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【短編小説】お子さまランチ。(11)

 双子の女の子たちの心に、ようやく希望に似た明るいエネルギーがわいてきた。オレンジジュースを口にしたときの、十倍くらいのエネルギーだ。なんといっても二人のお腹の胃ぶくろが、食べ物はまだか、まだかと待っている。

 二人は飢えているのだ。チキンが少し冷えているくらい、どうってことない。何ならウェイターさんにたのんで温め直してもらえば、よりおいしくいただけるかもしれない。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えていただきます」
 行儀よくあたまを下げてから、二人はお皿を手にとって、自分たちのテーブルに運んでいこうとした。

「あ、ちょっと待ってくれ」
 その時、おじさんが二人を止めた。

「もうちょっとだけいいかい?ニワトリの話を聞かせても」
 二人が返事をする前に、おじさんは話始めてしまった。

「じつはニワトリの先祖は、セキショクヤケイとよばれる鳥でね、もちろん野生で、ちゃんと飛ぶことが出来たらしいんだ。でもその鳥を食べた人間が、お肉があまりに美味しかったから、自分たちの食用として飼育し始めたらしい。いつでもお腹いっぱい餌を食べ、敵がきても人間が守ってくれる。そんな安全な環境の中で、のんびりまったりとくらしているうちに、ニワトリはどんどん太って、もともと得意ではなかった飛ぶ能力も低下していったらしい」

 おじさんは話をしながら、うでを組んだ。

「そうか。ニワトリは自分が飛べるってことを忘れてしまった鳥というわけなんだな。忘れてしまったせいで、飛ぶ能力を失ってしまったかなしい鳥だ。まてよ…。そんなニワトリたちが、ほんとうは飛べるんだって事実を受け入れたらどうなるだろう?ねえ、きみたち、どう思う?」

「さあ」
「どうかな」

 おじさんが小さな女の子たちに、本気で相談しているわけではないことは明らかだった。何かひらめいたのだろう。一応、念のために、二人にも問いかけてみただけなのだろう。

「ためしにここにあるフライドチキンを全部くっつけてみよう」
「くっつけたらどうなるの?」
「丸のままのニワトリの形が出来上がるだろう?」

 おじさんは五枚のお皿の上に、それぞれ一羽ずつのニワトリをこしらえていった。むね、おなか、こし、うで、あし。あしだけは一羽につき二本必要なので、数がたりなかった。

「あたしたちのがあるよ」

 ユメがお子さまランチのプレートにのっていたからあげを、四本もってきたものの、一本分のあしが足りなかった。おじさんはウェイトレスを呼んで、あしの部分のフライドチキンを一本だけ持ってこさせた。これで数もピッタリあった。五つのパーツがそろうと、ロボットのような茶色いニワトリのカラダが完成した。すべてが焼けていて、もう生きていない。とり肉のニワトリだ。それに肝心のあたまがない。

「ちょっとこれ、切ないね」

 こんなこと、やってみなくてもよかったんじゃないかと双子は思っていた。子どもの遊びを、大人は「バカバカしいことをして」という目つきで見てくることがあるが、大人だって相当にバカバカしいことばかりやるものだ。

 おじさんはポケットから黒いペンと、メモ帳をとりだすと、小さな紙にさらさらとニワトリのあたまの部分のイラストをかきはじめた。ちょっとにくたらしそうなかおのニワトリだ。

「さあ、このあたまをつけてみよう」
 そういうと、おじさんはメモ帳にえがいた紙を指先でていねいに切りとって、皿の上のとり肉の上に一枚ずつのせていった。

「これで完成だ」

 満足そうにおじさんが言った。ふしぎな光景だった。生きているはずはないのに、全部のパーツがそろうと、とり肉はかっこよくみえた。たしかにもう、こんな形をしてしまったら食べ物にはみえない。たとえ焼かれていても、全身茶色でも、カラダに毛が生えていなくても、何かしらの生き物のようにみえる。

 そのとき、おじさんまでもが、ふしぎな行動をとった。

「コ、コ、コ、コケー、コッコ」

 ニワトリの鳴き真似をはじめたのだ。一体どんな表情で、そんな声を発しているのか、ニワトリのかぶりものをつけているせいでおじさんのかおは見えない。でも鳴き声からして、心はすっかりニワトリなのだろう。そうにちがいない。

 あっけにとられた二人が、おじさんの鳴き声に圧倒されているあいだに、皿の上に横になっていたとり肉たちが、ムクムクと起き出した。動きはじめたとり肉たちは、みじかいつばさを懸命に動かし、みじかいあしで立った。紙でできたぺらぺらのあたまを左右にふると、一瞬、ぷわああんとテーブルの上に白いけむりが立ち込めて、とり肉が焼けるにおいが広がった。

「う」

 おどろいた双子が目をつぶり、もう一度目をあけたときには、とり肉はニワトリになっていた。白い毛でおおわれ、赤いトサカを勇ましくかおの正面に立たせた、かなり小型のニワトリたちは、おじさんに負けないくらいの大きな声を出して鳴きはじめた。

 おじさんがお店の入り口に向かって歩きはじめると、ニワトリたちもテーブルから飛びおりていき、後につづいた。こうしてニワトリおじさんも、フライドチキンも、二人が食べる予定だったからあげも、みんないなくなった。


(つづく)

(追記:たまたま知ったことですが、日本のケンタッキーフライドチキン(KFC)は、1974年から毎年6月頃に「チキン感謝祭」として鶏の霊を供養しているそうです。東京の東伏見稲荷神社と、大阪の住吉神社で。世界のKFCの中でもこんなことをしているのは日本のKFCだけだそうです。)





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