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【短編小説】お子さまランチ。(12)

6)ハンバーグ

 ふたりともすっかりあきらめモードだ。白いお皿の上にのっていたごちそうは、ほとんどがなくなって、小さな茶色のたわら型のハンバーグが残っているだけになった。上にかかった焦げ茶色のソースが、たとえ冷めても美味しさは変わらないよと言わんばかりに、テリテリとつやのよい光を放っている。

「また来るよね」
「すぐに来るよ」

 ふたりはじゃがいもあたまの子どもたちが去って行ったトビラの方を、じっと見つめていた。三分がけいかし、五分がけいかした。トビラは開かない。時折、食事をすませたお客さんが、楽しそうに出ていくだけだ。

「あのお、失礼します」

 反対側の通路からだれかがやってきた。長くて真っ白いぼうしをかぶった男の人が、二人のテーブルの前に立っている。この店のコック長さんだった。

「あなたがたにどうしてもお会いしたいという者がいまして。わたくしが何度ことわっても、決してあきらめようとしないので困っております。一目だけでも、あなたがたに会って、直接話を聞いていただきたいのだと。どうしましょう?」

 どうしましょうも、こうしましょうもない。「連れてきてください」ハナとユメは同時に返事をした。

 コック長さんがもう一度、大きな訪問者を連れてやってきた。うしのお母さんだった。手にもったガーゼの白いハンカチで、目元を何度もふいている
。泣いていたようだ。

「ありがとうございます、なんとお礼を言ってよいのやら」

うしのお母さんは、かなり興奮しているようだ。鼻いきが荒く、ふたりのおかっぱの髪が、風に吹かれるようにうねるほどだった。お母さんは、腰をまげると、大きなかおを皿の上にのっている冷めたハンバーグにくっつかんばかりに近づけて、もう一度深く息をすった。

「これはまちがいなく、うちの息子です。息子のお肉の一部なんです。だってほら、こんなに香ばしくて美味しそうな肉汁まで出ているわ」

 お母さんはそう言ってまた、ハンカチでそっとなみだをぬぐった。

「自分の息子だってことが、お母さんには分かるんですか?」

 ハナが言葉をえらびながら、しんちょうに質問した。かなしみにくれているうしのお母さんを、これ以上興奮させてはならない。

「そりゃあ、そうですよ。なにせ自分のお腹をいためて産んだ我が子ですからね」

 お母さんの口調がほこらしげな様子にかわった。

「わたしたち、うしの嗅覚はとてもすぐれているんです。犬よりももっとです。ほら、見てごらんなさい。鼻の表面に凹凸のもようがあるでしょ?これが鼻紋(びもん)です。人でいうなら指紋と同じ。一頭、一頭みんなちがう。一生変わらない」

 うしのお母さんは、少し湿った黒い鼻をふたりの顔に近づけて、さわらせてくれた。「なるほど」ふたりが納得したのを確認すると、お母さんはまた話の続きにもどった。

「この子は、お腹の中にいるときからよく動く、元気な赤ん坊でした。産むときも難産で、けっこうな時間がかかりました。男の子だからあたまが大きかったらしくて、産道につっかえてなかなか出なかったんです。名前は牛太郎。主人が名付けたんですよ。自分の息子の名前には必ず「太郎」を入れたいって」

「ぎゅうたろう?」
「そう、牛太郎です」

「目が大きくてね。まつ毛が長くて、女の子も顔負けのかわいさでした。でも、泣き始めると手に負えなかったです。人一倍お乳をほしがるやんちゃな子で、わたしも初めての子だったから母乳だけで育てたいと思って、必死でご飯を食べました。おかげで、粉ミルクのお世話にならずにすみました」

 牛なんだから、そんなに心配しなくてもミルクはあふれるくらい出るだろうに。そう思ったものの、ふたりはだまって話の続きを待つ。

「牛太郎が小学校に入学した頃あたりが、我が家はいちばん平和で、幸せだったような気がします。下に女の子がふたりもできて、仕事と子育てにおわれる、すごく忙しい毎日でしたけど。牧場の仕事は年中無休なんです。でも夫婦で力を合わせてがんばることに、やりがいも感じてました。主人の両親もまだ元気だったし、きんじょの牧場農家さんたちと勉強会をひらいたり、たまには飲み会もあったりで、交流も多かった」

「主人は仕事にいっさい、手を抜かない人。しょくにんカタギっていうんでしょうか。あまり喜怒哀楽をおもてに出さないタイプです。そんな主人ですけど、子どもたちにはやさしくて、仕事の合間を見つけては、牛太郎に自転車の乗り方を教えたり、キャッチボールをしたりしてましたね」

(小学校?自転車にキャッチボール?)

 ふたりはだまって顔を見合わせた。このお母さんにとって、このハンバーグが大事な息子の一部であることは、無理やり認めようとすれば認めることはできる。でも、しかし…。うしの子どもが学校に通ったり、自転車に乗ったり、お父さんとキャッチボールしたりするなんて、聞いたことがない。

「中学生の頃までは、素直で、妹たちのめんどうもみる、やさしいお兄ちゃんだった牛太郎が、すっかり変わってしまったのは高校生になってからでした」

「何があったんですか?」

 みょうな話だと思いながらも、双子の女の子たちは、うしのお母さんの話にうっかり聞き入ってしまっていた。

「お恥ずかしい話なんですけど」

 お母さんは少しだけモジモジしながら話をつづけた。

「主人がよそに女をつくって出て行ってしまったんです。主人はたぶらかされたんだと思います。相手の女は、何やら病気持ちで、体が弱くて、主人のことを何かとたよりにしてきたらしいんです。主人も人助けのつもりでその女と関わるうちに、いつしか恋仲になってしまったんでしょうね」
「はあ」

 こんな大人の話を、いや、こんな大人のうしの話を、子どもであるわたしたちが聞いていいのだろうか。

「牛太郎も父親のことで、かなりつらい思いを抱えていたんでしょうね。地元の不良と呼ばれている子たちと付き合うようになって、家にもあまり帰ってこなくなりました」

 ああ、こういう展開、テレビのドキュメント番組で何度も見たことがあるぞ。うしのお母さんの話は、まだまだ続きそうだ。

「あのままズルズルといってしまったら、今頃どうなっていたことか。でも幸い、牛太郎にはよい出会いがあったようで。結婚してもいいと思えるくらいステキな女の子と出会って、もう一度人生をやり直そうと決めたらしいのです」

「それは良かったですね」
と、答えてはみたものの。そんな牛太郎さんが、なぜハンバーグになっているのか。

「幼い頃から、わたしたち夫婦の苦労をそばでずっと見てきた牛太郎は、自分の彼女にあんな暮らしをさせたくはないと言いまして。都会に出て、何か手に職をつけたいと。それについてはわたしも賛成でした。ふたりは連れ立って、故郷をはなれ、おそらくこの近くでささやかな暮らしを営んでいるはずなんです」

 話を無事に終えることができた安堵感につつまれ、うしのお母さんは大きくため息をついた。

「わたしの話は、ここまでです」


(つづく)





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