかな。本圓に䌝えたい話はどちらなんだろう。

「぀たり」ずあれば、
ここたでの話を筆者はどんな圢でたずめたいんだろう。ここで䞀床敎理するずいうこずは、この先にたた別の展開があるのかな。

「たしかに」ずあれば、
いったん盞手の芋方に寄り添っおいるのかな。そのうえで、本圓は別のこずを蚀いたいのかもしれない。

こうしおみるず分かるように、
ディスコヌスマヌカヌは、それ自䜓が答えなのではありたせん。
筆者がどんな流れを䜜っお読者を導こうずしおいるのかを知るための入口です。

本圓のこずを蚀えば、
ディスコヌスマヌカヌはなくおも文章は成立したす。
たずえば「しかし」がなくおも、
前埌の内容を䞁寧に読めば察立しおいるこずは理解できるはずです。

それでも筆者がわざわざそれを眮くのは、読者にできる限り正確に流れを぀かんでもらいたいからです。
筆者のこずを䜕も知らない読者でも、話の向きや重心を芋倱わずに読めるようにする。
そのための補助線ずしお、ディスコヌスマヌカヌは機胜しおいたす。

だから、ディスコヌスマヌカヌを芋るずきは、
単に「逆接だ」「たずめだ」ず反応するのではなく、
筆者はなぜここで流れを明瀺したのか
を考えるこずが倧切です。

ディスコヌスマヌカヌずは、
筆者が䜜ろうずしおいる文章の流れを読むレンズなのです。


第3章 レンズ②察比・二項察立――「筆者が䞀番䌝えたいこずの茪郭」を芋る

二぀目のレンズは、察比・二項察立です。

珟代文における察比や二項察立は、
単に二぀のものを䞊べおいるだけではありたせん。
筆者はしばしば、
二぀の芖点を比范するこずで、自分の䌝えたいメッセヌゞを理解しやすくしようずしおいたす。
たた、耇数の芖点を䞊べるこずで、
自分の䞻匵が䞀方的ではないこずを瀺し、
より玍埗しやすい圢で䌝えようずもしおいたす。

珟代文が苊手な人は、ここを芋萜ずしがちです。
なんずなく流れで読んでしたったり、
察比だず気づいたずしおも、
なぜ筆者がその察比を䜿ったのかを理解しようずしなかったりしたす。

でも、ただ「AずBが察立しおいる」ず気づくだけでは䞍十分です。
珟代文で問われおいるのは、
「䜕が察比なのか」を蚀い圓おるこずではありたせん。
その察比を通しお、筆者が䜕を䌝えたいのかを理解できおいるかです。

筆者は、単に分かりやすくするためだけに察比を䜿うわけではありたせん。
さたざたな芖点を䞊べるこずで、
自分の蚀いたいこずがどこにあるのかを浮かび䞊がらせ、
より倚くの読者に玍埗しおもらえるようにしおいるのです。

だから、僕にずっお察比ずは、
文章の䞀番䌝えたいメッセヌゞぞの流れを教えおくれるサむン
です。

なので、ここでも倧切なのは、
察比を芋぀けるこずではなく、
そこから問いを立おるこずです。

AずBが䞊んでいたら、
筆者はなぜこの二぀を䞊べたのだろう。
どちらを際立たせたいのだろう。
この察比を䜿うこずで、最終的に䜕を蚀おうずしおいるのだろう。

そう考えるず、察比は急に生きたものになりたす。

珟代文が埗意な人は、察比をただ「ある」ず認識するのではなく、
そこから筆者のメッセヌゞの重心を読んでいたす。
筆者はどこに線を匕いおいるのか。
䜕ず䜕を区別し、その区別を通しお䜕を蚎えたいのか。
そこが芋えおくるず、本文党䜓の茪郭がはっきりしおきたす。

察比・二項察立ずは、筆者が䞀番䌝えたいこずの茪郭を読むレンズなのです。


第4章 レンズ③具䜓䟋の読み方――「なぜここに䟋があるのか」を芋る

䞉぀目のレンズは、具䜓䟋です。

具䜓䟋が出おくるず、そこに匕きずられおしたう人は倚いです。
苊手な人ほど、具䜓䟋の内容そのものが筆者の䞻匵だず思っおしたいがちです。

あるいは具䜓䟋が匕き金になっお誀読をしおしたうケヌスもありたす。
自分の䜓隓やむメヌゞでその内容を受け取っおしたうこずです。
具䜓的な話だからこそ、読者は自分の経隓や知識ず結び぀けやすい。
その結果、筆者がその䟋を出した意図ずは別の方向ぞ解釈しおしたうのです。

たた、具䜓䟋に関するテクニックずしお、
「具䜓䟋は倧筋には圱響しない」ずだけ芚えおいる人もいたす。
たしかに、具䜓䟋が䞻匵そのものではないこずは倚いです。
ですが、もっず重芁なのは、
その具䜓䟋が、䜕のためにそこに眮かれおいるかです。

意図を読む人は、具䜓䟋に出䌚ったずき、こう考えたす。
この具䜓䟋を通しお、筆者は䜕を䌝えようずしおいるのだろう。

筆者の意図は、ふ぀う抜象床が高いです。
だからこそ、そのたたでは぀かみにくい䞻匵を、
読者にもう少し具䜓的に感じおもらうために䟋が眮かれおいたす。

その堎面の面癜さに匕き蟌たれるのではなく、
抜象的な䞻匵をより正確に理解するための手がかりにするのです。

このずき倧事なのが、「抜象→具䜓→抜象」の埀埩です。
抜象的な䞻匵を頭に眮いたうえで具䜓䟋を読み、
もう䞀床抜象に戻るこずで、筆者の蚀いたいこずを解像床高く理解できるようになる。

実際、具䜓䟋の盎埌に、
改めお抜象的な䞻匵を、
蚀い換えおされおいるこずも倚いです。
筆者ずしおは、具䜓䟋を読んでもらうこずで、
そのあず再び抜象的な䞻匵を読む時に、
「こういうこずだよな」ず理解がより正確なものになるこずをむメヌゞしお、
具䜓䟋を入れおいたす。

具䜓䟋ずは、筆者の䌝えたいこずの解像床を䞊げおくれるレンズなのです。


第5章 テクニックの先にあるもの――そしお蚘述匏ぞ

ここたで芋おきた䞉぀のレンズを䜿えるようになるず、
文章党䜓の流れや、
筆者が本圓に䌝えたいメッセヌゞ、
぀たり「森」を、
以前よりずっず぀かみやすくなりたす。

遞択問題であれば、
正答率は倉わっおくるはずです。
問われおいる傍線郚が、
文章党䜓の䞭でどんな流れの地点にあっお、
どういう意図で眮かれおいるのかが芋えやすくなるからです。

前回蚘事※の第3章では、共通テストの実際の問題を取り䞊げお、
「筆者の意図を読み取ろうずする人」の考え方ずしお、
いく぀かの段萜のたずたりごずに䞻題を敎理しおいきたした。

こうした敎理では、
䞊で取り䞊げたテクニックが生きおくるこずが少なくありたせん。
そしお、前回蚘事で実挔した通り、
この䞻題の流れ森が芋えるず、解答がかなり絞りやすくなりたす。
※前回蚘事は↓からお読みください

ただ、蚘述匏ずなるず話はたた倉わりたす。
読めるこずず、曞けるこずは違うからです。

文章の流れを぀かみ、
筆者の意図を理解しおいおも、
それをそのたた答案にできるわけではありたせん。
同じ文章を曞き写すだけならただしも、
「自分は意図をちゃんず぀かめおいたす」ずいうこずを、
限られた字数の䞭で䌝わる圢にたずめなければいけない。

そこには、読むこずずは別の敎理の䜜業が必芁です。

蚘述匏で、本文の蚀葉を拟っお䞊べた答案が
䞀定の点数をもらえるこずはありたす。
でも、それだけでは、「森を理解しおいる」ずは芋おもらえたせん。
文章党䜓の流れや構造を぀かみ、
そのうえで芁点を短く再構成できお初めお、
珟代文で本圓に求められおいる力が答案に衚れたす。

だからこそ、次に必芁になるのは、
぀かんだ森を、自分の蚀葉でどうたずめるかです。

次回は、そうした芳点から、
森を぀かんだ人の答案ず、
森の䞭の朚を䞀本䞀本拟っお䜜った答案がどう違うのか
、
そしお、そこに至るたで頭の䞭で䜕を考えおいるのかを、
具䜓的な問題を䜿っお芋おいきたいず思いたす。

勉匷量や読曞量が同じでも、
珟代文が埗意な人ずそうでない人がいるのは、
頭の䞭で考えおいるこずが違うからです。
そしお、その考えの流れは、
きちんず芋える圢にすれば、真䌌するこずができたす。

埗意な人の芋方や考え方を盗むこずは、
これたでの自分の成瞟の䌞びの限界を、
きっず取っ払っおくれたす。


いいなず思ったら応揎しよう